①お菓子なピクニック
カシャカシャと金属同士が軽く触れ合う音がキッチンに響く。
「ぜらちん?っていうのももう混ざった気がする。シド、どーおもう?」
「うむ、色もまだらではないし、綺麗に混ざっているな。さすがだな!貴公は力があるから料理向きだ」
鬼丸の持つボウルを覗き込んだシドが満面の笑みで頷く。美味しいものを食べることや鬼丸との時間が好きな彼にとって、この時間は楽しさしかないといっても過言ではなかった。
「そーなの?でも、それが原因で最初ちょっと飛び散らせちゃったんだけどねー」
「ハハハ、問題ない。私は過去にホイップを全て壁と床に食べさせてしまったぞ。マチルダも数秒固まっていたな」
「ふーん。じゃあそれよりましだね」
鬼丸とシドは現在、ピクニック用の軽食を作っていた。発案者はキアラであり、なんでも今日は天気も良く花畑の花たちもいつもより元気に咲いているからピクニックをするのだそう。
シドが大変乗り気であったため、鬼丸もそれなら手伝うと、ピクニックとそのための軽食づくりに参加することとなった。
パージはキアラに笑顔で引きずられていったため、今頃ピクニックの場所選びや簡単な設営を手伝うことになっているだろう。
「あとは型に入れて冷やすんだよね?これ今から冷やして間に合うの?」
鬼丸の純粋な疑問にシドは黙り込んだ。よく考えれば、ここから数時間冷やしていたらピクニックに間に合わないような気がしてきたのだ。
「そうだ、アイスクリームが入っているほうへ入れてみるとしよう!」
「氷が溶けない冷たい箱だよね?そこならすぐ冷えそうだし、良さそう。そうしよ」
「そうと決まれば早速型に入れていって貰えるか?」
「うん、任せて!」
トレーの上に準備しておいた、ゼリーを流し込むのにちょうどいい少しオシャレなグラスに自身の瞳の色の液体をおたまを使って流し込む。ルミエルいわく、さわやかな口当たりをしているらしいそれを、なみなみに注いだ。
表面張力というものを張るくらいがちょうどいいらしいと嘘か誠かわからない情報をもとに、こぼれそうなくらいに。
「このくらい?これ以上はこぼれそうだもんね」
鬼丸はそろそろとおたまをゼリーの赤子から離す。だが、一見上手く入れられたようだったそれは、加減を間違えていたらしい。
大きく揺れたかとおもうと堰を切ってどんどんと流れ出してしまった。
「……」
絶句ともとれる無言の鬼丸に気が付いたシドが、笑顔で小さめのボウルを取り出す。
「案ずるな!幸い下にトレーを敷いていた。このボウルに移し替えて、もう一度使えばいい」
「ごめん…」
「気にしなくていい!貴公がゼリーを作っている間に私は…」
オーブンに向き合ったはずのシドが黙り込む。鬼丸は不思議そうに、おたまを持ったままシドの手元を覗きこもうとする。
「すまない…私も失敗していたようだ…」
振り返ったシドの手には燃え盛るカップケーキたち。前々から失敗してフランベしたり、謎の色合いのソースを作り出してしまうことがあったが、まさか菓子作りまでとは…と彼は申し訳なさそうに眉を下げた。
「うわ、マズそー」
そんな彼に容赦ない言葉を浴びせたのはキアラと一緒に花畑で準備をしていたはずのパージ。
「こっちのクッキーはまだ食えそうだけど、ボクの好みじゃない」
そう言いつつ数個口に放り込んでボロボロとこぼしながら咀嚼する。
「じゃあどんなのが好きなの?」
パージが好きな味を再現出来れば、失敗分も少しは取り戻せて、役目を全うできるのではと考えたらしき鬼丸からの質問に、彼は依然咀嚼しながら首を傾げた。
特にこれといって好きな味はない。だが、ヒトを困らせることは大好きだ。
「今までに無いアジとか」
ごくん、と口の中のものを飲み込んだ後、にやりといつも以上に笑みを浮かべる。鬼丸は「今までに無い味…」と難しい顔で反芻した。シドの方はと言えば、特に思いつかない様子である。
「パージ…!ここにいたの!探したわよ。
ほら、地面にシートを引くんだから手伝ってね。ひとりじゃ大変なの」
今度の乱入者はウェディングドレスの彼女。
「あら?カップケーキかしら。とても美味しそう!完成を楽しみにしているわね」
キアラはシドの燃え盛るカップケーキにもニコニコとしながら、パージの首輪を掴む。首がしまったことで抵抗されているのも気にせず、ズンズンと中庭の方へ歩を進める。
まだ人の扱いには慣れていないらしい。
2人は軽々と彼を運ぶ彼女のその姿に少しの間ぽかんとするも、数秒後には「あの2人を準備万端の状態で待たせたくない、頑張ろう」「そうだね」と気を取り直してリカバリーに移ることとなった。
ꕤꕤꕤꕤ
爽やかな風が頬を撫ぜる。花畑の一角、芝生の所に布を敷いて、上にティーカップやら手作りのお菓子を並べた空間にこのあと1回戦を共にする4人がいた。
唯一パージだけは不満げな顔をしており、「早く帰りたい」と訴えかけるオーラを放っている。
「明日1日関わらない約束は頑張って守るわよ…?」
「明日1日お前に絡まれないのはいいけど、今が全然楽しくナイ」
どうやら、キアラはパージと1日だけ関わらないという約束をし、その代わりにこの会に参加させているようだ。
パージは彼女に譲らない部分があることを知っているのだろう。こうなってはもう隠れていたって引きずり出される。
それなら、嫌々参加させられて終わりではなく、せめて自分にプラスになる『絡まれることがない日』の実現を選ぶべきだと思い、この場にいた。
パージがあぐらをかいて不機嫌そうに笑うのを
「嫌なら参加しなければいいんじゃない?」
と素で煽る鬼丸に、彼は「ウルサイ」と睨みをきかせた。
ぱん その空気を変えるかのようにキアラが手を合わせた音が響く。
「そうだ、みんなにお花の冠も作ったのよ。受け取って欲しいわ」
「ほう、それはいいな!ぜひ受け取らせて頂きたい」
シドは笑顔で頭上の冠を外し、まっさきにキアラに戴冠される。オーニソガラムを主に使った白い花冠は彼によく映える。
「素晴らしい出来栄えだ!大切にしよう」
「ふふ、ありがとう」
次は鬼丸だとキアラが彼女の方を向く。鬼丸はよくわかっていないまま、シドがしていたように少し頭を下げて花冠を乗せやすいように体勢を変えた。
「どうぞ」
「ありがとう…?」
青薔薇や青のカーネーションがあしらわれた花冠を受け取った鬼丸は、キアラが喜んでいるからいいことなのかもしれないと思いながらお礼を言う。キアラは嬉しそうにそれに頷いてこたえた。
その様子を見ながら次は自分だと察したパージが「ボクはいらない」と言うが、「いえ、つけてもらうわ!」と無理やり頭に乗せられる。
マリーゴールドやガーベラが使われた花冠は黒とオレンジの彼には良く似合うが、フードの上に乗せられているのがなんとも滑稽だった。
だが、キアラはその異様さを特に気にしていないようで「外したら約束もなしよ!」とパージに外さないように釘を刺した。
「……ハイハイ」
「私自身のものも用意してるの。せっかくだから、百合や白薔薇を使ってみたわ」
楽しそうに自身の頭にも花冠をのせる姿は天真爛漫な少女そのものだ。
「よく似合っているぞ!やはり貴公は百合が良く似合うな」
「ありがとう、シドも、思った通り白も良く似合うわ」
「…あ、せっかく作ってくれたお菓子なのに出来たてじゃなくなっちゃうわね!時間をかけてしまってごめんなさい、早速食べましょう」
キアラが手を合わせ「いただきます」と言うと、各々食前の挨拶をし、適当に手を伸ばす。
「やっと…」
「プリンアラモードというものも作ってみた。ぜひ食べてくれ」
「色々用意しすぎちゃったかな」
シドは「色々ある方が楽しくていい。ほら、このゼリーはプリンにもう少し弾力を足した食感だぞ」と鬼丸にレモンゼリーを差し出す。
「ぐにぐにってこと?ふーん」
鬼丸はそれを受け取り、光を反射し輝くゼリーを眺めた後スプーンで1口分すくって口へ運ぶ。
「…!」
それは想像以上に弾力があり_ここだけの話、ゼラチンが多すぎた故の出来なのだが_鬼丸が好む食感であった。
花畑での集いは日が沈む時間まで続いた。
元々参加する気のなかった1人を除いて、良い思い出の日となったことだろう。
②テーブルゲーム・アップロアー
足音を追いかけるように同じ間隔で背後から聞こえる金属が鳴らす音に、イズは速度を早める。
それでも諦めず一定の速度で音はなり続けている。最初こそどうでも良さそうだった彼も、数分間続けられるとさすがに頭に来たのか大きくため息を吐いた。振り返ることも無く長い髪をなびかせながら先程からいるマチルダに声をかける。
「何か用ですか」
「大した用ではございません。わたくしたちと人生ゲームというものをして頂きたくて」
『人生ゲームとはルーレットで子供の有無や金融関連などの生き方を決める、イカれたテーブルゲーム』というのがイズの知識である。故に、なぜそんなものをやりたがるのか理解ができなかった。
「どうしてイズがやらなきゃいけないんですか。人はたくさんいるでしょう」
「人数はたくさんいた方が楽しいらしいと聞き、もちろん皆さんを誘った上でのお誘いです。あなたが最後です」
「イズが最後...」
自分が一番最初に声をかけられるものだと思い込んでいた出自不明の絶対的自信が、さらにイラつきを加速させる。眉間に皺を寄せる様子は後ろ姿しか見えていないマチルダには伝わっていないようだった。
「イズは子守りをするような職業でも身分でも無いので。お断りします」
「この姿としては産まれたばかりですが赤子ではございません」
そこに近づく軽快な足音。イズが嫌な予感に小さく溜息をついて音のするほうへ目線を向けると、はちみつ色の髪を光に反射させながら走ってくるものがいた。
「そーだぞっ!」
大きな声を上げながらホーネットが合流する。走ってきた勢いで乗りかかって来られたマチルダは、一瞬バランスを崩しそうになりつつも、何事も無かったかのように「賛同者がいます」とでも言いたげに頷いている。
「ひよこが2匹ぴよぴよと鳴いてますね」
「ひよこだと!?オレ様はクイーンだ!それに例えるとしても蜂だろ!」
「ぴよぴよ...それもいいです」
「馬鹿にされてるのになんでテンションが上がっているんですか」
「ひよこは見たことありますが、とても可愛い生き物です。ふわふわしています」
「そして育ったら肉になるんだろっ!?」
両手でひよこの大きさをろくろを回るようにしながら表現するマチルダに、ホーネットは笑顔でそう言い放った。
「......はい」
「…とにかく行けばいいんでしょう。わかりました」
「イズさんが折れました。わたくし達の勝ちですよ」
「やったな!天使サマを連れていく任務達成だ!」
「イズは負けたつもりはありませんけど」
ꕤꕤꕤ
談話室の扉を開けると早速「左舷、そのるーれっと?は無限に回すものじゃ…」「人生は運命の連続ってこと…?深いね、さーくん!」「ん?あ、うんうん!そうそう」と楽し気な雰囲気が漂っていた。
「おーい!天使サマ連れてきたぞ!」
ホーネットがそう声をかけると、わいわいと会話していた面々が部屋に入ってきた3人の方に目線を向けた。
「やっと来た!早く始めよ~」
「イズさまも参加してくれるのぉ?素敵!イズさまともお友達になりたかったの~」
「駒をお渡ししていくので皆さん座ってください」
右舷に促されるままに真ん中のローテーブルを囲むように席に着くと、今度は彼によってそれぞれの髪色やワンポイントカラーに近い色の駒が配られた。
「もう一度ルールの説明をした方がいいのかしら〜。イズさまは後から合流ですもの」
「イズは何でも知っているので説明不要です」
気遣いをあまりにもきっぱりと断るイズに、パスピエは不満一つ見せず「あらぁ、全知全能だなんて素敵!」とニコニコ楽しそうに笑う。
その様子を見るホーネットの方が気に入らない様子であった。
早速じゃんけんをして順番を決める。左舷とマチルダがひたすらあいこを繰り返し、10回目あたりで「名前順にしましょう」というマチルダの提案で丸く収まった。
各々順番にルーレットを回していき、初めての人生ゲームを楽しんでいる。
マチルダと左舷はお互い譲らず首位独占、大きな数字を何度も引き当てどんどん進んでいく。次点でホーネットとパスピエ。ホーネットの方が若干リードしている。次にイズがだるそうに追いかける。最後尾は相も変わらず右舷だ。
ひと休みも数度はさみ、遥か後方で未だに義務教育を受けている右舷に、パスピエは「確実に一歩一歩進んでいくなんて素敵だわぁ!」と楽しそうに笑いかける。言われた当の本人は「どうも……」と不満げではあるが。
事件は、コースの終盤に差し掛かったころに起こった。
「もう…我慢できない!」
「ゲームといえど、浮気は裏切りよ!!この駒許せないわ!酷い酷い酷い!裏切者は地獄に堕ちて!」
力いっぱい投げられた駒は同乗者の愛人や数人の妻たちを勢いよく振り落としながら床に激突し、丈夫なはずのプラスチックに細かいひびが入り粉々に砕け散った。
床の激突箇所は心なしか凹んでおり、修繕をしなければならなくなったと気が付いたイズが小さく舌打ちをしたのち、ごまかすように咳払いをする。
「あー!壊した!パスピエは駒壊したから失格ってことで~」
「パスピエさん失格ですか…私としては競争相手がいなくなるのは好都合ですが、少し厳しいのでは…?」
「オレ様の駒に乗せてもいーけど、どうする?」
ホーネットの提案にパスピエが目を輝かせる。彼女は上機嫌に折れかけたピンをホーネットの黄色い車の駒へと移した。
「いいの~!?さすがホーちゃん、優しいわ♡ずっと一緒よ。連れ添いましょうねぇ」
「オレ様とパスピエはチームだ!最後まで一緒に協力して勝つぞ!王者になるんだ!!」
「えいえいお~♡」
協力プレイ頑張るぞ~!と右手を突き上げたパスピエは、先ほどの怒りを微塵も感じさせない。マチルダは右舷と左舷に「丸く収まりましたが、ものすごい爆発力です」と小声で耳打ちした。
今後彼女の逆鱗に触れるようなことがあれば、あの駒のようにされてしまうのだろうか…
「まさか駒を砕くまでとは予想外ですね。思い切り投げつけたとしてもあそこまでになるものなのですか?」
「いつもニコニコしててよく分からないと思ってたけど、怒らせたら怖いタイプとはね〜」
「わたくし、これからは冷蔵庫のものを食べる時は特に誰のものか確認するようにいたします」
「3人纏まって…何をしているんですか左舷。早くルーレットを回しなさい」
イズが腕を組み、ルーレットを回さず話をしていた左舷を促す。早く終わらせたいイズとは対照的に、皆楽しんでやっているためなかなか終わらず、イラついているようだ。
「回さないならイズが回しますが」
「それはさすがに自分で回すって!」
急いで左舷がルーレットを回すと、針は先は8をさす。
「結構いい感じ。えーっと、1、2、3…」
その日、最終的に1番にゴールにたどり着いたのは左舷。1番金を持っていたのはマチルダだった。
ホーネットとパスピエは巻き込み型のイベントを1番起こし、右舷はその度に金を取られていった。
そして、ゴール時子沢山となったイズは祝い金を束にして一言「今のイズとあまり変わらないんですが」と言ったらしい。
何はともあれ、武器は自分の時代にはなかったゲームをすることは刺激的で、楽しめたことだろう。
③ハイド アンド ドランク
朝食時の食堂。
朝日を浴びながら各々自由に起き、支度をし、自由に食べ物を食べる。そんな素晴らしい時間を提供してくれる場所。
皆自由すぎて、基本バラバラの時間帯に朝食をとっているため、ユエはこの誰にも絡まれない心労のない時間を安寧としていた。
「ユエ殿~!?きっぐうで御座~~!」
「ユエもきていたのかい!今日は朝日がきれいに輝いているねえ!」
前言撤回
広い食堂の端に位置するテーブル。そこで朝粥を食べようとしていたというのに、酔っぱらったカクマルとオブリヴィオンに左右を挟まれてしまった。
それぞれから立体音響のように話しかけられる。
「ここであったが100年目!それがし達と遊ぶで候~!」
「あれ?ユエって3人いたっけ…」
「お酒クサ…」
「あえ?日本酒ってどこ置いてきたぁ?風呂場でござるかあ?」
「ああ、バラならルミエルちゃんの方が詳しいよ」
「会話できてないし…」
ユエが大きなため息を吐くと、少し離れたところからクツクツと笑い声が聞こえてくる。そちらに目線を向けると、案の定そこにはオスカーがいた。
「あなたいたの。じゃあ助けてよ。話しかけられる役変わってあげる」
「いや、ハハ。随分と楽しそうだと思ってね。眺めるだけで充分なほどに」
ユエはわかりやすくムッとした顔になるが、オスカーはそれすら面白がっているようだった。
「オスカー殿も鬼として参加する感じ?これは暗器同士、隠れる力の見せ所で御座!」
「ちょっと、『も』って…ゆえ参加するって言ってないんだけど」
オスカーはおやおや、と笑みを浮かべ参加表明も辞退も口にしない。そのせいか、ユエを置いて話が進んでいく。
「じゃあ、100数えてね〜。カクマル、負けた方がひと瓶一気だよ」
「これは余計負けられないですぞー!やってやるで御座!」
「だから待っ」
カクマルとオブリヴィオンは「はじめ!」と自分たちで合図をすると離散する。割って入って止める時間もないほどの一瞬の出来事。
ユエは伸ばしかけた手でまたレンゲを握った。
「……いい。ゆえはゆえで朝ごはん食べるからね」
「いいのかい?彼ら、結構酔っていたから、外でも気にせず寝て風邪をひくかもしれない。風邪というのは案外厄介なものでね」
「〜〜〜わかった、探せばいいんでしょ。あなたも一緒に探してよね」
「ハハ、いいだろう。面白そうだからね、飽きるまでは手伝うさ」
ユエはまさにやけくそといった様子でいつもよりも早く粥を平らげた後、手を合わせ「ごちそうさま」と挨拶して席を立つ。
空になった食器を返却口へ運び、オスカーの前に仁王立ちした。
「早く見つけてぱっと終わらせるから。ゆえだって暇じゃないんだもん」
「私が暇だと言いたげだ。それは心外だな。まあ、その通りなのだがね。さあ行こうか、2人は酒癖があまり良くない。面白い姿が見られると思うよ」
ꕤꕤ
「ここなら見つけにくいで御座〜。忍法!隠れ身の術!なんちゃって〜って、隠れ身の術じゃないで候!」
ひとりツッコミをしているカクマルがいるのは中庭の木の上だ。軽々と木に登ると太い枝に乗って身を隠していた。
枝葉が多いからか、案外下からは分かりづらく格好の隠れ場所と言えるだろう。
「これでそれがしが勝てば、もっと酔ったリヴィの旦那を見られる。面白い予感しかしないんだわな〜。酔ってない時も話題に出していじり放題になるで御座」
悪いことを考えながらによによと笑うカクマルは勝利を確信している様子である。
木から少し離れた場所ではひとりお茶をしているルミエルがチラチラとこちらを見ている。登るところを見られていたのだろう。
それに気がついたカクマルが「しー、秘密でよろしく給うよ」と秘密のジェスチャーをすれば、ルミエルも頷く。
それと同時にこちらを指さして何かを伝えようとしているようだ。
「何言ってるか聞こえないから分からないで候」
だが、人が来たらしくルミエルはぎこちなくお茶を嗜む態勢へと戻った。木の葉の隙間から覗けば、ユエとオスカーの姿。
「お!来たで御座い〜。暗器の腕の見せ所だわな〜」
「御座候ちゃん!いた!」
当てずっぽうにそう叫んでいるだけかと思いきや、ユエの指はしっかりとカクマルを指さしている。なんという即落ち二コマ。カクマルは思わず大きな声を出した。
「え、えぇ!?なんでわかったで御座!?」
「着物の振袖、枝の隙間から見えてたもん。酔ってるからってそんなことも気がつけなくなってるの?」
「これは1本取られたで候〜!そこまで気がつけなかったわな…ちなみにリヴィの旦那は…」
「まだ見つけてないよ」
「くっっ…やられたで御座!それがしの、敗北!」
「ハハハ、元気だね。彼女らも。戦いがいがありそうだよ」
「あ、は、はい…」
「見つかったんだから早く降りてきなよ」「降りたら敗北の決定打となるで候」とやり取りをする2人を見つめるオスカーは、いつの間にかルミエルのお茶会に勝手に参加していた。
突然かくれんぼし始めるものが現れたかと思うと、今度はお茶会への乱入者。ルミエルは正直何が起こっているのか理解しきれていなかったが、とりあえず笑って誤魔化した。
ルミエルからしたら、子猫達が自由気ままに部屋の中を歩き回っているようなもの。嫌悪感などはないが、振り回されている感覚はある。
まあ、楽しい時間であることは変わりない。
「皆さま仲がいいですね。他にも隠れている人がいるのですか?」
「ああ、あともう1人。オブリヴィオン君がどこかにいるはずだ」
「オブリヴィオンさま…彼は背が高いですから、案外場所は限られているかもしれませんよ」
「リヴィの旦那探し、それがしもするで御座ー!見つかってしまったからには今度は全力で探す方に回るで候!」
いつの間にか木から降りていたカクマルが2人のそばで大きな声で宣言する。後ろから追いかけてきたユエは肩で息をしながらそれに混じってため息を着く。
「もう…早くかくれんぼおわらせよ。ゆえもう朝だと思えないくらい疲れた」
「ハハ、そうだね。彼も見つけてもらうまで気を張って疲れるだろうし、寂しいだろう。“姫”を迎えに行ってあげようでは無いか」
ユエは「姫って…」と、彼の計り知れないところで囚われの姫扱いされ始めたオブリヴィオンに少し同情しつつ、既に見つけたあとの二度寝のことを考えていた。
ꕤ
「オブリヴィオン君〜、どこにいるのかね」
「リヴィの旦那ァ!」
「リヴィ、出てこないとゆえ帰っちゃうよ」
中庭、花畑、図書室、談話室、大浴場、個室。それぞれが様々な場所で順にオブリヴィオンに呼びかけるが、返事は無い。
息を潜めているにしてもこんなに見当たらないことがあるのだろうか。
キッチンにて、ふと、空気の抜けるような音が聞こえた。
「いまの…聞こえたで御座!?」
「ハハ、この音…」
オスカーが口元を抑えて小さく笑う。ユエはその様子に嫌な感じ…と眉を顰める。
音のする方へと歩を進めると、そこはキッチンから直接入れるワイナリーであった。
酔っ払いにワイナリーの組み合わせ。嫌な予感がする。
ユエとカクマルが扉を軽く開け中を覗くと、嫌な予感は的中。オブリヴィオンは酒瓶を抱えて眠っていた。ユエはテレビで見たベタな酔っぱらいを思い浮かべ、本日何度目か分からないため息をつく。
「あぁっ!洋酒の瓶かと思ったら、それがしの某ごろしで御座!もー!無くなったと思ってたらリヴィの旦那が持っていたで候!!」
かくれんぼの前、カクマルが見当たらないと言っていた酒瓶を先に見つけたのはオブリヴィオンだったらしい。
彼はただでさえ酔っていたというのに、向かえ酒をしてそのまま寝てしまったようだ。片っ端から飲むような安酒ではないのがラベルからもわかるワインに手をつけていないのは、まだ僥倖だろうか。
「リヴィ、起きて。風邪ひくよ」
ユエが近づいて揺するが、起きる気配は無い。
「ねえ、誰かリヴィの部屋まで運んで」
後ろを振り返ってそう言ってみるが、「力にはそこまで自信が無いんだわな〜…」「私は力仕事専門ではなくてね」と頼りにはならなさそうな返答。
「いい、ゆえが自分で運ぶから」
「えっ!?それは危ないで候!」
数分後、慌てたカクマルに引っ張って来られたイズが見たのは爆睡するオブリヴィオンに潰されながら脱出を試みる、ユエの姿であった。
それ以降、天使以外はワイナリーへの立ち入りはどんな理由があろうとも禁止となったと言う。
武器の姿でいた時間と比べたら一瞬だとしても、巻き込まれて面倒だと感じても、この場に来てからの体験は今までのままでは味わえなかった時間であることは間違いない。
最期の瞬間、この時間は無駄ではなかったと思えていたら。
それはきっと成長なのだろう。
未来がなくなったって、別の形で続いたって、人の姿を得ての、欠員のなかった1ヶ月間があなたにとって特別なものでありますように。
そう願いながら、選別は続いていく。
イズは、皆の様子を細かく書き留めている日誌を閉じる。ピクニックやら、テーブルゲームやら、かくれんぼやら…あのころは随分と騒がしく、みなの行動を書き留めるだけでも手一杯であった。
だが、最初の1ヶ月と比べ、ここ最近の文量は随分と減った。
最後には、1ページに収まるどころか余白ばかりになるのだろう。
「これだから嫌なんですよ…」
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【Anonymous Embryo】
番外編:なんでもない日
天使 イズ・アラールの日誌より引用
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【執筆】
なえを。
【スチル協力】
鮫々(シド)
隣人(鬼丸)
音戯。(ホーネット)
rugi(パスピエ)
胞子(カクマル)
スカポン(オスカー)
2024,09,14