フェノール類(ArOH)は、O--H の結合が弱ければ弱いほどフリーラジカルとすばやく反応す る.
そのため,ArOH における O-H Bond Dissociation Enthalpy (BDE) は抗酸化能を決める重要なファクターになる.
BDEは,次式右辺のラジカル種の生成熱の合計から左辺基質の生成熱を差し引くことにより求めることができる.
ArO-H → ArO・+ H・
半経験的分子軌道計算プログラムを用いれば,BDEはパソコンで計算することができる.
代表的なフェノール類について,最安定構造を求めBDEを算出してみた.
今話題のプロポフォール(麻酔薬)と構造が類似しているフェノール類として,ジブチルヒドロキシトルエン (dibutylhydroxytoluene),あるいはブチル化ヒドロキシトルエン (butylated hydroxytoluene),略称 BHT がある.主に抗酸化剤として食品および種々の添加物として用いられている(日本では使用できない).
t-ブチルの置換位置が異なる2個の異性体の混合物(2-tert-butyl-4-methoxyphenol; 3-tert-butyl-4-methoxyphenol)が酸化防止剤として食品等に使用されている.
BHT, BHA共,生成したラジカルは隣接位のブチル水素とCH--O型の弱水素結合により安定化している(充填モデル参照).
ビタミンEである.水酸基の両隣はメチル基であり,t-butyl基よりCH--O弱結合は弱いが,パラ位のエーテル酸素の電子的効果でBDEが低下し,開裂しやすくなっている.
緑茶の成分のひとつである.カテコール特有の低いBDE値を示す.その他にベンジル位のC-H結合も切れやすいことが示唆された(別稿)
いろいろなフェノールについて計算したBDE値は以下の通りである.比較のため,抗酸化剤ではないアルコールや置換フェノールについても示した.
フェノールの不飽和結合が飽和したアルコール (Cyclohexanol)のO-H結合が切れるためには約103.5kcalのエネルギーを必要とする.これに対し,フェノールの場合は80kcal程度,お茶に含まれるポリフェノールに含まれる没食子酸(Galic acid)は70kcal,Tocopherolは71 kcal程度である.BHT類は74 kcalであり,抗酸化作用が期待できる.アルコール類は非常にラジカルに成りにくく,ラジカル消去作用はまったく期待できない.フェノールに対する置換基の影響には規則性があり,電子供与基が付くと切れやすくなり,電子吸引基が付くと切れにくくなる.
以前,非経験的分子軌道計算法を用いた抗酸化力の予測に関する一連の投稿論文を審査したことがある.実測値を忠実に再現することをねらった高度なab initio法や密度汎関数法の計算であったが,相対的な値を知る目的ならばこの程度の計算でも十分である.
ついでに
BHTに構造が類似しているフェノールとして,プロポフォールがある.この化合物は,エーテル系麻酔薬(Isoflurane)に とって代わった麻酔薬である.マイケル・ジャクソン事件で注目を浴びたが,我国では小児への使用で問題を起こしている.
小児への不適切使用事件に関する特集番組では,当該病院の薬剤師の忠告が無視された事実があると言っていた.医療現場では,「薬剤師ごときが何を言うか」という態度を示す医者は結構居るらしい.そのような従来型の感覚が消え,薬剤師の存在価値が医療現場で認められるのは もっと 先のことになることを思い知らされた
BDEを計算すると76.6程度である.抗酸化作用は弱い.t-ブチル基がisopropyl基に代わるとラジカルの安定化は減少するようである.