31 August 2025.
Tiger Iの初期型から後期型まで搭載された照準眼鏡は、双眼式の Turmzielfernrohr 9b(以降: TZF 9b)である。
Druckvorschriften 656/22 (以降 D 656/22)などの史料をもとに、TZF 9b の基本構造、左右のレチクル の特徴、光学機器が故障発生した際の操作方法と構造に関する調査 を以下に紹介する。
1. TZF 9b 双眼式照準眼鏡
双眼式照準眼鏡 TZF 9b は Ernst Leilz G.m.b.H, Wetzlar が製造メーカーであり、1942年1月から1944年3月まで1,253台を生産した(※1)。Tiger Iの初期型から後期型に TZF 9bが搭載され、1944年4月頃の最後期型から照準眼鏡は単眼式の TZF 9c に置き換えられた。
TZF 9b は倍率 2.5倍、1,000mにおける視界 436mであり、TZF 9c は倍率 2.5倍か5.0倍が選択可、1,000mにおける視界 488mか244mであった(※2)。
なお Tiger II もこれと似た流れがあり、初期型砲塔に搭載されたのは 双眼式照準眼鏡 TZF 9b/1 で、後に単眼式照準眼鏡 TZF 9d に置き換えられた。これらの複眼式から単眼式への変更の原因は、生産コスト・工数削減、資源・工業力の逼迫、整備性などが考えられる。
※1: Thomas L. Jentz & Hilary L. Doyle, GERMANY'S TIGER TANKS D.W. to TIGER I: DESIGN, PRODUCTION & MODIFICATIONS
※2: D 656/22
2. TZF 9b の基本構造
TZF 9b は、戦車砲に対して左側で平行に、防楯を基部にして取り付けられていた。
画像出典: D 656/22 図6
防楯の断面図を見ると、照準孔は防楯の外部から内部に向けて径が細くなるように加工されていた。
画像出典: D 656/22 図22
防楯基部と砲塔天井からの懸架アームで固定されている。砲手はTZF 9bの高さ位置を変えて、自身の照準ポジションに調整できた。
画像出典: D 656/22 図34
上面からの俯瞰図。
画像出典: D 656/22 図66
下面からの仰瞰図 。
画像出典: D 656/22 図67
1 Turmzielfernrohr (TZF 9b)
2 Fernrohrkopf
3 Fernrohrgelenk
4 Einblickstutzen
5 Doppellager (nur bei TZF 9b)
6 Kopfstütze
7 Klemmvorrichtung zur Kopfstütze
8 Klemmring
9 Augenmuschel
10 Okularrändelring
11 Einstellkopf für die Schußentfernung
12 Panzerplatte
13 Verschlußkappe
14 Lagerklaue
15 Klemmstück
16 Klemmschraube
17 Sicherungshebel
18 Hebel zum Einschalten der Abkommenplatte (nur bei TZF 9b)
19 Beleuchtungsfenster
20 Schutzglas
21 Schutzkappe
1 砲塔照準眼鏡(TZF 9b)
2 照準眼鏡ヘッド
3 照準眼鏡ジョイント
4 接眼鏡架台
5 二重支持部(TZF 9bのみ)
6 額当て
7 額当ての締め付け装置
8 取り付けリング
9 目当て
10 接眼ローレットリング
11 射撃距離調整ハンドル
12 装甲板
13 クロージングキャップ
14 支持爪
15 締め付け装置
16 締め付けネジ
17 安全レバー
18 照準点レチクル切替レバー(TZF 9b のみ)
19 照明窓
20 保護ガラス
21 保護キャップ
3. TZF 9b のレチクル Strichplatte
レチクルとは
「照準、観測などのため、眼鏡などの光学系の焦点面に配置した十字線などの刻線を有する光学部品」である (※1)。TZF 9bのレチクルは、D 656/22の図66に描かれた「2」 Fernrohrkopf 照準眼鏡ヘッドの中に、右側と左側の2つがセットされていた(※2)
ここで図66を用いて砲塔前方から照準眼鏡内に入射した光線を図示する。赤色実線が右側の照準眼鏡、赤色点線が左側の照準眼鏡における光の導線である。光線は「20」の対物レンズから、「2」照準眼鏡ヘッド内部の水色で図示したレチクルを通り、「3」内部で屈折した後、鏡筒を抜けて接眼レンズを通して砲手に届く。
※1: 防衛省規格 火器用語(射撃統制)
※2: D 656/22
「WW II ドイツ軍小火器の小図鑑」では、 Borvington Tank MuseumのTiger 131のTZF 9bのレチクル写真を正確にトレースした図を掲載している。 TZF 9bのレチクルとして、一般的に最も良く知られているパターン図として紹介する。
画像提供: ドイツ軍小火器の小図鑑
4. TZF 9b のレチクル Strichplatte
D 656/22 の史料には左右のレチクルのパターン図が掲載されたページが欠落しているため、レチクルのパターン図を確認することができない。D 656/22 の左右のレチクルに関する説明文を紹介する。
図66の「18」照準眼鏡ヘッド内の右側のレチクルは、以下の様にさらに2枚のレチクル板で構成されている
(1) 回転型レチクルには、榴弾(Sprgr)射撃用として31個の小円が刻まれており、その最初と2番目ごとに番号が付されている。機関銃(MG)および徹甲弾(Pzgr)射撃用としては13個の小円があり、その最初と2番目ごとに番号が付されている」
(2) 高さ可動型レチクル(以降:照準点レチクル) 「主刻線 [Δ] があり、その左右の3個の補助刻線[Λ]は4ミルの間隔である」
同照準眼鏡ヘッド内の左側のレチクルは「照準点レチクル」である。照準眼鏡ヘッドの左側にあるレバーを用いて、左右の視野 [原文: Gesichtsfeld] を切り替えることができる。
5. TZF 9b の左側のレチクルパターン図
上記の通り、D 656/22 には左側のレチクルのパターン図は、掲載されたページが史料から欠落しているため図自体を確認することができない。
そこでTZF 9bと同じ双眼式である照準眼鏡 TZF 9b/1 についてD 656/42+ 史料を見ると、以下が判明した。
D 656/42+のTZF 9b/1 の左側のレチクルに関する説明文は、D 656/22のTZF 9bと同一のものであった。
D 656/42+ 図27の左側のレチクルパターンの図は、TZF 9bの照準点レチクルと同形状のものであった。ただし図27には、主刻線や補助刻線のサイズが大きく描かれ、実際のスケール通りなのかどうかは判明ができない。
以上から、TZF 9bもTZF 9b/1の「左側」の照準眼鏡のレチクルは「照準点レチクル」が1枚と確かめられた。またレチクルパターン図はD 656/42+の図27と類似の形状の可能性が高いことが考えられる。
今後 D 656/22の失われたページが発見できることが望ましいが、Borvington Tank MuseumのTiger 131に搭載された TZF 9bで確認する事ができれば確実であると考えている。
D 656/42+
画像出典: NARA
6. TZF 9b の左右の照準眼鏡の操作方法
D 656/22には、どういった状況で「左右の視野を切り替える」に関する説明は無い。
そこで3つの史料 D 656/42+、「T.Z.F 9b improvement request by s.Pz.Abt.503」と、1944年1月のMilitary College of Science School of Tank TechnologyのTiger I調査史料 (※1)を読むと、その操作の目的と操作方法が想定できる。これは予め照準規正で設定した距離は固定値となるため、あくまでも左側での照準眼鏡の照準操作は緊急用と言えるだろう。
In das linke Fernrohr kann eine Strichplatte (Bild 27) einge-schaltet werden, um bei Ausfall des rechten Fernrohres das linke Fernrohr weiter benutzen zu können.
左の照準眼鏡のレチクル [図27] に切り替えれば、右の照準眼鏡が故障した場合でも左の照準眼鏡で引き続き使用できる。
※1: Military College of Science School of Tank Technology, Report on Pz Kw VI (Tiger) Model H Part II, Armament, Fighting Arrangements, Stowage and Power Traverse, Section I, Armament, January 1944 from "Tiger! The Tiger tank: A British View (Edited by David Fletcher), 1986"
操作方法の想定
正常動作時、左右の眼で対眼レンズを見る。右眼は右側のレチクルを、左眼は左側の透明あるには何も無い空間を通してそれぞれ物体を認識する。この時、脳内で左右の視野が合成されるので、あたかも物体を右側のレチクルを通して見ているかのように認識する(図1)
右側の光学系が故障した場合。砲手は照準眼鏡ヘッドにある切り替えレバーを手動で操作し、左側のレチクルの切り替えを行う。すると左側の何も無かった視野に、照準点レチクルがおそらくは回転して登場する。左眼はこの照準点レチクルを通して物体を認識する。右側の光学系の状態に依るが、この様な場合、おそらく砲手は右眼を閉じ左眼で照準したと思われる。
上記2.において、もし右側の光学系で物理的な操作が不可でもレチクルが破壊されず光学的に光が届く場合がある。この場合、右眼は右側のレチクルを見る事ができてしまうので脳内で左右の視野が重なって合成されてしまう。あるいは砲手の操作ミスなどで、正常動作時において切り替えレバーを操作すると、左右の異なるレチクルの視野が脳内で合成される事になる。
図1: 正常動作時の視野の認識 (想定)