味覚と視覚の関連についての実験も何件かありました.H君は,冷菓(具体的になんであったか,記録がありませんが,多分氷状のいわゆるアイスキャンデーであったと思います).使ったサンプルは,ストロベリー,パイン,ソーダの3種類で,それぞれ色は紫,黄,白でした.5人の被験者に目を閉じて食べた場合と目を開けて食べた場合,それぞれで何の味かを答えてもらいました(表1).まず,注目点は,開眼条件と閉眼条件の間に違いがあるかです.ほとんどの場合で,反応が変化していることから,視覚の影響があるといえそうです.特に,閉眼時には分からないとの応答が増えていることは,視覚が味の応答に影響しているといえるでしょう.視覚が料理の味に影響するという話は聞きますので,この実験もそういうマルチモーダルな処理系を上手く捉えたもかもしれません.
しかし注意が必要です.上で「味の応答」と言ったのは,この実験から視覚によって味が変わったということはできないからです.もし味覚によって味の応答を決められないとすれば,被験者は視覚にたよった応答をすることになり,例えば紫色を見てブドウと答えただけかもしれません.実際開眼時の応答は,色について矛盾の少ないものがほとんどです.本当に視覚が味に影響するかどうかを調べるためには,このような問題を解決できる実験計画が必要ですが,この実験においても各被験者の味そのものの評価も記録してあればよかったと思います.
視覚の影響とは別の話ですが,商品の表示の味の影響との違いも興味深い点です.応答にはその製品の表示の味を答えるケースがほとんどなく,また被験者間の共通性も小さいのは驚きでした.この商品が売られていることを考えると,おそらくこのようなことが問題にならない程度の味であると考えられます(商品名を聞いて,自分で確認しておけばよかったともいます).もし普通そんな不一致が意識されないとすれば,それが何味であるかを知っていて食べることが,その知識の影響が味に大きいということかもしれません.これも不思議な感じです.
実験手続きの問題として,開眼条件での実験のあと閉眼での実験を行った点もあげておきます.被験者は開眼時の応答を踏まえた上で,閉眼時の味の応答をしていると考えられます.ですから,閉眼時には,開眼時の判断したいくつかの味の中から選択する傾向があったことと思われます(ただし,閉眼時で始めての味が答えられていることから.被験者には,同じものを使うことを明示的には伝えていなかったと思います).