91歳記念のメッセージパネル

      91歳記念のメッセージパネル

 

 

妻が介護施設に入所して、私の一人住まいとなっているマンションの玄関に、2023年

の新春、私の誕生日祝のメッセージカード幾枚かを、大きく91の形に張り付けた、

90㌢四方のパネルが飾られている。

 

昨年の11月23日、私の91歳の誕生日を記念して行われた大阪オリエンテーリング

クラブ練習会の時に、クラブ員の富永さん(女子35歳台A級のベテラン)が、作って会

場に飾り、練習会が終わると私と一緒に車に乗せて家まで運んでくれたものである。

 

私の誕生日記念練習会が開かれるに至った経過は、昨年の3月21日、春分の日に大阪

オリエンテーリングクラブ主催の45周年記念大会を箕面の山で開いたときに始まる。

この時初めて最高齢クラスの90歳台のA級のコースが作られた。私は試走に参加したが、

このコースに競技として参加したのは、東京の有名なレジェンド高橋さん一人だった。

そして丁度、この日は高橋さんの91歳の誕生日だった。それに気が付いた会長の玉

木さんの発想で、完走して山から下りてくる高橋さんを会場で迎えて91歳の誕生日

祝いをすることになった。臨時にありあわせの花束と集めたお菓子のプレゼントを

作って、参加者とスタッフの全員が拍手して出迎え、高橋さんは同年クラスの私と握手

して会場は大いに盛り上がった。

 

その後、東京の高橋さんを祝ったのなら、大阪の私の91歳の誕生日も祝ったらどうかと

いう声が、クラブの中から出て私の誕生日11月23日の祝日に記念練習会を開くことが

決まった。会長の玉木さんが場所を昔、花博覧会が開催された鶴見緑地と決め、コースを企

画し、富永さんが誕生日祝いのメッセージを集めてくれることになった。

 

私の誕生日のためにオリエンテーリング競技を開いてくれるということは、生涯の中で2

度とないうれしい経験になると、私は大いに有難く楽しみにして、その日を待った。参加者

の受付が始まると、驚いたことに東京から91歳の高橋さんが、いち早く参加申し込みを

していることが分かった。オリエンテーリングのレジェントが新幹線に乗って同じ91歳

の私の誕生日祝いに来てくれるのは、思いも及ばなかったうれしいことだ。まさか10月

に行われた全日本2日間大会での、90歳台チャンピオン争いのリベンジのための参加では

ないだろう、と思った。が、私の練習会にのぞむ気持ちは、一気に引き締まった。

 

11月23日は朝からの秋雨が、鶴見緑地公園の色づいた木々を濡らせていた。幸い屋根の

ある施設の下で、朝早くから多くのクラブ員の人たちがスタッフとして集まり、競技の準備を

してくれていた。会場にはHAPPY BIRTHDAYのパネルと、メッセージカードを

91の形に並べたパネルが飾られていた。練習会は3つのコースが用意されていた。高橋さん

が申し込んで、私も走るコースは距離2・5㌔、高さ35㍍、コントロール(標識)数16の

年齢別のないコースで、12名が走る。ほかに練習用として、地図が殆ど白紙でコントロールを

方位と距離感のみで見つけ、そのあとコントロールに固定してある地図を覚えて回るメモ

リーコースや、地図から道の印刷を抜いた3・5㌔のコースもあつた。10時半ごろ、高

橋さんはまだ来ていなかったが、「頑張ってください」の声に送られて、私はスタートした。

競技に入ると雨はあまり気にならなくなった。①から④までの広場を行くコースでは、天

気が良ければ子供たちが大勢で球技をしていたりして気を遣うことがよくあるが、雨で人のい

ない広場はオリエンテーリング競技の専用借り切りのようで、自由に進める。⑤から⑦まで

は林の中小川の流れもある。⑦を「沢」で見つけたとき、風のように翔んできた競技中の

大学生が「お誕生日おめでとうございます」と丁寧な言葉で私に声をかけて、あっという

間に走り去っていった。⑧から⑫までは大池の北側、国際庭園、日本庭園などがあり、

複雑な道を抜けるコースであった。⑬から⑮まで大池の南側の柵沿いの広場を西へ駆け

抜け⑯は緑地の西北にある広場の中にあった。そして会場の前で、メモリーコースを

走ってきた会員の楠見さん(男子60歳台A級ベテラン)と一緒にゴールした。会場

から「お二人誕生日おめでとう」と声がかかった。楠見さんもこの日が誕生日だったのだ。

二人でみんなに手を挙げた

 

私の時間記録は1時間1分50秒だった。私よりずっと若い出走者たちの平均時間と

比べて、3倍ぐらいはかかっている。が、高橋さんはどうなのだろうか。この時高

橋さんは、私のだいぶ後からスタートして出走中だった。そして予定されている誕生

日の花束贈呈式には、まだ少し間があったので、私は別の3・5㌔の道の印刷抜き

コースの地図をもらって、少し練習して途中で帰ってくることにした。道がない地

図なので、方角と等高線と建物などを見て何とか⑮の内の⑧まで回り、それ以上は時

間がかかるのであとは飛ばしてゴールした。高橋さんもコースを完走して帰ってきて

いたので、「ようこそ、雨の今日、大阪へよく来てくれました。有難う」と声をかけて

二人は強く握手した。高橋さんは1時間8分11秒の時間でゴールしていた。

 

誕生日の花束贈呈式が、直ぐに始まって、みんな集まった前で、楠見さん夫人の由里さん

(女子50歳台A級ベテラン)から花束と記念品(名前入りピンバッジ)を渡され、

そのあとバースデイ記念パネルの前に私と高橋さんが並び、スタッフと参加者が集まって

記念写真を撮った。そして高橋さんとは「これからも、お互い競技を続け、またどこか

の大会会場でお会いしましょう」などと、親しく語り合った。そして高橋さんは東京へ

と先に帰った。

 

メッセージカードのパネルについて富永さんは練習会が終わると、カードをはがして、

アルバム帖に納めて、私に渡すつもりだったようだが、どうするか聞いてきたので「家の

玄関にそのままパネルを飾って、じっくりメッセージを読みたい」と答えた。事実会場では、

カードのメッセージを読み取る暇など全くなかったので、メッセージを書いてくれた人たち

には、はがしてしまうのは悪いと思ったからである。

 

「雨に濡れ秋色に彩られた今日の緑地は本当にきれいで良かった。そして、私の誕生日記

念練習会はみんなが笑顔で楽しい経験でした。有難う」とスタッフたちに挨拶して緑地を

離れた。帰ってシャワーを浴び、着かえて、同じ西宮市の富永さんに 自動車で運んで

もらって玄関に飾ったメッセージパネルに、向き合った。

 

最初はやはり同年代の高橋さんのメッセージに目が向いた。「小嶋さん、先日の全日本大会

ミドル・ロングとも優勝おめでとうございます。91歳の壁が強烈で私の唯一のライバルで

ある小嶋さんの後塵を拝することになりました。いつまでもお元気で多くの大会に参加され、

ご一緒に走れることを念じています」高橋さんの「91歳の壁」とは体の衰えの壁である。

勿論私もその壁にさらされている。自分の身体とのたたかい、サバイバルはこれからも

続いてゆくことを、強く実感した。

 

誕生日が同じ楠見さんのメッセージには2013年一緒に参加したイタリア・トリノ

のWMG(世界マスターズゲームズ)兼WMOC(世界マスターズオリエンテーリング

選手権)大会のことが書かれていた。この時の大会のスローガンはEver Lasting

Passion(尽きない情熱)であった。私のことを「尽きない情熱人」と言って

くれているが、これから言葉に恥じないように競技に向き合わねばならない。この時、

男子80歳台クラスは、世界から集まった50人位の競技となり、銅メダルを高橋さん

が取って、レストランでお祝いをして、地元の人からも大いに祝福を受けていたのだった。

4年後の選手権を兼ねたWMGニュージーランド・オークランドの大会の男子85

歳クラスでは、私が高橋さんにやっと勝って銅メダルが取れたことなども思い出した。

メッセージの中に「宙平さんへ」というのがあり、私はオヤと思った。宙平は私の

ハンドルネームでウエブにエッセーを載せるときに使っていて、オリエンテーリン

グクラブでは、だれも知らないと思っていたからである。

 

「宙平さん、投稿されたエッセーに心、鷲掴みにされていました。戦前からの動画を

見ているような昭和史の描写に、何度も読み返していました」ウワーこれは、私のエッ

セーを読んでくれている人が、オリエンティア(オリエンテーリングをする人)の

中にいたのだ。

 

このメッセージは私に花束を渡した楠見由里さんからのものだった。あとのメールで

分かったことは、たまたま開いたe‐silver西宮のホームページで宙平のエッ

セーを見つけたそうである。「どの話も読みやすく話題豊富で今の私の愛読書になって

います」とあった。特に循環器病棟と治療室に勤務していたので、カテーテル治療のエッ

セーは、よく観察されているなと感心した、とメールに書かれていた。私は「メッセージ

パネル、の中にエッセーの読者がいた、うれしい、有難う」とつぶやいていた。メッセージ

の中にはクラブに最近入った人や、クラブの会長の長男玉木林哉さん(男子21歳台A級、

京都大学OLK)ら、練習会に参加した大阪大学・神戸大学の若々しいオリエンティ

アからの「90歳を超えても走るのを目標としたい」との言葉があり、私はうれしく

受け止めていた。

 

そのほか、同じクラブ仲間やよそのクラブの人たちの有難いメッセージが多くある中で

愛場康雅さん(男子60歳台A級、OLCレオ会長、耳鼻咽喉科医師)の「我々のお手

本であり、続けてください」とのメッセージを見て、愛場さんは今年の1月9日(祝)に大

変ユニークなオリエンテーリングの会を主催することを思い出した。それは、「昭和レトロの

オリエンテーリングの会」で、場所は大阪府交野市「府民の森ほしだ園地」。古い時代、

コースは自分で書き取り、通過証明は電子カードでなく紙の枠に、ぶらさげてあるクレオ

ンを塗る、①は赤色、②は青色と塗って回った、そんな昭和の時代のオリエンテーリング

を再現する会である。走ってはいけない徒歩のクラスもある。

 

案内を読み直した私は「これは面白そうだ。オリエンテーテーリングを続けるために、

今年はまず、愛場さんの主催するこの『府民の森ほしだ園地』の徒歩オリエンテーリン

グから始めよう」と決めた。

 

(2023年1月4日)