ep9. 正義のシナリオ
ep9. 正義のシナリオ
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【After Story】
ep9. 正義のシナリオ
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その日、王都の広場は歓喜に沸いた。
公費を使いこみ、贅の限りを尽くしていた悪逆非道の女王が、処刑人の手によって殺されたのだ。
女王の処刑が為されるまで、国の民は長らく不自由な生活を強いられていた。税は重く、納めた税だって本当に必要なところには使われない。時には飢餓による死者だって出る。すべては国民をかえりみない、身勝手な王政のせいだ。王族のせいだ。その中でも、女王の評判はとりわけ酷いものであった。
「ねぇ、聞いた?あの女王、また新しいティアラを買ったんですって。華のあるブロンドの髪に釣り合うようにって、大きな宝石がいくつもついたやつよ」
「その宝石のひとつでも、あたしたちに分け与えてくださればねぇ……」
「無理無理、あの性悪女王だもの。国民のことなんて眼中にないわ。これっぽっちもね」
「しっ。めったなことをいうものじゃないわ。憲兵に聞かれたらどうなるか……」
巷でまことしやかに囁かれる女王の噂。毎日のようにきらびやかなドレスを仕立てさせているだとか、月に一回は部屋の模様替えをしないと気が済まないだとか。本当のところは誰も知らない。探ろうとしてもいけない。だって、あの女王でしょう。嗅ぎまわられていることを悟られれば、女王はきっと腹をたてる。そうすれば、貴方のちっぽけな命なんてあっという間に処刑台に送られるだろう。悪いことをしていても、していなくても、貴方の首は落とされる。
とにかく、女王は王政の、ひいてはその時代の悪の象徴として君臨していた。しかし、女王の悪行ももう終わり。有志による革命軍の手で女王の拘束が叶い、正義の裁判を経て、ついに今日!女王は処刑されたのだから!
もう、権力に苦しめられることはない。自由な時代が幕をあけたのだ!
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「……めでたしめでたし!おや、僕の話は面白くなかった?」
ルミエルちゃんに招待されたお茶会で、僕はお菓子を片手にルミエルちゃんに物語をきかせていた。もっとも、今までそう接点があったわけではなかったから、会話に困った結果なのだけれど。だって、リヴィお兄さんは品行方正。ルミエルちゃんに迷惑をかけることもなかったからね。接点が少なくなってしまうのは致し方なしというものだ。あれ、何か言いたげな顔だね。酒癖……片付けができないこと……。何のことだろう。リヴィお兄さん、よくわからないな。ひょっとして、泥酔して記憶がないだけで、ルミエルちゃんにはお世話になっていたのだろうか?部屋のゴミがいつの間にか消えているのも……。いや、いい。考えないことにしよう。
「君は天使だし、こういう『正義がかつ』みたいな物語はお気に召していただけると思ったんだけどな」
「そう、ですね。善良な方が報われる世であればいいと思いますよ」
「含みのある言い方だね」
「含みのある物言いで、物語を聞かせてくださったのはオブリヴィオンさまです。王女様の悪行は全て『噂』や『評判』と表現されていましたね。『本当のところは誰も知らない』、とも」
どうやら僕の言い回しが引っかかったらしい。物語は、いつだって勝者の視点で、勝者に都合よく語られる。そういうものだ。それはある種、物語の定めであり、ひとつの正しい姿なのだろう。しかし今回ばかりは、語り部がよくなかったね。
「はは、ルミエルちゃんは利口だね。そう、僕からしたらこの物語は正しい姿ではない。僕と、王女様の教育係をしていた僕の主人はよく知っている。……女王様は、誰よりも国と国の民を愛していたよ。時には身を削るような献身もしていた」
「……そうでしたか」
ルミエルちゃんの顔が悲しげに曇る。世の中、いい人が必ずしも正義を勝ち得るようなシナリオにはなっていない。今回に限って言えば、革命軍に善性と正義があったのは確かだ。しかし、革命軍はその正義の剣を向ける先を誤った。無理もない。物語の表舞台の裏で、かしこく立ち回った悪意に、そうなるよう仕向けられていた。とてもやるせないことだけれど、物語の真実を知る僕が女王様を悪として語ったのは、女王様がその役を受け入れたからだった。
『民なくして国は成り立たない。民が私の死を、自由を求めるのならそれを受け入れましょう』
裁判の場で、そう口にした女王様の姿は、凛としていて美しかった。国の誰よりも、強く、優しい女性だった。彼女はひとつの弁明もせず、この物語の悪役を、処刑を、受け入れたのだ。国の民の正義を尊重したその行動は、彼女が国と国民に向けた最後の愛だったのかもしれない。だから、僕も彼女が受け入れた通りのシナリオにのっとるべきだと思った。だけど、失敗しちゃったな。本当は、女王様は悪くないって、誰かに知っていてほしかった気持ちがなかったともいえない。真実を知る僕の主人と、そして僕はもう死んでしまったからね。そう考えると、その誰かに君は適任じゃないかい?ほら、天使ってだけでも長生きしそうなのに、その中でもまだ若いとみた。そんなことを思いながらルミエルちゃんの顔を見ると、相変わらず浮かない顔のまま。その表情の中に、少しの疑問符もあるように思えた僕は、黙ったままのルミエルちゃんに言葉をかけてみる。
「何か気になるの?遠慮せず言ってみてよ」
「えっと……女王様の教育係をしていた僕の主人、と仰りましたね。オブリヴィオンさまは処刑人の剣……エクセキューショナーズソードだと記憶しています」
なるほど、教育係がどうしてエクセキューショナーズソードなんてものを持っているのだろう、ということだね。確かに、ふつうに考えればおかしなことだ。
「それはね、僕の主人が二つの顔をもっていたからだよ。一つ目、女王様の教育係としての顔。二つ目、処刑人としての顔。物語のはじめに出てきた、女王様を殺した処刑人。あれも僕の主人だ」
「え……っ?」
ルミエルちゃんの瞳がわずかに見開かれる。まだ何か言いたげだけど、この話はおしまい。続きはルミエルちゃん自身で紐解いて。そのほうが、物語についてたくさん考えて、とある国に素敵な女王様と僕の主人がいたことも長く覚えていてくれるでしょ?
ルミエルちゃんが淹れてくれていたルフナという重厚な印象の紅茶を飲み干して、茶会に区切りをつける。茶会のはじまりで説明されていた“選択”の答えを告げる。そうして意識を手放す間際で、フラッシュバックのように戦いを共にした愛しい顔が思いだされて、心残りのようにひっかかった。この選択をしたら、もう会えないんだろう。でも、また会いたいなんて願ってしまうほうが間違いなんだ。誰も自らの意思で手にかけていない彼女は、罪人でない彼女は、この戦いを生き残るべきだ。応援している。そして、愛しているよ、シュエット。
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「背に翼は……生えていない。うん、僕の体は彼の武器として眠れたみたいだ」
僕は、『永遠の眠りにつく』という選択をした。彼の武器として在ったことが誇りだったから、それを捨てたくないと思った。そして、何の因果か、僕は僕の主人との再会を果たすこととなる。お城の中のような、洗練された空間を歩いていたら、懐かしいその姿を見つけたのだ。「君の武器だ」と名乗った僕に、彼は怪訝な顔を向けた。リヴィお兄さん傷ついちゃうな。だけど、彼と僕しか知らないような思い出話を話すことでひとまずの信用は勝ち得た。改めて僕の自己紹介を済ませ、ずっと彼に聞きたかったことを口にする。
「聞かせてほしいな。君にとって、エクセキューショナーズソードと共に歩んだ人生は良いものだった?」
「……処刑という行為は、心苦しいものでした。それをさせる武器が無ければと、何度願ったか分かりません」
主人の言葉に、心がはねる。僕にとっては、彼はとても大切な人。慕ってもいる。だけど、その気持ちは一方通行なものだったのか。いたたまれず、視線を逸らす。だけど、その言葉には続きがあった。
「しかし、こうしてまた貴方と巡り会って、嫌いになりきれないのも事実です。いつだって共にいてくれたこと、ありがとうございます。そしてこちらへ、オブリヴィオン。貴方に紹介したい人がいます」
差し出された手を取ると、温度なんて感じないはずなのに、心の中にじんわりと温かいものが広がるのを感じる。受け入れてもらえた。一方的な思いじゃなかった。それがわかって、心が安堵に満たされる。
手を引かれるままに、彼の足の向く先に視線を向けると、その先にふわりと風にたなびくブロンドの長い髪が見えた。
____fin
【執筆】
音戯。
【スチル】
音戯。
2024,01,04