ep11. prayer for peace
ep11. prayer for peace
⋆⋅⋅⋅⊱∘─────────∘⊰⋅⋅⋅⋆
【After Story】
ep11. prayer for peace
⋆⋅⋅⋅⊱∘─────────∘⊰⋅⋅⋅⋆
『 Live,Love,laugh and be Happy 』
私も彼も、何でもない日々を、陽だまりのような幸せな日々を願っていた。ただ、それだけのことなのに。いつだって手は届かない。
ꕥ ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ ꕥ
血を血で洗うような戦いがあったことが嘘みたい。私は今、愛らしいお花の咲き乱れる丘でお友達とティーパーティーをしている。
「まぁ、このお菓子とってもおいしいわ!こっちはお花を模っているのかしら。見事な造形ね、食べるのがもったいないくらい……」
「ふふ、こちらのお菓子もおすすめですよ。琥珀糖って言うんです。キラキラしていて、宝石みたいじゃないですか?」
お菓子もティーセットもとっても素敵。全てが可愛くて、キラキラしていて、綺麗なものだけ詰めたみたい。紅茶も素敵なのよ。ローズティーって言うんですって。透き通った淡褐色に、薔薇の花弁まで浮いているの。
夢のような空間に心を弾ませつつ、お喋りに花を咲かせ、紅茶もお菓子も美味しくいただいていると、ふとルミエルと目があった。すぐに、ルミエルがにこっと笑う。けれど私は、笑顔をつくる前のその一瞬、ルミエルがちょっぴり浮かない顔をしていたのを見逃さなかった。
「……どうかした?どこか痛いの?」
なにか不調があるなら心配だわ。ルミエルの姿を形作るのは今日も変わらないパステル色。真紅の赤は無いようだから、怪我はしていないと思うのだけれど。それとも、もしかして私の態度に失礼なところがあったのかしら。気に障ったのなら申し訳ないわ。そんなことを考えていると、ルミエルが躊躇いがちに口を開く。
「えっと、キアラさまのご様子が……」
あぁ、やっぱり私の態度が……!どうしよう、少しはしゃぎすぎちゃったかしら。でも、こんなに素敵なものがいっぱいあるのよ。楽しくなってしまうのも仕方ないじゃない。でもでも、さっき欲張ってクッキーを二枚重ねで食べてしまったことは反省……かも……。ともかく、私のせいで気を悪くさせちゃったなら謝らないといけないわ。そう思って口を開きかけるも、続いたルミエルの言葉は予想とは反するものだった。
「トーナメントがはじまってからのキアラ様は、随分と気を張っているようにお見受けしていたので。今の変わりよう、お茶会を楽しまないとって気を遣ってるんじゃないかと……ちょっと心配で……」
おずおずと話す姿に、思わずくすりと笑みがこぼれてしまう。なんだ、そんなこと。確かに、普通はこんなにスパッと切り替えられないものなのかもしれない。戦いの熱が残っていたり、戦いでの思いを引き摺っていたり。きっと、そういう皆を見てきたからこそルミエルも不安になってしまったのね。でも、大丈夫。私がこの場を、今この瞬間を楽しんんでいるのは本当よ。
「私だって、もちろん思うところがないわけではないの。戦いのことだってちゃんと覚えているし。……でもね、こういう時間は私の理想なの」
何者にも脅かされず、もちろん争う必要だって無い。刃物といえば、ふかふかのパンケーキを切る小さなナイフで充分。こうやって、美味しいものを食べて、なんでもない話で笑いあって、楽しい時間を過ごすの。本当は、トーナメントの対戦相手として出会った皆ともずっとこうしていたかった。
「だから、ずっと焦がれていた理想の時間を、私のもやもやで消しちゃうのは勿体無いわ。こうやって笑い合える幸せな時間は、何よりも大切にしなきゃ」
にっこり笑いかけると、ルミエルも笑顔を返してくれる。どうやら分かってくれたみたい。その後、私たちはひとすくいの甘い時間をめいっぱい楽しんだ。私ね、花畑のお花をちょっぴりいただいて、ここで出会った皆に1つ1つ花冠を編んだのよ。穏やかに眠る貴方に祈りを込めて、あるいは、新たな門出を迎えた貴方の餞別に。ルミエルに預けたから、ルミエルから貰ってね。
そして、ティーポットの中の紅茶も無くなってきた頃、私はお茶会の最中に聞いていた“選択”について思いを伝えた。
「私は眠るわ。最後に素敵な時間をもらえて、もう充分。ありがとう」
争いを生み人の命を奪った存在は、人々を優しく導く天使には相応しくないわ。だから、もう終わりにするの。
ꕥ ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ ꕥ
ルミエルに選択を伝え、私は眠りについた。それなのに、これは一体どういうことかしら。澄んだ空に、見渡す限りの花畑。まだ夢みたいな時間が続いているんじゃないかって、錯覚しそうになる。そんな私の意識を引き戻したのは、赤子の泣く声だった。
「おぎゃあ、おぎゃあ!!」
視線を下に落とすと、おくるみに包まれた赤子がいた。ぱちり、目が合う。すると赤子はにぱっと笑って、無邪気にもこちらに手を伸ばしてくる。
「……キアラ」
直感的に分かった。この子は、本来『キアラ』の名を受けるはずだった赤子だ。私の主人である彼と、恋人の愛の結晶。そんな綺麗なものに、血に濡れたこの手が触れてはいけない。見なかったことにして立ち去ろうとしたけれど、背後からまた赤子の泣き声がするものだから、無視することなんて出来なかった。
気付けば、赤子は腕の中に。「ごめんね、キアラ」と懺悔のように呟くも、赤子は言葉の意味するところなんて知るはずもなく、きゃっきゃと無垢な笑顔を見せている。これからどうしようかしら。どうしたら良いのかしら。まとまらない思考と共に、ただただ歩みを進めていると、ふと、視界の遠くに懐かしい姿が映った。私の主人、私を手に戦場へと送り出され、二度とは平穏な日常に戻れなかった彼だ。隣には恋人であろう綺麗な女性がいて、2人で何か楽しそうに話している。……良かった、安らかに過ごせているのね。そうだわ、2人に赤子を、キアラを届けましょう。それが、あるべき姿だわ。
「ねぇ、ちょっと!そこの素敵なお二方!」
穏やかな彼の様子が見られた喜びもそこそこに、2人に対して声をかける。2人は急に声をかけられて、少しびっくりした様子だったけれど、「どうかしましたか」なんて優しく対応してくれた。やっぱり、素敵な人たち。
「はじめまして。私はキアラ……じゃなくて、私は通りすがりの者なのだけれど、その、この子を受け取ってほしいの!きっと貴方たちにとって大切な存在だから!」
半ば押し切るように言って、無理矢理、赤子を押しつける。彼らは勢いに負ける形で、半ば反射のように赤子を受け取ってくれた。赤子があるべきところに収まったのを確認したら、もう私の仕事は終わり。
「それじゃあ、ごきげんよう!貴方たちの幸せを心から願ってるわ。Live,Love,laugh and be Happy!!」
こんな一方的なことをしてしまって、彼らが戸惑うのも当然のことだろう。私のことについて質問を投げかけたり、引き留めようとしたりする声が聞こえたけれど、それを無視して、私は急いでその場を離れた。
無垢な赤子を預けて、私はもう一度1人で歩き出す。だって、私がいるべき場所は此処じゃないわ。こんな、あたたかくて、穏やかで、楽園みたいな場所じゃない。手を血に染めて、沢山の命を奪った罪人に相応しいのは何処でしょう?私、知ってるのよ。答えは、地獄。私はそこへ行かなくちゃ。
けれど、歩いても歩いても、絵本の中みたいなのほほんとした光景が変わることはない。地獄って一体何処にあるのかしら。悪いことをしたら行ける、行くことになる、場所ではないの?私は悪いことをしたでしょう?途方に暮れてしまって、その場に座り込む。考えることに疲れてしまった頭に、ふと、思い浮かぶ姿があった。
「…………オスカー……」
口にするのは、随分と久しぶりな気がするその名前。貴方なら、地獄が何処にあるかも知っているかしら。だって、貴方は悪い人だわ。中継のモニターで見た姿も、私のことを掻き回していったことも。きっと地獄にいるに違いがないの。
「……オスカー、今なら私、貴方の手をとってあげるわ。だから、ねぇ、迎えに来てよ」
何度かその名を読んでみるも、返事はない。言葉の響きが、ただただ虚しく宙に消えていくだけだった。いつしか名前を呼ぶことにも疲れてしまって、静寂があたりを支配する。そんな時、ふと足音が近寄ってくるのを感じた。しかしそれは、期待していた人物のものではなく。
「キアラさん……!」
2人分の足音。背中からかかる声。ああ、なんで追いかけてきてしまったの。私なんて生まれて来なければよかったのに。そのはずなのに、どうしてそんなに優しい声で、私を呼ぶの。
____fin
【執筆】
音戯。
【スチル】
音戯。
2024,03,23