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「リヴィが教えてよ。どうすればいいのか・・・・・・」
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「僕はユエを殺したくない。だから、本当はこれから闘うのも嫌だ。やるってユエと決めたからにはやるけどね」
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地面に衝突する音はふたつ
第6試合
ユエ vs オブリヴィオン
ステージ:軍本部
ꕤꕤꕤꕤꕤꕤ
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
スクリーンに向かう3人共が無言で、キアラと双子も距離をとって座っていた。今更仲良く観戦しようなんて思えないし、する気もない。
広いシアタールームの端と端で、それぞれが互いに意識しないようにしようとしているように見える。
重い沈黙が部屋にたち込め、『試合を見る』という行為に余計嫌気がさしてきそうだった。
「どんどん空気が重くなりますね・・・」
ルミエルが隣に座るイズに耳打ちする。
イズは大きなため息をついて面倒くさそうに視線を逸らした。
「ルミエルは試合の度に話して消化できているからいいかもしれませんが、対戦者はそうじゃないですからね」
ルミエルは眉を下げる。自身は敗退者と話し、希望を聞き、眠るのを見届けたり共に働いている。
だが、他の参加者達は違う。
失い、足掻き、それを何度も繰り返す。対戦した相手、目の前で命を散らした相手の心の内を聞き、持ち主に関してや今後の望みを聞くこともない。
「申し訳ございません・・・」
シド、鬼丸、パスピエ、ホーネット、オスカー、カクマル、パージ、マチルダ。それぞれの顔を思い浮かべる。
「(お茶会が始まってすぐは表情が硬い子も多かったです・・・)」
あのまま取り残されているのが目の前の武器たちなのかもしれない。ルミエルに今できることは数える程しかないことが歯痒く、見守るだけの辛さを改めて実感した。
泣きそうな顔のルミエルの頭にずっしりとした重みが乗る。不思議に思い手を頭の上へ移動させるともふもふとした感触。
それと同時に目の前に複数の目玉が上から覗き込んでくる。カメラ天使が心配そうにルミエルの顔を見ていた。
「ふふ・・・心配させてしまいました。大丈夫ですよ」
「あなた勝手に来ちゃったんですか。持ち場に戻ってください」
イズがそれに気が付き、しっしっと払うような動きをする。
「なに?なかなか始まらないから様子見に任命されたんですか?だから、用意が整うまで待てと言っているでしょう」
カメラ天使が喋っている声は聞こえない上に口も見当たらないが、天使ふたりには聞こえているようでルミエルもくすくすと笑っている。
「屁理屈はいいです。ほら戻ってください。始めますよ。現地の皆さんにも伝えて」
カメラ天使は目を少し閉じてしょうがないなと言いたげに数度翼を羽ばたかせるとそのまま真上へ飛んで光の輪に飛び込んで消える。
イズはまた小さくため息をつくと、今度はルミエルの頭に手のひらをのせぽんぽんと軽く上下させた。
「・・・あなたが大好きなニンゲンはこうやって慰めるんでしょう」
ルミエルはぽかんとしていたが、イズに頭を撫でられているのだと気が付き小さく笑みを零した。
「ありがとうございます、イズさま。撫で方は少し違いますけど、嬉しいです」
「・・・・・・もう撫でません」
「えっ・・・・・・」
ꕤꕤꕤꕤꕤ
試合開始前、2人が立っているのは別々の場所だった。オブリヴィオンはついて早々辺りを確認したが、見慣れたライラックの髪はどこにもない。
「今回はそのパターンかあ。ユエ、不安になってそうで心配だな」
今いる場所はおそらく地位がそれなりにある者の執務室。輝く勲章がいくつもついた上着があったり、細やかな装飾が施された執務机が置かれている。自身が使われていた時代の装飾とは違いもあり、建物が実際に使われていたのはあの頃よりもだいぶ前かだいぶ後だとうっすら見当もついた。
壁に掛けられた絵画も見覚えがない。元々あまり見たことがないし、当たり前ではあるが。
「開始する前に合流したいけど・・・」
ゆっくりと執務室の扉を開く。使われていたころを再現されているのか、蝶番がぎいぎいと鳴くこともなかった。廊下を覗き込むと、薄暗い上に長い。部屋もいくつかあるようだ。階層はあまりなさそうだが、なかなかに探索し甲斐のありそうな構造に思えた。
「う~ん、ユエも移動してたら出会えないかもなあ。
書置きとか、できるかな」
オブリヴィオンは執務室の中に戻り机の引き出しの中を漁る。見たことがないデザインのペンのようなものを見つけたものの、インク瓶が見当たらない。
「不思議なデザインだなあ。透明な外観に黒い棒が入ってる。でもこれじゃなにも書けないよね・・・」
キャップを外し、試しに引き出しに同じく入っていた書類に線を引く。すると、黒い線が一定の太さで現れた。
「あれ?インク付けてないのに・・・?魔法かな」
オブリヴィオンが手に取ったものはボールペンであり、ペン先にインクをつけなくても書けて当然であったが、彼にとっては革新的だった。基本は羽ペンを使って文字や絵を描く。インク瓶にペン先を浸し、瓶のふちで量を調節してから筆圧に気を付けて扱うペンこそが彼にとっての常識だ。
「不思議なペンだなあ・・・ユエに聞けば原理が分かるかもしれない」
ユエと合流する理由をもうひとつ見つけ、オブリヴィオンは優しげな笑みを浮かべる。血と硝煙の香りが残る殺し合いの場には相応しくない笑みであった。
早速メモになりそうな紙を引き出しから取り出し、机の上で文字を書く。ふと、フランス語ではユエに伝わらないのでは無いかと一抹の不安が浮かんだ。
「ユエに教えたことがあるフランス語じゃないとダメかも。となると・・・」
オブリヴィオンが書き上げた文字は『Restaurant Attendez Oblivion』。日本語で『レストラン 待つ オブリヴィオン』であり、ユエがわかるよう文章ではなく単語にした。
これなら食堂で待っていると伝わるだろう。引き出しを漁っている時に見えた階層案内の用紙によると食堂はおそらく1階。ここからゆっくり1階に向かいながらメモを扉に挟んでいこう。
十数枚同じ文言のメモを書き、オブリヴィオンはそれを持って執務室を後にした。もちろん執務室の扉にもそのメモを挟んで。
その後、隣の部屋の扉を開けて中を確認した時にちょうど放送が始まる。何度も聞いた、開始の合図。
『6回戦、ユエ 対 オブリヴィオン。ステージ軍本部。時間は無制限、どちらかが脱落するまで』
『開始』
「あ~・・・ついに始まっちゃったか。まだ出会えてないのになあ」
オブリヴィオンは苦笑いしながら扉にメモを挟む。どちらかが死ぬことでしか終われない時間。彼にとっては悪夢に違いなかった。
そのころ、ユエもオブリヴィオンを探して歩き回っていた。
開始の合図はあったものの、彼相手に奇襲なんてしたくないし、まずは顔を見て言葉を交わしたい。そのうえでどうするか決めるのがユエの中でベストな気がしていた。もう答えはある。でも、本当にそうするのかはオブリヴィオンの考え方と言葉次第。
「ここにもいない・・・」
扉を開けても空っぽの部屋。薄型ディスプレイのパソコンやエアコンがあるということは持ち主が生きていたころと近い年代の建物なのかもしれない。時代が同じだったとして、関わりはない施設ではあるが。
次の扉を開ける。
と、足元に何やらメモ用紙が落ちてきた。
「なにこれ・・・フランス語?ゆえでも読めるかな」
オブリヴィオンに教えてもらった単語を思い出しながら、ひと文字ひと文字読み解く。
『レストラン、待つ、オブリヴィオン』
レストランは食事をする場所つながりで食堂だろうか。とすれば、食堂にいるよと伝えたいのかもしれない。
「食堂・・・最初にいた場所の近く、だったはず」
もと来た道を戻る。オブリヴィオンに会いたい気持ちと、会いたくない気持ちが胸中でぐちゃぐちゃに混ぜられていく。一緒になって、また別れて。
結局自分はどうしたくて、何を目的に動くのか迷うことになる。だから誰とも仲良くなりたくなかったのに。
「(だって、いくら突っぱねても関わってくるんだもん・・・)」
一歩進むごとに頭の中で意見を変えて、階段を下りながら自問自答する。そうしていると、あっという間に食堂が目の前にあって、思わず足を止めた。
深呼吸をして、自分を落ち着かせる。
「ユエのため、でしょ」
食堂に入ると、ティーカップとティーポットを用意したオブリヴィオンが待っていた。
「読めたんだね、よかった」
「なんでお茶の用意してるの・・・?」
「一旦落ち着くための時間も必要かなと思ってね」
ほら座ってと促されるまま、ユエはオブリヴィオンの前に座る。その席だけ埃を綺麗にふき取ってあり、彼が掃除してくれたのだと気が付いた。
目の前でとくとくと紅茶が注がれていく。
「茶葉はここにあったもの・・・?」
ユエがそう聞くと、オブリヴィオンは「まさか」と笑った。
「自分で持ち込んだんだよ。軍本部ってことは、給湯室のような場所はあるだろうと思ったし、お茶したらユエもリラックスできるかなと思って」
天使に止められなかったということは問題ないのだろう。それでも、予想外のことをする人だなあとユエは小さく笑う。オブリヴィオンの言う通り、少しはリラックスできたようだ。
「問題はこれなんだけどね」
そう言って取り出したのは小瓶。誤飲を防止するための、あからさまな髑髏マークがラベルに印刷されている。
「多分毒っぽいこれ、ここに来る途中に見つけたんだ。俺たちが後ろを向いている間にどっちかのカップにカメラをやってる天使にこれを入れてもらって、せーので飲む・・・なんていうのはどうかな」
突然大役を任された天使はどうしよう、と数匹でキョロキョロと互いを見る。そのうち1匹が気が、気が進まなさそうな様子でテーブルまでゆっくり降りてきた。
だが、ユエは未だ納得いっていない表情だ。
「正気?」
ユエの問にオブリヴィオンは困ったように笑う。
「僕たちは最後の最期にとどめを刺すのを躊躇ったり、自分のせいで相手が死ぬことが怖くなりそうだなって思っちゃってさ」
紅茶入りのカップをふたつ、2人の間に差し出しながらオブリヴィオンは続ける。
「そもそも本当に毒なのかも分からないよ。ロミオとジュリエットっていう話で知ったけど、仮死状態になる薬だってあるらしいし」
小瓶の封を外してカメラ天使に手渡すと、カメラ天使は念力のような力で小瓶を宙に浮かせた。
「保険みたいなものかな・・・ユエが嫌だったらやめておこう」
「・・・・・・」
ユエは未だ理解が及ばなかったが、オブリヴィオンにも迷いがあることがわかった。
正直、死ぬのは困る。目的があるのに新人類ってものになれなかったらカクマルに自殺につかわれたのもただ嫌な思い出で終わってしまう。
こんなギャンブル、普段なら絶対に断る。
だが、オブリヴィオンが助けを求める目をしている気がした。いつものおちゃらけたような雰囲気とは違う。
ユエはこういう時のオブリヴィオンに弱かった。しょうがないな、と思ってしまう。
それに、実は運はいいほうだった。新人類になるなら運も必要だろう。この程度、乗り越えられなくては優勝することはないだろう。
「わかった。飲む。でも、その後は普通に戦おう。毒のせいだけで死んだなんて嫌だもん」
「・・・・・・わかった、そうしよう。提案を飲んでくれてありがとう、ユエ」
オブリヴィオンは天使に頷くと後ろを向いた。入れろということだろう。ユエも目を瞑った上で後ろを向く。
彼は誠実だ。天使に指示して入れるカップを決めるだとか、そういうイカサマはしないだろう。そう信じられるから、要求を飲んだ。
「(ユエ・・・ユエ、ごめんね。でも、何も入ってない方を選んでみせるから)」
コトン、と小瓶が机に置かれる音。それを合図に2人はまた向き合う。
「ユエから選んでいいよ」
オブリヴィオンの言葉に、ユエは小さく頷く。
どちらが毒入りか見た目では分からない。右を持ち上げて両方の香りを嗅いでみる。茶葉のいい香りがするだけで異臭は無い。
右を置いて今度はもう片方を持ち上げて嗅いでみるが、全くおなじ深みのある香りだった。入れられたものはパラコートなんかではないらしい。
「こっち」
ユエが選んだのは最初に手に取った方のカップ。
「じゃあ僕は残った方」
もう片方をオブリヴィオンが持ち上げた。全く同じカップに注がれた、全く同じお茶。違うのは無臭の毒だけ。無味かは分からない。
「乾杯・・・はおかしいかな。紅茶だし」
オブリヴィオンはいつもの調子で笑って、一気に飲み干す。味わう余裕もないとはいえ、一気に飲みきると思っていなかったユエは慌てて自身の紅茶を飲み進める。
ストレートティーだからか雑味もなく、風味も崩れておらず美味しい紅茶だ。少しぬるくなっているため火傷の心配もせず飲み干せた。
ꕤꕤꕤꕤ
紅茶を飲んでから数十分、お互い身体にこれといった変化はなかった。軍本部に偽薬のようなものがあるとは考えられないと思っていたが、パッケージは見せ掛けだったのだろうか。
「なんともないね・・・ユエは?」
「ユエもなんともないよ。オブリヴィオンも無事なら、毒は偽物だったかもね」
ユエには毒が偽物で少し残念だと思う気持ちがあった。自分の手で殺さないといけないと確定したから。
だが、そんな弱音言えるはずがない。「よかった」と言いながら全く変わりのない腹をさする。
「じゃあ次はユエの番かな」そう言ったオブリヴィオンが立ち上がった。ユエも立ち上がり、武器を手に取り強く握る。
「戦うなら広い方がいいから・・・外?」
「向こうの方に出られるところがあったから、そこから外に出ようか」
「うん」
わざわざ戦うために場所を変えるなんて、他の試合ではなかったような気がする。しかも、お互い武器を持っているのに手を出さずに並んで歩いている。
変な状況だ。
休憩室を通り過ぎ、壊れた電子錠の扉を開け、床のタイルが剥がれた所を避けて歩く。どこもかしこも少し埃っぽい匂いがして気分がいいものでは無い。
廊下の最奥にある扉を開けると開けた場所に出た。
そこは一見演習場のように見えたが、よく見ると不可解な棒が数本立っている。
「処刑場か・・・」
オブリヴィオンの言葉にユエはハッとしたように棒から目を逸らす。
「嫌な場所・・・初めて見たけど不気味」
「場所変える?」
ユエはもちろんそうしたかったが、今からまた場所を探していては闘いを先送りにするだけだ。せっかく覚悟を決めたのに、万が一揺らいでしまったりしたら嫌だと感じた。
「ここでいいよ。あそこからは離れた場所にしよう」
「そうしようか、じゃあ向こうに・・・」
オブリヴィオンが処刑に使われた場所を見せないようにマントでユエの視界を狭める。棒が立っている場所とは逆側まで来ると向き合う。
ユエとオブリヴィオンの視線がかち合った。
「ゆえね、今日が来るのが本当に嫌だった。
リヴィ、ゆえ・・・戦いたくないよ。でもね、負けたくもない」
オブリヴィオンは静かにユエの覚悟を聞く。ユエの気持ちはよくわかる。生き残りたいのも知ってる。
「ユエのために、負けられないの」
「僕も・・・ユエを殺したくは無いけど、新人類になりたい理由もあるんだ。だから、お互い悔いがないよう・・・・・・」
オブリヴィオンの真面目な表情が少し崩れる。眉を八の字にして小さく笑った。
「・・・気持ちを隠してちゃ駄目だよね。
僕はユエを殺したくない。だから、本当はこれから闘うのも嫌だ。やるってユエと決めたからにはやるけどね」
オブリヴィオンがエクセキューショナーズソードを構える。ユエもカッターの刃を繰り出してオブリヴィオンに向けた。手の震えを見抜かれているのか、なかなか彼から仕掛けて来ない。
「ゆえだって・・・やれるもん」
自身に言い聞かせるようにそう言ったかと思うと、ユエはオブリヴィオンに向かって刃を振りかぶる。オブリヴィオンは軽く避けるが、顔を掠り血が滲む。ユエは自身がやったとこであるのに動揺し、カッターを取り落としそうになる。なんとか持ち直し、今度は下から上へと大振り。次は彼の長い脚にあたり、ズボンの裾が一緒に切れた。
「反撃しなよ・・・!ゆえ、オブリヴィオンに怪我させてるんだよ!」
「うん」
オブリヴィオンが反撃してくる素振りはない。
武器は持っているのにそれを振るおうとしない。
「(ゆえ、リヴィの言う人を傷つける罪人でしょ?だって、リヴィに怪我させてる。なのに)」
ꕤꕤꕤ
「(僕を殺す程の覚悟は決められてないんだ・・・当たり前か。だって、僕は何人も首を跳ねてきたけど、ユエは1度しか経験がない)」
ユエの攻撃を軽く避けながら、オブリヴィオンは考える。
「(それに、ユエが人間の姿になってからは誰も攻撃していない。僕がオスカーとカクマルの首を刎ねたから殺しもしてない)」
やっぱり、ユエの首を刎ねたいなんて思えない。刎ねられる側なら甘んじて受け入れようとは思えど、手を下す側に回りたくない。
これは甘えだと分かりつつ、オブリヴィオンは武器を強く握った。彼はどうしてあの瞬間まで強くあれたんだろう。自分が未熟だからユエに攻撃もできないんだろうか。
考えている間にも小さな切り傷は増えていく。もちろん痛みはあるが、ユエを殺さなければいけないという、重くのしかかる胸の痛みに比べればどうってことないように感じた。
「(首を狙わないのはやっぱりトラウマなのかな)」
首を斬られれば死ぬ。だから、オブリヴィオンはユエに首を狙って欲しかった。
だが、ユエの様子を見るにそれは難しそうだ。
本人に言うのも気が進まない。ユエだってわかっているはずだ。ユエのトラウマと向き合っているのは他ならぬ彼女自身なのだから。
「ユエ、辛いならやめよう」
この甘言は良くないと分かりつつ、彼女の辛そうな顔を見ていると言葉が零れた。
「・・・や、やめないもんっ!」
ユエはそれでも武器を振るう。カッターの刃先が血に濡れ始め、斬れ味が悪くなって来たのか、刃先を地面にぶつけて無理矢理折った。
折れた刃先が弾けるように小さく跳ねて落ちる。少し歪に折れたそれはユエの心情とも重なって見えた。
カッターの長所は刃を折ってすぐに斬れ味のいいものにできること。そして、ユエの必殺技の長所は刃を使い切ったとしてももう1度生やせること。
「ゆえは闘えるもん!ゆえは、ユエは」
「1回落ち着いて、ユエ」
ユエが混乱してきたことに気がついたオブリヴィオンが自身の武器でカッターの刃を受け止め、彼女の動きを止める。
腕に力を入れたからか、手に無数についたかすり傷から少量の血が垂れた。だが、オブリヴィオンはそれも気にせずユエを落ち着かせようと微笑む。
ユエは涙が滲んだ瞳でオブリヴィオンの顔を見上げ、「だって・・・だって・・・・・・」と小さく繰り返した。
「ユエ、場所を変えよう。1度仕切り直ししようか」
「・・・・・・うん」
ユエはエクセキューショナーズソードからカッターを離すと刃をしまい、ぎゅっと抱きしめた。
小さく頷くユエに、オブリヴィオンは来た時と同じようにエスコートし始める。
「どこに行く・・・?」
「そうだなあ、屋上なんてどうかな。今日は曇りだけど、ユエって空が似合うから」
「なにそれ、変なの」
涙を拭いながら笑うユエに、オブリヴィオンも安心したように笑い返す。処刑場を後にした2人は階段を目指した。
ꕤꕤ
怪我のせいか、オブリヴィオンが時折階段を踏み外しそうになりながらも登り切ると、目の前に踊り場程の広さの空間と重たそうなドアがあった。
「屋上に行けそう。リヴィ、開けるね」
「ありがとう、ユエ」
ユエが体重をかけて扉を開けると、明暗差があるからか光が扉を縁どり、少し眩しい。目の前に空が広がる。少し湿っぽい風が頬を撫でた。
「晴れていないのがますます残念だよ」
「それに、前みたいに夜だったら綺麗だったよね」
少し文句を言いつつ2人は屋上へと足を踏み入れた。
「ユエ、僕はね・・・・・・」
ふと、オブリヴィオンの内臓が灼けるように熱を持ち始める。彼はそれに気が付いた瞬間目を丸くし、のちに目を伏せた。
口元は柔らかな弧を描く。
「よかった、僕が当たりだったみたいだ」
「うそ・・・」
「嘘じゃないよ」
オブリヴィオンは大きな掌でユエの目の前を覆い隠した。
「会えてよかった。“シュエット”。
君の未来が幸せであることを祈ってる」
目から、鼻から、口から、赤色の液体が伝う。
それを絶対に見せまいとしているのか、はたまた顔を見ていると覚悟が揺らぐのか。オブリヴィオンはユエを抱き寄せる。
“シュエット”
オブリヴィオンがユエに付けた名前。ユエにとっては“ユエ”じゃない自分になれる魔法の呼び名だった。
「ゆえは、シュエットは、祈られても困るよ」
ユエからすれば、そもそも、自殺に使われた過去がある時点で幸せの手に入れ方もあいまいにしかわからなかった。正解を知らないのに過程を導き出せない。
「リヴィが教えてよ。どうすればいいのか・・・・・・」
「ごめんね、俺も・・・知らないんだ。処刑は正義の行いだけど、幸せを作り出すものじゃないかもしれないから」
ユエは少し遠慮気味に抱きしめられる。聞こえてくるオブリヴィオンの心音はどんどん弱くなっていくのがわかって、血の気が引いていくのを感じた。
「そろそろお別れみたいだね。僕のことは忘れ・・・ないで欲しいけど、シュエットが苦しむくらいなら忘れて欲しいかも」
腕を緩められ、離れたユエの瞳にオブリヴィオンが苦しそうに笑う姿が映る。オブリヴィオンはそのまま数歩下がると屋上の淵に立つ。
「さようなら、もう会うことがないよう願っているよ」
後ろへと倒れ込んだ彼の体はすぐにユエの視界から消える。
「“ヴァル”!」
手を伸ばすがもう遅い。離れた距離で手を伸ばしたところで届かないことも、届いたとしても掴んでもらえないこともユエは理解していた。
オブリヴィオンは落ちながら目を閉じる。
「(シャルク・・・あなたならユエの首を間違いなく落とせたかもしれない。でも、あなたの武器である僕はできなかった)」
自由を求める民衆の前で女王の首を刎ねた時。その血を浴びた時。訳が分からなくなった。
罪人の首を跳ねることこそが己の存在意義であり、持ち主の仕事。
だが、女王は罪を犯しているようには見えなかった。女王は民衆を愛し、民衆のために働いていたのに、なぜ罪人として処刑される必要があるのだろう。
『自由のために』と叫んでいた民衆の求める自由とはなにか。そんなに価値があるものなのか。
それは最後まで分からなかった。
だけど、今はとても___
突然、オブリヴィオンの首に走る衝撃。
電線の強度を増すために共に張ってあったワイヤーに首が当たり、自重と落下の勢いで首が刎ねられたのだ。
オブリヴィオンは痛いと感じる前に気を失うように意識を手放した。
地面に衝突する音はふたつ。首と胴体。
ユエは屋上からオブリヴィオンがいる地面を覗き込むことが出来なかった。我慢しきれず漏れる嗚咽が鈍色の空に消えていく。
ꕤ
「終了」
イズの淡々とした放送で告げられる終わりの合図。
シアタールーム内でも特に反応はなく、観戦者も対戦相手となる生き残りをじっと見つめているだけであった。
「あなた達、回を経るごとに態度と反応が悪くなっていきますね」
呆れたようなイズの声に、左舷が気分悪そうに脚を組んで座り直す。右舷は左舷の方を少し見たが、イズの言葉には反応する気はあまりない様子だ。
「さて、次回でやっと最後ですか。次回は残っている全員で総当たり戦ですのでまあ、心の準備とかしておいてください」
イズがパチンと指を鳴らすと今までのように対戦表が現れた。
キアラと双子はやっぱりそうだとでも言いたげに対戦表を眺める。残った人数からこうなることはうっすら気がついていた。
「ユエにも伝えておいてくださいね・・・と言ってもあなたたちは伝えなさそうですね。ルミエル、頼みました。」
「は、はい・・・・・・!
あの、イズ様・・・・・・」
「ユエのところでしょう、どうぞ」
出現した光の輪に飛び込む勢いで入っていくルミエル。スクリーンには一生懸命慰めているルミエルと泣き崩れたユエが映し出されていた。
泣いても笑っても次回が最終決戦。後悔のない対戦とはいったい何なのか。わからないまま、時間は過ぎ去っていく。
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【Anonymous Embryo】
第6話:反射は鈍色
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【執筆】
なえを。
【スチル協力】
るぎ(ユエ)
スカポン(オブリヴィオン)
2024,12,07