脱リン酸化酵素Dullard(Ctdnep1) は、TGF-βシグナルを抑制することにより、軟骨内骨化を制御する

Dullard/Ctdnep1 Regulates Endochondral Ossification via Suppression of TGF‐β Signaling

Hayata et al., J Bone Miner Res. 2015.

Dullardによる2つの

BMPシグナル抑制メカニズム

1つ目は、活性化されたI型BMP受容体の脱リン酸化を行い、受容体を不活性化状態に戻すことです。

2つ目は、Dullardは、II型BMP受容体の細胞内領域に結合し、この複合体を細胞内へ取り込み、分解することです。

Dullard(ヒトではCTDNEP1)遺伝子は,脱リン酸化酵素をコードし,BMPシグナルを抑制する分子として2006年に東京大学の浅島誠教授のグループから報告されました(Satow et al., Dev Cell. 2006)。紆余曲折がありましたが,2015年に,私たちは,予想外にDullard遺伝子は,骨格発生過程においては、BMPではなく形質転換成長因子(TGF)-βシグナル伝達を抑制する分子であることを発表しました。

TGF-βシグナルは、軟骨細胞の分化に必要な間葉系細胞の凝集(mesenchymal condensation)を引き起こすことが知られています。四肢および胸骨の間葉系細胞でDullard遺伝子を欠損させたマウスを解析すると、間葉系細胞の過剰な凝集および骨格形態の異常が見られました。

軟骨細胞が分化し、骨格形態の大枠ができると、軟骨内骨化と呼ばれる現象によって、軟骨から骨が形成されます。軟骨細胞が肥大軟骨細胞に分化し、さらに、その肥大軟骨細胞の周囲が石灰化していき、やがて、骨芽細胞に置き換わり、骨が成長していきます。私たちの身長が伸びるのも、この軟骨内骨化のおかげです。Dullard遺伝子欠損マウスでは、TGF-βシグナルが亢進することにより、肥大化軟骨細胞の石灰化が遅延していました。その結果、Dullard遺伝子欠損マウスは骨の形成が遅れます。この遺伝子欠損マウスの表現型が本当にTGF-βシグナルの亢進によって引き起こされているのか、そして、この症状は、薬によって治療できるのかを調べるために、TGF-β受容体の阻害薬であるLY-364947を母親マウスに投与しました。その結果、Dullard遺伝子欠損による胎仔の胸骨の形態異常および骨化遅延が改善されました。

以上の結果により、Dullard遺伝子が、TGF-βシグナルを抑制することによって、骨格形成に重要な役割を果たすことが明らかにされました(Hayata et al., J Bone Miner Res. 2015)。

Dullard (LacZ/+)マウスのX-gal染色

KOHで透明化してある。全身の軟骨がX-galで染色されているのがわかる。つまり、Dullardは、軟骨に発現すると考えられる。

野生型(WT)マウス、四肢および胸骨の間葉系細胞特異的Dullard遺伝子欠損マウス(DullardPrx1KO)の骨格標本

骨はアリザリンレッドで赤に、軟骨は、アルシアンブルーで青に染色されている。DullardPrx1KOマウスでは、長管骨の短縮、中手骨と中足骨の骨化遅延、上腕骨の三角筋粗面の低形成が認められる。

野生型(WT)およびDullardPrx1KOマウスの胸骨の骨格標本(左)と組織標本(右)

DullardPrx1KOマウスの胸骨では、野生型マウスに比べて、長軸方向の長さが短縮し、幅が太くなっている。これは、Dullard遺伝子欠損によって観葉系細胞の凝集が過度に起こった結果だと考えられる。組織標本を観察すると、石灰化(黒で染色)が遅延しており、肥大軟骨細胞が石灰化したところで骨の発達が停滞している。

Supplementary Movie S3. 3D µ CT analysis of DullardFL:FL mice at birth..mpg
Supplementary Movie S4. 3D µ CT analysis of DullardPrx1KO mice at birth..mpg

野生型マウス(出生後0日)の全身μCT画像(左)                                                       DullardPrx1KOマウスの全身μCT画像(右)

右のKOマウスでは、手足および胸骨の骨化の程度が低下している。

マウスの12.5日胚の肢芽間葉細胞を採取し、高密度の細胞塊の培養実験(マイクロマスカルチャー)

ピンクは、Nuclear Fast Redによる核染色。青は、アルシアンブルーによる軟骨基質の染色。野生型のマイクロマスカルチャーでは、軟骨のノジュールがわずかに出現する程度であるが、Dullard遺伝子欠損マイクロマスカルチャーでは、細胞の凝集が亢進し(ピンクが強くなっている)、中心に巨大な軟骨塊が出現している。この表現型は、TGF-β処理されたマイクロマスカルチャーと似ている。つまり、Dullard遺伝子欠損で、TGF-βシグナルが亢進しているのではないかと考えられる。

右のマイクロマスカルチャーから抽出したタンパク質のウェスタンブロット解析

TGF-βシグナルの指標である、リン酸化Smad2/3のレベルがDullard遺伝子欠損マイクロマスカルチャーで増加した。興味深いことに、全Smad2/3のタンパク質レベルも増加した。一方、BMPシグナルの指標であるリン酸化Smad1/5/8は、Day1でやや増加したが、Day5では、野生型とほぼ同レベルだった。このことから、Dullard遺伝子欠損により、TGF-βシグナルが促進されていることがわかる。

マイクロマスカルチャーシステムを用いて、肥大軟骨の石灰化を試験管内で再現し、組織標本を作製した

野生型(WT)の細胞では、肥大軟骨が石灰化しているが、Dullard KO (DullardPrx1KOマウス由来)細胞では、それが見られない。TGF-βで処理すると、WTでも石灰化肥大軟骨が分化してこない。LY-364947処理によって、TGF-βシグナルを遮断すると、野生型では、より石灰化が亢進し、Dullard欠損細胞では、石灰化肥大軟骨の分化が回復する。つまり、石灰化肥大軟骨が分化するには、TGF-βシグナルを抑制される必要があるということがわかる。

Dullard遺伝子欠損により引き起こされる骨格形態異常は,LY-364947によって部分的に治療できる

胎生18.5日目のDullard cKO (=DullardPrx1KO)マウスの胸骨骨格標本。TGF-β受容体阻害薬LY-364947投与により、Dullard遺伝子欠損マウスの胸骨の形態異常が改善された。Dullard遺伝子欠損疾患の治療薬となる可能性を提示した。

TGF-βシグナルが亢進してしまう病気には、先天性の、マルファン症候群(指定難病167;FBN1変異)、ロイス・ディーツ症候群(TGFBR1, TGFBR2, SMAD3, TGFB2, TGFB3変異)、シュプリンツェン・ゴールドバーグ症候群(SKI変異)などがあります。しかしながら、これらの病気では、骨化遅延は認められず、骨の過成長や形態異常が認められます。一方、低身長および骨化遅延を示す幸福顔貌骨異形成症候群(ADAMTSL2遺伝子変異)という病気がありますが、こちらの病気でも、TGF-βシグナルが亢進しています。どうして、同じシグナル伝達経路が亢進しているのにもかかわらず、全く反対のような表現型が出現するのかは現在不明です。

Dullard遺伝子は、ヒトでは、CTDNEP1遺伝子ですが、近年、小児の悪性脳腫瘍である髄芽腫のグループ3において、CTDNEP1遺伝子変異が発見されました(Jones et al., Nature 2012; Northcott et al., Nature. 2017)。髄芽腫におけるCTDNEP1変異によって、BMPまたはTGF-βシグナルが活性化されているのか、あるいは、それとは別の経路が活性化されているのかについては、今後の研究課題です。これらのメカニズムを解明することにより、髄芽腫の治療薬の開発に大きくつながると考えられます。

Dullard遺伝子は、腎臓(Sakaguchi et al., Nat Commun. 2013)、卵巣(Hayata et al., Genes Cells. 2018)、カエルの初期胚(Satow et al., Dev. Cell. 2006)では、BMPシグナルを抑制する機能があります。ショウジョウバエでもそのようです。一方、マウスの初期胚では、BMPシグナルは正常のようです。では、なぜ、Dullardは、骨格系では、BMPではなくTGF-βシグナルを抑制する機能を持つのでしょうか。その分子メカニズムは依然として不明です。また、Dullardが、どのような作用機序で、TGF-βシグナルを抑制するのか、その詳細な分子メカニズムは分かっていません。BMPと同じように、受容体に作用するのか、または、他の作用機序があるのでしょうか。最近、ショウジョウバエを用いた実験で、DullardはSmad1を脱リン酸化することにより、BMPシグナルを抑制するという研究が報告されました(Urrutia et al., Sci Rep. 2016 )。

Dullardの生理機能に関して言えば、今後は、成体筋骨格系における機能の解明が待たれる。というのは、このDullard変異マウスは、四肢の筋肉を動かすことができないのです。これは原因不明であり、病態の解明が望まれます。筋肉形成における役割、および成体の骨・関節組織の正常時と病態時における機能解明が重要でしょう。また、Dullardは、骨格系以外の組織でも幅広く発現しており、脂質合成に関与するLipin-1を脱リン酸化することも報告されているので(Han et al., J Biol Chem. 2012)、BMPやTGF-βシグナルを制御するという機能以外にも多様な機能を持つことが推測されます。

本論文により、早田 匡芳准教授は,第21回日本軟骨代謝学会賞を受賞しました。