ep10. 繋いだ手は永遠に
ep10. 繋いだ手は永遠に
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【After Story】
ep10. 繋いだ手は永遠に
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その戦争は、和の国の敗戦という形で幕を閉じた。
安堵。敗戦という結果に思うところがないではなかったが、それよりも、これで自分たちの主が無事に家に帰れるという事実にほっとした。もとより、彼はこの戦争への参加を望んでいなかったから。加えて、家には彼を待っている人もいる。さぁ、深い青の水面をわけて、生まれ育った土地へと戻ろう。ゆらり、ぐらりと揺れる不安定な海上から、一刻も早く祖国の地へと降り立たねば。先が見えないからこそ永遠にも続くと思われた戦火の日々に比べれば、ここから港までなんてあっという間だ。もう少し。もう少しで。
あと数日もすれば、自分たちとその主は愛しい人のもとへ帰り着く筈だった。しかし、現実は非情だった。気づけば、二振りの刀は主ではない知らない手で取り上げられていた。そして、良き主……自分たちにとって、良き主だったその人は、多くの怒号と共に甲板から突き落とされ、深く染まった青の底へ。仲間からの裏切りだった。
確かに自分たちの主は、人に好かれるような人ではなかったのかもしれない。恨みもかっていたのだろう。しかし、終戦を迎えた今、この死に何の意味があろうか。あぁ、あと一歩なのに、上手くいかない。哀れな主も自分たちも。これが運命と名のつくものなら、運命とはなんと残酷なものであろうか。
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チチ、と小鳥の声が聞こえる。瞼越しにも、柔らかな日の光が自身を包んでいることがわかる。こんな穏やかな目覚めはいつ振りだろうか。叶うなら、もう少しまどろんでいたいな、なんて。思えば、長らく気を張っていたような気がする。確か新人類を選定するトーナメントなるものに参加をしていた。勝ち残った武器は、同族と共にこの星の新たな支配者となれるんだとか。その権利にさして興味はなかったが、自分は生き残らなければならなかった。地球に舞い戻り、海の底にひとりぼっちで沈んでいる主を迎えにいくために。2人で1つ、命が繋がった片割れを死なせてしまわないように。それなのに、結局、自分は戦いに敗れてしまって……。そこまで考えて、はっと意識が鮮明になる。そうだ、自身の片割れは。今でも、はぐれず共にいられているだろうか。少しの焦燥感に駆られて、目を開ければ、今誰よりも確かめたかった存在と目があった。
「よかった、はぐれちゃわなくて」
「えぇ、よかったです、共にいられて」
どちらからともなく、ふっと微笑み合う。きっともう1人も、今しがた目覚めたのだろう。そして、同じような思考を辿った。なんとなく分かる。だって、自分たちは2人で1つなんだから。
そういえば、ここはどこなんだろうか。ほのぼのとあたたかく、このまま二度寝をしてしまいたいなんて思うくらいには、やけに心地の良い場所だとは感じていたが。そんなことを考えていると、上から声がふってきた。
「お目覚めですか。右舷さま、左舷さま」
視線だけで声の元を辿れば、椅子にかけ、ティーカップを片手にこちらを見ている小さな天使の姿があった。地面に届かない足を戯れにぱたぱたとさせている。
「アンタが俺らをここに呼んだの?てか、ここどこ〜?」
ひとまず現状の把握をしようと、左舷が体を起こす。そのまま立ちあがろうとすれば、下から小さく「わ」と声があがった。声の主は右舷だ。
「ちょっと左舷。急に引っ張らないでください」
「んえ?俺引っ張ってないけど」
左舷が立ちあがろうとしたのに合わせて、右舷も引っ張られたらしい。原因を目で探せば、視界の中心にがっちりと繋がれた互いの手が映った。一部始終を見ていたルミエルがころころと笑う。
「もう、ここまでお連れするのも大変だったんですよ。だってお2人絶対に離れてくれないんですもん。仲良しさんですね」
ここまでどうやって運ばれてきたのかは分からないが、何やら苦労があったらしい。2人で1つの自分たちが共にあることは自然なことだと思うし、もちろんずっと一緒にいたいとも思っているけれど、「仲良しさん」なんて言葉で形容されるとこそばゆい感じだ。気恥ずかしくなって、ぱっと手を離す。
「もう、左舷ったら寂しがりなんですから……」
「ちょっと!俺が離れなかったみたいなていでおさめようとしないでよ!」
2人で軽口をたたきつつ立ち上がり、ルミエルに促されるまま茶会の席につく。紅茶も、お菓子も、お客さま用が2人ぶん。いつもの倍近くが並んでいるものだから、テーブルから溢れそうになっていた。和の国で生まれた自分たちを思ってか、ラインナップは見慣れた和菓子が多い。紅茶も和紅茶の“やぶきた”という品種を用意してくれたようで、お菓子ともよく合った。美味しい紅茶とお菓子で心と体をあたためながら、ルミエルから今後について告げられる。
「お2人には、これからについて、2つの選択肢があります。1つめは__」
話を聞いて、はじめに思い浮かんだのは、想いの形は違えど、それぞれに愛しく思う存在のことだった。一足先に此処へきていたであろう彼らも、同じ選択を提示されていたのだろう。天使になるか、永遠の眠りにつくか。もし、彼らが天使になる選択をしていて、自分も天使になることを選べば、また会うことができるかもしれない。
__私は貴女を何も知らない、それでも貴女を愛しております。どうか再び会うことが叶うなら、私の告白を聞いてくれますか。
__もっと言葉と、それから刃を交わそうよ。血で彩って、華々しく舞おう!きっと最高に楽しい瞬間になる!
人の体を手に入れて、別々の意志をもった二振り。天使になったら、もっと“個”としての自身が確立されていくのだろうか。それぞれに他者と心を通わせて、もちろん片割れはかけがえのない相棒として、そうして歩んでいくのもいいかもしれない。けれど。
「右舷」
「左舷」
どちらからともなく、互いを確かめるように名前を呼ぶ。コク、と小さく頷きあって、選択の答えを口にする。
「眠ろう、右舷。武器のまま終わりたい」
「えぇ、左舷。私は共にいられれば、それで。ただ、元に戻るだけです」
やっぱり、自分たちは2人で1つ。それに、武器でなくなるということは、自分たちの“主”から離れてしまうことである気がして。ただでさえ、海の底で1人ぼっちの哀れな主。自分たちまで離れてしまったら可哀想、でしょう?
「心は決まったようですね。では、お2人に安らかな眠りを。どうか素敵な夢が待っていますように」
ルミエルの優しい声が響くと共に、徐々に瞼が重くなってくる。どうやら休むときがきたらしい。意識が落ちるのなら、また、はぐれないようにしておかないと。左舷から右舷へと、片手が差し出される。
「右舷、手」
「ふふ、良いですよ。……何ならもう片方も繋ぎます?」
右舷が差し出された手を取る。少しの間の後、右舷も左舷へと空いているもう片手を差し出した。しかし、その返答はやや天邪鬼なものだった。
「え〜、そこまでは。右舷ってば、そんなに俺と手繋ぎたいの?なんか重くな〜い?」
「なっ、はじめに繋ぎたいと言い出したのは左舷でしょう……!そんなことを言う左舷とはいいです、別に」
ぷい、とそっぽを向きかけた右舷を引き留めるように、左舷が右舷の手をとる。いたずらっ子のように笑っては「うそうそ、繋いどこ」と、ぎゅっと握った。そうして今度こそ穏やかな眠りが訪れる。どこまでも、いつまでも、ずっと一緒に、2人でいよう。
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気づけば、木造の民家が立ち並ぶ通りに立っていた。懐かしさを覚える光景。隣には、当然のように自身の片割れが立っている。
「ここは死後の世界……というやつでしょうか。あるいは、都合の良い夢?」
「どっちでも良いんじゃない?俺たちが一緒にいるんだもん、それだけで」
夕暮れ時のちょっぴり寂しい空を眺めながら、なんとなしに、歩みを進める。2人の声と、地面を踏む靴音だけが響いている。そうして、とある民家の門戸へと差しかかったときのこと。
「あーーーーっ!!」
家の中から、慌ただしく1人の女性が飛び出てきた。忘れようもない。主亡き後、二振りを保管していたその人だ。主の許嫁の女性でもある。
「私分かるわ!右舷と左舷でしょ!!」
「えっ」
「わ……!?」
女性は捲し立てるように言うと、ぱっと右舷と左舷の手を握る。そして二振りの同様なんて全く知らないで、ぐいぐいと家の中へと引っ張っていく。
「約束したものね。“もし次があるのなら、私達があの人を見つけてあげましょうね”って。貴方達ならきっと戻ってくるって信じてたわ!こっちよ、あの人も待ってるんだから」
とびきりの笑顔。いやいや、武器が人の形をしていることへの言葉だとか、そもそもどうして自分たちが分かったのかだとか。口を挟む隙すら与えられず、右舷と左舷は引き摺られていった。
そして、日もすっかり沈んだ頃。
「右舷と左舷なのか。本当に。ええと……」
「そうよ、そうに決まっているでしょ!あっ、どう接していいか解らないって顔……。そうね、武器だった頃みたいに、丁寧に手入れして、撫でてあげたら良いんじゃないかしら」
「なになに〜、撫でてくれるの〜?」
「それは少し気恥ずかしいような……」
あの日夢見た、しかし叶わなかった家族の姿。それが確かに此処にはあった。
____fin
【執筆】
音戯。
【スチル】
音戯。
2024,03,16