論文盗作問題
追記 理研はSTAP細胞論文の不正を認める会見をした(2014年4月1日).
平成18年の研究室同門会ウエブページに次のような文章を書いた.その後も,偽装,捏造問題は沈静化するどころか,社会全体に拡がり,ついには本来無縁[?]であるはずの学問の分野も極度に汚染されてしまった
他人事ではない耐震偽装問題(平成18年)
耐震偽装が大きな社会問題になっている.
マンション耐震偽装問題,ホテルの偽装工事問題,公認会計士を巻き込んだ粉飾決算,株の架空取引,医療費の水増し請求,警察の不正経理,産地偽称,石器発掘ねつ造事件,選挙の際の学歴詐称,文学作品の盗作.やらせテレビ番組,詐欺商法などが頻発している.ニセの情報で戦争まで起る時代であるからこの程度なら罪にはならないとでも思っているのだろうか.
これらのことは遠い世界の出来事と思っていた.ところが,学問の分野でも例外ではないようである.最近だけでも,韓国の黄禹錫氏によるES細胞論文ねつ 造問題(サイエンス誌論文ねつ造事件),我が国においても東大の事例(実験の再現性)がマスコミをにぎわしている.大学などの設置に関しても,虚偽の申請(教員不足,教員水増し,論文水増し)などが明らかになり,文科省はペナルティーを制度化して厳正に対処するとのことである.
薬学の分野でこのような問題が起きないことを願うばかりである.われわれ有機化学者は,化合物の構造決定の際,各種のスペクトルデータや元素分析値をもとに結論を出すが,そこには主観的な要因が介在する余地があるため研究者の良心を前提にしている.
最近,自己評価や外部評価などで実績が重視され,それに応じて研究費が重点配分される傾向が強くなった.それ自体は間違ったことではないが,研究データのねつ造に無関係ではないと指摘する研究者が多いのも事実である.
薬の分野で「偽装」まがいのことが起こる可能性は大であり,薬事法違反で摘発される「にせ薬」の類いは後を絶たない.これが医療現場で起こると大問題である.崇城大学薬学部では,6年制課程の専門教育において4年次まで毎年医薬倫理教育を実施する.耐震偽装問題は工学部建築学科の問題であるが,これを機会に他の学部でも同様の対応が必要ではないだろうか.
その後記憶に残っている偽装,捏造,剽窃疑惑などを以下に示した(オレオレ詐欺,フィッシング詐欺等の偽装は除いた).
・原発をめぐる民意偽装,やらせメール
・分子細胞生物学研究所 加藤茂明グループの論文捏造、研究不正 東京大学,京都府立医科大学,名古屋市立大学等
・食品偽装問題 有名ホテル,百貨店等
・臨床研究データ捏造疑惑 ノバルティス ディオバン(バルサルタン),武田薬品等
・アクセサリー偽装販売 有名百貨店
・別人作曲,美談捏造 佐村河内氏
・万能細胞「STAP細胞」論文疑惑 小保方晴子氏
最近世間を騒がせているSTAP細胞の場合,理化学研究所(理研)の野依理事長は「未熟な研究者が膨大なデータをずさんに扱っていた」と,小保方晴子研究ユニットリーダーを批判し,今回のような研究者の無責任さは「氷山の一角かもしれない」とまで踏み込んだ発言をしたと報道されている.
学位論文に関しては,「博士論文のイントロや背景説明の部分,約33ページが米国立保健研究所(NIH)が幹細胞の基礎知識を一般向けにネット上に掲載している文章から、ごっそり剽窃している」とネットに書かれていた.
注)剽窃:他人の作品や論文を盗んで、自分のものとして発表すること.
そこで,公開されている二つの資料を実際に比較してみた.研究分野が類似している場合,模範になるような表現法に遭遇した際,断片的に参考にさせて貰うことはよくあることなので,そのつもりで読んでいくうちにその異常性に驚いた.博士論文の20数ページ(英文1ページは83文字×23行)ほどが,NIHのウエブページとほとんど同じである.
問題視されている剽窃の部分(NIHのホームページと博士論文) はサブページに示した.
これではSTAP細胞の論文が疑われても仕方ないのではないだろうか.このような事実が次第に明らかになるにつれ,Nature掲載論文や学位論文の取り消し等の措置が妥当と取り沙汰されている.
博士論文を書いた本人は,社会全体がいい加減だから剽窃とは思わなかったのかもしれない.米国のマスコミ向けには,下書き状態の博士論文が製本されたとも言っている.博士論文執筆上,NIHのウエブページの内容がたいへん参考になるので取り敢えず貼り付けておいたのが,そのままになってしまったと言いたいのだろう.
ところで,博士の学位を与える条件として,論文の新規性は当たり前で,それに加えて人間性が加味されているはずである.昔の論功行賞的な学位授与とは異なり,課程博士の場合,研究者の出発点として課程修了時に学位が与えられる.科学技術の大幅な進歩による研究技法の高度化,多様化のため,大学院生時の投稿論文は研究指導者,協力者の助力によるところが多く,本人単独で解決できるほど簡単なものではない.それでも研究者としての倫理教育は可能であったはずである.指導教官が大規模な剽窃を見抜けなかったのも不可解である.
各大学の学位規定には,以下の内容の規定が設けられている.
修士若しくは博士の学位又は専門職学位を授与された者が,その名誉を汚辱する行為があったとき,又は不正の方法により修士若しくは博士の学位又は 専門職学位の授与を受けた事実が判明したときは,学長は,教授会の議を経て,学位の授与を取り消し,学位記を還付させることがある.
今回の場合は,学位返上のケースに該当するかも知れない.
マスコミ向けの割烹着姿の研究室撮影や会見も一種のヤラセでグループが関与したと指摘されている.彼女にそうさせた周囲も同罪ではないだろうか.
「理研初の女性主任研究員加藤セチ」で紹介した加藤セチは天国で嘆いているだろう.
追記
論文指導の中で,データの捏造等の不正が厳禁であることは,投稿論文作成に関与させれば自ずから理解できるはずである.それ以上の人間的指導をするのは難しい.私の場合,研究室出身者が,上司に「転職したい」と言ったところ,その上司から人間教育が不十分では?,甘やかしすぎたのではないか? という指摘をされた.時代が違うと言いたいが,社会は大学にそこまで求めているようである.
参考資料
(2014.3.17)