人が代わると反応生成物が変わる(その3)

表題の第3弾である.特殊な一例反応と思っていたら, 実は一般性があったという話である.

特殊な反応例として封印してしまった

アセサイクロン(R=Ph, D)と不飽和化合物(Dp)で記した部分同志が反応して付加体が得られる反応は,以前にも紹介したDiels-Alder反応である.ところが,アセサイクロンとの反応ではカッコで括ったDA付加体は得られず,一酸化炭素が脱離した脱カルボニル付加体が得られる.室温で反応させても単離できるのは脱カルボニル体である.その理由はDA付加体ので示した構造(12π電子)が形成すると不安定化(芳香族性の低下)するためと解釈 した.

電子欠如性置換基を付け反応性を高めたアセサイクロン誘導体 (I) と非共役ジエン(COD)との熱反応(140℃)では,型の付加体および脱カルボニル体は得られず,イソツイステン (IV) が一操作で生成する.ところが,このことを発見した際,本連続ペリ環状反応は,アセナフチレンが縮環したシクロペンタジエノン(アセサイクロン系I)のみで起こるという結論にしてしまった

Z=EtCO2-

学生実習で「反応の一般性」は予想できた

ジエンのオレフィンを加熱するだけで複雑な分子を構築できるDiels-Alder反応は,有機化学の講義で教えなければならない重要な反応であるが,学生の実習で実施するとなると非常にやりにくい反応である.基本反応のブタジエンとエチレンを加熱してヘキセンを合成する代わりに,大量に置換基を付けた固体分子同志を反応させることで理解させるしかない.

テトラサイクリン(A)とマレイミド(B)を反応させると付加体(C)が得られる.本反応は学生実習で実施できる数少ないDiels-Alder反応である.気体であるブタジエンとエチレンの反応を学生実習で実施することはできないので,A, Bのような化合物を使用する.両方とも固体であり,ベンゼンに溶かし加熱すると付加体Cが生成する.

単離したら融点を測定させる.無色の化合物は熱で融ける際に,紫色に変色すると同時に気泡が発生する.レトロDiels-Alder反応により原料に戻る反応以外に脱カルボニル反応が起り,一酸化炭素が発生する.二つの反応とも二重結合と単結合2個が関与する熱許容の6π電子の反応である.1個の反応で3個のペリ環状反応を学習できるので重宝しているが,そこまで深く考えてくれる学生は少ない.

これらのことから反応温度を上げるとCからDへの反応が起ることは容易に予想できた

付加体の融点を測定する時,紫色の着色と発泡が認められる.Diels-Alder反応の逆反応と脱カルボニル反応が並行して起こる事を示唆している.

すこし温度を上げると一般的に起こる反応だった

学生実習の考察(予測)をうけて,の反応を学生に追試してもらった.

をいろいろな溶媒に溶かして加熱還流してもらったところ,クロロフォルム,ベンゼン溶媒では,(置換基を省略)の付加体のみが単離できた.ところが,キシレンより沸点の高い溶媒を使用した場合は,脱カルボニル反応が起こり,新たに生成したブタジエン部位ともうひとつの二重結合が分子内Diels-Alder反応を起こし,のようなイソツイステンを一操作で高収率に得ることができた.

先入観と狭い考えが,反応の一般性に気付くのを邪魔した典型的な例である.

失礼な表現であるが,体育会系の学生の大雑把な実験では,新発見に繋がる結果を得ることがある.本反応はその典型的な例である.

この型の反応はシクロペンタジエノンの代わりにピロンを用いても進行する(追記2番目の反応).2個の反応基質を混ぜて加熱するとワンポイントでカゴ型化合物が生成する.

各段階で中間体を単離精製しないので,手抜きのズボラ反応かもしれないが,省エネの連続周辺環状(カスケード)反応であり,大学院生の演習問題としても紹介されている.


追記

◯5のイソツイスタンの充填型分子モデルに色を付けると面白い図が描ける.

◯Double Diels-Alder反応の適用例

◯Diels-Alder反応は,3個の二重結合が反応に参加するので6π電子系の反応であり,暗記が得意な学生は,4n+2のn=1の場合であるので,Woodword-Hoffman則では熱で反応が起ると憶える.HOMO, LUMOを書けば簡単だが,覚えるほうが早いらしい.

(2014.4.17)