以前のコラムでは,MS-DIALで扱う共通フォーマット,ABFについて,変換の方法や意義を解説しました.今回からは,MS-DIALの使い方を見ていきます.下記サイトから,MS-DIALプログラム一式をダウンロードすると,フォルダーの中にMSDIAL.exeファイルがあるのでそれをダブルクリックで開きます.
ここからいきなり,お料理教室的に,簡単な使い方をデモンストレーションしても良いのですが,このサイトは教育目的も加味しておりますので,しっかりと言葉の定義や意味を把握しながら使うことを目的とします.今日は,MS-DIALを走らせると最初に出てくるページ「Start up a project」の,「Method type」とは何かについて見ていきます.今回は,「解析部屋」の趣旨から外れて,どちらかというと分析化学のお話です.
File -> New projectと選択すると,Start up a projectという画面が出てきます.
一応一番上のボタンの説明ですが,一番上のProject file pathというところの,Selectボタンから,「解析したいABFファイルが格納されているフォルダー」を選択してください.このフォルダーの中で,ピーク検出結果やアライメント結果など,同時に管理されることになります.
続いて,Method typeの,Data dependent MS/MSなのか,Data independent MS/MSなのか,どちらか選ばなければならないのですが,ほとんどの方は普通の分析メソッド(SWATH・MSE・All Ion Fragmentation・vDIA等以外)を使うと思いますので,Data dependent MS/MSの方を選んで下さい.
ここで,少し補足しておきますと,MS-DIALそれ自体は,かなり汎用性高く作られています.つまり,LC/MS/MSだけでなく,普通のLC/MSのデータも解析できます.別に,MS/MSである必要はありません(ちなみに3段階以上のMSデータは解析できません.無視されます.).
とりあえず,「MS1のデータさえ取っていれば」,MS-DIALを使うことができます.
ただし,普通のLC/MSなら,従来からあるMZmineやXCMSができることと対して差はありません.むしろ,MS-DIALでは「保持時間があまりずれない安定なクロマト系」を使うことを前提にしており,多サンプル統合作業,俗に言うアライメント行程において「nonlinear alignment」のような高度なアライメント法は使用していません.ですので,複雑に化合物の保持時間が10秒以上ずれるクロマト系なら,XCMSを使ったほうが幸せな結果が得られると思います.
MS-DIALが最も得意とするのは,「Data dependent MS/MS(Auto MS/MSとも言われる)」もしくは「Data independent MS/MS(DIA・SWATH・All ion fragmentationで知られる)」で取得されたLC/MS/MSデータです.特に,data independent MS/MSの考え方は独特であり,説明が必要かと思ったので,今回のコラムを作りました.
まず前者,属に言うAuto MS/MS(data dependent MS/MS)と呼ばれるものをまず説明します.以下は,四重極-飛行時間型質量分析,つまりLC-QTOF/MSをイメージして書きます.
質量分析部において,LC部から溶出してきたイオン群の全m/z範囲(たとえば100―1000)をまず,全部取り込んでスキャンします(MS survey scanもしくはMS1とここでは呼ぶことにします).つまり,四重極の選択機能を使わず,溶出してきたイオンをすべて素通りさせるといったイメージです.また,このとき,コリジョンセルも,そのまま何もせず通過させるようなイメージです.
次に,取り込んだ全イオン群のうち,強度が高かった上位1-10個のプリカーサーイオン(設定による.以後,3つに設定した場合を考える.)を,四重極で選択し,設定したコリジョンセル条件でフラグメンテーションを引き起こし,MS/MSを取得します.
3つのプリカーサーイオンのMS/MSを取得し終えた後は,またMS survey scanを行います.そして次は,(設定にもよりますが)先ほど選択しなかった強度の高いイオン上位3つを選定し,それについてMS/MSの取得を行います.データ取得の流れとしては,たとえば以下のようになります.
1scan目(0.01 min):MS survey scan
2 scan目(0.02 min):プリカーサーイオンA1を選択し,そのMS/MSを取得
3 scan目(0.03 min):プリカーサーイオンB1を選択し,そのMS/MSを取得
4 scan目(0.04 min):プリカーサーイオンC1を選択し,そのMS/MSを取得
5 scan目(0.05 min):MS survey scan
6 scan目(0.06 min):プリカーサーイオンA2を選択し,そのMS/MSを取得
7 scan目(0.07 min):プリカーサーイオンB2を選択し,そのMS/MSを取得
8 scan目(0.08 min):プリカーサーイオンC2を選択し,そのMS/MSを取得
9 scan目(0.09 min):MS survey scan
10 scan目(0.10 min):プリカーサーイオンA3を選択し,そのMS/MSを取得
11 scan目(0.11 min):プリカーサーイオンB3を選択し,そのMS/MSを取得
12 scan目(0.12 min):プリカーサーイオンC3を選択し,そのMS/MSを取得
…
といったようになります.MS1の次元で言うと,0.04 min間隔でデータポイントが取得されていることになり,そのMS1のスキャンデータのうちのいくつかにはMS/MSがタグ付けられている,と言った感じのものになります.イメージとしては,従来のLC/MS分析において,「せめて大きいピークに対してはMS/MSをタグ付けしておいてほしい!」というようなユーザーの要望に答えるための分析メソッドという感じです.
Auto MS/MSモードにおける分析時のポイントは,代謝物の定量はMS1の次元で行うわけで(extracted ion chromatogramによる定量),ここにしっかりとMSの積算時間を与え,かつ1ピーク平均10ポイントが割り振られるようにしてやることですかね.また,MS/MSの次元においては,代謝物由来のプロダクトイオンを,しっかり信号ノイズと区別できる範囲の積算時間を与えながら,出来る限り多くのプリカーサーイオンへのタグ付けを試みる,といったようなことを目標にするといったことになります.
Data dependent MS/MSモード,つまりAuto MS/MSの「デメリット」を挙げるとすれば,「全部のプリカーサーイオン,つまり代謝物由来イオンについて,MS/MSを取得することはできない」ということです.つまり,強度の大きなイオンはMS/MSが取得できるけど,小さなイオンは取得されないといったことになります.管理人としては,「イオン強度が小さなイオンは結局,RSD値も大きいし定量値の信頼性が低いし…」って思ったりもするので,大きいイオンだけでもMS/MSが取れるならそれでよいのでは?って,思ったりもたまにします.しかしならが,たとえ強度が大きくても,MS/MSが取れないことも,Auto MS/MSでは本当にいっぱいあるし,「サンプルによってMS/MSが取れたり取れなかったりする」というのが,実は一番のデメリットだったりします.
一方,
Data independent MS/MSの場合,大げさにいうと「全代謝物由来イオンのMS/MSが取得できる」というのが,最大のメリットかと思います.
どういう原理か以下に説明します.普通のプロダクトイオンスキャン(Auto MS/MSも含む)では,目的のプリカーサーイオンのみを第一四重極で選択します.ここでの分解能はおおよそ2000から3000で,大体500.000のイオンなら,±0.3 Da,つまり499.700 Daから500.300 Daの「選択圧」をかけて他のイオン群から分離し,コリジョンセルでフラグメント化した後,そのフラグメントイオン(プロダクトイオン)を検出することでMS/MSスペクトルを得ることになります.
ここで,このような強い選択圧(±0.3)で,たとえばm/z 100から1000までのイオンを,1つずつ選択し,全イオンのMS/MSを取得するまでにはどれくらいの時間を要するか考えてみたいと思います.いま,1つのイオンを選択し,MS/MSを感度良く取得するまでに必要な時間を20msec(ミリ秒)とします(大体,市販で売られている質量分析装置の最高スピード級です).すると,全範囲を調べるために必要な時間はだいたい,(1000-100+1) / 0.3 * 20 = 60000 msec = 60 sec = 1 minということになります.
つまり,MS1を取得した後,全プリカーサーイオンのMS/MSを取得し終えた後,もう一度MS1を取得するといった,いわゆるサイクルタイムは1分を超えるということになります.大体,1つのピークに10ポイントのデータポイントを与えてやらないと定量はできないわけですから,代謝物の溶出を10分間にするようなクロマトグラムの系を作らないと成り立たないわけで,現実的ではありません(インフュージョン分析なら別ですが).
ですので,この選択圧を,0.3 Daと言わず,10 Daとか,20 Daとか(分解能でいうと10-50とかになります)に設定し,全イオンのMS/MSを取得するとしたらどうなるでしょうか.20Da幅の選択圧を用い,同じ20 msecのスキャンスピードで考えたとき,(1000-100+1) / 20 * 20 = 900 msec = 0.9 secということになります.
サイクルタイムが大体1秒というのは,まだ現実的であり,最高スキャンスピードが10 msecの質量分析装置もあるわけで,それを使えば0.5 secのサイクルタイムを出せるわけで,これは頻用されているセミミクロカラムを用いたUHPLCの分析系にも十分対応できるわけです.
このように,「大きいイオンのみ,MS/MSを取得する」といったデータ依存的,つまりdata dependentなMS/MSとは対照的に,「全イオンのMS/MSを上記概念で取得する」といったデータ非依存的,つまりdata independentなMS/MSを取得する方法のことを,data independent MS/MS acquisition (DIA)と言い,現在プロテオミクスやメタボロミクス分野で頻用されるようになってきています.
DIAの強みは,もちろん全イオンのMS/MSを取得できることにありますが,当然「デメリット」は,選択圧が低すぎるため,MS/MSスペクトルが多数のプリカーサーイオンの混ざりものになってしまうことです.しかしながら,少しマニアックな話ですが,三連四重極型とは異なり,検出器として高分解能型質量分析装置が用いられるため,プロダクトイオンの分解能が高いため,共通の精密質量プロダクトイオンを生成するプリカーサーイオンが同時溶出してくる可能性は低いことや,
後に説明する波形分離手法(デコンボリューション)を使って,共溶出するプロダクトイオンスペクトルを分離する手法があることを加味すると,この部分の問題はさほど問題にならないと思います.また,(これまたマニアックな話ですが),全プリカーサーイオンに対する「MS/MSクロマトグラム」が描けることは,かなり大きなメリットかと思います.従来まで,このようなことを達成するためにはMRMもしくは(ぞくに言う,本当の)プロダクトイオンスキャンをするしかなかったのですが(data dependent MS/MSのMS/MSスペクトルは不連続になるため),DIAでは全プリカーサーイオンのMS/MSを取得し続けるため,「QTOF」なのに「MRM」みたいなことができることになります.
もう少し,MS/MSの定量再現性,ダイナミックレンジが広がれば,定性・定量共にできる強いメソッドになるのでは?と思います.
また,これまたスーパーマニアックなことですが,通常のdata dependent MS/MSが本当に「ピュア」か,つまり単一のプリカーサーイオン由来のMS/MSなのか?ということを考えてみたとき,所詮,四重極の分解能は3000あたりなわけですから,大体±0.5 Daくらいの共溶出プリカーサーイオンの夾雑は免れられないわけです.確率はもちろん低くなりますが,セパレーションサイエンスや,デコンボリューションなどの情報処理技術は,いかなるときでも大事ですよって言いたいわけです.
さてさて,ここら辺で,data dependent MS/MSとdata independent MS/MSの意味,違いの説明コラムを終わりにしたいと思います.ちゃんと説明できたかわからないのですが…
リマインドですが,通常のLC/MS分析,Auto MS/MS分析を使っている方は,data dependent MS/MSを選んでください.一方で,SWATHやMSE,all ion fragmentations等のDIAを使っている人は,data independent MS/MSを選択し,下記フォーマットの「タブ区切りテキスト」ファイルを用意し,Selectから選択してください.(以下は,DIAを使っている人向けに,かなり説明を省いて書きます)
Experimentの列は,0から必ず番号付けしてください.ふつう,0番目は,MS survey scanなので,「SCAN」と書いて,スキャンレンジを記載してください.ポイントは,たとえSWATH以外の,つまりSCIEX以外の分析メーカーのDIAデータも,「SWATH」と記載して,DIAのプリカーサーレンジを記載してください.
次回は,次のボタン,profileとcentroidの違いについて書きます.
それでは,本コラムはこの辺で.