ボールの色

ボールの色が変わるとキャッチしやすさに影響があるかについて考えました.様々な球技において,ボールの色の問題は興味を引くようで彼以外にも同様の興味で実験を試みた学生は何人かいました.さて,ボールの色の効果を顕著に取り出すためには,普通の環境では難しいと思い,暗い環境での実験を助言しました.K君は夕暮れ時の薄暗い環境で5歩程度離れた位置から投げられたボールをキャッチする実験をしました.ボールは,赤,白,黒,黄,緑,赤の6個を使いました.3回の投球に対してキャッチできるか手を当てることができた回数を調べたところ,白と黄色の成績が高いことがわかりました.次に,2つのボールを同時に落としたときに,いずれが先に落ちるかを調べました.すべての組み合わせで確認したところ,黄>白>その他の色(差がわからない)の順に速く落ちたと見えたということです.

 このふたつの実験結果は,ボールの色によって動きの予測が異なることが原因だと思われます.視覚刺激の明暗コントラストが低下すると,見かけの動きは遅くなると言う事実が知られていますが,用いたボールの明度は色によって,大きく異なっていたはずで,私の予想では,白,黄,緑,青,赤,黒の順であったと思います.基本的には明度が高い白と黄のボールの動きはちゃんと見え,明度の低いため背景とのコントラストの低いその他の色の動きが遅く感じたと思われます.みかけの速度の遅さと取りづらさが色によって異なった理由はそれで説明できます(ただし,みかけの動きと行動が直接関係するとは限らないので,この説明の妥当性には気をつける必要があります).

 実際にボールキャッチという行動と動きの知覚にボールの色が影響することを実際に(ある程度)定量的に確認できことが重要だと思います.もちろん視覚科学の実験としては,条件設定にいろいろな問題があり,上の結論の妥当性にも疑問が残ります.いくつかあげますと,色の違うボールですが,色だけでなく明暗も変わっていますし,色や明度を客観的な評価がありません(上の説明では明度の違いに注目しています).また,投げられたボールの速度(友人に投げてもらったとのこと)もわかりません,当然試行間の差も気になります.それでもボールの色による差は顕著ですから,投げ方の変動よりもボールの色の違いの影響が大きかったと判断できます.またどの程度の明るさの環境であったかはわかりません.暗くなると視覚は桿体中心のシステムでものを見るようになりますが,その度合いは環境の明暗によって異なります.桿体システムと錐体システムでは光の波長に対する感度が異なるために,明るい環境と暗い環境では赤と青の相対的な明暗は逆転することもあります.これはボールの色の効果を見る上で重要な問題です.また,桿体システムと錐体システムでは時間特性の違いや運動視特性の違いも議論されているので,その点でも重要な問題です.

 色と明暗(輝度)の関連については,色覚の知識が十分でない人の考える色の効果を調べる実験に共通する一般的な問題です.ボールの色など世の中にある物体表面では,色相と明度は独立ではありません,黄は明度が高くなるし,青は低くなります.したがって色と明度の影響を分離するのは難しいわけです.この問題は,実際に分離ができないのであれば,そのまま評価し,例えば取りやすい色を決めればよいよいということもできます.しかし,視覚による情報処理の観点から考えると,色の処理と明暗の処理は異なる処理系が関与していると考えられるので.原因を調べる上では,やはり要因を分離したいとの欲求があります.

 もう一点,結論についてですが、「明暗コントラスの低さがボールの動きに影響した」というのは,K君のレポートを参考に私が考えたものです.この結論には,ボールの見づらさそのものの影響は含まれていません.実際見えなければとれませんから,動きの知覚以前の影響は考慮すべきです.これは様々な視覚の特性を検討するときに問題となる一般的問題です.例えば,赤と青の色刺激に対してどちらの動きが見やすいか比較するとしたら,どのような色を用いればよいかです.明暗を揃えたとしてても,彩度が違えば色の効果は異なります.そのような時に使う方法のひとつは,まず見やすさをそろえるということです.それぞれの色刺激に対してぎりぎり見える刺激量を求めて,例えばその10倍の量で実験を行うことで,両者の見やすさをそろえた上での動きに対する影響を比較することができます.このような点を考慮した実験は,このセミナーの企画意図を超えたところにありますが,実験結果を考える上では常に注意を喚起しています.