20210302 論文作成と弁当作り

 今年度の卒論,修論の指導が先月終わりました.毎年同じようなやり取りを繰り返しているので,今年の論文指導を通して考えたことを書き残しておこうと思います.

 論文を完成させる作業は弁当作りと似ています.「どの食材で何を作るかを考えて,実際に料理を作り,できた料理を並べて弁当の詰め方を考え,弁当を完成させる」ように,「研究計画を考えて,実際に研究して研究結果を得て,構成を考えて,論文を執筆する」という作業を進めます.

 卒業論文では,指導教員がメニューとレシピを考えて食材を用意し,教員の助言をもらいながら料理を作ります.次に,出来上がった料理をどうやって弁当箱に詰めるかを考えて,実際に詰めて,出来上がった弁当(初稿)を教員に提出します.そうすると,原型をとどめないほどに詰め方を直されます.これは盛り付け方が一般的なルールに則っていないため,食べる人(読者)にとって見栄えが悪く(論文の流れがわかりにくく),食べづらい(読みづらい)弁当になっているからです.ありがちなのは,実際に研究を進めた順番どおりに結果を書いていて,話が行ったり来たりしている文章です.これは調理した順番どおりに料理を弁当箱に詰めているのと同じで,どうしても全体の統一感がなくなります.例えば,同じおかずが弁当箱の別々のところに配されるように,章をまたいで同じことが何度も書かれていたりします.他にも,何も説明がないまま結論らしき主張が展開されて,後になってその主張を裏付けるデータが示されたりします.これは,おかずとソースが別々の場所に置かれているような感じでしょうか.おかずをソースにつけて食べられないわけではないですが,「なぜ,そこに?」という感じです.当然,教員としてもできるだけ学生が一生懸命詰めた弁当の原型を残したいのですが,「同じおかずはまとめた方がいいよね」,「このソースはおかずに直接かけた方がいいよね」という感じで直していくと,結果的に原型が残らなくなってしまいます.

 また,完成した卒論を見て,「あれ,あんなに研究を頑張ったのに,論文で書けることってこれだけ?」と思う人もいると思います.でも,初めて一から自分で調理した弁当が,店で売られている弁当と違うのは当たり前で,見栄えがしなくても仕方がありません.研究を進める中でレビューする学術論文は,その多くが何度も弁当を作り続けてきたプロの料理人が作ったもので,かつ,査読を受ける段階で何度も料理構成を見直したり,詰め直したものです.卒論では,初めてお米を研いでご飯を炊く,卵焼きを焼く,おかずを弁当に詰める,という弁当作りの基本を学んでいると考えるのが良いと思います.おかずの中には美味しく作れなかった(期待した研究結果が得られなかった)ものもあると思いますが,とにかく弁当を作り上げたという経験そのものが貴重です.

 修士論文では,卒論での経験を活かして,メニュー構成,食材選び,調理方法まで教員と相談しながら決めていきます.適宜,料理の仕上がりを教員に報告しながら,問題が起きたときには教員からアドバイスをもらって調理方法や食材を修正しながら研究を進めます.そのようにして出来上がった弁当を教員に提出すると,卒論のときよりも自分の詰めた原型が残った形での手直しが入ると思います.卒論で弁当の詰め方を勉強しているので,料理の配置を少し入れ替えたり,盛り付け方を変えたりするだけで済むためです.あと,卒論と大きく違うのは,完成した弁当(論文)の中身を一番理解しているのが,教員よりも学生自身である点です.「これについては誰よりも自分が一番よく知っている」と言える研究成果が得られ,それを学会等で研究者に発表するというのは,大学院進学で経験できる貴重な体験だと思います.

 博士論文では,メニュー構成,食材選び,調理方法まで学生自身が構想を考え,自分で調理を進めていきます.その後,修論と同様に出来上がった料理を弁当に詰めて教員に提出するわけですが,博論と修論で大きく違うのは,それぞれの料理の完成度や弁当の料理の組み合わせ,弁当のコンセプトまでチェックされるという点です.ちなみに,それぞれの料理の完成度は投稿論文の「査読」という形で学外者によるチェックを受けます.また,料理の組み合わせや弁当全体のコンセプトは博士論文審査の主査・副査によってチェックされます(博士論文では複数の査読付き論文の内容が含まれていることを条件に課していることが多いです).

 ところで,上記のような学位論文(卒論,修論,博論)と投稿論文や発表要旨では書き方が少し違います.学位論文は一般的に字数制限がないので弁当箱の大きさを自由に選べます.一方,投稿論文や発表要旨はページ数の制限があるので,弁当箱のサイズに合わせて,メイン料理を主役に据えた弁当を作らなくてはいけません.しかし,学位論文を完成させた後に投稿論文や発表要旨を書こうとして,内容が指定のページ数に収まりきらず,多くの学生が四苦八苦します.これは,学位論文で詰めた料理をそのままの形で小さい弁当箱に押し込もうとするからです.おせち料理に入っている料理(例えば,伊勢エビ)をそのまま普通の弁当箱に詰めようとすれば,当然フタが閉まりません.では,どうすればよいか.普通に考えれば,入れたいおかずの美味しそうな部分をちょうどよい大きさに切って,弁当に詰めていくはずです.しかし,なぜか研究になると,意地でも料理を切らず,力ずくで無理矢理に詰めてフタをしようと頑張ります.そして,どうしてもページに収まりきらないと,文章を削るのではなく,ページに収まるサイズまで図表を縮小して,図表そのものが読み取れなくなるということが起こります.その姿は,弁当にギュウギュウ詰めにされて潰れた料理のようです...

 おせち料理のお重と弁当箱では料理の盛り付けが違うように,ページ数の制限がない学位論文と制限がある投稿論文や発表要旨では文章の書き方が違ってきます.投稿論文や発表要旨を書くときに元になる学位論文があると,どうしても文章を丸々コピペして,その後にページに収まるように文章を削っていこうという意識になりがちです.しかし,実際には学位論文の文章は一旦忘れて,絶対に載せたい図表を並べて,その図表を説明するのに必要最小限の文章を一から書くことほうが良いと思います.そして,ページに余白があれば,重要な情報から順に追加していくという姿勢が重要です.まずは,ご飯とメインのおかずを入れて,次に副菜を詰めて,最後に空いた隙間に彩りのミニトマトを入れるのと同じです.

 論文指導では毎回このようなやり取りが繰り広げられています.来年度からは,指導学生には論文を書く前にこの文章を読んでもらって,論文の書き方をなんとなく意識しながら執筆してもらえればと思っています.


(20210428 追記)

 投稿論文を書くとき,既にその論文に関する学会発表などの要旨があるのであれば,それをベースに説明不足の箇所を肉付けしていく方法はアリです.1~2ページ程度の発表要旨は内容が厳選されているはずですが,その一方でページ制限内に抑えるために説明を除いた箇所も多数含まれています.その部分を丁寧に補っていくと,投稿論文の規定ページくらいになることが多いです.

 また,いきなり学位論文の文章を丸々コピペして,文章を削っていくという姿勢はダメですが,投稿論文の大まかな構成や書くことが決まったら,それに該当する箇所だけ学位論文の文章を引っ張ってくるのは良いと思います.学位論文の文章は添削・修正を繰り返して洗練されているはずなので,これを参考にしないのは勿体ないです.