理化学研究所初の女性主任研究員 加藤セチ

新型万能細胞(STAP細胞)の作製に成功したと報告した理化学研究所の小保方晴子さん(30)の割烹着姿が話題になっている. 追記 2014年に書いたブログのため, 小保方晴子のその後についてはWikipediaを見てほしい.

ニュースを聞いてハツと思いついたのは, 以前「‪熊本藩「八代蜜柑」献上大作戦‬」の脚注で紹介した理化学研究所初の女性主任研究員, 加藤セチ(1893-1989)のことである.

加藤セチも白衣ではなくエプロンを着ていたことを思い出し, ファイルを探したら, 前田侯子著 「加藤セチ博士の研究と生涯」の98頁に掲載されていた.

加藤セチは,徳川家光時代に改易され,出羽庄内藩主・酒井忠勝にお預けとなった熊本藩第二代藩主, 加藤忠広(清正の三男)の末裔とされる加藤与治左衛門家本家の三女として生まれた.

山形県立鶴岡高等女学校在学中, 生家の破産と父の死去により,三年次に中退して山形県女子師範学校(現・山形大学地域教育文化学部)に移る.

女子師範卒業後は小学校教師として一時家計を支えた.

東京女子高等師範学校(現・お茶の水女子大学)に進学する.

東京女高師卒業後は高等女学校の教師を務めながら, 1918年に北海道帝国大学に全科目履修選科生として入学する.

苦学の末,結婚後は理化学研究所に勤務し(1922-1954,1960迄嘱託), 在職中の昭和6年(1931年)に「アセチレンの重合」を主論文として, 京都帝国大学より理学博士号を授与される.

学位を取得後, 昭和8年から京都帝大で「分子の電子構造と化学反応」に関する特別講義を毎年行う.

北海道帝国大学初の女子学生として, 保井コノ, 黒田チカに続く日本人3番目の女性の理学博士(既婚女性としては初). 理化学研究所初の女性の主任研究員として, 有機物質の分光分析等に顕著な業績を残している.

1968年, 故郷三川町から名誉町民の称号を贈られる.

写真は前田侯子著 「加藤セチ博士の研究と生涯」(PDF)から抽出した.

経歴の概要は上記のとおりである.研究は下記の各分野で多岐にわたっている.

・吸収スペクトルによる塩類溶液の研究

・有機化合物の分子構造、反応機構などに関する研究(アセチレンの光化学)

・クロロフィルとストレプトマイシンの研究

我々が新しい理論で解釈している「アセチレンの重合」や「ビタミンDの生合成」などを, 今のように多機能な分光機器のない時代に紫外線吸収スペクトルだけで実績をあげているのには驚きである.

前稿で紹介したビタミンDと紫外線との関係をかなり前に明らかにしている.

前田侯子著 「加藤セチ博士の研究と生涯」には次のように書かれている.

鈴木梅太郎(1917年 - 理化学研究所主任研究員)から, 椎茸から抽出したコレステリンに紫外線を照射するとビタミンDに換えられる. その光の作用を調べてほしいと頼まれた. 加藤は吸収スペクトルによる検討から, コレステリン環の1カ所が開裂して, 2種の異なる環の結合物になったと判断した. しかし, 鈴木は加藤がまだ駆け出しであるとして, この結果を取り上げることはせず, その 為にこの発表はドイツにおくれをとる結果になった.

鈴木梅太郎が, 研究者として駆け出しの加藤の実験結果を受け入れていれば当該研究分野でも名を残していただろう. 今回の発見とは対照的な結果である. 追記(2021) 今となっては, この比較表現は妥当ではない.

一方, 植物成長ホルモンについては次のように記されてる.

住木諭介は苦心して稲から抽出、結晶化した植物生長ホルモンの鑑定を加藤に依頼した。加藤は蓄積していた数多くの吸収スペクトルの検討から、それはナフタレン核のベータ誘導体であると判定し、住木は大変喜んだ.

その他のエピソードとして以下のようなものがある.

◯加藤の入所一年後の大正12年9月1日に起こった関東大地震の時には、男の方はみんな窓から逃げてしまったが, ホースの水で天井の燃えているのを消したり, あっちこっちを閉めたりした.

◯敗戦直前にジェット戦闘機の燃料の改良に関与し, 重要な助言(ヒドラジンに水を添加することによりエンジンの溶融を防止)をした結果, 1機だけ飛んだが, その時点で終戦になった.

現在, 新規化合物の構造を決めるには, 質量分析, 赤外線吸収スペクトル, 核磁気共鳴スペクトル(プロトン, 炭素13), X線解析等を用いるが, 紫外・可視吸収スペクトルは軽視する傾向がある. 学会誌のレフェリーをしているとその傾向が強いのに驚かさえる. 植物から単離した化合物の色が書かれているのに, 可視吸収スペクトルが書かれていないので, 指摘すると測定, 追記はするが電子構造との関連を記載しないケースがある. 米国化学会等は化合物の同定の際のチェックリストを提出させるようになっている. 加藤研究員の論文を見ていると, 紫外線吸収スペクトルから多岐にわたる情報を読み取っている. 時代が違うと言われるかもしれないが, この辺で原点に戻り, 昔の論文を科学史(化学史)の講義のなかで読ませる必要があるかもしれない.

追記

薬学ではリケジョは普通の存在である. 熱心すぎるため, 世俗的な方向を向かせるのに苦労する面もある. 博士号をとり就職する際に, 口紅をプレゼントした経験がある.

ついでに, 加藤セチの次の言葉を引用させてもらっている.

「たとひ夫に仕へ、子供を育て、家を處理してゆかなければならないにしても、何か專門的なものをもつてゐるといふことはその人の内的生活を豊かにする所以であり、 また何等か宇宙的なものに關與してゐるといふことは公平無私な情念を培ふ所以であらう」

参考資料

理化学研究所 広報活動 動画

女性科学者のパイオニアたち 4 吸収スペクトルで物質を探る 加藤セチ

加藤セチ 日本で最初の主婦博士

加藤セチ博士の研究と生涯 - お茶の水女子大学ジェンダー研究センター

加藤セチ - Wikipedia