20210114 豪雨対策の視点で新型コロナウイルスの状況を見てみた

(第1回なのでもう少し軽い話題を書こうと思っていたのですが,今まさに起きている問題なので,こちらを先に書くことにしました.)

 卒論発表会や修論発表会では,学生の発表後に教員が質問し,学生が回答するというやり取りが行われます.発表会に初めて参加した学生からは,「専門と違う研究内容なのに,なぜ先生たちはすぐに質問できるの?」という感想が聞かれます.確かに私も学生の頃は同じことを思ったものです.これには大きく二つの理由があると思います.一つは,研究で起きる問題は分野によらず共通するものがあって,研究生活が長くなるとその手駒が増えること.もう一つは,自分とは異なる研究分野であっても,一度自分の専門知識に落とし込むことができれば内容を整理しやすいことです.

 最近の新型コロナウイルスの問題を見ていると,豪雨対策と類似している点がいくつかありましたので,新型コロナウイルスに対する私なりの視点を紹介しようと思います.

 まず,私は新型コロナウイルスを以下のように置き換えています.

・ある時点での感染強度(要因:マスクの着用率,人と人の接触頻度,気温,変異種など) → ある時刻での降雨強度

・ウイルスの潜伏期間(約2週間) → 降雨がダムに到達するまでの時間

・新規感染者数 → ダムへの流入量

・病床数 → 有効貯水容量

・新型コロナウイルス患者受入病床数 → 洪水調節容量

・比較的大きな総合病院(国・公立病院など) → 多目的ダム

・比較的小さな病院(民間病院など) → 専用ダム(利水ダムなど)

 人と人の接触頻度が増えると,新規感染者は2週間程度遅れて増加すると言われているので,これは大雨が降った後に遅れてダムへの流入量が増加する状況と似ています.そこで,「ウイルスの潜伏期間」を「降雨がダムに到達するまでの時間」,人と人の接触頻度やマスクの着用率などによって変化する「感染強度」を「降雨強度」,「新規感染者数」を「ダムへの流入量」とそれぞれ置き換えています.

 つぎに,医療機関の「新型コロナウイルス患者受入病床数」は被害を起こさないための許容能力なので,ダムの「洪水調節容量」とします.豪雨によって河川流量が増加しても,治水ダムの洪水調節容量が十分に大きければダム下流の被害は抑えられ,洪水調節容量を超過するとダムの決壊や河川の氾濫のリスクが増大します.それと同じように,新規感染者数が多くてもそれを上回る病床数が確保できれば死者数は抑えられますし,受け入れきれなくなると医療崩壊が起きて死亡者数(新型コロナウイルス以外の患者を含む)が増加します.なお,実際には病床数だけでなく医療スタッフや関連設備も含めた医療提供能力が重要ですが,ここでは便宜的に「病床数」とします.

 このように考えると,新型コロナウイルスの状況を豪雨時のダム管理に当てはめながら整理することができます.例えば,現在新型コロナウイルス受入病床数を増やそうとしていますが,これはダムの洪水調節容量を増強することを意味します.もちろん,豪雨において洪水調節容量を増強することは被害の発生を遅らせる対策としては有効です.しかし,雨が降り続いたら,増強した洪水調節容量もいっぱいになるのでいつかは対応しきれなくなります.同じように今後も新規感染者数が減らなければ,受入病床は埋まってしまい,いずれは感染者を受けきれなくなるでしょう.つまり,現在起きている問題の本質は,感染強度が増え続けていること(大雨が降り続いていること)なので,その元を絶たないと問題は終息しません.気温が上がれば感染強度も下がる可能性はありますが,気温が上がるまで待っている余裕がない場合には,マスクの着用を徹底したり,人と人の接触頻度を減らすという対策が有効ということになります.

 また,豪雨対策では「流域治水」という考え方があり,ダムで受けきれない豪雨に対しては,下流域の比較的浸水被害が小さい遊水地などに水を一時貯留(意図的に氾濫)させることが検討されています.これは,新型コロナウイルスの無症状者,軽症者を病院ではなく,ホテルや自宅待機させる対応と似ています.当然,ある程度のリスク(被害が発生する可能性)はありますが,将来起こるかもしれない新規感染者数(ダムへの流入量)の増大に備えて,病床数(ダムの空き容量)を確保しておくというのは安全対策としては妥当だと思います.ただし,ダムの空き容量(病床数)を確保するために水(無症状者,軽症者)を放流し続けた結果,知らない間に下流域が水浸しになっていた(市中感染が広がっていた)なんてことになったら大変なので,下流域(ホテルや自宅待機の感染者)の状況には常に注意を払う必要があります.例えば,流域治水では被害を受けた地域に対してはなんらかの補償があります.一方,新型コロナウイルスの自宅待機に関しては,病状急変などのリスクだけを背負う(補償がない)形になっているため,協力が得られづらいのではないかと感じます.

 さらに,最近は民間病院の新型コロナウイルス患者受入病床数を増やせという議論がありますが,これもダム管理と重なる点があります.まず,基礎知識としてダムには治水,利水,発電などの複数の機能をもつ多目的ダムと,特定の機能(例えば,利水)だけを想定した専用ダムがあります.一般的に多目的ダムは大規模,専用ダムは小規模です.そして,民間病院に対して「病床が空いているなら,コロナ患者受入病床に振り替えて協力しろ.同じ病院だろ.」と言うのは,「豪雨時に多目的ダムが満水になっているから,利水ダムも協力して豪雨の水を貯めろ.同じダムだろ.」と言うのと同じだと感じます.もし私がそのようなことを言われたら,「同じダムですが,それは言うほど簡単じゃないです」と答えます.

 まず,規模が大きい総合病院は,さまざまな部署が存在する多目的ダムです.病院内には新型コロナウイルスに対応できる部署があり,感染拡大の状況に応じて病院内で人員配置等を必死で調整されて,なんとか受入病床を捻出されたのではないかと想像します.この状況は,豪雨時におけるダムの「事前放流(豪雨時に利水容量の一部を洪水調節容量に充てる対応)」とそっくりです.事前放流を実施する際には,受益者間での綿密な調整が必要ですが,合意が得られば,貯水を放流することで洪水調節容量を増強することが可能です.また,治水機能を有するダムは,大量の水が流入したときでも決壊しない(水位が堤体を超えない)ように「洪水吐き」などの放流施設があり,決壊しないような安全装置が整備されています.大きな総合病院では,多目的ダムのように緊急時の対策や対応マニュアル,必要な設備が平常時に整備されていると思います.

 一方,利水ダムなどの専用ダムは水不足に備えて,渇水時の水需要量(利水容量)を貯めることを想定した規模で整備されるので,災害が発生するような豪雨を余分に貯める容量(洪水調節容量)は設計されていません.そのため,洪水吐きのような安全装置が整備されていないものも多くあります.つまり,治水機能を想定していない専用ダムは,大雨のときには流入してきた水をすべてダムから放流することを前提に設計されているので,無理に水を溜めると決壊する恐れがあります(利水ダムでも,たまたまダムの貯水量が減っていれば,結果的に治水に貢献することはあります).このようなダムに対して,大雨で多目的ダムが満水で決壊しそうだから,すぐに洪水吐きを設置して治水機能を持たせろと言うのは無理です.もしこのような対応を求めるのであれば,平常時(大雨が降る前)に利水ダムの活用方法を考えて,洪水吐きなどの施設を整備しておくしかありません.比較的小規模な民間病院も同じよう状況であるのではないかと想像します.(*民間病院は経営的に不利になるから新型コロナウイルス患者の受け入れに消極的であるという論調もありますが,論理的に考えてこれもおかしいと思います.主に地域医療を担っている民間病院は,新型コロナウイルスの影響で経営的に厳しい状況のはずです.そのような病院が本当に経営面を重視しているのであれば,国の補助を受けられ,かつ,確実な診療報酬を期待できる新型コロナウイルス患者の受け入れには積極的になるはずです.にもかかわらず,民間病院の受入病床数が増えないということは,「受け入れを拒否している」とみるよりも「受け入れることができない」と考えるほうが自然です.別の患者が多くいて病院内の動線を分けることができない,専門医がいないなど,理由は病院によって異なるとは思いますが.)

 このような感じで自分の専門を通して別の事象をみると,違う分野の話でも状況が整理しやすくなることがあります.なお,言うまでもないことですが,感染症と豪雨では対象が異なるので豪雨対策をそのまま感染症対策に適用するわけにはいきません.自分の専門でおおまかに整理した後には,実際の対象にあわせて正確な情報に基づいた再整理は不可欠です.

 また,専門以外の事象で起こっている問題は,いずれ自分の専門でも似た問題が起きる可能性があることを示しています.たとえば,今回の一件から,豪雨時に利水ダムが治水に貢献しようとしていないと誤解されないように,正確に情報発信することが重要だということがわかります.それに加えて,平常時から利水ダムを治水にも活用できる可能性を検討し,そのための整備を進めておくことも必要でしょう.そしてこのようなきっかけを通して,新しい研究テーマが見つかることもあります.