「人新世」時代の文化人類学

授業内容

「人新世」時代の文化人類学(’20)

Cultural Anthropology in the Era of "Anthropocene" ('20)

主任講師:大村敬一(放送大学教授)、湖中真哉(静岡県立大学教授)

講師:髙橋絵里香(千葉大学准教授)、川田牧人(成城大学教授)、箭内匡(東京大学教授)

※出演者等は箭内の把握している範囲で書いております。

第1回 「人新世」時代における文化人類学の挑戦

グローバル化がすすむとともに、地球での人類の存続可能性に警鐘を鳴らす「人新世」という考え方が提唱される今日の世界において、人類について、文化について考えることには、どのような意義があるのか。この問いを出発点に、現在の世界に文化人類学を位置づけながら、講義全体の導入を行う。(キーワード:「人新世」時代、近代、「自然/人間」の二元論、文化人類学、グローバル・ネットワーク、存在論)

大村敬一、湖中真哉、髙橋絵里香、川田牧人、箭内匡(執筆・構成・出演)、福島正人(ディレクター)、川口正(プロデューサー)

第2回 人新世とグローバリゼーション

人新世とグローバリゼーションは、今日の人類が置かれた状況と人類が辿ってきた道を語る際によく用いられる概念である。この二つの概念はどのような意味をもつ概念なのだろうか。そして、この二つの概念によって今日わたしたちが生きる世界の現状はどのように理解できるのだろうか。そして、両概念はどのような関係にあるのだろうか。この回では、おもに気候変動の問題を採り上げながら、この二つの概念を理解することを通じて、今日の人類の在り方についての理解を深めることを目指す。(キーワード:人新世、グローバリゼーション、気候変動、グレート・アクセラレーション、緩和策と適応策)

湖中真哉(執筆・構成・出演)、福島正人(ディレクター)、川口正(プロデューサー)

第3回 文化相対主義の悲哀:近代人類学の「文化」の陥穽

人類学の功績に文化相対主義という思想を広めたことがある。しかし、1980年代以後、文化相対主義の問題点が指摘されてきた。この問題点の根幹には、近代人類学の「本質主義」に基づく「文化」観がある。ここでは、まず文化とは何かについて解説したうえで、近代人類学の「文化」観の陥穽について考える。(キーワード:文化、自文化中心主義、文化相対主義、対話、反相対主義、本質主義、民族誌の政治性、オリエンタリズム、同一性の政治)

大村敬一(執筆・構成・出演)、福島正人(ディレクター)、川口正(プロデューサー)

第4回 創造的対話への扉:フィールドワークの現実への回帰

前回の講義では、文化相対主義の問題点の根底に植民地主義的な同一性の政治があることを明らかにし

た。それでは、同一性の政治のどこに問題があり、その問題を解決するためには、どうすればよいのだろうか。この講義では、同一性の政治について解説し、その政治が近代の「自然/人間」の二元論に基づいていることを示す。そして、同一性の政治を超えるためには、フィールドワークの現実に立ち戻る必要があることを明らかにする。(キーワード:同一性の政治、伝統の発明、文化の客体化、先住民運動、存在論的転回、世界相対主義、フィールドワーク、創造的対話)

大村敬一(執筆・構成・出演)、福島正人(ディレクター)、川口正(プロデューサー)

第5回 人新世時代のSDGsと貧困の文化

世界の貧困根絶を掲げるSDGsが人新世時代の人類の目標として掲げられた現在、貧困と文化の関係とはいかなるものだろうか。果たして貧困層の人々が貧困に陥ったのは、彼らがもつ文化が原因なのだろうか? この回では、ケニア遊牧民の初等教育の普及やラオスのコーヒー農家のフェアトレードの事例を通じて、貧困と文化の関係を考え、わたしたちが陥りがちな文化概念の危険性を考えながら、人新世時代の人類が新たに生みだされる貧困に立ち向かう可能性を考える。(キーワード:貧困の文化、SDGs、プラネタリー・バウンダリーズ、犠牲者非難、フェアトレード、構造的暴力)

湖中真哉(執筆・構成・出演)、箕曲在弘(ゲスト講師)、福島正人(ディレクター)、川口正(プロデューサー)

第6回 人新世時代のものと人間の存在論

人新世時代の人類は、人間をどのような存在として捉えれば良いだろうか。人新世時代においては、自然と文化の境界が揺らぎ、それに伴って様々な人間とそれ以外の動物やものや機械との境界も揺らぐ。ここでは、全てのものを捨てて避難しなければならなかった東アフリカの遊牧社会の国内避難民の事例を検討することで、人間とものが一体化した物質文化(ものの文化)を検討する。また、人間を越える人工知能の問題を考えることを通じて、人間を閉じた存在ではなく、非人間とのネットワークにひらかれた存在として捉え直す。そして、こうした事例をもとに、人新世時代のものと人間の存在論を考える。(キーワード:構造主義、存在論、サイボーグ、人工知能、シンギュラリティ、国内避難民、クトゥルー新世)

湖中真哉(執筆・構成・出演)、久保明教(ゲスト講師)、福島正人(ディレクター)、川口正(プロデューサー)

第7回 エイジングの人類学

「我々はどのように老いていくことが望ましいのか」という問いは、他社会や過去における老年の位置づけについての解釈、評価と結びついている。そこで、老年人類学という領域において「年を取ること=エイジング」が家族や社会をめぐる自他の比較から集合的に構想され、分析されてきたことを確認する。そこから、世界人口が爆発的に増加する一方で、日本では少子高齢化の進行が懸念されるという矛盾した時代における「高齢化問題」を相対化していく。(キーワード:老年人類学、人口高齢化、ローカル・バイオロジー、サクセスフル・エイジング)

髙橋絵里香(執筆・構成・出演)、福島正人(ディレクター)、川口正(プロデューサー)

第8回 医療とケアの民族誌

医療人類学は、近代的な生物医学を相対化しながら、患うことと健康にかかわる広範な実践を研究対象としてきた。ただし、相対化の前提にある疾病/病いという二項対立は現代世界において有効性が薄れてきている。そこで、ケアという概念を用いることで、この二項対立にとらわれない視角から医療とその周辺の現象について考えていく。例えば、保育や介護をはじめとして、誰がどのような対象をケアすべきであるのかという問いは、政治経済的な制約を道徳に変換する言説として機能してきた。一方で、ケアは科学技術を具体的な人間関係に基づいて経験する実践でもある。医薬化や新自由主義の進展といった今日では地球各地に遍在する現象を題材として、医療をめぐる二項対立的な理解を問い直していく。(キーワード:医療人類学、医薬化、新自由主義、ケア)

髙橋絵里香(執筆・構成・出演)、モハーチ・ゲルゲイ(ゲスト講師)、福島正人(ディレクター)、川口正(プロデューサー)

第9回 世俗と宗教

今日ふたたび活発化の様相を呈している宗教は、世俗化以降の世界にあって大きく変貌をとげ、対立や衝突の契機になることもある。また、ものに表象される宗教的観念が大衆の消費生活と連動して興隆する側面も見いだされる。揺らぎつつある世俗と宗教の二分法を乗り越え、現代世界における宗教を通した対話の可能性について考える。(キーワード:世俗化、宗教復興、物質宗教論、聖像、祈禱、感覚)

川田牧人(執筆・構成・出演)、福島正人(ディレクター)、川口正(プロデューサー)

第10回 現実と虚構のはざまのメディア/知識

グローバル化のひとつの特徴は地球規模の情報フローであり、現代のメディアの地景は大きく変わったかに見える。そこでは確かな情報と信頼できない情報が錯綜し、無限に広がったかに思われる情報空間が意外と限定的閉鎖的である側面ももっている。とりわけポスト真実といわれる時代状況において、現実と虚構のはざまの揺らぎをいかにして捉え、またそこから創発的な生のポテンシャルをいかにして汲み出していくのか、等について考察する。(キーワード:メディアスケープ、ローカルメディア、異文化のメディア表象、フェイクニュース、オルタナティブファクト、陰謀論)

川田牧人(執筆・構成・出演)、福島正人(ディレクター)、川口正(プロデューサー)

第11回 世界生成の機械としての文化

近代科学の存在論とは異質な在来知の存在論をどのように考えればよいのだろうか。この講義では、「イヌイトの知識」の存在論を彼らの生業システムに位置づけて考察することで、この問題について考える。そして、その考察に基づいて、文化が世界を生成する機械であることを明らかにし、たった一つの「自然」と多様な「文化」という考え方に基づく文化相対主義に替えて、文化によって生成される世界が相対的であるとする世界相対主義が求められていることを示す。(キーワード:存在論、イヌイト、生業システム、テクノサイエンス・ネットワーク、真理、世界生成の機械)

大村敬一(執筆・構成・出演)、福島正人(ディレクター)、川口正(プロデューサー)

第12回 自然と身体の人類学

世界の多様な現れの振幅を捉えるために、四つの自然観(ディナミスム、アニミズム、アナロジスム、客体化された自然)の概念組を導入する。それを踏まえて、今日の人類学的考察の焦点が「文化」、「社会」から次第に「自然」や「身体」に向かってきたことを説明するとともに、現代社会の事例(原子力施設、天皇制等)を挙げつつ、四つの自然観を時間性の問題として捉え直す。(キーワード:広義の「自然」、アニミズム、アナロジスム、ディナミスム、客体化された自然)

箭内匡(執筆・構成・出演)、福島正人(ディレクター)、川口正(プロデューサー)

第13回 イメージと創造性の民族誌

「文化と社会の人類学」から「自然と身体の人類学」への焦点移動のもとで浮かび上がってくるのは身体の問題であり、そこでのイメージ経験や創造性の問題である。こうした点をマリノフスキの著作、またフラハティやルーシュによる民族誌的な映画制作について確認したうえで、「人新世」における自然の問題にアプローチしてゆく。(キーワード:イメージ、マリノフスキ、フラハティ、ルーシュ、自然、民族誌映画、創造性)

箭内匡(執筆・構成・出演)、福島正人(ディレクター)、川口正(プロデューサー)

第14回 協働実践としての人新世時代のエスノグラフィー

フィールドワークは人類学の主要な研究方法であり、その成果をまとめた作品がエスノグラフィーである。人はなぜフィールドワークを行い、何を後ろ盾としてエスノグラフィーを書くのだろうか?フィールドワークやエスノグラフィーは、自己と他者、調査者と被調査者といった非対称的二分法を前提としていたことが批判されるようになった。この回では、そうした批判を踏まえた人新世時代のフィールドワークやエスノグラフィーの在り方はどのようなものになり得るのかを展望する。(キーワード:

エスノグラフィー、フィールドワーク、非対称的二分法、当事者、協働民族誌)

湖中真哉(執筆・構成・出演)、川瀬慈(ゲスト講師)、福島正人(ディレクター)、川口正(プロデューサー)

第15回 地球と人類の未来

これまでの講義を振り返って論点をまとめ、その論点に基づいて地球と人類の未来について考え、その未来における文化人類学の役割について考える。(キーワード:文化、命懸けの実験、他者、対話、協働、地球、宇宙)

大村敬一、湖中真哉、髙橋絵里香、川田牧人、箭内匡(執筆・構成・出演)、福島正人(ディレクター)、川口正(プロデューサー)

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