ep7.人徳と硝子の檻
ep7.人徳と硝子の檻
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【After Story】
ep7. 人徳と硝子の檻
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“殺す 傷つける 血に濡れる”
“それだけがボクら武器の存在意義”
ボクも他の4人みたいに、人の命を奪って、奪って、奪って。そうして、称賛を浴びたかった。ボクの強さを知らしめたかった。武器として生まれたからには、武器としての在るべき姿を望むのは当然のこと。でしょ?だけど、ボクは武器らしく在ることが許されなかった。今日もボクの首元には重い鉄のカタマリがくっついている。
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「パージさま〜……?そ、そろそろ離していただけると……」
「オマエがこのヘンな空間から出してくれたら離す。オマエはココと、トーナメントやってるトコ、行ったり来たりできるんでしょ」
愛らしい花々の丘で開かれる、小さなお茶会。ソコに招かれてから、はや数時間。ボクはチビ天使の翼を捕まえて、今後について考えていた。ボクは、トーナメントやってるトコに戻らないといけない。だってまだ、ヒダリと殺り合ってないし。チビ天使にもそう伝えたのに。
「気持ちは分かりますが、難しいものは難しくてー……。そろそろ諦めたくなってきませんか?」
コノ調子で、ちっとも取り合ってくれやしない。ケチ。だから、チビ天使の片翼を掴んで、時間の経過を待っている。
ボクのケイカクはこうだ。チビ天使は毎回のトーナメントに必ず顔を出して、怪我人の救護をしていた。今回も、いつかは次のトーナメントへと向かうのだろう。テレポートでもするのか、行ったり来たりする抜け道があるのかは知らない。けど、このチビ天使を捕まえておけば、いつかはボクも一緒にトーナメント会場に戻れるかもしれない。
「オマエこそ、諦めてトーナメント会場戻りなよ。ボク、諦めるつもりないから、折れるのはソッチ」
「そんなぁ……」
時折、掴んだ翼に、抜け出そうとする抵抗を感じる。力がそんなに強いワケでもないから、おさえるのに苦労はしない。ボク、パワーにはそれなりに自信アリ。
そうして、更に1時間、2時間__。
遂にはどれだけ時間が経ったのかもよく分からなくなってきた頃。やや疲弊した様子のチビ天使がおもむろに口を開いた。
「パージさまの意志がかたいことはよーく分かりました。でも、心苦しいながら、わたしも譲るわけにはいきません。こうなったら、奥の手を使うしかありませんね」
「オクノテ。オマエ、攻撃とかできるの?弱っちそうだけど」
「確かに、わたしは戦闘は得意ではありません。でも、わたしにはわたしの抵抗の仕方があるのです」
そう言って、ボクが掴んでいるのとは違う方の翼を持ち上げるチビ天使。何をするつもりなのか見ていると、その翼がボクのほうへと差し伸ばされて……
「……ハッ、まさか!!」
「パージさま、お覚悟を……!」
次の瞬間、チビ天使の翼がボクの腹を、つー……と撫でた。文字通りのフェザータッチ。やがてその動きは、こしょこしょとくすぐるように大きくなっていく。
「ヤ、ヤメロって、この……!!」
「いかがですか、力が抜けてくるでしょう」
こんな攻撃を隠し持っているなら、はじめから翼を両方とも捕まえておくべきだった。そうコウカイしてもあとの祭り。翼はボクの衣服で覆われていない部分の肌を的確に狙ってくる。ゴテゴテした服も動きにくくてイヤだったと思うケド、この時ばかりは自身の心もとない衣服に文句の一つも言いたくなった。ボク、パワーにはそれなりに自信アリ。でも、防御はちょっぴりニガテ……。
「フハッ、ヒィ……ホント鬱陶しい……ッ!!フフ、アハハハハハハ!!!!」
とうとう耐えられなくなって、力が緩む。その隙に、チビ天使の片翼はボクの手からすり抜けていった。上空へと退避したチビ天使が、悠々とボクのことを見下ろしている。
「ふふん、わたしにかかればこんなものです。イズ様をお呼びする事態にならなくてよかったですね」
くるくるとご機嫌に旋回してるのがなんかムカツク。なんだその勝ち誇ったような顔!ボク負けてないし!
「今のは不意打ち!ちゃんと殺り合ったらボクが勝つ!それを教えてあげるから、降りてきなよ!」
「いやですよ。まともにやりあってパージさまに勝てるなんて、わたしだって思っていません。こうなった以上、諦めてお茶でものんでくださいな」
上から白い羽根が1枚落ちてきて、ティーテーブルの上に乗る。それにつられて、テーブルの上、お行儀よく並べられているお茶とお菓子に目がいく。チビ天使にしてやられたままなのも、トーナメント会場に戻ってヒダリと戦うっていう目的を達成できずしまいなのも、とっても癪。でも、確かにこうなった以上、ここから何かできるかって言われるとムズカシイ。仕方なしに席につき、紅茶のカップを持ってみる。せっかく飲み食いされるために用意されたのに、ただの背景として在るだけでオワリっていうのも、紅茶とお菓子が可哀想だし。
「ふふ、お茶会に意識を向けてくださって嬉しいです。パージさまにご用意したのはウヴァ。セイロンティーの中で世界三大銘茶に数えられるお茶なんですよ」
紅茶に口をつけると、頭上からすかさずチビ天使の紅茶解説音声が聞こえてきた。話が長かったから端折るけど、ウヴァはパンジェンシーっていう刺激的な香りと、爽快な味が特徴の紅茶なんだって。……もしかして、ボクが名乗っている名前“パージ”と、“パンジェンシー”の響きが似てるからってだけで選んだ?アタマお花畑天使ならやりかねない。
そんな調子で時は流れ、テーブルの上のお菓子も数が少なくなってきた頃。ボクは自分の“これから”について、2つの選択肢を提示された。武器として永遠の眠りにつくか、天使となってデカ天使やチビ天使の仲間に加わるか、だって。正直なところ、どちらもそんなに魅力的な選択肢ではない。けど、選択肢が2つしかなくて、どちらかを選べというのなら。
「ボクは___」
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ボクの持ち主は心優しい老兵だった。
戦場に身をおきながらも、人を傷付けることはせず、相手の武器を折って平和を説く。祖国を守り続けた英雄の1人だということもあって、ニンゲンからは人徳者だと慕われてたっけ。でも、ボクからしてみれば、彼は素晴らしい持ち主でも何でもなかった。だってボクのことを血で濡らしてくれることはなかったし、ましてやボクで誰かを討ち取ったこともない。武器の最大の存在意義は“殺し”。それをさせてもらえないって、すっごい屈辱。ようやく彼から解放されたかと思えば、今度はガラスケースの中で首輪をつけられお留守番。ボクはニンゲンに大切に保管されるために作られた“観賞用”じゃないのに。ボクは、武器として生まれながら、武器として生きることができなかった。オマエらも自分ごととして置き換えて考えてみるといい。ニンゲンとして生まれながら、ニンゲンらしく生きられないとしたら、それってすっごく苦しいこと。でしょ?
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「ウン、決めた。ボク、モノに戻るのだけは嫌。選択肢が2つしかないんなら、天使になるほうがマシかな」
モノに戻ったところで、望むようには過ごせない。それなら、自らノコノコと檻の中に戻っていくようなマヌケにはなりたくない。
「それに、“天使”ってヤツはボクみたいなのに一瞬だけでも自由な体をくれる力があるんでしょ」
ふよふよと空中に浮かぶチビ天使を見やる。チビ天使の背中には、自由の象徴ともいえるような、真っ白の翼が生えている。ボクにも翼があったら、不自由な檻から飛びたって、思うように生きられる?
ぱち、とチビ天使と目が合う。チビ天使はコクリと頷いたあと、天使らしい微笑みと共にボクのトコへすーっと降りてきた。
「パージさまの選択、確かに聞きとどけました。では、迎え入れる準備が整うその時まで、暫しの間ねむっていてくださいね」
チビ天使がボクの手を取るのと同時に、急激に瞼が重くなる。薄れゆく意識の中で、チビ天使の穏やかな声が聞こえた。
“歓迎します、パーシヴァル。平和をもたらす者”
“武器でありながらヒトを殺めたことのないあなただからこその存在意義が、きっと見つかりますよ”
____fin
【執筆】
音戯。
【スチル】
音戯。
2024,10,20