ep5. 罪人に花向けを
ep5. 罪人に花向けを
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【After Story】
ep5. 罪人に花向けを
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「いやはや、私までこういった席にお呼びいただくとは。天使様は随分とお優しい性分のようだ」
2度目の生を終え、再び地獄へ逆戻りかと思いきや、これは一体どういうことか。花々の咲き乱れるのどかな丘で、私はティーカップを手にしている。聞くところによると、戦いに敗れた者は皆こうして茶会の場に呼ばれ、束の間の休息が与えられていたらしい。その後、何やら“選択”をするとのことだ。
「君は怖くないのかい。先日の戦いでの私の姿を見ていなかったわけではないだろう。特に私の必殺技なんて……。ねぇ?」
「オスカーさまの必殺技は上半身の大部分を変形させ、蛇腹剣を操るものですよね。確かに好戦的なものだとは思いますが……」
「あぁ、そうだろう。攻撃的な面もさることながら、あの必殺技はどうも……“いくら紳士の皮をかぶっていても、お前の中に詰まっているのは獰猛な殺人衝動だ”と言われているようだ」
誰が決めたか知らないが、そもそも誰かに決められたものなのかも知らないが、私の必殺技は私の性質をよく映したものだと感じる。皮肉なまでにね。
必殺技を繰り出した後には綺麗に仕立てられた紳士服がボロボロになっていて、どちらが自分の本質か、まざまざと見せつけられるのだ。
「……そう、私の根本は紳士と呼べるような美しいものだけではないんだ。紳士の側面も私の一部であることは確かだと思いたいが」
「そうですよ、今こうしてお茶会の場にいるオスカー様の所作は紳士のそれに見えます。紅茶に詳しいところだとかも、紳士らしいと感じていましたよ」
確かに、紅茶にはそれなりに知識がある。今私の手元にあるのがカモミールティーであることが分かるくらいには。カモミールにも種類があるが、これはおそらくジャーマンカモミールの花が使われている。ジャーマンカモミールは心身をリラックスさせるハーブの代表格だ。お優しい天使様は、私の中に渦巻く殺人衝動が少しでも和らぐようにとこれを用意したのかもしれない。
「確かに、紅茶に対する知識は少しばかりある。生前、よく嗜んでいたからね。だが、実のところ私は特段紅茶が好きなわけではないんだ」
紅茶に限らず、嗜好品の類は私にとって殺人衝動を紛らわせる手段の一つ。知識も、単に嗜む機会が多かったために身についただけだ。それらは全て趣味とも呼べない。
「紅茶も、他の嗜好品も、私にとっては殺人衝動を誤魔化すための道具。
さて、ここで問題だ。嗜好品によって私の殺人衝動は鎮められたと思うかい?」
戯れに、目の前の天使様に問いかけてみる。まぁ、ここまでのやり取りを踏まえれば、答えを導くのは容易いだろう。返ってきた言葉は、思った通りのものだった。
「……その口ぶりからして、難しかったようですね」
「そう。いくら心を込めて注がれた紅茶を口に含もうと、いくら綺麗に形作られた菓子を胃に落とそうと、私の腹に貯まるのは殺人の衝動ばかりなのだよ。ちょうど先に話した私の必殺技が表すようにね」
天使様のように、殺人衝動のさの字とも無縁に生きていそうな生命体なら、紅茶も菓子も綺麗なままで体の中に収まるのだろうか。
ふと、こんなフレーズを思い出す。“女の子はお砂糖とスパイスと素敵な何かでできている”。私の中身が禍々しい殺人衝動だとしたら、目の前の少女はそんなキラキラしたもので構成されている?本当に?ちなみに、“男の子はぼろきれやカタツムリ、子犬の尻尾で出来ている”。こちらのほうが幾分か共感できるね。
「ルミエル君、君の中身は砂糖とスパイスと素敵な何かなのか、確かめてもいいかい?」
無垢な欲望をそのままに、口に出す。衝動を和らげる手段である紅茶を流し込んだばかりというのに、このザマとは。ハハ、笑えてくるね!!
「い、いやですよ……!?そもそもわたし、“女の子”じゃないですし……」
見た目は“女の子”としか形容のしようがないと思われるが、そういえばそうだったか。天使は無性別らしい。いや、私にとって重要なところはそこではないのだが。
「まぁいい。今回は見逃してあげよう。ルミエル君を特別殺してみたいかと問われれば、そうでもないからね」
「何だか今とっても謎にフラれた……みたいな気持ちになっています。理不尽です」
「おや、殺してほしいのかい?紅茶よりかは私の心も躍るだろう」
「それは丁重に遠慮しますけども……」
むむ゛……と何ともいえない顔をしているルミエル君。天使という、私にとっては嫌悪の対象である生き物が私を要因としてモヤモヤとしている。少しばかり、心がすっとするようだ。
「さて、茶番はこれくらいにして、そろそろ“選択”というのを聞かせてもらおうか」
私は特別茶会が好きなわけでもない。その事実が明るみになった以上、この時間をいつまでも続ける理由もないだろう。
「そうですね、そろそろそのお話をしましょうか。オスカー様とは、武器に魂を宿した皆さまとは別の2択から選択をしてもらうことになります」
ルミエル君のいう2択を簡単にまとめると、こうだ。
1つ目。永遠の眠りにつく。これは武器の彼らに与えられたものと同じ選択肢であるようだ。少なくとも、かつてよりかは安らかな環境に身を埋められるかもしれない。
2つ目。地獄に戻る。人間として罪を犯し、大罪人として死後に送られたあの地へ、再び舞い戻ることになる。それもまた一興か。
「なるほど、素敵な2択だね。人類の救世主ともなり得なかった大罪人に安らかな道も用意してくれるとは、やはり天使様とはお優しくていらっしゃる。だが、どちらも望むところではない。お優しい天使様を見込んで、第3の選択肢をお願いしたいね」
「第3の……?ええ、受け入れられるかは内容にもよりますが聞きましょう」
この要望は予想外だったのか、ルミエル君がきょとんと瞳を瞬かせる。一口紅茶を飲み、区切りをつけて、私は再び口を開いた。
「私は自身の消滅を望む」
「なんせ私は欲深い。どんな形であれ存在すればいずれまた血に飢えるだろうからね。あぁ、自棄になっている訳じゃない。ただ、ひと時であれ私は満たされたのさ」
目を閉じれば、先日の戦いが瞼の裏にありありと蘇る。身体の全細胞が沸き立っていた。素晴らしい時間だった。
「さぁ……この酔いが醒めないうちに、どうか終わらせてはくれないか」
椅子の背もたれに背を預け、目を閉じたまま、静かに言う。再び目を開けるつもりはない。どうか、このまま終止符を打ってくれ。そう、態度で示すように。
すぐに返事が聞こえることはなかった。けれど少しして、「あなたがそれを望むのなら」と落ち着いた声が耳に届いた。
「お疲れ様でした、オスカーさま。今までよくがんばりましたね」
その言葉を最後に、ふっとルミエル君の気配が消える。体の力が抜けていく。ルミエル君が物理的にいなくなったのか、私がルミエル君を感知できなくなったのか、どちらかは分からない。指先から、体がほどけていくのを感じる。まるで、実体が光の粒子となって消えていくような。あぁ、地獄の業火に灼かれようと消えることのなかった私の衝動が、これで、ようやく。天から賜ったものに苦労した一方で救われるなんてまったく皮肉だ。だが、感謝するよ。二度目の人生を得られて幸運だった次の人類には私のような役者がいないことを願うよ。
「……そろそろ幕切れだ。この“喜劇”を、終えるとしよう」
自身がとても満ち足りた顔をしているのが分かる。
一点だけ心残りがあるとすれば、キアラ君の行く末を見届けられないこと。けれど愛しい彼女の記憶に残れていたら、それでいい。……なんて、こんなことを考えていると知られたら、君を怒らせてしまうかな?
どこからか澄んだ風が訪れ、私の全てをさらっていく。最期の瞬間、風と共に運ばれてきた甘い白百合の香りが、微かに鼻腔をくすぐった気がした。
____fin
【執筆】
音戯。
【スチル】
音戯。
2024,08,25