「何も?何もと?ハハハハハハハ!!!!何を仰る。私ほど“しでかしている”者もいない」
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「護身用武器がペアを殺させるなんて、名が廃るようなことできないからね〜…!げほっ、」
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「刑を執行する」
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「もしかしたら、ゆえたちがもともといた所より、高いところにいるのかも。それこそ、空の上とか…」
一か八か、自身の必殺技と被せることで相殺することを狙ったのだ。
第3試合
オスカー&カクマル vs ユエ&オブリヴィオン
ステージ:城
ꕤꕤꕤꕤꕤꕤ
「イズさま…また始まってしまいますね」
「いちいち気にしていてはもたないと何度も言っているでしょう」
ルミエルは「はい…」と返事をするものの、この状況に納得は言っていないらしく眉を下げる。
4人とのお茶会を思い返し、彼らの清々しい表情、存在価値に縛られた言葉、主を語る楽しげな声のトーンをひとりひとり丁寧になぞった。
敗退したからこそ救われたものもいたのかもしれないと思いはするが、死んでよかったねだなんて簡単には思えない。何より、死の間際には必ず痛みによる苦しみを味わっていることには変わりない。
この中からまた、誰かが…
ルミエルは画面に投影された4人をじっと見つめる。
「(4人とも死ぬために今の身体になった訳では無いのに…)」
死というものを回避できない運命を哀れむ。天使は余程のことがない限り、寿命も外傷も関係ない。簡単に死ぬことは無い。
それに勘づいたイズがルミエルを軽く睨んだ。
「ルミエル」
「は、はい…」
「あなたがそういった感情を向ける方が余程不憫な扱いですよ」
「……」
天使2人の間にまた無言の時間が訪れる。
死からは遠い存在の天使でも、『役目』からは逃げることはできない。
「ヒダリー!一緒に見よ!」
他人の重苦しい雰囲気なんて気にしないパージが左舷の腕にまとわりつくように抱きつく。呼ばれた彼はパージに笑顔を向けた。
「うん、いいよ~!右舷、マチルダ。俺パージと試合見てくる」
快諾する様子に右舷が少々不満げな顔を向けたが左舷は気が付いていない様子だ。
「左舷?貴方は私と見るでしょう?」
「では右舷さんとわたくしもついて行ってよろしいでしょうか?」
「は?オマエは来るなよキラキラ。ミギも来なくていいから」
ほら早く行こうと腕を引っ張られる左舷が少し気まずそうに笑う。
「あー…そういうことっぽいからごめん!次は一緒に見よう」
「次回からはカクマルさんと見たいと思っています」
「アハ、カクマルは今回壊れるかも!」
けらけらと笑うパージにマチルダがにらみを利かせる。喧嘩勃発の雰囲気を感じ取った左舷が今度は自分からパージの背を押してその場から離れようとしはじめた。
「じゃあね!試合終わったらまた合流しよ!」
ニヤニヤとした笑みで「バイバーイ」と手を振るパージはどこか勝ち誇ったようである。
「…今回はキアラさんも誘って3人で見ましょう右舷さん」
「いえ、貴方がキアラさんと観るのなら、私は1人で観ます」
右舷は自身が左舷に置いて行かれたことを理解しきれていない、少しぼーっとした様子だったというのに、キアラの名が出た途端はっきりと拒絶をした。マチルダはそれをどう処理すべきか分からず「...では向こうで2人で見ましょう」と右舷の手を取る。
座っている者が居ない端の席まで手を引いていくが、「(これは左舷さんの役割だと思っていたのに)」となんだか切なくなってしまう。自分では彼の代わりの一割も務められない。
右舷の隣にマチルダが座り、席を埋める。
キアラと右舷の間には大きな壁が存在するらしく、経緯を知らないマチルダは少し気まずそうに2人をチラチラと交互に見ることしかできなかった。
ꕤꕤꕤꕤꕤ
「ワオ、こんなに広いお城でも対面してスタートなんだ」
オブリヴィオンが「予想が外れたなあ」と笑う。彼とユエは前回同様別の階、別の部屋からスタートするものだと思っていたが、勘は外れたようだ。
「暗器相手で見えてない状態からスタートは面倒だから、まあ…勘が外れてよかったよね…」
「それもそうなのかもしれないね…!」
ユエの言葉にオブリヴィオンがうなずく。暗器というのは闇に紛れてこそ真価を発揮する。このステージはオスカーとカクマルには都合がいい。
「ハハハ、私も目の前に君たちがいてよかったよ。開戦後すぐ闘えるじゃないか。…にしてもこの装飾、ここは王と謁見するための部屋かな。イズ様はずいぶんと意地が悪い」
「オスカー殿もやる気満々!いざ尋常に勝負で御座い〜。王座に座るのはそれがし達だわな!」
向き合う2組の背後にはそれぞれ大きな扉。部屋の中心には王座へと続くカーペットが敷かれている。そのカーペットは金糸の刺繍が施されており、とても目を引く。天井近くには宝石か何かが輝くシャンデリアもあり今まで見た中で一番と言える豪華絢爛な部屋だろう。
バチン☆とウインクをきめるカクマルにユエが冷めた目線を送る。オブリヴィオンが「いや、勝つのは僕たちだよ」といつものように笑顔で返すが、その実、目は笑っていない。そのことに気が付いたオスカーが小さく口笛を吹いた。
「前回から炎は消えていないようだ。開始がますます待ちきれない」
「君の発言が危ういからこう返さざるを得ないのかもしれない。僕は基本仲良くはなしたいんだよ…?」
その返答は琴線に触れることがなかったのか、オスカーはとくに言葉をつぐむこともなく口角を上げるだけだった。
『2回戦、オスカー&カクマル vs ユエ&オブリヴィオン。ステージ城。時間は無制限。どちらかのペアが両方脱落するまで』
前回と同じように声が響く。もう驚く者や不思議がる者はいないようだ。
『試合開始』
開始とともに走り出すオスカーと、それに対抗するようにオブリヴィオンの一歩前に出てカッターナイフを構えるユエ。彼が剣を抜こうとした瞬間…
ぴたりと動きを止めた。
オスカーが感じたのは目の前の景色への違和感。よく見ればうっすらと光が反射している。獲物へ手を伸ばすと途中でなにかにてのひらが押し返された。こぶしを握り軽くノックをすれば、コンコンと涼しい音が響く。
「…ガラスか」
「硝子ってぇ言うと、前回左舷殿が使っていたみたいな?」
思い返してみれば、カメラ代わりらしい球体の生物はこの部屋の中心には寄り付かなかった。オスカーはこちらを見つめる球体の方を向き、向こう側で悠々と見ているであろう天使に不平不満をぶつけるように目線を送った。
それを恐ろしく感じたのか球体の生物は散り散りに別のポジションへと移っていく。
クスクスと笑うイズの声が聞こえてきた気がして、オスカーはガラスに背を向け帽子を被りなおした。
「別のルートを探すとしよう、カクマル君。壊すのは時間の無駄だろう」
「オスカー殿がそれでいいならそれがし、別の道探しに全力出すに候~」
そう答えたカクマルは、どこかほっとしているように見えた。
「…」
ユエがカッターナイフで思いっきりガラスを攻撃するが、少し傷がついた程度であった。衝撃で刃が欠けた部分を折って新しい刃を繰り出すカチカチとした無機質な音が、オスカーとカクマルの足音と重なる。
「僕を護ろうとしないでユエ。僕が君を護るから」
「ゆえがゆえの考えで動いてるから気にしなくていいんだよ」
「でも僕が気にするから。これからは僕に護られていて」
「わかった…にしても、天使くんはなにがしたいんだろうね」
「わからなけど、何か考えあってのことだよね。きっと…。僕達も部屋を見回ってみよう。優位をとれる場所があるかもしれないからね」
「そうだね」
ユエとオブリヴィオンもガラスに背を向け、扉のほうへ。不可解な構造の部屋はここだけなのか、はたまた他の部屋もそうであるのか……不安要素を抱えつつその場を後にした。
__今回のステージを作成したイズは外観こそ実在する城を再現したものの、王座の間のガラスの壁のように意地の悪い仕掛けも用意していた。
手を加えずに再現すると前回と画が変わらないからと、妙な気遣いかいたずら心からか城内を迷路のように入り組ませている。
ただし、襲撃の際に城主が隠れていたであろう抜け道や隠し部屋はそのままにしてあり、いかにこの城の構造を理解するかが勝利へと繋がる。
…かもしれない。
前回とはまた違う、癖のある構造。先にそれを利用できるのはどちらだろうか。
ꕤꕤꕤꕤ
「さて、カクマル君。私達は暗器らしく彼らの寝首を搔いてやろう」
「あの作戦通りにするということでよろしいか~」
“あの作戦”という言葉にオスカーは笑みを深める。
「ああ、“作戦通り”に」
カクマルとオスカーの作戦会議は実に優雅に行われた。紅茶に合わせてティーカップでほうじ茶をのむワンシーンなどもありつつ、淡々と、ときにちょっとした盛り上がりも見せた。
特に盛り上がったのは2人が現在話しているとある作戦。オスカーとカクマルの性質の凹凸がうまくはまり、大変暗器らしい作戦が組み立てられることとなった。
オスカーは「早く披露したいものだ」とくつくつ笑う。
「それがしは勝敗を狐拳で決めたり、みんなで卓を囲んで遊戯大会もいいけど〜、イズ殿はそういうのに混ざれなさそうだものなあ」
「ふふ、いいのかな。その言葉、きっと天使様も聞いていると思うけれど」
カクマルは思わず自身の口元を手で隠す。
「そういえばイズ殿とルミエル殿も観戦してたで候〜!そこの監視役殿〜!ご内密に」
続いて廊下の端にいた球体に秘密のジェスチャーをするが、球体達は大量の目をそれぞれ見合わせる。球体に翼がついているだけの生物であるというのに、なんだか肩をすくめるジェスチャーが見えた気がした。
「秘密にしてくれるで御座か〜」
よかったよかったと額の汗を拭う仕草にオスカーも「(全くの逆のようだがね)」とやれやれと同じように肩をすくめる。
「おやおやおや!?オスカー殿、その仕草...それがしを面白鉄扇だと思っているご様子。実はそうなんだけどね〜」
カクマルが腕を組んで壁に身を預ければ、カチッと乾いた音が鳴った。
「え…?」
「おや」
ズズズ…と重たい音と共に、カクマルが体重を預けた壁が内側にめり込むように少しずつ動いていく。動いているのはちょうどドアひとつ分程の大きさだ。
「(それがし、大変なことしちゃった?)」
そう思った頃には、それこそドアの要領で開いた壁から“中”に転がり込んでいた。咄嗟に手をついて、無様にこけるのは阻止したものの、カクマルは全くもってこの事態を予想しておらず、表情はきょとんとしていた。
「ふむ…明らかに他の部屋とは違うようだ」
オスカーはカクマルが放り込まれた部屋を覗き込む。5畳ほどの、他の豪華絢爛な部屋と比べれば小さな質素な部屋。カーペットや本の背表紙こそ豪華だが、壁は石壁そのままで飾り気を感じられない。
「これは面白い…!左右の壁に通路、正面には本棚。まさに隠し部屋といったところか」
「隠し部屋!?」
カクマルの瞳の奥で何かがきらりと輝いた。素早く立ち上がると夏休み初日の少年のように輝かせた目で辺りを見回し、本棚を物色する。
「こういう部屋って絵を傾けたり、こう、本をちょっと出してみたりってやらなくても入れるもの!?粋だねぇ!」
次々に本を開いて行くが、歴史書や誰のものか分からない日記、昔ながらの詩集などがほとんどのようだ。カクマルはパラパラとページをめくっては閉じて別の本へ。
オスカーは入ってきた扉を閉めた後、そんな彼女がまだ興味を示していない通路へと近づく。右側も左側も違いと呼べるような違いはなく、一定距離ごとの蝋燭が淡く通路内を照らしている。
どちらから行くべきかと考えていると背後から「あ!」と声が響いた。振り返ると分厚い本に挟まれた、丁寧に畳まれた羊皮紙を見つめるカクマルが、オスカーの視界に入る。
「何か見つけたのかな?この世界の真理だとか、殺し合いを長く楽しむ方法だと大変興味深いのだけれど」
大袈裟に身振り手振りをしながらカクマルの方へ向かい、背から覗き込むと地図のようなものであるとわかった。
「少し失礼するよ」
オスカーが本からひょっとそれをとって開いていく。カクマルも興味津々な様で、急いで本を閉じて戻しオスカーの手元を見つめる。
開いてみると、なるほど。城内の構造が描かれた館内資料のようだった。現在いる部屋もしっかり載っている。オスカーはカクマルも見やすいように、少し低めの位置で資料を持ち眺め始めた。
「やはりここは隠し部屋と隠し通路がある場所のようだ。となるとこちらに行くと...食堂か。では逆の方は...」
「オスカー殿...!ここで分岐を右へ行けば階段を登った後、王子の部屋へも行けるようで御座〜!」
もしや宝物なんかもあるのでは!?とすっかりトレジャーハンター気分のカクマルにオスカーは落ち着けとでも言いたげに自身の口元で右手の人差し指を立てる。
「Shh…一旦落ち着いてくれないかカクマル君。宝探しも、もちろん素敵なアイデアだが、今はもっと大切なことをしている最中だろう」
「そ…そうだわな〜。申し訳ない。ご勘弁!」
眉を下げ苦笑いのような笑みを浮かべる彼女にオスカーは言葉を続ける。
「カクマル君の気持ちはわかるさ。だが、今回を生き延びねば君だって望まぬ未来へ歩を進めることになるだろう?」
詭弁もこういう時は役に立つ。オスカーは、全く理解できないカクマルの平和主義に賛同するような口ぶりで彼女を説得することにした。
「…それがし、闘わなくて済むならその方がって思っていたでありんすが、オスカー殿をペアとして護りたいとも思ってるで候。
それに、オスカー殿の言うことも百理あると感じたで御座!それがし、いけいけどんどんで頑張る!」
「君がやる気になってくれてよかったよ。よろしく頼むよ」
大きく頷くカクマルにオスカーは笑みを深めた。
「素晴らしい!では、早速奇襲といこうではないか…とは言っても、向こうのいる場所は分からない。総当りになるがね」
「総当りドンと来いで御座〜!じゃあ早速右側の通路から行くで候〜」
小走りのカクマルと、余裕を感じる歩き方のオスカーが去った後、部屋には再び静寂が訪れる。
ここにはもう用はないと思ったのか、球体の生物も2人の後を追って去っていった。
ꕤꕤꕤ
ギィ…と重苦しい音と共にオブリヴィオンが扉を開ければ、シャンデリアの炎がゆらりと揺れた。年季の入った埃っぽいにおいはせず、最近作られた作り物の城であることが感覚的にわかる。
100人呼んでパーティをしても狭苦しくなさそうな大きな部屋。だが、大座があった部屋よりも荘厳な感じはなく、置いてある彫刻も楽しげに笑う天使が躍っているものや楽器を奏でているものばかり。
2人して部屋の中を見回すが、家具らしい家具はあまりなく、部屋の中心には何も置かれていない。かわりに床には幾何学的でありつつ優美な文様が描かれている。中心まで歩いていき、まじまじと見ると細かい装飾まで丁寧に施されていることが見て取れた。
ユエはどこか見覚えがあるような気がして、過去の記憶を手繰り寄せる。その結果、持ち主が見ていたアニメーションの映画を思い出した。
「ここ…ダンスホール、かも」
ユエの言葉にオブリヴィオンがいいことを思いついたとでも言いたげな笑顔になる。
「せっかくだから踊ろうよユエ」
オブリヴィオンが武器を置き、ユエに手を伸ばす。慣れているのだろうか、ごく自然な動きで片膝をついてまっすぐに彼女を見上げている。
「ゆえはダンスわかんないし…」
「大丈夫、僕もわかってないから」
「え…?」
どういうこと?と眉間にしわを寄せるユエにオブリヴィオンが少し恥ずかしそうに笑う。
「ちらっと見かけたことはあるんだけど、ダンスするような場に僕は持って行くことがないからね。この姿になってから本格的に踊ったこともないし…」
「なのにゆえをさそったの?」
ユエは小さく溜息を吐いてから少し躊躇った後、自身も武器を置き手を伸ばした。
「…いいよ。下手同士のダンスなんて座って見てるほうからしたら楽しくないだろうけど」
「少しくらい、みんなも許してくれるんじゃないかな」
こくりと頷いたユエにオブリヴィオンは微笑みを返し、彼女の手を取って軽く引き寄せた。
「体支えてもいいかな?」
「いいよ。でもその体勢でこけないでね。ゆえがつぶされちゃうから」
「ははっ、もしそうなったら大変だ。気を付けるね」
ユエの腰に軽く手を当て、もう片方の手を合わせる。
「確か…1、2、3ってリズムを刻みながら動いたらそれっぽく見えそうだったんだよね」
オブリヴィオンのカウントに合わせてユエも足を動かす。たまに左右を間違えつつ、正解を知らない人が見れば拍手をしてくれるであろうレベルには踊れていた。
ターンをすればユエのスカートふわりと広がる。
「ユエはドレスなんかも似合うと思うなあ。せっかく人の姿になったんだし、今度着てみてよ」
「気が向いたら着てもいいよ」
「気が向いたらかあ…」と笑いながら軽快にステップをふむ。
「僕達、なんだかそれっぽく踊れるようになれちゃったね」
「うん」
ユエの短い返事に「また練習もしてみよっか」とオブリヴィオンは笑みを返した。
数分踊ればもう軽く汗ばんでいた。
当たり前ではあるが、体力を全て使ってしまうわけにもいかないため程々のところでダンスを終えることとなった。
「この部屋、なんだかちょっと熱くなってきた気がする…僕の気のせいかな?」
「ろうそくのシャンデリアだからかもね。熱気は地面の近くにたまるらしいよ」
「ユエは頭がいいなあ…!じゃあ、空気を入れ替えようか。ちょうど、休めそうなテラスもあることだし」
オブリヴィオンが武器を手に取り大きなガラス扉を開けると、夜の香りが吹き込んでくる。扉の近くの灯りが弱々しくなり、数秒で消えてしまった。
「想像以上に風が強かったみたいだ…ごめん、ユエ。すこし暗くしちゃった」
ユエは小さく笑い、首を左右に振る。
「いいよ。この部屋全部の灯りが消えたわけじゃないし…」
そのまま武器を拾ってテラスへと向かうと少し冷たい夜風が頬を撫ぜていった。影と月光の境界線を踏み越えると、階下にバラ園が見える。あの子が大喜びしそうな場所…と小柄な方の天使が思い浮かんだ。
ユエはテラスの柵に手を置き大きな満月を見上げる。
「涼しいね」
「前の時もカメラごしの景色に対して思ったけど、月…なんだか大きい気がする。ここから見てこのサイズなら、1.5倍くらいはありそう」
「月が大きくなるなんて不思議だね。それとも見せかけの月なのかな」
オブリヴィオンが不思議そうにそう話すと、ユエが少し考える素振りを見せる。髪が風になびき、月光で縁取られた部分がキラキラと輝いているように空見した。
「もしかしたら、ゆえたちがもともといた所より、高いところにいるのかも。それこそ、空の上とか…」
「天使がいる場所というと天界のイメージだし、案外ありそうだね」
「じゃあここは天国かな。それとも天国と地獄の間?不思議な場所にきちゃったね」
ユエが今度は柵に寄りかかる。手を柵の外に投げ出して、大きな月に小さく溜息をついた。
とん
溜息と同時にユエの背後から鳴った軽い靴音。
オブリヴィオンの視界に割り込む褐返と蕾紅梅。
「ユエ!」
ユエがオブリヴィオンに呼ばれて振り返るとカクマルと視線がかち合う。咄嗟にカッターナイフを薙ぐように振るうとカクマルは踊るように避ける。
オブリヴィオンがユエの加勢に入ろうとすれば、喉元にひんやりとした感覚。
「1対1の戦いに手を出すなんて無粋じゃないかい?君の相手は私が務めよう」
いつの間にかオスカーの仕込み杖の剣先があてられていた。
「首切り処刑人が使っていた武器である僕の首を狙うなんて、オスカーらしいね…」
「ユーモアたっぷりだろう?」
オスカーの返しにオブリヴィオンは苦笑を返した。
「とてもね」
「リヴィ…!ゆえは大丈夫だから。こっちは心配せずに闘って」
「大丈夫って言われちゃうのもなんだか心外で御座~!それがしだって、オスカー殿を護りにいけないの辛いんだけどね!」
カクマルは鉄扇でユエの攻撃をいなし、扇を閉じるとそのまま右腕の肘の間接を刺突する。
「い゙っ…!」
痛みに顔を顰めるユエだが、カッターナイフはギリギリ落とさずにすんでいた。ビリビリと痺れる感覚に、このままではどっちにしろ取り落とすと感じ左手を添える。
右手の指先が勝手にぴくぴくと痙攣し、力強く握れない。
「(元から両手持ち前提だし問題ないもん)」
ぎゅ、と左手に力を入れる。右も折れているわけでは無さそうだ。直に感覚が戻るだろう。
「ハハハ!あちらも盛り上がっているね」
一方、オスカーはオブリヴィオンと剣技に興じていた。
「オブリヴィオン君の武器はこうやって闘うものではないんじゃないかい?人の首を断ち切るのに特化しているんだろう」
「そうだけど…まだオスカーを殺したいなんて思えない。だって、君はまだ何もしていないじゃないか」
「何も?何もと?ハハハハハハハ!!!!何を仰る。私ほど“しでかしている”者もいない」
「元が武器だからそれはそうだけど、自分の意思でやっている訳じゃないじゃないか…!」
「ふむ、では君は私が私の意思で殺れば本気を出してくれるのかい?」
「え?」
オブリヴィオンの返事を聞く前にオスカーはカクマルとユエの元へ走り出す。
「カクマル」
そしてペアの名を呼ぶと、彼女は振り返ることなく頷きユエに抱きつく。ユエは突然の抱擁に驚きを隠せず固まった。カッターナイフを振り回そうにも腕ごと抱きしめられて動かすことが出来ない。
オブリヴィオンとユエが置いてきぼりになっている間に、オスカーは間髪入れずカクマルの背に剣先を差し込んだ。ユエの背から出た剣先がキラリと光る。
剣を引き抜けば2人の腹からどくどくと血が流れる。ユエはカッターナイフを支えにしようとするも、初めて感じる痛みに足の力が抜けぺたりと座り込んだ。
カクマルはふらつくもテラスの柵を掴み、息を整えコルセットを締め直す。一緒に割かれているためどこまで止血になるかは分からないが、やらないよりはマシだろう。
「思ったより早かったけど、この作戦で1人でも減らせるなら万々歳だわな〜…」
オスカーはユエの死を見届けてやろうと仮面を外す。
「さすがにペア相手ごと心臓を一突きとはいかないからね。じわじわと失血を楽しんで頂こう」
さらに、シルクハットが落ちるのも気にせず少し乱れた髪をかきあげた。
罪悪感の全くない笑みはまさに邪悪そのものであり、返り血のベタつきさえ愉しんでいる。
そんな中、愉しみを遮るように声を発するものがいた。暗い中に冷たい赤い瞳が浮かぶ。先程までの温度を失った彼は1度深呼吸をすると一言。
「刑を執行する」
ꕤꕤ
「オブリヴィオン君がやる気を出してくれて、ユエくんを殺すことも出来る。嗚呼、なんて良い夜だ!」
高笑いをする紳士との距離を詰めると、オブリヴィオンは真っ直ぐにエクセキューショナーズソードを振り下ろす。
「殺されるのは困るかも〜!」
カクマルが間に躍り出て鉄扇でいなすが、咳をして血を吐き出す。彼女は気力で動いている状態であり、気を抜くと気絶してそのまま失血死なんてことになりかねないと本人も気がついていたが、それを言い訳に護れない方が嫌だった。
カクマルはそのまま彼らの足元にへたり込むが、そのことに関して2人とも気にも止めていない様子であった。
肩で息をしながらオスカーに加勢するために立ち上がろうとしては力が抜ける。
「助かったよカクマル君」
オスカーは軽く礼を言うと、今度はオブリヴィオンの首めがけて刺突しようとする。だが、冷静な処刑人は動じることなく簡単に避けた。
「首を飛ばす本職には適わないか!ハハハ!」
「そんなに首を飛ばされたいのなら、飛ばしてあげよう」
今度はオブリヴィオンがエクセキューショナーズソードを振るうが、オスカーは彼からの焼けるような殺気から逃げるようにそれを避けた。野生の勘のようなものが働いていなければ、おそらく首は簡単に飛んでいただろう。
その証拠に、オスカーの首には血の一本線が引かれていた。
「殺しが愉しいことは知っていたが、まさか殺し合いも同じくらい愉しいとはな!」
「楽しい?楽しいだなんて僕は口が裂けても言えない」
「紳士くん…趣味わる……」
傷口を抑えながらユエがオスカーを睨むが、そのか細い声は彼にまで届いていない。楽しげな彼といつもと全く違う雰囲気の彼を眺めることしかできない現状もどうにもなりそうになかった。
重症の2人のことは眼中に無いのか、はたまたペアが死ぬ前に早くこの闘いを終わらせようとしているのか、彼らは間髪入れず攻撃し合う。
腕に、胴体に、顔に、どんどん傷が増えていく。
「刑の執行からは逃れられない。何者であろうと、どんな罪であろうと、決定したものを覆すことは出来ない」
「それを覆すのも愉しそうだ!」
「いや、覆させない」
「execute a sentence on a criminal」
『罪人に刑の執行を』
持ち主が1番言われたであろうその言葉。執行人の前では命乞いも、尺罪も、全てが無意味。
首を切断するためだけの斬撃から、罪人は逃れられない。
「…っ!宴゙!!」
_邪魔さえ入らなければ
カクマルが持っていた鉄扇全体が鉄となり、オスカーの首に迫っていた刃を跳ね返す。
きぃん、と鉄同士がぶつかる音が小さくこだましては消える。
宴は扇子全体を鉄に変化させ、舞うように攻撃する技。防護を主とした攻撃以外がなかなかできない通常の状態から打って変わって、斬撃が可能となり、防御範囲も広がる。
カクマルは一か八か、オブリヴィオンの斬撃を自身の必殺技と被せることで相殺することを狙ったのだ。
狙い通りの結果にカクマルは不敵な笑みを浮かべた。
「護身用武器がペアを殺させるなんて、名が廃るようなことできないからね〜…!げほっ、」
格好をつけてみるものの、咳と共に逆流する血は依然止まらない。喉からひゅーひゅーと鳴る音も止められそうになかった。
これでは舞うように攻撃を仕掛けることもできそうにない。
「(やっぱり、作戦早すぎたんじゃない?)」
なんて考えるも後の祭り。何より、作戦の合図に従ったのは自身なのだから。
「罪人の護身なんて愚かな行いだ。命を削ってまですることはない」
「リヴィ殿にとってはそうでも、それがしにとっては警護対象なんだわな」
「意見の相違だ。だけど、僕は引かないよ」
オブリヴィオンは必殺技は使い切ったが、必殺技がないと首が斬れないほどの能無しでは無い。あくまで補助のようなもの。あってもなくても首を斬るのは容易い。
「ハハハ、悪いね。首を斬られたいってわけじゃあないんだ。そういう趣味は無いんでね!」
オスカーはカクマルを巻き込まぬよう手で押す。カクマルがそのまま勢いのままフラフラと躓きそうにまりながらも歩き、数歩先で膝を着いた。
オスカーの笑い声と共に腹を引き裂くようにして、複数の蛇腹剣が鞭のように突き破って出てくる。その初撃はオブリヴィオンの頬と横腹に深い傷を負わせた。
Farewell to the gentleman
上半身を複数の蛇腹剣の機構に変形させ、手数を増やすただそれだけの技。だが、化け物じみたその様相は彼の欲望の形にピッタリだとも言えた。
「っ...」
エクセキューショナーズソードである程度は防ぎはしたものの、傷は確実に増えている。特に横腹は臓器までは至らぬ傷ではあるものの、長期戦には確実に不利な負傷だ。
首を狙って武器を振るうが、蛇腹剣に絡みつかれ、いなされる。
「……」
オブリヴィオンはエクセキューショナーズソードをじっと見つめた後、再び首を狙って攻撃を仕掛ける。
「おやおや、ワンパターンになってきてるが!?もっと創造性を膨らませろ!ハハハ!」
やはり蛇腹剣にいなされて首元までは届かない。
が、オブリヴィオンはその巻きつくのを逆に利用して、蛇腹剣の機構を剣ごと引き寄せ、手に傷がつくのも気にせず掴んだ。
掴んだ蛇腹剣が手から抜ける前にエクセキューショナーズソードを引き抜く。
冷たい視線と熱を帯びた視線がかち合う。
「素晴らしい!オブリヴィオン!君程素晴らしい武器はそう居ない!」
処刑対象に褒め称えられたとしても、処刑の執行は揺らがない。
オブリヴィオンは視線ひとつ逸らさず首を断ち切った。
どちゃ、と水音とともに重たいものが落ちる音。数秒後にオブリヴィオンが蛇腹剣から手を離したことで胴体が倒れ込む音。
血溜まりが広がり、唯一の人間に死を告げた。
オスカーは生前沢山殺していた。何度も何人も殺し続けた。
殺しを辞めたかったが、辞めたくなかった。自身の異常性を感じていたのに、欲望に逆らえなかった。
だから、本性を隠さなくていいこの試合が楽しくてたまらなかった。自身にかけられた希望を捨ておき、好きに殺し合って満足して死ぬ。彼にとっては最良の日だったであろう。
捨て置かれた人類の未来に、天国と地獄に住まう彼らはどう思ったかは分からないが。
「ははは...はぁ、」
息も絶え絶えに笑うカクマルは、ユエの方へ向かう。ユエは思わず立ち上がり、柵に背を預けカッターナイフを構える。
「借りるよ」
カクマルは自身の腹にその向けられた刃を差し込む。体重をかけてどんどん腹の中へ。
彼を護れなかった。なら、せめて武士の誇りを持って華々しく、格好よく散ろうではないか!
「ハラキリは介錯も必要なんだけどね〜さすがに望めなさそうだわな」
「は…?なんで?自分から?」
どうすればいいのか分からず、ユエはせっかく敵が自決しようとしているというのにカッターナイフを引き抜こうとする。
「つ、使わないで!ゆえのこと、そうやって使わないで!」
「ぅ゙…ぎこぎこされるのはさすがに...痛いで御座〜はは…」
ユエの表情に、彼女が重なる。カクマルの心が締め付けられる。思わずカッターナイフの刃から手を離した。自分がしたいのは本当にこれなのか?でも、無様な死に際を見せる方が嫌で堪らなかった。
だけど…これでは、ただただ命を奪っていった側と何も変わらないかもしれない。最期くらいカッコつけたいというのも、ただの我儘。その我儘にこの少女を付き合わせて良かったのか?
「悲しませたい…訳じゃ…ごめ…」
ユエが泣き出しそうになっていると、カクマルの長い髪が宙を舞う。カッターナイフにかかっていた重みが今度は下に向かう。
奇しくも、彼女が望んだ“切腹”を果たす結果となった。
顔に血を被ってからやっと、カクマルの頭が飛んだと気がつく。
「あ、」
『試合終了』
イズの終了の合図が流れる。
『人間の復活のチャンスを簡単に終わらせて…はあ、人間も擬態させて混ぜたの失敗でしたかね』
試合前までは仲が良かったはずの2人の首を跳ねたオブリヴィオンとユエの目が合う。ユエはその殺気にひゅ、と息を飲んだ。
「ユエ…ごめん、怪我させちゃったね」
その一言で一気に緊張がほぐれる。
「(いつものリヴィだ…)」
気が抜けると同時に倒れ込みそうになるが、オブリヴィオンが抱きとめる。
「すぐ手当てしに来てくれるはずだから」
ユエは震える手でオブリヴィオンの服の裾を掴む。口の中いっぱいの据えた匂いが吐き気を催した。
ꕤ
「あはは…」
無言でスクリーンを見つめていたマチルダが堰を切ったように笑い出す。
「あはははははは!!」
涙を流しながらのけぞり、腹を抱えて笑うさまは普段からは想像できない姿だった。
「マチルダさん…?」
右舷が少し引き気味に様子を伺うが、マチルダは笑うのをやめない。
「あはははは!神よ、ついにわたくしに罰をお与えになったのですね!そうに違いありません。そうでないと、そうでないとおかしいです」
「落ち着いてください…!」
「嘘つき……!!」
「……」
「……」
久しぶりに聞くものも多いであろう彼女の声に場がしんと静まり返る。マチルダも笑うのをやめた。
何か言いたげであったが、特に発することもなく画面を睨みつけていた。
約束も、拒否しても投げかけられた甘い言葉も、全て欲しくなかった。だけど、満足気な顔で勝手に居なくなるのも訳が分からなかった。
キアラは壊れかけていた心が歪に固まった音がした気がして。もう1人の自分がにやりと笑っているのを感じた。
「静かにしてください…ってしてましたね」
パチンと指を鳴らすと4ヶ月前にも見た似顔絵が使われた対戦表が現れた。
「次回からの組み合わせはこちらです。次回の対戦はキアラとパージ。お2人とも時間までに来るように」
「あ、今度は弱虫殺していいんだ〜!」
嬉しそうに笑うパージの横で左舷が真顔で対戦表を見つめていた。
欲も、罪も、全て際限ない
いたちごっこの青天井
誰も業からは逃れられない
꧁———————————————꧂
【Anonymous Embryo】
第3話:罪と罰と青天井
꧁———————————————꧂
【執筆】
なえを。
【スチル協力】
りゆ(ユエ)
rugi(オスカー)
隣人(オブリヴィオン)
みりん(カクマル)
鮫々(ルミエル)
2024,08,03