ep6.まもりたかったモノ
ep6.まもりたかったモノ
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【After Story】
ep6. まもりたかったモノ
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それがしは“護るため”に在った。それがしもその在り方を望んでいた。
それがしが生み出されたのは、今日の幸せが明日には泡沫と消えてしまうかもしれない、争いの絶えない時代。はじめの主人は、はるか東の国、とある上級階級の娘だった。この名は娘にもらったものだ。長寿の象徴である「鶴」に、円満・縁起の象徴である「丸」で、カクマル。この幸せが永遠に続くようにと願いが込められた自慢の名だ。それがしは自身の名に恥じぬよう、裕福な娘を狙う人攫いを退けながら、娘を支え続けた。娘と共に芝居を観たり、娘が絵を描く様子を眺める日々はとても素敵なものだった。
戦うのは、相手を傷付けるためじゃない。この幸せな日常を守るため、大切なモノを護るためにこの身を使う。それが護身武器であるそれがしの誇りだ。しかしある時、娘とその家族は時代が生んだ悪意に呑まれてしまった。押し寄せる飢えた人々と、這うように迫りくる炎に、それがしは抗いきることができなかった。
娘のもとを離れた後は、それがしは傷付けるために使われた。
時に、武器をもたない者を痛めつけた。
時に、金持ちの道楽として人を虐げた。
時に、相続争いの凶器となった。
思い返したときに、ふと自身に疑問を覚える。それがしは、それがしの“大切”を最後まで護れたことがあっただろうか__?
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「き、聞いてな〜い!また目覚めることがあるなんて聞いてないで御座候〜〜〜!」
それがしは戦いに敗れ、せめてもの武士の誇りとして自害を選び、その生を終えた。……筈だった。それなのに、気付けばまたこの身は陽の目を浴びている。ついでに、お花畑の中のなんとも“めるへん”なお茶会にまで招待されている。何が何だか分からない。戦場で格好つけた死に方をしたぶん、何故か死にきれていないこの状況は恥ずかしくて座に堪えない。だからそれがしは、テーブルの下で籠城を決め込んでいるわけである。それがし、もう死んだもん……。
「カクマルさま、テーブルの下は狭いでしょう。ほら、カクマルさまの好きな和菓子もありますよ〜……!出ておいで〜……!」
お煎餅を手に、こちらを覗き込む困り眉のルミエル殿が見える。対応が、まるで犬猫を相手にするときのそれである。ほぼ孫のように思っていたルミエル殿にこのような接し方をされてしまうなんて、これも不覚だ。結局、いつまでもここで蹲っているわけにもいかず、用意された椅子に着席する。机の下は、籠城をするには幾分か心許なかった。
「ふふ、やっと出てきてくれましたね」
「そうだね……。でも、おかしいな〜……格好よく死ねたと思ったんだけどな〜……」
ちらりと正面に座っているルミエル殿を見やる。言外に、「どうしてあのまま終わらせてくれなかったのか」と含みをもたせた。それがしと視線があったルミエル殿は、それがしの言葉の意図にピンときた様子だった。しかし、それがしのプチ抗議はのらりくらりとかわされてしまう。
「わ、もしかして此処へ呼ばれたのはあまりカクマルさまのお心には添わなかったですか?それは大変です、そういうことは呼ばれる前に言ってくださらないと〜」
「そもそも、こんなところに呼ばれるだなんて聞かされてなかった気が……」
「おや、そうでしたか?まぁ、そういうこともありますよね」
にこ!と笑顔を作るルミエル殿に、何か言葉を返す気力も霧散してしまった。自身を落ち着けるように、手元の紅茶を一口飲む。
これはヌワラエリヤという紅茶だったか。確かルミエル殿とお茶会をする中で、どこか日本茶と似た味わいがあると盛り上がったものだ。やっぱりこの紅茶は和菓子に合う。紅茶が控えめなぶん、和菓子の繊細な味を殺さない。どこか桜餅や柏餅のような風味があるのも、人によって好き嫌いは別れるだろうが、自分は好きだ。
「……ここにいるのはルミエル殿だけかな?」
「はい、見ての通り。誰か会いたい方でもいらっしゃいましたか?」
「いんや、その逆。どちらかといえばね」
気のむくまま和菓子をちょこちょことつまむうち、ふと思い浮かんだのは、マチルダ殿の顔だった。羊羹も、練り切りも、色々な和菓子をお茶会の中でマチルダ殿に教えていた。マチルダ殿の記憶に残るのは、そういう楽しいお茶会の記憶だとか、戦場で格好よく舞うそれがしの姿だけでいい。恋人には、良いところだけ見せていたい。
「……さて、お茶もいただいたし。そろそろそれがしが再び起こされた訳を教えておくんなまし。それがしに何用かな」
「そうですね。ここへカクマルさまをお呼びしたのは、カクマル様の今後をお聞きするためです。天使になるか、このまま眠るか、お選びください」
選択について、詳しい説明はされなかった。今までのやり取りで、ルミエル殿もそれがしの選択に検討がついたのだろう。
「もう少し詳しい詳しい説明があっても良さそうなものだけど。その様子だとルミエル殿もそれがしの選択に検討がついているみたいだね」
思ったままを口に出すとルミエル殿は少しだけ言葉につまる様子をみせた気がした。けれど、今さらそこまで気にすることでもないだろう。それがしは今度こそ、この命に終止符を打つのだから。
「眠るよ。おやすみ、ルミエル殿」
「おやすみなさい、カクマルさま」
それがしの言葉で察してくれたらしい。お願い、と促すように、小さく頷く。すると、ルミエル殿もそれに応えるように、コクリと頷いてくれた。ルミエル殿の言葉に見送られ、日々の眠りと同じような自然さで、すっと意識が落ちる。ふわっと体が軽くなって、今度こそ、それがしに終わりが訪れた。
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終わりが訪れた、筈だったのだが。
「き、聞いてな〜い!また目覚めることがあるなんて聞いてないで御座候〜〜〜!」
次に視界に映ったのは、どこか懐かしい和の風景。気がつけば、どこかの屋敷の庭に立っていた。丁寧に手入れされた枯山水には、どこか見覚えがある気がする。戸惑っていると、どこからかルミエル殿の声が聞こえた。
『選択についての説明について省いたのは、カクマルさまが選ぶ方に検討がついたのもそうですけど〜……。永遠の眠りについた際に、こういうことがあるかもしれないって知ったら、カクマルさまが渋るかな〜って……』
声は聞こえる気がするが、見まわしてみても、付近にルミエル殿の姿はない。幻聴だろうか。
『あなたがそこに立っているということは、どうやらカクマル様と引きあう魂があったみたいですね。素敵なことです。……では、わたしはこれでっ』
また。どうやら幻聴ではなかったらしい。待ってほしい、説明責任というものがあるはずだ。しかしどこにいるとも分からないルミエル殿を引き留めることができる筈もなく、ルミエル殿の声はラジオの電源を落としたようにブツッと途絶えた。
「それがし、なーんもうまくいかないなぁ……」
お嬢様の未来を護れなかった。共に戦ったオスカー殿の身を護れなかった。マチルダ殿の笑顔を護れなかった。マチルダ殿は、笑顔という言葉がしっくりくる武器ではないけれど、そこは言葉の綾だ。護身武器のくせに、何にも護れていない。ぜんぶぜんぶ、それがしの手から溢れ落ちていってしまう。せめて格好悪いところを見せまいと飾った最期だって、そこで終わりとはいかなかった。
大きめの石に腰掛け、することもないので地面を這うナメクジなんかを眺める。それがしの今の気分は、ナメクジ殿とお揃いのジメジメで御座候……なんて思っていると、不意に、凛とした声が耳に届いた。
「おや、何やら澱んだ空気がすると思って軒先まで出てみれば。貴方、そこで何を?」
「…………お嬢様?」
地面から顔をあげると、懐かしい彼女の姿がそこにあった。1番はじめの主人であるお嬢様だ。けれど、その姿は記憶の中の彼女とは少し違う。悔しいなあ、全部覚えてるはずだったんだけどねえ。
「確かに“お嬢様”と呼ばれて違和感はない身分にございますが……。どちらの方でしょう」
「そ、それがし、カクマルに御座候……!お嬢様、あの時は最後までお守りできず、面目なく……」
思わずお嬢様に駆け寄る。いきなり謝られても困惑させるだろう。そもそも、いきなりカクマルだなんて言っても訳が分からないだろう。しかしその時は、そんなことも考えられず、ただただ懺悔をすることしかできなかった。しかしお嬢様はそれがしの話をゆっくりと聞いてくれて。それがしがカクマルであることも受け入れてくれて。あぁ、やっぱりお嬢様は支えるに相応しい素敵なお方だと思う。久しぶりの再会、武器としてちょーっと主人に甘えたいな……それがしだって、たまには……なんて気持ちも芽生えはじめたとき。
「話は分かりました。ですがカクマル、何ですかその体たらくは。みっともない」
ぴしゃり。お嬢様の凛とした声が、それがしに鞭打たれた。
「私に支える身であるのなら、凛と前だけを見据えなさい。そもそも私が命をおとしたのは、カクマルのせいではなく村人のせい、ひいては時代のせいにございます」
「そりゃあ時代も時代だったけど……でも、それがしがもっと…………」
「カクマルのせいではございません」
「はい…………」
それに、とお嬢様が言葉を続ける。どうやらお嬢様の喝はもう暫く続きそうだ。何にも上手くいかなかったけれど、またお嬢様の側にいられるのなら、今度こそ彼女を護りぬこう。
ただ、お嬢様の見据える先に、ほんとうの未来がないことだけが、どうしようもなく口惜しかった。
____fin
【執筆】
音戯。
【スチル】
音戯。
2024,09,01