鍵盤の向きと演奏

 S君は鍵盤ハーモニカの弾き方に二種類あることから、いずれが弾きやすいのかとの疑問を持ちました。縦笛のようにふく場合、鍵盤は視線に沿った方向に並びますが、チューブを通してふくときはピアノのように視線に対して垂直な方向に並びになります。視覚的には後者の方が見やすく、従って弾きやすいと思われましたが、手の動かしやすさの問題もあります。S君は、最初鍵盤ハーモニカの持ち方を変えて弾いてみました。持ち方によって弾きやすさは代わりましたが、やはり持ちやすさや手の向きの問題が大きく、視覚の効果を取り出すのは簡単ではなさそうでした。そこで、カメラで手を写してモニターで観察する方法で視覚の効果のみを取り出せるのではないかとの議論をもとに、この実験を行いました。実際の演奏はピアノ位置で行い、それをカメラで撮影して、モニターに映し、それを見ながら演奏するというものです。カメラ位置正面から90度間隔の4種類を用いました。「たき火」、「あわてんぼうのサンタクロース」、「さんぽ」の3曲を4つの視点から各5回演奏し、各回のミスした回数を数えました。被験者はS君本人で、演奏順は5回を図の縦軸はミスの回数です。正面でミスは少なく、180の位置(上下反転と書いてありますが、実際は180度回転の条件です)で、ミスが顕著に多いとの結果です。また、左右90度の条件では、右90度(カメラが右側にあり、自分の手がモニターの左側から出ているように見える条件)でややミスが多い傾向が見られます。180度の条件では、手の動きが左右逆になることから、次にどの音を弾くのか分からなくなることがしばしばあったとの感想を述べています。マウス操作でカーソルとの対応が左右逆転(と上下もですが、演奏には上下の動きはあまりありません)した状況と類似しています。視覚が演奏に強く影響していることは間違いありません(別の実験のときにも同じ話があったかと思いましたが目を閉じた条件もやるとよかったかと思います)。

 左右の差については、正面と180度の違いに比べると大きくはないですが、全ての曲でみられまた本人の内観としても弾きやすさに差があるようでした。この原因についてS君は2つの要因を挙げています。1番目は、手の位置によって鍵盤の見え方が変わっている点です。右からとると(右90度)手の影になる範囲が増える点です。これは実験条件の写真からはわかりませんが、左右の手の動きの違いによる効果です。2番目は、音の高低と画面上の動きの対応です。左90度では、画面上で高い音ですが、右90度では反対になります。これらの原因がどの程度影響するかわかりませんが、別の要因も考えられます。右90度の視点映像と左90度のそれを比較すると、左90度では肘をまげて自分の右手が向かって右から視界に入る状況となり自然ですが、右90度の右手は実際にその位置にするのは難しいものです。左90度は、右手に関して言えば自分の手であると感じやすい条件であるといえます。左手についてはそれと逆になりますが、右利きの人について考えると右手の影響が強くあらわれそうです。ちなみに、左90度は鍵盤ハーモニカをふえのようにふく場合にも対応します。

 多少の機材は必要でしたが、それによって比較的よく制御された条件で実験ができています。この方法は、他にもいろいろな実験に利用できるのではないかと思います。ちなみに、S君はモニター上の鍵盤サイズはだいたい合わせるなどは当然気を遣っていますが、細かい点も工夫しています。例えば、視角鍵盤にシールが貼ってありますが、視点によって鍵盤の位置がわかりにくくなることを防ぐためだったそうです。