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「じゃあ、安心して救えるわね」
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「これがホンキだと思ってる?」
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手にあたたかい感覚。手から伝って腕へ、肩へ。それは嗅ぎ慣れた鉄臭さ。
第4試合
キアラ vs パージ
ステージ:森
ꕤꕤꕤꕤꕤꕤ
複数の鳥がギャアギャアと煩くわめいて、そこかしこから会話でもするかのように木が風に揺られるざわざわとした音が混じる。どこか湿度を含んだ土のにおいが鼻腔をくすぐる。
うっそうとした森のなか、唯一開けた場所に2人は向かい合って立っていた。
「貴方はこの争いを止めようとは思わないのかしら」
「なんで?それより早くやろうよ。ね~、開始!ってヤツ早く」
パージが潜んでいるであろうカメラ代わりの天使を探して木々を見上げる。
「今まで多くの人が死んで、…なのに、何とも思わないの?」
キアラは一歩前へ踏み出し先ほどよりも声を張った。
「だからなに?ヒガイシャヅラしてるけど、キアラは誰も殺してないの?」
「それは…でも、今からでも止められないかとかあるでしょう?」
「ない、ゼンゼン。だってボク、楽しいもん」
キアラは1回戦を思い返す。パージは狂気状態の自分が動けなくしたシドにとどめを刺したらしい。その遺体は顔が徹底的に潰され、体がなければ誰なのかわからないほどであった。
あんなことができる人物が呼びかけで止まると思えないのも事実。彼にはキアラの言葉は届かないだろう。最初からずっと闘いに積極的で、平和主義のキアラとは真逆に近いのだから。
「やっとオマエと闘える」
「……そう。わかったわ」
『はいはい、そこのギスギスしているひとたち。こちらへの映写も問題なさそうなので開始しますよ。4回戦、キアラ対パージ。ステージ森。時間は無制限、どちらかが脱落するまで。開始』
手を数度鳴らす音が響いた後、イズの気の抜けた開始の合図で試合が開始される。
試合の様子を中継中の天使たちは、このタイミングで開始はいかがなものかといくつかの目を閉じてやれやれと言いたげに旋回した。カメラの役割を担う天使たちも3回目ともなると慣れたもので、心なしかカメラワークがよくなっている。
そんな天使がシアタールームのスクリーンいっぱいに映し出したのは、冷たさをたたえたキアラの瞳。その冷たさは憎しみや憂い、怒りよりも、強い諦めを感じさせた。
「じゃあ、安心して救えるわね」
ꕤꕤꕤꕤꕤ
2回戦の時と同じ場所でスクリーンを見上げる。どこに座ろうと相談する声も、どっちが勝つかと話す声も聞こえない。たまにぽつぽつと言葉が聞こえてくる以外は、木々が風に揺れる音と対戦者の声や武器が触れ合う金属音であった。
オブリヴィオンは兄と慕ってくれる彼を応援したい気持ちと、彼にまた罪を重ねてほしくないという処刑人としての気持ちが混ざり合い、どっちつかずの気持ちで見ていた。
「(死んでほしくないけど、罪を重ねてほしくない。これは我儘なのかな)」
どうしてここまで彼に気に入られているのかは、あまりよくわからなかったが、ひとに好かれるというのは当然悪い気がしなかった。
どんな相手からでも好かれたいと思うほど道具時代にひどい扱いを受けてきたわけではないが、選り好みするほどの自尊心も持ち合わせていない。
傲慢さは…少しあるのかもしれない。オブリヴィオンが刑の執行を行うのは、行政や第三者を通して下された決定にしたがってではなく、自身がどう思ったかが基準である。
だが、彼はまだそこまで気が付くことができない。
武器であったころから人と触れ合い、間近で使用者を見ていたとはいえ、自身でものを考え行動し会話をするのはここ数か月で初めて体験したことだ。精神的な成長や、正義という定義の難しい題材についての議論など彼にはまだ早すぎる。
『パージ!!』
名を叫んだのは自身でも、少し前に座っている双子の片割れでもなかった。画面の中の彼女が苦しそうな表情をベールの内に隠す。
名を呼ばれた彼はいつものように、ニヤニヤと笑みを浮かべて彼女は次にどう出るかとうかがっている。重たそうなソードブレイカーの斬れない刃がきらりと光り、西日の重たい光がスクリーン越しでも感じられる。
キアラの救うという発言がオブリヴィオンの脳内にこびりついて離れない。
だが、そんな彼をおいて試合はどんどん進んでいく。
パージは全くもって躊躇なくキアラを攻撃し続ける。闘いを楽しむ彼は、殺したらもう会えないだとか、相手を取り巻く人間関係だとか、そういうものを気にしていない様子であった。
一度は仲間になったと言える、共に闘ったものを攻撃出来る時点で、そんなことを気にしないのは当たり前と言えるのかもしれないが…
パージが攻撃する度に、キアラが切り傷や擦り傷を増やす度に、オブリヴィオンはどこかで安堵をした。まだ殺していない。まだ死にそうにない。
あまり考えたくは無いが、いつか彼とぶつかってしまった時を思うとこの瞬間どう声を上げて応援すべきなのか分からなかった。そもそも、応援すべきなのかすらも。
だが、それは右舷も同じであった。理由は随分違うが、正直どちらも心の底から応援したいと思わない。強いていえば、弟がお気に入りらしいパージの方であろうか。
キアラは最近、全くの別人のようになっており、意見も驚くほどに合わない。彼女の勝手な感情のせいでこちらの命が振り回されるなんて許容できなかった。
右舷はこの場で純粋にどちらかを応援しているのなんて左舷くらいだろうと息を吐いた。真剣な顔で画面を見つめる左舷はいつもの弟とは大違いだ。
「(まあ、マチルダさんはパージさんと仲が悪いようでしたしキアラさんを応援しているかもしれませんが…)」
マチルダの方へ視線を振るも、全く読めない表情にどちらを応援しているか知るのを諦めた。
どうせ、どちらが勝っても今抱えている不満は解決しない。
ひとの姿になるまでは、考えもしなかっただろう。自分で考え、動くことでこんなにも様々なことが起こるだなんて。
嫌悪するものだって、1つ2つで充分すぎたというのに。
ꕤꕤꕤꕤ
迫りくる刃先にキアラは目を見開く。パージの攻撃で刺突攻撃なら必殺技を繰り出してくる可能性が高いだろう。
だが、そうでなかった場合が問題だ。
1度目の攻撃がブラフで、体勢を崩したところに本命の必殺技…十分にあり得る作戦。
「(パージは大胆な動きをするけれど、頭の回転は早いもの。何を仕掛けてきてもおかしくないわ)」
油断はしない。
軽く避けるだけでも十分であったが、キアラはあえて後ろへ下がって大きく後退した。これなら隙を狙った攻撃もできないだろうという考えからだ。
『そろそろ、ね』
脳内に、待ちきれないと言いたげな“彼女”の声が響く。
「(血が足りたみたいね。お願い“彼を救って”)」
ドレスはいつの間にか見覚えのある赤黒い色に染っていた。それは大半は自身の血で、わざと傷をつけさせた箇所のおかげで前回より早くその時が来た。
あとは合図をするだけ。
そうすればキアラは眠り、もう1人の彼女が全てを終わらせてくれるだろう。
パージは戦闘を楽しんでおり、この試練に対しての苦しみをあまり感じさせない。だが、だからこそ、救いが必要なのではないだろうか。目に見えない苦しみはだれしも抱えているはずだから。
キアラは「殺す事で全てのことからきっと開放される。されてほしい」そんな思い込みに近い願いを、今まで脳内で幾度となく反芻してきた。話して納得させることができればどうにかなると、無謀にもそう思っていた彼女はもういない。
キアラは間合いを詰めるために踏み出そうとするパージの方を向いたまま目を閉じ、小さく息を吸ってお呪いをかける。
「Live, Love, laugh and be Happy.」
その時パージが感じたのは殺気。数ヶ月前に浴びたことがあるあれ。彼は咄嗟に、詰めようとした間合いを逆に開けた。
「…久しぶり」
「ふふ、あはははは!元気してたかしらあ?」
「さあね、そっちは元気そうでナニヨリ?」
___?
形式ばった挨拶を交わし睨み合っていたはずなのに、瞬きの間に唐突にパージの視界からキアラが消える。血濡れの衣服を着ているとはいえ、視力に問題がないパージが光を反射しやすい白を見逃すわけがない。
「...上!」
本能か、戦略の高さゆえに自身ならどうするかを咄嗟にシュミレーションしたのか。彼はキアラが消えたとほぼ同時に見上げた。再び視界に捉えたキアラはパルチザンの刃を下に向けてパージのもとに着地しようとしているところだった。
「ボク、ナメられてる?」
だが、そんな簡単な攻撃を仕掛けられたところでどうにでもなる。
それに、地表に立っているバーサク状態の彼女よりも空中にいる彼女を狙う方が避けられづらく、いま攻撃が入れば確実なダメージになるだろう。
ふわりと広がるドレスの裾も、瞳孔が開いた瞳も、柔らかな肉体も、全てをズタズタにしてやろうではないか。
パージはソードブレイカーを上に向けて目を細める。相手が最終的にどの角度でどう足をつける想定で着地するのかはわからない。
だが、今更堕ちてくる場所を変えるなんてできない。自重で自業自得の大怪我を負うことになるだろう。
キィン_
そんな期待を裏切る金属音。刃先同士が触れ合い、1秒もたたぬ間にパージの腕に支えきれない重みがふりかかる。
キアラは腕の力だけでパルチザンに体重を乗せ、さらに曲芸のように刃先の一点のみで体を支えているようだった。
「(コイツ...! 体幹どうなってんの?)」
当初の予定ではキアラが動けなくなるか、パルチザンを破壊して有利になるはずだった。パージは狂化状態の彼女が前回も壁を走っていたことを思い出し、笑みを深める。
硬直していたのは時間にして2秒ほど。パージはソードブレイカーを振り払い、キアラを落とす。花嫁は突然軸がぶれたというのに、武器を片手に両足と左手の三点で着地して見せた。地表の土が削れる音と、少量の砂煙が起こる。
「ふふ…びっくりした?」
「戦いに関して集中力上がったからできたの?オモシロイじゃん。もっとやってよ」
「お強請り!あはははは!我儘ね」
前回の黙々と獲物を狩る野生動物のようだったキアラとは違う。会話し、パージの精神を揺さぶろうとしてくる。
「(アレにセイチョウとかあんの?)」
あきらかに元の人格とは違う『アレ』。キアラの中で数か月を過ごすうちに、人間のように育ったとでも言うのだろうか。
だが、キアラがああなっても武器が壊れてしまえば戦力は一気に下がる。ためらいを捨てたところで攻撃手段がなければ無意味なのである。
「……」
そこまで考えたところで、パージは頭を振って思考をリセットする。
今更武器にこだわる必要はない。本体の息の根を止めてやれば勝ちのルールだ。
柔い身体にThePURGEを当ててやれば骨は複雑骨折、内臓なら破裂してしまうだろう。
ガキンチョが前に夏といえばと言っていた水風船。風船というものに水を詰め、投げて地面やヒトに当たると割れて中の水が溢れ出す。キアラの内臓を割ることができたら水風船を知れるかもしれない。赤い液体が弾けるように飛んで、一面を濡らすのだろうか。
それとも、首を斬った時のように勢いがいいものではなく、静かに流れるのだろうか。シドや鬼丸の時のパージは内臓よりも頭の方を狙っていたため、内臓を狙った場合の想像もつかなかった。
「考えてるだけでいいのかしらっ?私に当てなきゃずっと終われないわよ!」
キアラはパージを煽りながら地面を蹴って宙へ。軽々と一回転したと思うとそばの木の幹を蹴って方向転換。
「お強請りに応えて再演してあげる!!」
きゃはは!と甲高い声で笑い声を上げ、目を細めてさらに口角を上げるキアラに、今までにない闘いができそうだと感じたパージも笑いが止まらなくなりそうだった。
「再演なんかじゃボクに勝てないよ?もっとスゴイの見せてくれないとさあ!?」
幹を蹴ったと思えば着地し、隠れ、また姿を表し縦横無尽に動き回るキアラを、パージは的確に目で追う。すれ違うたびに槍先で心臓を狙われるが、紙一重で避ける。
避けきれるものでもないため、掠った傷が胸を中心に腕や顔にもついていく。だが、動き回り、飛び散っているのが相手の血か自分の血かわからない中でパージは高揚感に支配され、もう痛みも忘れていた。
さすがにこう動かれてはさすがのパージも一撃必殺はできない。飛び上がる時の足元や、着地の瞬間の胴など少しづつダメージが蓄積していくような場所へと殴打や刺突を繰り返す。
「軽い攻撃ね、ぜぇんぜん痛く無いわよ...!」
「これがホンキだと思ってる?」
「詭弁ね!」
キアラは言葉の通り痛みも出血も諸共しない様子でヒールを木の幹に突き刺してピッケルのように使い、一気にかけ登る。そして、登りきったかと思うと飛び上がり先程と同じように槍先を下に向けてパージの元に飛び降りた。
「言ったでしょ、再演してあげるって!」
パージは先程のキアラの桁外れた動きを思い出し、ソードブレイカーを振りかぶることができる形に構える。突き上げたらまたおちょくられるのは目に見えている。なら、向こうの予想外の動きでペースを崩してしまおう。
振りかぶろうとする姿勢を見て、キアラはこのまま攻撃しても当たらないだろうと判断した。パルチザンを柄の先に持ち替え地面に槍先を突き刺す。
柄の先に置いた右の掌を基点にして、曲芸師かのように軽やかに一回転。パージが行うのはきっと鬼丸が頭に受けたフルスイングと同じような攻撃。
先程までの擦り傷や打撲とは比べ物にならない攻撃であろう。足にでもくらえばこの後の動きに支障をきたしてしまう可能性がある。
そうならないために、キアラは捨て身に近くなりそうな隙を狙っての反撃ではなく完全な回避を選んだ。と言っても、そこまで詳細に考えている訳ではなく、野生の勘のようなものでそう感じとったのだが。
「(戦略的撤退とかいうやつだから不本意だけどしょうがないわ。恨まないでよ、キアラ)」
彼女が瞬きをする間に不気味な笑顔がみるみるうちに憂いを帯びた表情へと戻る。
意識が戻った瞬間の咄嗟の着地で一瞬ぐらついた。
赤い布が彼女を追うようにヒラヒラとはためいて、パージは一瞬血が飛び散ったのでは無いかと錯覚に陥りそうになる。だが、鼻腔の奥を刺すような鉄の匂いの代わりに漂う、少し湿った空気の匂いが現実に引き戻してくれた。
「…!」
いきなり現実に引き戻されたのはキアラも同じ。パルチザンから手を離したことで、狂化が解けてしまったのだ。パージがソードブレイカーを振るっている最中で、戻った瞬間を攻撃出来ないということが不幸中の幸いだろうか。
残されたパルチザンにソードブレイカーの凸凹の部分が当たり、衝撃でパルチザンが地面から抜けた。キアラは抜けた瞬間はためく布を掴み、手繰ることでそれを回収する。
紛れもない自分自身であるはずのパルチザンに対して、どうしてこうも雑な扱いをするのか。視聴しているものにそう思われそうな回避方法だが、その実そうでもなかった。ソードブレイカーで砕かれたり折られると思っていたらこんなことは出来ない。自身の柄は金属なのもあり、その程度で折れないと、強かな武器であると、そう信じているからできた。
成せなかったことは山ほどあるが、為せることも山ほどある。彼女は闘いに没頭することで、自覚はなくとも周りから見る分には立ち回りがいつもよりも幾分か前向きであった。
空ぶったソードブレイカーが木の幹にぶつかり、めり込む。それを抜いて持ち直したパージに、その隙に同じく立ち上がって構え直したキアラが対峙する。
地面を蹴るため力を入れられた足元で砂がじゃりじゃりと鳴って、数秒後にはぶつかり合うように真正面からの打ち合い。
隙を与えないための攻撃を繰り出しながら、2人とも伺っていた。_相手に致命的な一撃を与えることが出来るタイミングを。
ꕤꕤꕤ
たまにどちらかが後退し途切れることもあったが、長く続いた打ち合いについに終止符が打たれようとしていた。
キアラが大きく動いた途端、パージは懐へ入る。
「今を待ってた。ThePURGE」
しゃがんで、そこから突き上げるようにソードブレイカーの先端をキアラの左の横腹へ。キアラは衝撃で自身の後ろにあった木に激突する。そのとき吐き出したのは空気だけではなかった。口から垂れた鮮やかな血が胸元と地面を彩る。
「あ゛ァ゛…!!!」
キアラは痛みで叫びそうになるが、それすら激痛でひゅー、ひゅー、と空気が抜けるような息を繰り返す。あばら骨が粉々になっているのか、それとも折れて内臓に刺さったのか。刺さる内臓すら失ったのか。
痛いということしかわからない。傷口からどくどくと血が流れ、その周辺は花が咲いたように色が変わっていく。内出血という言葉では片づけられないとキアラ本人もなんとなく察することができた。
パルチザンを支えにするも足の力が抜け、砂で滑って木の幹を背にずるずると腰を落としていく。
「あれ?オワリ?」
じゃあトドメの時間だとでも言わんばかりに、パージは追撃のためキアラに近づいた。
「ゆだ…ん゛、するも…じゃ、な、いわ…」
「アハ、なに?負け犬の遠吠え?ラクに死ねると思わないでね」
パージの言葉を聞きながら、キアラはあの日のことを思い出す。無力感と絶望。強さがないと権利すら奪われると、ここにきて嫌というほど思い知らされた。
目の前のぼんやりした視界の中、燃えるような髪とフクロウのような目が浮かび上がって見える。自身に向けられた刃先が鈍く光った。手の感覚だけはなんとなくあるから、パルチザンを強く握って。
「さよなら、弱虫」
「……」
手にあたたかい感覚。手から伝って腕へ、肩へ。それは嗅ぎ慣れた鉄臭さ。目を凝らせば、パージの喉元からパルチザンを経由して伝っている。
キアラは自分が死ぬ前にとは思っていたが、苦しませたいとは思っていなかった。
だから、心臓を刺して苦しませず逝かせてあげたいと。だが、心臓は外れたらしい。
『だからキアラは言ったの、油断するものじゃないわって♡』
「(そうね…)」
「あ゛、ォ゛マエ゛」
金色が少し大きくなる。目を見開いているようだ。
パージは声を振り絞るが上手く発音できず、動物の鳴き声のような声をあげながらパルチザンの柄をつかんだ。
抜けば更に大量の血が流れ出すだろう。わかってはいても、パージはキアラに串刺しにされたまま死ぬのはなんだか癪に感じた。自身の足で後ろに下がり、喉元からパルチザンを抜く。
そのまま、ソードブレイカーを杖のように使って歩こうとするが、重すぎるのかすぐに手放した。足を引きずり、すぐそばの茂みに倒れこんでキアラの視界から自身の姿を隠す。
ここからは相手が先に死ぬまで生きることで勝利をつかむ根気勝負。無様な姿を見せながら待つだなんて、パージはごめんだった。
試合終了の合図が聞こえれば勝ちが確定する。
早く言えよと文句を言いたいが、あいにく声は出ない。上を向くと血でおぼれてしまうため、這いつくばるような姿勢で息をする。
屈辱的ではなかった。だが、目の前に降り立った無数の目の小さな天使に凝視されるとなんだか馬鹿にされている気がして。パージは握った拳でそれを殴打した。
力が入っていないとても軽い攻撃だったが、天使は転がっていったあと、びっくりした様子でふらふらと飛んで立ち去って行く。他の天使もその様子を見ていたらしく、あわててパージから距離をとった。
数秒にも数分にも数時間にも思える時間が流れる。キアラとパージは痛みに耐えて意識を保つことに必死で、時間の感覚を失っていた。
天使達も彼らを見守るように静かにその様子を映す。
『試合終了!』
イズの声に木が思い出したかのようにざあざあと音を立てる。スクリーン越しで見ている面々はどちらが勝ったのかと一斉にイズの方を向いた。
『勝者__』
ꕤꕤ
「死んでないでしょうね」
イズがキアラに手を伸ばす。
「…ッ!」
その気配に気が付いたキアラは一気に覚醒して怯えた目でパルチザンを振るった。これが火事場の馬鹿力だろうか。イズの腕は簡単に飛び、血の代わりに白い液体が流れだす。
「ぁ゛…ごめ、なさ……」
パージではないとわかり気が抜けたのだろうか。キアラはそのまま目を閉じ気を失う。
「…まあ今回は不問で赦しましょう。正気の時にやっていたら処分していましたが」
「これだけ動けるなら、来るのはイズじゃなくてルミエルでよかったですね」
イズは全く動じず自身の腕を見る。怪我とさえ思っていないような涼しい顔で。
どろどろと流れ出す液体が腕を形作っていき、粘土細工でもしているかのように服ごと再生していく。それが出来上がれば軽く手を閉じたり開いたりして動作確認を済ませた。
元から不定形な天使はどんなものにでもなれる。どんな形にもなれる。つまり、なくなった部分を自由に再現することだって問題なく可能なのである。同じ人型をしているのも、少なくともイズは変に警戒心を持たれないためで、元からこのかたちというわけではない。
「ルミエル、治療任せましたよ」
やれやれといった様子でいつもの光の通路を出現させると、中から慌てた様子のルミエルが「キアラさま~、すぐ治してさしあげますからね」と飛び出してきた。
ꕤ
「そんなはずない!パージが負けるわけないじゃん!パージも怪我してる、助けに行かなきゃ!!」
左舷は席を立つや否や、そう叫んで画面に映るパージを心配そうに眺める。
そして、戻ってきたイズへ駆け寄ると、「俺もあっちに連れてって」と詰め寄り始めた。
「貴方だけサービスして連れていくわけにはいかないんですよ」
「なんで!」
「秩序が乱れるので」
「こんなことしてる時点で秩序なんてないだろ!」
「左舷!落ち着きなさい」
混乱してイズに掴みかかろうとする左舷を静止したのは右舷だった。左舷の肩をつかみ、自身の方を向かせる。イズはやれやれといった様子でそこから数歩離れた。右舷が左舷を落ち着かせることに期待し、自身は仕事を続行する。
「次回の対戦は右舷左舷とマチルダなのでよろしくお願いします。じゃあ、イズは部屋に戻るのであとはお好きにどうぞ」
パチンと指を鳴らして投影を終わらせたかと思うといつも通り、光の中へ消えていくイズ。
マチルダは言葉が出てこず、イズの言葉にうなずいたっきり視線を泳がせた。
きっと右舷と一緒に左舷を慰めたところで、次回闘うという事実がノイズとなり邪魔になってしまうだけだろう。
マチルダは双子のそばを通る時にぺこりと小さくお辞儀してから出口の方へと向かう。双子はおそらくマチルダの挨拶なんて見ていないが、自己満足だから別にそれで良かった。
「次の次がゆえたち…」
「……そうだね。毎日6回戦が夢だったらって。そう思っているよ」
怒涛の展開に取り残されたユエとオブリヴィオンはもうなにも映っていないスクリーンを見つめていた。否、どこも見ていなかったが、視線がスクリーンにあった。
「…みんな、絶対に誰かを喪うんだよね。そんなの嫌だな」
「嫌でも決まり事だから…しょうがない、んだと思う。ゆえだって嫌だよ」
あの頃に戻りたいという願いや、あの時にああしていればという後悔は、今はもう心を蝕む不安の種でしかない。
そして種は負を栄養に育ち、芽吹くのだろう。
時間がたつほど何かを失いながら、自身の中で大きくなっていくのだ。
その結果咲いた花や落ちた種は、どうなっていくのだろう。
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【Anonymous Embryo】
第4話:オリーブは枯れた
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【執筆】
なえを。
【スチル協力】
隣人(キアラ)
スカポン(パージ)
音戯。(イズ・アラール)
2024,10,05