Dullard裏話
Dullard裏話
Dullard(Ctdnep1)遺伝子は、2002年にアフリカツメガエルで世界で初めて発見された(Satow et al., Biochem Biophys Res Commun. 2002)。その論文の第一著者の佐藤礼子氏(現・東京薬科大学生命科学部講師)は、私の大学院の後輩である(ちょうど入れ替わりだったが)。彼女は、カエル胚の前腎管(腎臓の相同器官)に発現する遺伝子として、着目したのだった。カエル胚にDullard mRNAをマイクロインジェクションすると、アポトーシスが誘導されたが、BMPシグナルとの関連性はこのときは言及されなかった。この遺伝子は、酵母からヒトまで進化的に保存されており、普遍的に重要な細胞機能を持つことが考えられる。その後、詳細な分子メカニズムの解析により、Dullard遺伝子は、脱リン酸化酵素をコードし、骨形成因子Bone Morphogenetic Protein (BMP)シグナルの抑制因子であることが明らかにされた(Satow et al., Dev Cell. 2006)。その論文で報告されたDullardのBMPシグナル抑制メカニズムは2つある。1つ目は、活性化されたI型BMP受容体の脱リン酸化を行い、受容体を不活性化状態に戻すこと;2つ目は、Dullardは、II型BMP受容体の細胞内領域に結合し、この複合体を細胞内へ取り込み、分解することである。
BMPシグナルは、その名の通り、骨の形成に重要な役割を果たすことが知られていたが、BMPシグナルを制御するメカニズムはよく知られていなかった。先程のDev Cellに掲載された論文を私が論文抄読会で紹介した。当時の上司である東京医科歯科大学の野田政樹教授に興味を持っていただき、やってみたらどうか?と声をかけてくださった。そこで、私たちのグループは、Dullardを発見した東京大学大学院総合文化研究科の浅島誠教授(当時)と、すでにDullardの研究をマウスで進めていた熊本大学発生医学研究所腎臓発生分野西中村隆一教授と共同で、Dullard遺伝子の骨格系における機能を解明する研究に着手した。私たちは、発生過程の四肢および胸骨の間葉系細胞特異的なDullardノックアウト(DullrdPrx1KO)マウス を作出することに決めた。Prx1-Cre (Logan et al., 2002) マウスを用いたのは、Prx1-Creを使えば、骨格形成の初期に出現する間葉系細胞で遺伝子をノックアウトすることができるためである。Prx1-Creで表現型が出なければ、その後に分化してくる軟骨や骨で遺伝子をノックアウトしても、表現型が出ないだろうと考えたのだ。
実は、BMPは、Body Morphogenetic Proteinとよばれるくらい、体のいたるところに発現している。そして、BMPは、脊椎動物の初期胚形成においては、背腹軸のお腹側を作るシグナルとして機能する。ハエでは反対で、背中側を作る役割をもち、BMPは、Decapentaplegicと呼ばれている。Dullardの機能解析を進める上で、重要になってくるのが、Dullardが発現している組織である。そもそも、骨格系の細胞にDullardが発現していなければ、役割を果たしようがない。手軽にできる実験として、培養細胞で検討した結果、少なくとも、MC3T3-E1という未熟な骨芽細胞株では、普通に発現しており、軟骨細胞に分化するATDC5細胞でも発現が確認された。では、生体組織ではどうか?そこで、活躍したのが、西中村教授が作成したDullard-LacZノックインマウスである。このマウスでは、Dullardの遺伝子座の一部が、LacZという大腸菌由来の酵素によって置き換えられている。LacZ mRNAは、Dullard のゲノムDNAの転写調節領域によって、本来Dullard mRNAが転写されていると考えられる組織で、転写されるのである。そして、LacZは、X-galという基質を分解することによって、青色の沈殿物を生成する。つまり、Dullard (LacZ)マウスを固定して、X-galの溶液に漬け込むだけで、マウス胚におけるDullardの発現パターンがわかるというしくみである。そして、Dullard (LacZ)マウス胚を固定して、X-galの溶液につけて、しばらくおいておくと、最初に、関節の部分が青く染まってきた。よく見ると、これ、軟骨じゃん!ということがわかった。これは、本当に幸運だった。もっと濃く染色してみようと思って、一晩おいてみたら、今度はマウス胚が真っ青になってしまって、何がなんだかわからなくなってしまった。筋肉にも発現していたのである。そこで、軟骨組織の発現をよく見ようと思って、マウス胚を透明化すると、きれいに軟骨に染まっていることがわかった。次の実験では、反応時間を短くして、軟骨がきれいに青色に見える程度にした。
このように、Dullardの発現組織を調べると、Dullardは、マウス胚の発生過程において、軟骨細胞に強く発現していることがわかった。つまり、軟骨で何らかの生理機能を担っている可能性が高いということだ。さて、BMPは、骨形成因子であるが、実は、骨ができる前の軟骨で重要な機能を持っている。脊椎動物の骨格のほとんどは、軟骨内骨化と呼ばれる現象によって、最初に軟骨ができて、それが骨に置き換わっていくのだが、BMPシグナルを軟骨細胞で欠損させると、全く軟骨ができず、したがって骨もできないのである(Yoon et al., Proc Natl Acad Sci U S A. 2005)。また、BMP阻害分子Nogginのノックアウトマウスは、軟骨の過剰形成を呈する(Brunet et al., Science. 1998)。したがって、BMP抑制機能を持つDullard遺伝子を欠損させると、軟骨形成が過剰になることが予想された。
西中村教授より、Dullard (flox)マウスを、また、大阪大学大学院医学系研究科の妻木範行准教授(当時、現京都大学iPS細胞研究所教授)より、Prx1-Creマウスを供与していただいた。その頃、Prx1-Creを使ったことのある研究者と雑談をしていたら、Prx1-Creはマウスの卵細胞で発現するらしいので、Prx1-Creをメスにのせちゃだめだよ、という小話を聞いた。Prx1-Creは、四肢に特異的だということしか知らなかったので、いい話を聞いたと思った。また、そのときに、Creによるfloxの組み換え効率を補うために、片方の遺伝子座をノックアウトしておくといいという話も聞いた。確かに、Prx1-Creではないが、いろんな論文を見ると、片方の遺伝子座をノックアウトしている研究もある。ちなみに、Cre-LoxPというシステムは万能ではなく、常に、組み換え効率を確認しないといけない。仮に、ある組織で、Cre-loxPの組み換え効率が80%だとしたら、20%は野生型の遺伝子が残ることになる。しかし、片方の遺伝子座をノックアウトしておけば、野生型の遺伝子は10%になる。そこで、私もそのように交配計画を立てた。オスは、Prx1-Cre; Dullard (+/LacZ)で、メスは、Dullard(flox/flox)。メンデルの遺伝の法則に従えば、子供の遺伝子型は、Prx1-Cre; Dullard (+/flox), Prx1-Cre; Dullard (LacZ/flox)(=KO)、Dullard (+/flox), Dullard (LacZ/flox)の4通りで、その確率は1:1:1:1なる。数ヶ月この交配を続けたが、この組み合わせでKOマウスが得られることはなかった。理由は未だにわからない。
そこで、方向転換して、正攻法で、オスは、Prx1-Cre; Dullard (+/flox)で、メスは、Dullard(flox/flox)の交配を行った。そして、ようやく2010年10月13日にPrx1-CreのDullardコンディショナルノックアウトマウスと思われるマウスを初めて目にした。「思われる」と書いたのは、PCRによって、マウスの遺伝子型を決定しないといけないからだ。初めて目にしたDullrdPrx1KOマウスと思われるマウスは、手足が動いておらず、横たわっていた。他のマウスは、腹ばいになることができた。猫背のようにも見えた。DullrdPrx1KOマウスは、出生後、数日で死亡していくということにも気がついた。骨格形成について解析するために、マウスのX線撮影を行い、骨格透明標本を作製した。その結果、骨の形成が遅れているということと、胸骨の形態が異常であることがわかった。「骨に表現型が出た!」というので、大喜びだった。しかし、予想とは全く違った表現型だった。軟骨の過形成は起こっていなかった。
ようやく、本格的にマウスの解析が始まろうとしていた矢先、2011年3月11日14時46分過ぎ、東日本大震災が起きた。私が当時いたのは、国立大学で一番高い建物である東京医科歯科大学M&Dタワー(26階建て、高さ125.95m)の24階だった。突然、突き上げるような振動を感じ、その直後には、大シケの船に乗っているかのように、ゆっくりと、しかし、おおきく床が揺れ始めた。椅子があちこち動き回っていた。これはまずいと思い、研究室のみんなと一緒に、揺れが収まらないまま、非常階段で1階まで逃げた。本当に、建物が折れるのではないかと思った。建物の前の庭にでて、しばらく佇んでいた。その後、何度か大きな余震が来た。16時過ぎに、一度荷物を取りに階段で戻って、また階段で降りた。足がパンパンだった。研究室の人たちは、皆大学の近くに住んでいるようで、すぐ帰れたようだった。私は、JR御茶ノ水駅に向かうと、JRは完全に止まっていた。そこで、仕方がないので、大学病院の待合室に戻った。偶然、そこに研究室の事務員の方々がいたので、安心した。テレビのニュースは、東北の方では津波があって、何百人も犠牲になったらしいと言っていた。しばらく、その方々と病院の待合室にいたが、そのうちの一人が歩いて帰ると決めたので、一人では危険と思い、付き添うことにした。道は、避難する人や車でごった返していた。私はその人と飯田橋付近まで歩いていき、もう、大丈夫そうだったので、その後、東京医科歯科大病院までもどった。しかし、残りの二人はいなくなっていた。後で聞いたところによると、車で自宅まで送り届けてもらったということだった。
さて、私はどうしよう?電車は動いていない。携帯電話もつながらない。24階まで階段で戻るのは嫌だ。そうして、混乱の御茶ノ水駅付近をふらついた。幸い、バーガーキングは空いていた。そこで、私はハンバーガーを食べた。その後、食料品を買おうと思って、コンビニに行ったが、食料品はほとんどなく、かろうじて最後のカップラーメンをゲットした。M&Dタワーのエレベーターは復旧していた。私は、研究室に泊まることにした。椅子を並べて寝ることにしたが、なかなか寝付けず、しかも、余震が何度もあった。そして、早朝ようやく家族と電話が繋がり、無事であることが判明し、ホッとした。教授が朝早く来て、新聞や食料を差し入れしてくださった。その日、御茶ノ水と上野を歩いて二往復して、ようやく夕方、大混雑の常磐線に乗ることができ、家にたどり着くことができた。
地震後もしばらく、東日本大震災の混乱は続いていた。JR線は、ほとんど運休。津波の犠牲者はどんどん増えていき、原発は爆発し、放射性物質が拡散し、計画停電が行われた。しかし、研究を止める訳にはいかない。幸い、マウスは無事だった。横揺れでマウスケージのカートが動いただけで済んだ。ちなみに、あれほど大きく揺れたのに、何一つ棚からは落ちてこなかった。このときは、日本の高層建築における耐震技術の凄さに感動した。
次に調べるべきことは、これらの表現型がDullard欠損によってBMPシグナルが過剰になったことに起因するかどうかだった。自分の頭の中には、Dullard=BMPシグナル抑制分子という図式ができていたので、それを中心に調べることにした。
実際、2013年に、西中村教授のグループにより、腎臓及び初期発生におけるDullard遺伝子の役割が明らかにされたが、腎臓特異的Dullardノックアウトマウスは、正常に出生するが、生後、BMPシグナルが亢進することにより、ネフロン(腎臓の基本的な機能単位)のアポトーシス(細胞死)が引き起こされ、腎不全に陥り、早期に死亡した。重要なことに、BMP受容体の阻害薬剤であるLDN-193189の投与によって、そのアポトーシスが回避された(Sakaguchi et al., Nat Commun. 2013)。一方、Dullard完全ノックアウトマウスは、胎生致死であることが報告されたが、マウスの初期胚では、BMPシグナルに変化は見られなかった(Tanaka et al., Plos One. 2013)。
私たちも、Dullardの骨組織標本を用いて、BMPシグナルが亢進しているかどうかを検討したが、どうやっても、その証拠は得られず、むしろ、BMPシグナルが減少しているようにも見えた。「おかしい。一体どうなっているんだ。」と長い間考え抜いた。いろいろ文献も調べた。そして、マウス胚の肢芽の間葉系細胞を培養する実験をすることを思いついた。その実験をやってみると、驚くほどきれいな結果が出た。野生型マウスから採取した細胞の塊(マイクロマス)をつくって、数日培養すると、軟骨のノジュール(結節)がポツポツと数えるほどしか出現しないのだが、ノックアウトマウスから採取した細胞では、非常に多くの軟骨のノジュールが出現し、中心部には、巨大な軟骨の塊ができたのである。これが、BMPシグナルの亢進に起因していないことはすぐわかった。明らかに、BMP処理をした細胞の表現型とは異なっていたからである。では、何のシグナルが異常なのか?
実は、それ以前に、教授のアイデアで、骨芽細胞において、DullardとTGF-βシグナルとの関連性を調べる実験をしており、DullardはTGF-βシグナルも抑制するということを知っていた。そこで、TGF-βシグナルとの関連性を調べた結果、Dullard欠損マイクロマスカルチャーは、TGF-βで処理したのと同様の表現型を示し、重要なことに、TGF-β受容体阻害剤LY-364947処理で、表現型が回復したのである。実際に、Westrn Blotでも、TGF-βシグナルの下流のリン酸化Smad2/3のレベルが亢進していることがわかった。一方、BMPシグナルの下流のリン酸化Smad1/5/8に関しては、培養1日目では、多少レベルが上っていたが、培養5日目では、変化なかった。
これで、確信を得た。Dullardは、骨格系の初期発生では、TGF-βシグナルを抑制する機能を持つ、と。しかし、分子メカニズムがわからない。どのような作用機序でTGF-βシグナルを抑制しているのか?それを知りたいと思ったし、それがわからないと意中の科学雑誌には掲載してもらえない、と思った。そこで、急遽、Dullardの結合タンパク質をスクリーニングすることとした。しかしながら、質量分析をやっても、めぼしいタンパク質は見つからず、酵母2ハイブリッドでも、たくさんクローンが取れてきたが、決定的なものはなかった。
その頃には、西中村教授のNature Communicationsの論文も出ており、論文投稿を急いだほうがいいだろうという意見も出ていたので、最低限必要なデータを集めることに奔走した。そして、マウスの胚でもリン酸化Smad2/3レベルが亢進していること、TGF-β受容体阻害薬の投与で、Dullard欠損による胸骨の異常が回復することを見出した(残念ながら、胸骨以外の部分では、回復は認められなかった)。
ここまでの結果を得て、論文をまとめて、2013年の10月から、論文投稿を開始した。先行論文は、Nature Communications (当時のIF:10.015)に発表されていたので、同じ雑誌を狙った。しかし、門前払いだった。
おかしい、そんなはずはないと思い、同等のレベルの雑誌に投稿した。
Genes Dev (IF:12.444) 門前払い
J Cell Biol (IF:10.822) 門前払い
PNAS: (IF:9.737) 門前払い
これらの雑誌で共通して指摘されたのは、分子メカニズムが不明であるということだった。以前の論文では、BMPシグナル抑制分子と言っていたのに、今回は、TGF-βシグナル抑制分子と主張しているのだから、当たり前の話である。
PLos Genetics (IF:8.517) で、ようやくレビューに回ったが、リバイズが厳しい。できない実験ではない。 ただ時間がかかる。TGF-β受容体のfloxマウスと交配して、受容体の量を減らして、Dullard遺伝子欠損マウスのTGF-βシグナルの亢進という表現型がレスキューされるかどうかを見るべきである、というのがメジャーコメントだった。これは、マウス遺伝学でよく行われる手法だ。それをやるべきだというのは気づいていたのだが、マウスを入手して、育てて、交配して、となると、ゆうに一年以上はかかると思われた。そんな時間は私にはなかった。自分の職の任期が2014年8月31日で切れるところだったのだ。この雑誌は諦めて、次に行くことにした。
JBMR (IF: 6.128) ようやくリバイズ可能なレベルのレビューコメントが戻ってきた。2014年2月14日のことだった。しかしながら、要求項目がそこそこ多く、結果を出すのに時間がかかりそうだった。
その頃、北の国を中心に、就職活動で各地を飛び回っていた。ちなみに、この一連の就職活動の過程で、テレビ東京の旅番組に出演するという奇跡を果たした(もちろん、就職活動は有給休暇をとって行っている)。
そして、この頃、運良く、2014年5月から筑波大学准教授として採用されることが決まりそうだった。しかし、先方は、研究教育職ではなく、大学院のプログラムを作るというコーディーネーターという職だった。所属は、教育イニシアティブ機構という本部直轄の部署で、いわゆる大学の研究室ではなかったので、教授もいなければ、助教や学生もいなかった。共同研究棟という建物の3階に個室が与えられたが、実験スペースはなかったので、5月以降は、土日に医科歯科大に通って、残りの実験を終えた。幸い、4月までに、マウス胚のサンプリングは済んでいたので、免疫染色などの実験だけで済んだ。そして、2014年8月に満を持して、再投稿した結果、10日程度でアクセプトの連絡が来て、ようやく肩の荷が下りた。この論文発表の前後に、学会発表を行ったが、いくつかの賞を頂いたのも記憶に残る(Directorのページ参照)。というのは、小学校や中学校の頃は、芸術的センスや運動センスがまるで無く、市内の英語のスピーチコンテストも最下位で、賞状とは無縁の子供時代だったからだ。唯一賞状をもらったのが、中3のときに行った理科の自由研究で、市の選考会で銀賞だった。
Dullard遺伝子を研究している研究グループは、本当に数えるほどしかないので、ある意味私たちの独壇場である。マイナーをメジャーに育てていく、その過程ほど面白いことはない。その過程で、偶然、卵巣における機能も見つけた。まだまだ重要な機能が眠っているはずである。また、今後何らかの人間の病気との関連性が報告されてくるかもしれない。今後も、この、酵母からヒトまで保存されていて、重要な生物学的機能をもっているだろうと思われるDullard遺伝子の研究を継続していくことができれば、本望である。