人が代わると反応生成物が変わる

(その1

下記に示す反応は,有名な1.3-双極子付加環化反応である.

1,3-双極子のひとつであるナイトロン(A)は不飽和化合物(B)と加熱するだけで,炭素以外の窒素や酸素原子を有するヘテロ五員環化合物(C)を与える.反応に参加する電子の数は6(4+2)であり,Diels-Alder反応と同様に熱で起こる反応である.

分子内に2個のナイトロンを持つ4-oxo-4H-pyrazole 1,2-dioxide (D) が異常に長いN-N結合距離を有することについては前稿で紹介した.その反応挙動を研究している過程で,cycloheptatriene (E) との反応において,エンド[6+4]付加体(F)を得ることができた.[6+4]付加体においては,一般的にエキソ体の生成が有利であることが知られている.そういう意味で大変珍しいので確証を得るためにX線解析を行った.エンド付加体では,未反応のナイトロン部位とオレフィンは手の届く位置関係(Fで示した部分)にあり,二度目の分子内1,3-双極性付加環化反応が起る可能性を示唆しており,分子軌道計算からもそのことを支持する結果が得られた.

「取らぬ狸の皮算用」ではないが,分子間1,3-双極性反応と分子内1,3-双極性反応を連続させて一操作でヘテロカゴ型化合物を合成できるはずと思ったが,その時点で定年になり時間切れになった.

注)カゴ型化合物とは原子で囲まれた三次元空間を有する化合物.サイコロ状化合物はcubaneと呼ばれ,E. B. Fleischerによって合成され,1964年に単結晶X線解析も行なわれている(文末図 参照).追記 🎲 状分子 Cubane 合成50年(化学,薬学)(2017)

その後,新設私大では教育に追われ,落ち着いて追試できる情況ではなかった.もともと[6+4]付加体の生成だけでもめずらしい上にエンド体であるので,それに焦点を絞った投稿の準備をして後任の先生(同門の衛藤教授)にバトンタッチをした.ところが,衛藤先生から,6年制課程の卒論実験で学生に追試させたら目的化合物(H)が得られたとの連絡があった.一連の連続反応もDFT計算でコンピュータ上で再現することができた.その分を追加して論文になった.

分子軌道計算構造(右図は充填モデル,逆さまにしたら昆虫みたいな姿になった)

充填モデル

合成する人間によって生成物が異なることは,これまでに何回も経験した.現在は,反応が終わると薄層クロマトで生成物のスポットをチェックし,カラムクロマトで分離精製する.そこに個人の能力や繊細さが影響するようだ.

本例では,反応条件の設定において慎重になりすぎたのかもしれない.分子の歪みが増加する系においては,熱反応で生成するものは,温度を上げると歪みを開放する方向(分解)へ平衡が傾くので,なるべく低い温度で反応させる.その方が不安定な中間体を単離できるメリットもあり,実際に重要な知見が得られたこともある.今回は,先に実験した先輩より高い温度で反応させたということである.幸いカゴ型化合物になっても簡単には閉環前の化合物へは戻らないようである.最初の段階で,いろいろ条件(温度,溶媒など)を変えて反応させるべきだったと思うが,協奏反応はイオン的な反応にくらべ温度や溶媒効果を受けにくいという知識が邪魔したのだろう.

「終わりよければ全てよし」と思っている.以前担当した人ももそう思ってくれているはずである.

投稿論文

Thermal Reaction of Electron Deficient 4-Oxo-4H-pyrazole 1,2-Dioxide with Cycloheptatriene: The First Examples of the Formation of an Endo-[4π+6π]-cycloadduct and an Intramolecular 1,3-Dipolar Reaction Leading to a Heterocage

Koki Yamaguchi, Masashi Eto*, Yasuyuki Yoshitake, Kazunobu Harano

J. Phys. Org. Chem. 2013, 26, 64-69.


参考図

Cubane(融点131℃)の立体構造

詳細は2017年のブログをご覧ください.

🎲 状分子 Cubane 合成50年(化学,薬学)

(2014.1.7)