PROLOGUE
PROLOGUE
手をさし伸ばされたのを覚えてる?久しぶりに見た人型の生物に「またつかってもらえるんだ」って思った?それとも、「もう放っておいて」とか?
どちらにせよ、大義名分の元選ばれた事実には変わりない。
また戦場に放り込まれる。今度は武器を操るものとして。細かいルールがある分、彼らが今まで身を置いてきた環境に比べ幾分かマシだろうか。
ꕤꕤꕤ
鐘の音
花の香り
優しい光
身体の重み
息をする感覚
見回せば花畑と青空が自身を包んでいることに気がつくだろう。先程までいた灰色の空の下とは真逆の光景。
だが、そんなことよりも強烈な違和感が自身を襲う。姿かたちを変えられた影響であると気がつくか、混乱するか、反応は個人差がある様子ではあるが...
目を覚ました者たちが慣れない呼吸という作業に必死になる様は、打ち上げられた魚にも少し似ていた。長い白髪を風になびかせる天使の風貌をした彼は、その様子を黙って見守っている。
いや、見下しているようにも見える。観察するでもなく、見ているだけであった。
立ち上がるどころか体を起こせず這い蹲るようにしている者、足を上手く使えず倒れ込む者、体を丸めている者。皆一様にリモコン操作されたようなぎこちない動きである。
「イズさま......」
皆が目覚めたと気がついた少女が男を見上げ開始を促す。彼女は先程から落ち着かない様子で持っていた資料を大切そうに抱え直し、男と同じ方へ目線を戻した。
「...ええ、そろそろいいですかね。全員目覚めたようですし、イズは十分待ちました」
イズが両手をうち鳴らせばざあざあと鳴っていた風の音もピタリと止んだ。人型をした武器たちも思わず動きを止めて彼を見やる。
「手早く済ませますよ。人類が滅んで幾星霜。上ではそろそろ人類の代わりが欲しいと言う話になりました」
「そこで、誠に勝手ながら...あなたたちには新人類を決める試験に臨んでもらいます。簡単に言うとトーナメント戦ですね。生き残った者は同族と自由に地球で過ごせる王者の権利を得ます。
人間をもう一度復活するだけではいけない理由は...まあ後ほど。
最後まで生き残って明日を手に入れてください。それがあなたたちの新しい使命です。嫌だと言うならまた荒れ果てた地上で腐り落ちるのを待つだけとなります」
「皆さまきっと怯えてしまってます......」
「ルミエル」
小声で独り言をこぼしたルミエルは、勝敗の末に振り落とされる者を既に憂いているようだ。だが、イズに聞かれていたようで睨まれてしまった。
「申し訳ありません」と急いで頭を下げる彼女とイズの上下関係は誰から見ても明らかだ。
「つまり...結局のところ、...」
海のように青い瞳をした男は、小さく首を傾げながら手を挙げる。その動作に頭上の冠が鈍く光った。
「どういうことだ...?」
「勝ち残った1人以外死ぬってことじゃない?とりあえず闘って勝ち抜いて、アタシが強いってことが伝わればいいんだよね?」
男の質問に答えつつリレーされた彼女の問に、イズは頷いてみせた。
「ええ、そういうことになりますね。生き残ったら同じ種類の武器...」
彼の視線がカッターナイフへと移される。...とは言っても、閉じた瞼に隠された瞳の動きまでは追えないため、正確な視線は分からないが。
「例えばカッターナイフなら地上に残ったそれら全部があなたたちみたいに自由に動ける身体になるわけです。もしもそれを、ここにいる全員分やったらとんでもないことになりますよね」
「あ...カッターナイフ......」
中華風の可愛らしい服を着た少女が自身を指さす。いきなり例として使われたことになんだか複雑そうな顔をしている。
「つまり!!」
皆の視線が困り眉の少女からまた違う人物へと移動する。声の主は目を輝かせ言葉を続けた。
「場所の取り合いなんかで戦争が起きるかもしれねぇってわけか!」
歓喜が滲んだ声色の黄色い髪の女性の言葉に、横にいたマチルダがハッとした様子で武器を握る。
だが、上手く言葉がまとまらないようで、先程のように聞く姿勢のまま黙り込んだ。
そんなマチルダの代わりに仮面の紳士が話し出す。
「戦争は礼節を忘れてしまいがちだからあまり好かないな。殺しの美学のないものに殺されるのも...ね」
「戦争くらい良くない?ボクが全員ぶっ壊してあげる」
先程からずっと笑顔を浮かべたままのフードを被った彼が「やってやろうじゃん」と櫛状の剣型の武器を肩に担いだ。今すぐにだって闘えるとでも言いたげだ。
「いや、困りますよ。こちらが。なんでまたすぐお迎えいかなきゃいけなくなる状況にする必要があるんですか。こんなだから選別するんです」
ꕤꕤ
各々自由に話し出す武器たちがやっと鎮まって来た頃、『闘い』についてイズが話し出す。
「さて、最初に闘う時の組み合わせですが、イズがランダムにペアを決定し2対2で闘ってもらう形とします。ふふ...『神様はサイコロを振らない』とはよく言ったものです。そんなの我々天使の仕事ですから」
「......」
「......」
晴れているというのに傘を持った女性が前に立っていた和洋折衷の、ハットを被った女性にそっと耳打ちをする。
「神様はサイコロを振らないって賭博しないということかしら〜?」
「あ、いや...違うと思うけど。うーん、それがしもよくわかないんだわな〜」
「ああ、武器のみなさんは知っている人が少ないと思うので一応言っておきますが、アルベルト・アインシュタインという男が言ったこの言葉。本当に神様がサイコロを振るかどうかの話では無いですよ。
イズなりのジョークと言うやつです。つまりさっきのイカした発言は笑うところです」
しん...とした空気に耐えかねたルミエルは眉を下げきょろきょろとした後、「やるぞ!」とでも言いたげに頷いて口を開いた。
「あ......あはは、」
「ルミエルは笑わなくていいです」
「はい。すみませんイズさま...」
だが、すぐに撃沈してしまったようだ。マチルダの可哀想なものを見る目がルミエルを一層落ち込ませる。
「イズだっけ。女の子いじめちゃ可哀想だよ〜」
「左舷、今はそのような話をするときではなさそうですよ」
「私もそう思うわ。悲しい顔は似合わないし、貴方達は同じ天使同士なのでしょう?仲良くした方がいいと思うわ...!」
双子の彼らに同調して、ウエディングドレスの様相をした女性が弾んだ声でそう進言した。
「なんでイズがいじめたみたいになってるんですか。教育的指導ですよ」
「それダメなやつだよね?」
「ダメなやつですね」
そっくりな顔を見合わせ確認する2人はコミカルに見えて、『教育的指導』がわかっている辺り、服装にたがわぬものを見てきたのだろうと察することが出来る。イズはと言うと心外だったようで、「はぁあ、」と分かりやすく大きなため息をついた。
「その話題は一度置いておいてさ、自己紹介しない?ほら、僕たち今出会ったところだからお互いの名前も知らないわけだし」
美しい刺繍が施されたマントを着た青年が、軽く手を叩いてこれは名案とばかりに提案する。
その助け舟に、数人が「確かに」と周りの者たちと目を合わせて頷きあった後に賛同していく。
「ふふ、そうね!せっかくお話出来るお口を手に入れたんだもの。お名前だって呼べるようになったんだから、呼びたいわ」
「何事も最初は挨拶から。私も君の意見に賛成だ。紳士たるもの、礼節と美学を大事に...ね」
「私も貴公の案に賛成だ。ここで会ったのもなにかの縁だろう」
「......」
先程イズに指を指されていたツインテールの少女が目線を青髪の彼女へと向ける。お先にどうぞとでも言いたげだ。
「じゃあアタシから!」
鬼の角のような髪留めをつけた青髪の女性が手を挙げ、挨拶を始める。
「アタシは鬼丸!よろしくー!困ってることあったら言ってね。手伝うからさ!」
「おや、それがしちょっとびっくり」
今度はハットの女性が鬼丸に続いて自己紹介を始めた。ニコニコと楽しそうな笑みを浮かべている。
「それがしの名はカクマルに御座候〜!んふふ、仲良くしてね♥『まる』仲間の鬼丸殿とはまる組なんてくんじゃったりなんかして」
カクマルからのウィンクに、鬼丸も「??」「組みたいならいいよー」と笑みを返した。
「私も素敵な仲良しさんに入れて欲しいわ!名前に『まる』は入っていないのだけど...」
ベールを靡かせながら2人に駆け寄った女性が少し残念そうにしながらも名乗った。
「私はキアラ。ここで会えたんだから縁はあると思うの。だからぜひお友達になりたいわ!たくさんお話しましょう!」
「わたくしは遠隔で『まる』が存在しておりますがいかがでしょうか。マチルダと申します。以後お見知りおきを」
今まで喋ったことがなかったマチルダがいきなり話したからか、フードの青年は「喋れたんだ」と言葉をこぼした。
「はい、気の利いたことを言いたくて何を言うか考えておりました」
「今の今まで?」
「はい」
「なにそれ」
「あー...えっと、名前を名乗ろうって案の言い出しっぺなのに置いていかれちゃったな...?」
青髪の青年は苦笑いを浮かべたあと、すぐ人触りのない笑顔に変わった。自身の胸に手を当て話し出す。
「僕はオブリヴィオン、気軽にリヴィお兄さんって呼んでね?高いところのものを取れない時も呼んでね」
「あら〜!とっても頼りになりそうだわ〜♡困った時は呼ぶね〜?」
そう言って上機嫌にくるっとその場で回る女性は、ダンスを踊るように軽やかにステップを踏んでいる。その様子を見た仮面の男性は魅惑的な笑みを浮かべた。
「おや、実に紳士的だね君は。私も見習わなければいけないかもしれない」
「初めまして。私はオスカー。お目にかかれて光栄だ」
ハットを外し恭しくお辞儀をするさまはまさに絵に描いたように紳士的な態度で、どこからか小さく感嘆のため息が聞こえたほどであった。
「あなたも素敵なお方だわ〜!本当に皆様とお友達になりたい!なってくれる〜?私はパスピエ。よろしくお願いしますぅ」
「フン、仲間ごっこでお友達ごっこ」
仲良く話す彼ら彼女らを鼻で笑ったのは胸元の傷が特徴的な、フードを被った青年。だが、直前に自己紹介をしていたパスピエは「仲良くしてほしいな〜」と気にしていない様子だ。
「ボクはパージ。オマエら全員ボクがぶっ壊す」
「オマエ!威勢がいいじゃねーか!!だが、オレ様はなかなか壊せねぇぞ!」
「ハア?」
パージは口角を吊りあげた笑顔のまま、黄色い髪の女性に鋭い視線を向けた。
「オレ様はホーネット!それも女王!クイーン・ホーネット様だ!オレ様を壊せたら一流だと認めてやってもいいぜ!」
だが、当のホーネットは強気で高圧的な態度を崩さない。パージは変わらずの笑顔で自身の武器、ソードブレイカーを地面に突き立てそれに寄りかかった。
「おもしろい。絶対ぶっ壊してあげる」
「パージ、だっけ?血気盛んだ〜!」
「左舷、今は煽るのをやめなさい」
「右舷〜、このくらい煽りに入らないって」
「まだ闘う相手と決まってもいないのだ。今からそう睨み合わなくてもいいのではないか?そもそも『闘う』と突然言われ、私は思考が追いついていない」
今にも喧嘩が起きそうな雰囲気を察し、止めに入るように冠を被った男性が話し出す。
「私はシド。貴公らと出逢えたのも何かの縁だろう。せっかくの機会だ、よろしく頼む」
「そうだよ......闘うっていきなり言われても...わけわかんないもん」
眉を八の字に下げた少女が、特徴的な髪を靡かせながら困惑を口にした。突然姿を人間に寄せられ、闘えと言われたのだ。当然の反応だろう。
「貴公も同じか。ときに、名前を聞いても良いのだろうか?」
「ゆえはゆえだよ。戦ったことなんてないのに...人を死なせたことはあるけど......2人だし、心中だし......」
「ユエさん、というのですね。貴女の意見は尤もですが、あまり弱気では気圧されてしまうかもしれませんよ」
「右舷がそういう発言するの珍し〜!」
右に刀を差した方がふと、なにかに気がついたようで左に刀を差している方の肩へ腕を回した。
「気がついたら自己紹介してないの俺たちだけっぽいよ。大トリもらっちゃった」
「左舷、少し行儀が悪いですよ」
「はいはい。ごめん、お兄ちゃん」
妙に可愛こぶった『お兄ちゃん』呼びに、そう呼ばれた男がなんとも言えない表情になる。だが、特に言及はしないようだった。
「私は右舷。右側にいる方です。そしてこちらが...」
「俺は左舷。左側にいる方。そのまんまでわかりやすいでしょ。一応俺たちは2振りでひとつみたいな感じ。よろしく」
「2振りでひとつなんてこれまた浪漫たっぷりって感じ。イズ殿も面白いもの考えたね〜」
「ァハハ、2振り一気に折れるかな。や、それより1振ずつ折って引き裂くほうがオモシロイ?」
「きみほんと闘う気満々だね!アタシも闘うこと自体は嫌じゃないけど!でもまー、やって欲しい形式とちょっと違うかな」
個性豊かな13名の自己紹介に、ルミエルは笑顔を浮かべ、イズは前途多難な未来を感じとって目頭の辺りを抑えた。
ꕤ
「みなさんがいきなり自己紹介を始めたから遅くなってしまいましたが、ペア戦の組み合わせ発表しますよ」
イズが指を鳴らすとデフォルメ姿の可愛らしいイラストが使われたトーナメント表が現れる。おそらく、文字を読めない者に配慮したのだろう。
武器に識字率もなにもない。人間でなければ学校に通う義務もなく、毎日文字を読んで勉強していた訳でもないのだから。まともに話せるだけ僥倖といったものだ。
「1回戦パージ&キアラvs鬼丸&シド」
「2回戦マチルダ&右舷左舷vsパスピエ&ホーネット」
「3回戦オスカー&カクマルvsユエ&オブリヴィオン」
「以上となります。ペアになった方とは戦略なんかも考えておいたらいいかもしれませんね。お互いの長所を潰さないためにも」
その言葉に武器たちは顔を見合わせる。いきなり発表された突貫のペア。どこまで上手くやれるかは未知数だ。
「ステージもペアも全てランダムに決定したので、ここからどう動いていくかがかなり重要ですね。まあ、行き当たりばったりで動きたいならそれもいいですが...。
3回戦以降は3回戦終了後お知らせします」
イズは質問が来る前にと面倒くさそうに先手を打ってそう話した。
「説明は以上です。1回戦は1ヶ月後に行いますので、それまでに身体を自由に動かせるよう練習しておいてください。あとは戦略会議と、仲を深めたいなら馴れ合いもどうぞご自由に。では、イズは休みますので。何かあったら呼んでください。ルミエル、あとは頼みましたよ」
「はい、イズさま。任せてください」
ルミエルが資料をぎゅっと持ち直して力強く頷くのを確認し、イズは突然出現した光の輪中へと足を踏み入れ姿を消した。
「ではみなさん、お部屋がある場所にご案内しますね。個室で休んだり、食堂でご飯を食べたり、テラスで日光浴したり...あ!薔薇園でお茶会もできますよ」
イズとは対照的ににっこりと微笑みながら彼女は「こちらです」と案内を始める。
これから始まるのは悲劇か、はたまた喜劇か。誰にも分からない。奇跡の元集まった13名は一体どんな運命を辿るのだろう。
それは神様にも、当然天使にも分からない。
最後を迎えた時立っていたものが幸せなのかだって不明だ。
それでも『世界』のため、試合は行われる。どうかこれが最善でありますようにと願われながら。
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【Anonymous Embryo】
OP: 開幕の音
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【執筆】
なえを。
【ドット絵作成】
音戯。
2024,05,11