2002の研究ですから、ワールドカップの年です。サッカーに興味があるK君との話の中で、キーパーはどうやってボールの動きを予想するのかという話題になりました。一方キッカーはキーパーの裏をかこうとするわけですから、視覚(だけではないかもしれませんが)処理が行動へ影響するために必要な時間の中での駆け引きが行われているのでしょう。こういう話の場合には、プロは熟練しているので止めることができるという発言がでることが多いです。もちろん、プロであっても実際どういう情報処理をしているのかが問題ですからそれを調べて見ようという話になりました。しかし調べる方法は限られています。K君は、イタリアとブラジルの試合のビデオからキーパーの動きを分析しました。ペナルティキックのキッカーのボールを蹴った瞬間を0として、キーパーが動き始めた時間を調べました。イタリアのキーパーは平均マイナス0.51秒標準偏差は0.36秒(5回のデータ)、ブラジルのキーパーは平均マイナス0.37秒標準偏差は0.14秒(4回のデータ)、でした。キーパーはキッカーがボールを蹴るより0.5秒程度速く動き出しています。すべてのケースでボールが蹴られる前にキーパーは動き始めていることになります。キーパーは明らかにボールの動きを予測して行動していることがわかります。キーパーがボールを止めたのは平均マイナス0.40秒、標準偏差は0.38秒(4回のデータ)、ゴールが決まったのは平均マイナス0.48秒、標準偏差は0.20秒(5回のデータ)でした。この差は統計的に有意とはいえないが、ぎりぎりまでキッカーを観察した方が、ボールを止める確率が高いのかもしれない。実際4回中1回はマイナス0.9秒ですがそれ以外はマイナス0.3秒台マイナス0.2秒台であった(図の横軸は0がゴールが決まった条件、1がゴールを阻止した条件)。
キーパーの行動が、ボールが蹴られるより0.5秒程度先だつというのは、キーパーの予想という意味だけでなくて、キーパーの動きに対するキッカーの予想とも関連する。もし行動が早すぎる場合には、キッカーがそれに対応できるはずであるからキーパーは予測に自信があったとしても、ぎりぎりまで動くはずはない。言い換えると0.5秒程度という時間は、おそらくキッカーがキーパーの動きを見て行動を変更するのには不十分な時間であると思われます。お互いに短時間の間の駆け引きをしているのでしょうが、そこには選手の癖や状況など知識に依存した要因も反映しているのでしょう。それら考慮した行動予測というのは簡単ではなさそうです。