本編の続き。
ただ耽るだけ。
冷えたフローリングが、やけどしそうな肌の熱をそっと吸い取っていく。
その温度差が、かえって心地よい。
細く差し込む月光が、交わる視線の輪郭をかすめる。
鋭さを孕んでいた瞳は、いつの間にか柔らかく滲んでいた。
かつて制圧と恐怖の塊だと思っていた存在に、いまは同じ「人間」の形を見ている。
頬をなぞる舌のぬめりは、さっきまで体の奥を這いまわる怖気でしかなかった。
いまはただ、流れ続ける赤を慰めるような温もりに変わっている。
ミルクを飲む子猫のように、必死で確かめ合う唇の動き。
焦れるように、息が揺れる。
その温かな檻を払いのけるように、厚い胸板を軽く押した。
包み込むように頬を撫で、滲む血を親指で掬い上げる。
それを唇に触れさせ、ちゅうと吸い取った。
熱がひとつ伝わるだけで、次に交わる体温を想像するには充分だった。
肩を軽く押して後ろに促すと、檻となった上半身は抗うこともなく、その両手を床に預けた。
かわいいな。
その素直さに広がる甘やかな征服感。精神の奥で何かがゆっくりと倒錯していき、項に甘い痺れが走る。
床に寛がせた足の間に割り入って、指先で胸元から臍の下まで、つま先をなぞらせる。
肺がわずかに張り詰めるのが分かる。
ベルトの金具を、わざとらしくかちゃかちゃと鳴らして外していく。
静謐の中、そこにだけ生々しさがある。
屈み込む僕の髪に、柔らかく差し込まれる指。
耳たぶを掠めるたび、くすぐったさと熱が混ざり合った。
ふう、と息を吹きかける。
指がかすかに力むのが分かる。
下着越しに撫で上げる軌跡を伝って、漏れた息が唇の内側に触れる。
溢れた唾液が舌の裏に滲んで、喉の奥がかすかに熱を帯びる。
下から弄ぶように陰嚢を柔く揉みながら、形に馴染むように包み込んだ唇と舌で、濡れそぼるまで愛撫を続ける。次第に硬く勃ち上がっていくそれは、窮屈そうに下着を押し上げていた。
切れ長の瞳は薄く細まり、震えるまつげが健気に揺れていた。
肌の熱を待ちきれぬように、薄い唇がかすかに開く。
その境界に、指先が静かに触れた。
手を滑り込ませて邪魔そうにしていたその布を取り払い、柔く扱く。
つるつるとした少し浅黒い表面に浮かび立つ筋は触れるたびに脈を打ち、まるで別の意思を持つ生き物のようだ。
唇を寄せて強く押し付ける。先端から下にかけて啄むようなキスを降らせ、そこから舌を這わせてねっとりと舐め上げる。舌先で軽く舐め回してからちゅぷ、と口に含む。
なんでだろう。
身体の中で一番脆くて、敏感で、痛みにも快楽にも近いこの場所を——ためらいもなく僕に預けている。
そのことが、ひどく愛おしい。
信じ切るように差し出されるその弱さが、かわいくて仕方がない。
優しく、強く、いろんな触れ方で、気持ちよくさせてあげたい。
じゅぽ、じゅぷ、じゅぷ、じゅぷ
唾液を絡めた下品な音を立てながら頭を上下させて、根元まで咥え込んでいく。
頬の形が歪に変わる。
太くて硬くて、喉奥まで飲み込まないと全部入らない。
「ん、ぐ、う、んぅ、ん」
ごつごつと喉の奥まで当てて吸い付くと、薄く息を漏らす。
嚥下で狭まる口内に搾り取られて、わずかに染み出た苦みが広がる。
ちらと上を見ると、眉を寄せて懸命に自分のものをしゃぶる姿をじっと眺めているようだった。
視線を絡めたまま、目を細める。
じゅうっと思い切り吸い上げると、腰が震えるのが見えた。
竿に手を絡めたまま、そのさらに下、頬張って柔らかく舌で転がす。
「きもちい?」
「なんでこんなうめえんだよ。他のやつにも、こうしてたのか」
「いや初めてだよ。僕をずっと見てたくせに、何も知らなかったのか」
「同じ男なんだから良いところくらい分かるだろ」と叩く軽口は、まるで知ったような口ぶりで。
君はただ、僕の手の内で溶かされ飲み込まれていればいいのだ。
さっきより強く深く、吸い付く速度を早める。
下に添えて扱く手の動きも強めていった。
は、と漏れる掠れた声が頭の上から響いて、己の下半身を重くさせる。
熱を帯びる。
手の中の震えが、ゆっくりと僕に伝わってくる。
肌の下で何かが鳴る。
見つめ合ったまま、彼の喉がわずかに動いた。
このまま出せと、腕で腰を掻き抱いて引き寄せた。
息が触れ合う距離。
「……出る」
その声を聞いた瞬間、視界の輪郭が白く滲んだ。
吐息と共にこぼれ落ちた熱が、口内に重く沈んでいく。
彼の指が僕の頬をなぞる。
その仕草があまりに優しくて、笑ってしまう。
起き上がり、見せつけるようにして舌をべえと出す。
舌先を伝ってとろとろと掌に落ちていく白濁を、ぼんやりと目で追った。
部屋中の音が、一段静まっていく気がする。
彼の存在が、音もなく近づいてくる。
その気配に満たされると、心臓の奥がかすかに疼いた。
厚い右の掌が、シャツの裾を捲り、脇腹をなぞる。
跳ねそうな肩の強張りを見透かされたように、唇の端がゆるむ。
指先が布の境目を確かめるように進み、静かな音を立てて金具が外れた。
空気がわずかに動く。その震えだけが、僕の輪郭を保っていた。
手を借りて、余分な布をひとつずつ手放していく。
呼吸の間隔が狭まり、世界が少しずつ狭くなる。
視線が僕の喉元をなぞり、皮膚が熱を帯びる。
見られることが、こんなにも息苦しくて、こんなにも甘い。
彼の視線が落ちるたびに、心臓の鼓動が数を忘れていく。
まるで、身体そのものが呼吸を奪われていくようだった。
「見る?それとも触る?」
「……やってみせろ」
返事は短く、沈黙が、許可の合図のように降りてくる。
「これ、借りるね」
まだ少し寒いからと、一枚だけ残したシャツ。
その薄布の裾が、彼よりもずっと薄い僕の腿を隠すように揺れている。
雫で濡れたままの掌を、奥にまとわせるように差し入れる。
握る手を何度か上下させ、先端の窪みを押し広げるように親指の腹でくちくちと擦っていくと、もたげた熱が、シャツの薄布をゆるく膨らませていった。
耳の先まで染め上げる熱が、視界の端を霞ませる。
口内に溜まる唾液を嚥下するたび、鼓膜の奥に微かな痺れが走る。
爪が床を噛むたび、熱は脚の奥から逆流していった。
「ふ、ふ、……う、んぅ」
彼のものと自身のものが混ざってぬめつき始めた指を後ろにあてがい、受け入れたことなどなにもない縁を柔くくるくるとなぞっていく。まだ固く閉じたその先に、つぷ、と中指を沈ませると、内壁のぬかるみと感じたことのない異物感につい目を細めた。
皴のひとつひとつを広げるようにつま先をかき混ぜるたびに起こる、水泡が弾ける下卑た音。抜いてなお残り続ける押し入る感覚が、指の数を増やすにつれ背骨をじわりと這い上がっていく。
前屈みになった身体。空いた左手を、支えるように逞しい首元へ添わせる。
目線を上げたそこは、もう息の交わる距離だった。
薄く開いた口から、はあ、と甘い息が零れる。
僕の身体を片側に預けると、器用な指先が片手でシャツのボタンをぷちぷちと外していく。
軽やかな音と、粘度を帯びた湿った音とが、静寂を混ぜ合う。
初めて意思を持って触れる背後の温度に、まだ快楽はない。
けれど、目の前で僕を見つめる彼の瞳に、たまらない劣情が宿っているのを見た瞬間、背中にぞわぞわと心地良い痺れが走る。
ふっと笑うと、腰に溜めた熱をこらえるように彼が眉を寄せた。
その仕草が、どうしようもなく愉快だ。
あれだけ不快だったはずの視線が、いまは興奮を呼ぶ。
僕ももう終わっている。
もっと、あられのない姿を見せてやりたくなる。
預けた額に触れる肩が、熱い。
戯れに寄せられた唇は、肩から項、首筋から耳へと啄むように降ってくる。
わざとらしく立てられる水音に、喉の奥で声を押し殺そうとするが、時折皮膚に食い込む歯の刺激に、どうしても息が漏れてしまう。
いつまでも終わらない“準備”に手持無沙汰の指は、散歩でもするように脇腹をなぞり上げてくる。
思わず「邪魔をするな」と肩に歯を立てた。
「っう、う、んん、ん」
脇腹から腰骨を伝わった爪が鼠経を掠められたら、どうしてもその先を欲しくなる。
柔く包んで撫でるだけの意地悪な指に沿わせるように腰を揺らすと、それはまるで挿入のようだった。
要領を得た力加減で直に扱く肌の快感に腰の淀みは増すばかりで、ボタンをすべて外されたシャツはゆっくりと肩を滑り落ちていく。
唾液が、立てた歯から肩を伝う。
シャツを腕だけ通しただけになった頃、息も荒いものになってくる。
火照った背中の熱が、リビングの冷気に奪われる。
——全然だめだ。
これでは、先に前だけで達してしまいそうだ。
覗き込むように吸い付く唇は、降参の証。
暖を取るように、彼の肩口へ頭を埋める。
「……寒い。疲れちゃった。指、貸してくれる? あとやってほしいんだけど」
「おせえわ」
抱き上げられる感覚に、抵抗の余地はなかった。
仰向けに寝かされた瞬間、天井がゆっくりと遠ざかる。
目を逸らさずに見上げると、見下ろしてくる瞳の奥、さっきまでの“恋人”は鳴りを潜め、“支配”が混じる。
僕を縫い付け檻としていた手は今優しいのに、喉奥に潜めた刃が牙をむき始めている。
なのに、不思議と怖くない。
恐怖はもうとっくに僕の内側に取り込まれて、今ではその毒を自分で噛みしめている。
その瞳一つにさえも、僕はもう酔いが回りそうだ。
その牙が皮膚を食い破り、毒が回り、意識が混濁する世界を見てみたい。
彼の息が落ちてくるたび、恐怖と熱と、どうしようもない甘さが溶け合って、何がどちらのものなのか分からなくなる。
僕の中の何かが、静かに反転した。
支配されているようで、支配している。
見下ろされているようで、見下ろしている。
その境界のあいだにある、ひどく美しい錯覚の中で、僕は笑った。
背中を浮かせて頬にひとつキスを落とす。
「あとはお願いします」とくすくすと笑うと、内股になっていた脚に腕を差し込まれて、閉じたままだった膝を開かれた。
女と違ってじゅくじゅくと潤まないそこに、べろりと舐められた長くてごつごつとした指が触れ、ゆっくりと押し広げられていく。
少しずつ、少しずつ輪郭を和らげ解す指は決して焦らせない進み具合で、次第に指と僕の内側との境界があやふやになっていく。
たぶんこの人は、セックスが上手いのだろう。
他の人にも、こんな風にしてきたのだろうか。
無茶苦茶にこの身を暴くのだと——そう思っていたのに。
触れてきた手は、驚くほど静かだった。
熱を持った掌が肌の上を這うたび、そこにあるのは暴力ではなく、まるで確かめるような優しさ。
ストーカーなんてものが、こんなにも丁寧に触れてくるなんて。
その矛盾が皮膚の内側でひたひたと音を立て、現実の輪郭を狂わせていく。
「これでも使った方が早いんじゃないの」
床に転がる血濡れの刃を指先が掠める、その前に奪われた。
「じゃあ、気に入らなかったら。ここに立てれば、揃いだろ」
握らされた刃先は、月よりも白い皮膚に沈み——
優しさのほうが、よほど恐ろしい。
首の疼く傷だけが、まだこの行為が“現実”であることを告げている。
血で濡れ、ぬめる指を首に添えると、ふわりと鉄錆の匂いが立ちのぼり、その生温い空気が二人の呼吸に交わった。
絶えず交わされる口付けは親鳥が雛に餌を与えるように、ただ愛を渡されているみたい。
甘やかな触れ合いに唇がふやける頃合い、僕の後ろはゆっくりじわじわと慣らされて、腹の底で蠢く人差し指と中指に、薬指が足された。
丹念に施された愛撫はその違和感を無いものとし、受け入れる準備ができたかのように指をくぷくぷと飲み込む口に、そんなにも受け入れられるものなのかと素直に感動する。
温い熱にばらばらと指が応える頃、尾てい骨から背骨にかけて、甘い痺れがゆっくりと染み渡っていく。
眠気にも似た意識の酩酊に視界がぼやけ、見上げた表情さえおぼろげになりかけた——その口角が、微かに上がる。
撫でるように腸内を広げていた太い中指が臍の下あたり、内壁の一点を押し上げて擦った時、階段を一足飛びに駆けあがるような強く痺れる感覚が巡り、天井まで遠のいていた意識が一気に輪郭を取り戻した。
横隔膜が縮こまり、今まで聞いたこともないような高い声が出た。
震えるような瞬きで、口から転び出たのは探し物でも見つけたみたいな間抜けな感想。
「ここかあ」
「お前が言うのかよ」
ここでも強引にならず、ゆっくり、ゆっくりと。
甘やかすように触れてくるその刺激が、僕にはちょうど良い。
少しずつ波に攫われるように、快感に溺れていく。
呼吸を忘れて、喉の奥から漏れる音が自分のものじゃないみたいだ。
まるで言葉を失ったみたいに、もう声は抑えられない。
「あ、っあっあっ、っあ、は、はぁ、んあ」
押さえ揺らされ続けられる指が気持ち良い。腰が痺れる。
快楽が上り詰めて、脳の奥までもう溶けそうだ。
やめないで、もっとして。
耳元で甘ったるい声でねだり続ける。
「はあ、あっ、んあ、きもちい、っあ、もう、うあ、気持ちいい」
「かぁいい、出久、きもちいか」
「あ、ん、気持ちいい、はぁ、んん」
指先にもう力が入らない。
いつの間にか滑り落ちた包丁は、からんと軽い音を立てる。
その金属音が頭蓋の内側で何度も反響して、耳の奥を震わせた。
たまらず、肩口にしがみつく。
顎に指を添えて、理性を喰らうようなキスをした。
「ふふ、ね、すぐ殺すより、いいでしょう? 僕も気持ちいいし」
「勝手に死のうとしたのは出久だろ。俺はなんもしてねえ」
「ストーキングは“なんもしてねえ”に入らないんですよ。おかしいよ君、反省しろ」
「もうお互い様だろ。お前はもう俺のもんだ」
そのやり取りが、ふざけているようで、もう引き返せない確信めいていた。
互いの身体中、手にも足にも僕の血がこびり付いている。
その熱と匂いに、網膜の裏まで焼け付くような興奮が走った。
血塗れの床で行為に耽っている時点でどうかしてる。
でも、もう今さらだ。
もう、これでいい。
覆い圧し掛かる檻が、温かい。
もっと直接、肌を確かめたくて。
柔らかなニットの裾に指をかけ、すっぽりと脱がせる。
少し汗ばんだ肌は、やけどしそうなくらい熱かった。
背中に腕を回して、残りの体重ごともらい受ける。
互いの心臓がどくどくと、皮膚一枚の向こうで打ち合う。
その律動が、残っていた理性を少しずつ吸い取っていった。
熱が膨張して主張しはじめる固さが臍の下を押し上げて、胸が縮こまる。
すでに勃ち上がっている陰茎に手をかけて、きゅっと笑う。
「固くなってる。ふふ、僕が善がってるので興奮しちゃった?」
親指の腹で先端の穴を軽く広げるように押し込んで、根本から可愛がるようにやわやわと撫でる。
同じ男だ、勝手がわかる分要領を得た扱い方をするとすぐに質量が増す。
張り詰めた皮膚がつるつると指に馴染んで覆う皮膚が温かい。
「死ぬほど煽られたわクソ可愛くて」
「だって気持ちよかったんだもん。僕後ろ初めてなのにびっくりしちゃった」
顎を指で掬われて、ちゅ、ちゅ、と音を立ててキスをする。
唇も舌も、柔らかくて、優しくて、気持ちが良い。
その心底愛おしそうな表情に、切羽詰まったような糸が一筋、ぴんと張る。
今にもそれを——ぷつりと弾きたくなる。
絡めた指と指の温度だけが、一瞬だけ、“普通の恋人”のようだった。
——そういえば、ずっと名前を呼んでいなかったな。
「ねえ、君、名前なんていうの」
「あれだけ荷物届いて見てねえのか」
「嫌すぎて見たくなかったんだよ。……いや、まあ、本当はわかるけど。勝己って呼べばいい?」
眉を寄せる。その肩の強張りに、頬が自然と緩む。
かわいい。
さらに張り詰める気配に、高揚が背中を駆け上がる。
「名前呼ばれるの、クるよねぇ」と笑えば、絡めた指に力が籠もる。
その圧が、支配の予兆として空気を満たしていく。
「ねえ、じゃあ……かっちゃん?」
「……やめろ」
「なんで? 気持ちよさそうなのに。呼び捨てより、こっちのほうが反応いいね」
かかる腰の重みが増すのが分かる。
揶揄うようにつま先を脇腹で遊ばせると、噛み締める唇から熱い息が漏れた。
「もう挿れてって言いたいんだけど、ローション足りないから。先に僕のことイかせてくれる? 僕まだ一度も出してないし、たぶんすぐ済むから」
「精液をローションって呼ぶなや」
「だって他にないんだもん」
——だからかっちゃん、これ貸して。
互いの腰を揺らして、性器を擦り合わせる。
親指の腹で先端を執拗に押し潰されて、窪みに指が引っかけられて、快感にくぐもった声が出る。
僕の好きなところ、よく見てるなあ。
溢れてくる先走りで滑ったものを大きな手で覆われて、ずりずりぬちゃぬちゃと淫靡な音を立てながら擦り合わせられると、鼻から抜けるようないやらしい声が出る。
「うあ、ああ、っあ、あん、ぅあ、出る、出そう、っあ、ああ……!」
勢いよくびゅるびゅると溢した僕の欲で濡れた右手が、僕の後孔をなぞって押し広げていく。
虚ろな瞳、頬に差す熱、薄く開いた内から微かに覗く赤い舌。震わせる肩。
ぞわりと蝕む期待感から思わず声が漏れて、見上げた先、目の色が欲に塗れていくのが見えた。
暗いリビングの中、ただ一つ光を灯す鋭い赤が、全身を刺してくる。
「もう早く、挿れて。ぐちゃぐちゃに、してよ」
促し重ねた指で中を広げさせながらこてんと首を傾けると、物凄い舌打ちが聞こえた。
「初めてのくせにどこでそんなねだり方覚えてきてんだ」
「煽りたいからね。ここはかっちゃんが初めてだよ。いっぱい使って」
勃ち上がったままのものが、ひたりと孔にあてがわれる。
熱い。
頬が引き攣る、興奮して仕方ない。
早く、ちょうだい。
ず、と押し広げてきた熱の塊に息が詰まる。
せりあがった喉元から上擦った声が漏れ出て、頭がどんどんのぼせてくる。
こじ開けてくる最中にも、ひだを伸ばすように指は優しく触れてくる。
挿れてはじっと慣らし、少しずつ抜いたり挿れたりしながら慎重に侵略してくるそれに、身体を征服されていく快感に満たされていった。
開いたり閉じたり、次第に彼の形に馴染んでいく僕の中。
内臓が押し上げられてひどく苦しいけれど、痛くはない。
なんて優しく、満たしていくのだろう。
真っ直ぐ歪んだ愛情は、癖になるかもしれない。
ようやくすべてが満たされた時、汗はだらだらと流れ、息も絶え絶えだった。
とにかく思考を飛ばしたかった。
緊張したり、弛緩したり、ほどけたり丸くなるつま先。
「ねえ、動いて」
肩に顔を埋めると、「尻が裂けるから駄目だ」と、髪に柔く指を入れ込まれる。
——こんなにも血で染まっているのに、
もう、どこから血が出ても、同じでしょう。
「かっちゃん、僕は君の恋人になったんだよ」
「僕だけを見てくれるんでしょ? こんなの可愛いわがままだろ。揺すって、抉って、たくさん突いて。無理矢理口を塞いできた時の君に煽られたのは、僕も一緒だ」
動かれないまま、自分で腰を揺らす。
気持ちの良いところに当てたくて前後に振られる腰が、がっちりと手でおさえられる。
今までにないくらいに細められた瞳が、牙をむきあがる口角が、共犯者のようだ。
「最高だな。泣いて苦しめよ」
ずちゅ、じゅぶ、じゅぷ、ぐちゅぐちゅ
一人慰める時に見る動画でもよく聞くような、収まりきらずに溢れる水音がする。
混じり合う荒い息と肌を打つ軽い音が、静まり返った部屋にこだまする。
かっちゃんの熱が深く沈むたび、背骨の奥が淡く痺れて、意識がふっと遠のく。
出ていく熱が入ってくる。境界がとけあって、身体の内外の区別さえ曖昧になる。
押し広げられる腸壁が、身体中を押し開かれるように気持ち良い。
肩にかかる吐息にも、熱が混ざる。
「う、ぐ、ぅあ……かっちゃん、んっ、う」
「いたく、ねえか」
押し潰される。
体重のすべてが、僕の胸に、腹に、骨の奥にまで沈み込んでいく。
肋骨が軋むたび、肺が押しつぶされて呼吸が浅くなる。
吐き出そうと押し返す反動さえも、飲み込まれるような。
それでも、この圧が、僕をこの世に繋ぎとめている気がした。
どくどくと脈打つ鼓動が、皮膚越しに重なってくる。
苦しいはずなのに、その重さの奥に、確かに“生きている”熱を感じてしまう。
ああ、この苦しさごと、愛しい。
僕は今、この腕の檻の中で、誰よりも深く息をしている。
それを、言葉で返すなら——
「ん、きもちい、あ、かっちゃ、きもちいい」
僕の上擦った呻きにも近い声に口角を上げ、ふっと押し潰されていた圧が和らいだと思った瞬間——突然ぐっと、持ち上げるように腹の内側を突き上げてきた。
思わず腰が跳ねた、鮮烈に走り抜ける刺激。
「あっ、かっちゃ、——ぁ!」
言葉半ばで、腹部の浅い部分を熱の先端で擦られる。
指とは比べ物にならない、強烈な快感。
僕の呼吸を待ってはくれず、何度も何度も前立腺を突かれ、どうしようもない熱が体の下からわき上がってきて出したことのない喘ぎ声をあげた。
「あっあっ!やっ、ああ、かっちゃ」
「は、出久、気持ちいいかよ」
「ん、んう、き、きもちい、きもちいい」
——ずちゅんと、無意識的に逃げた腰を掴まれて奥を貫かれる。
背中は弓のように反り、頭が白くはじけていっぱいいっぱいになる。
深く、何度も穿たれて、不器用に息をする。
張った膜が目尻に溜まり、雫となって頬を伝っていく。
欲に瞳を濡らして僕を見下ろし愉悦に弾んでいる顔の男は、愉快そうな声を漏らす。
「可愛いな。初めてなのにこんな感度良くて。もっと見せろ、出久かあいいなぁ、もっとやってやるよ」
容赦なく突かれ、揺さぶられ、触るだけで跳ね上がる。
もう、内臓をめちゃくちゃにされている。
覆い被さられ、呼吸さえも奪われる。
唇の柔らかさが唯一優しくて、じっとりとその肉感を味わう。
苦しいけれど、もっと欲しい。
どちらとも分からない唾液が混ざり合い、溢れた欲は顎を伝う。
酸欠で、頭がもう回らない。
「んっ、んっ、ん、んん、んう、ん〜ッッ」
とちゅとちゅと浅い部分を擦られて、最奥までぐうっと押し込まれる。
ぐりぐりと中をこねくりまわされて、ゆっくりと引き抜かれる。
広げられた穴からずるずると出ていく感覚が、たまらない。
鼻から抜けるような声が出ると「挿れる時より抜かれる時のが気持ちよさそうだな」と笑われた。
深く突き込まれてからじっとりと引き抜かれるのを何度も何度も繰り返されて、掴む腕に力が入る。
腹の底から指先まで、じわじわと痺れが満ちる。
「は、中めっちゃ動いてんな。かぁいいなぁ、泣くほど気持ち良いか」
前後の感覚が溶けていく。
とめどなく零れる涙が、こめかみと頬に何本もの筋を作る。
気持ち良すぎて、頭の芯が馬鹿になりそうだ。
首を上げる力も残っていない。
くたりと頭を床に預けたまま、薄く開いた視線だけで、彼に話し掛ける。
「……ね、かっちゃ、きもち、い?」
「気持ちいいわ。うねって熱くて、持ってかれそう」
「はは、……最高だな」
揺さぶられながら、腹に当たり所在なさげに震えていた僕のものに手をかけられる。
精液を塗りたくり、素早く上下に擦るともう拷問のような気持ち良さで、息が詰まる。
泣きながら腰を震わせて、もう何度果てたか分からない絶頂を繰り返した。
は、は、と胸で息をしていると、身の上でとどまり続けるかっちゃんがギリギリまで引き抜き、一際奥に突き込んだ。
「〜ッッ…!!」
そうすると何かいつもとは別の、迫り上がってくる感触があった。
あ、あ、と身体を震わせていると握られたままの手で強く扱かれ続け、がくがくと腰が震える間、何度かに渡って吹き出しているのが透明色であるのを見て、目がチカチカとした。
「は、は、は、あ……?」
僕漏らしたのか? 嘘だろ……
でももう身体が動かない。
ぐったりと床に預けたままの弛緩しきった身体はぎゅうと抱きしめられて、「漏らしたんじゃねえ、潮吹いたんだわ」と楽しそうにかぁいいなあと頬に擦り寄られた。
なんだ、それ。
でも、もう指先ひとつ動かせない。
疲労困憊だ。
抱きしめられるがままに、ぼんやりとキスを受けた。
天井が、遠い。
もう——終わったかと思った。
「お疲れ様でした」「お邪魔しました」なんて冗談めかして転がり、うつ伏せになった瞬間、がっしりと腰を掴まれた。
「え、な、なに」
「俺まだ出してねえんだわ、付き合えや」
「わ」、という声と同時、勢いよくかっちゃんのものが入ってきて、喉が鳴った。
未だ固く質量を持つそれは熱く、奥でじっとりと留まり続ける。
貫かれた衝撃で咄嗟に手を伸ばしたが自分の血と体液でぬるぬると滑って床は掴めず、力を逃せない。
「っは、あ、あ、あ、は」
「角度が変われば当たるところも変わって気持ちいいかもなァ。眺めもいいわ」
頭上から、愉快そうな声がする。
さらさらと髪を撫でられて、うつ伏せのまま前後の律動が再開される。
ぐちゅぐちゅと鳴る水音に、肌を打ち付ける乾いた音が混ざる。
中を抉る角度が変えられて、またその擦られる快感を拾ってしまって、あまりにも気持ちよくて辛い。
「かわいい」だなんて、そんなもんじゃなかった。
喰われる。
この——悪魔が。
「あっ、あう、やめ、抜いて、抜いてえ」
「ほんと煽るのうめえな、気持ちいいなあ出久、どこまででもやってやるよ」
「無理、もう、もう無理だから、っあ」
「無理は無理じゃねえだろ。お前は俺の恋人だろ? 我儘も聞いてやるよ」
かっちゃん、という声で、中で大きくなったのを感じる。
さらに深くなる角度に息を飲む。
はくはくと、水面に顔を出す魚のように懸命に口を開くが何も入ってはこない。
貫き抉る貪欲な熱で、ぼたぼたと涙が溢れる。
涙と口から伝う唾液で、顔も身体もぐちゃぐちゃだ。
どう見ても酷い有様なのに、心の底からかわいいといった声色で愛おしむように肩にキスを落とされる。
「早く、早くいって、んあ、っあ」
「だって出久がかぁいくて出ていきたくねえんだもん」
両腕を掴まれて、起き上がらせられる。
猫のようにしなる腰にさらに煽られたのか打ち付ける強さは増し、喘ぎ声も高くなる。
もう限界だ、意識を飛ばしてしまいたい。
この無駄に耐久力のある身体が恨めしい。
「ああ、んあ、もう、もうやめて」
「でも勃ちあがってんぞ、ほら」
空けた右手で、ゆるく起き上がっていた陰茎を握られる。
もう無理だ、そんなのは地獄だ。
それだけはやめてくれ。
「や、やだ、さわんないで、うあ、あん、あっあ……、っっあぁ……!」
強く握る手が上下に動かされ、後ろからも激しく突かれ、強すぎる刺激に泣き叫ぶ。
覆い被さってきたかっちゃんの髪が背中をくすぐるのを感じると同時、肩に思い切り歯を立てられた。
その衝撃で視界はパチパチと弾け、もう何も出ないような射精をした僕は全身を震わせ、倒れ込んだ肩に衝撃を受ける。
同じくして僕の中に熱い熱が吐かれ、それが引き抜かれた時には視界が暗転して、僕は意識を手放した。
「……は」
目が覚めた時、僕はベッドの中にいた。
ベタベタに塗れた身体は綺麗に拭かれていて、疼く首元に触れると、もう止血まで済んでいる。
血と体液で“事件現場”みたいになっていた床も、今は何事もなかったみたいに磨かれていて、転がっていた包丁も消えていた。
……僕が気を失っていた間に、全部、彼が片付けたのだろう。
「起きたか」
目線を下に向けると、風呂場の方から白い湯気が流れてくる。
リビングに戻ってきたかっちゃんの髪はまだ少し濡れていて、石鹸の香りが鼻をくすぐった。
「身体、起こせるか」
「無理だね。身体中痛いし、腰もお尻も首も喉も、ぜんぶ痛い」
「首は自分のせいだろ」
「君のせいなんだよ、わかれよ」
よいしょとベッドに入ってこられて、
「シングルなんだから床にでも寝ろよ」と言ったけれど、ぎゅうぎゅうと詰めてきた。
ため息をつきながら、抱きしめてくるかっちゃんに聞く。
「なんで僕だったんだ。君くらいなら、もっと美人な人とか、たくさんいるだろ」
「かわいいと思ったんだから仕方ねえだろ。出久がいちばん、かわいい」
撫でられて、擦り寄られて。まるで大型犬みたいだ。
目をつけられた時点で、もう僕の負けだったのだろう。
頬の温かみに胸が綻ぶのを感じて、ああ、僕は絆されてしまったのだと、一つため息をつく。
「じゃあ」
軋む身体を横に向け、かっちゃんと向き合う。
「僕はもう君の恋人だ。ぜんぶ君にあげるから。
だから——僕の大事な人には、何もしないで。
それさえ約束してくれれば、もういいよ」
かっちゃんは“当たり前だろ”というように、僕をぎゅっと抱きしめた。
「俺にはもうお前だけだ。ほかはなんもいらねえ。ここにいてくれれば、なんもしねえよ」
「うん。じゃあ、いいよ。ぜんぶ、君のものだ。
破ったら——君を殺すだけだから」
「わあった」
嬉しそうに抱きしめる彼の胸に、顔を埋める。
仕事、やめなきゃいけないのかな。
お母さん、お父さん、……轟くん、ごめんね。
今まで、ありがとう。
もう二度と会えない人たちが、どうか幸せでありますように。
温かい腕の中で、僕は再び眠りについた。
成人向け描写が苦手です。
でもなぜか初稿の時期には「書きたい!」欲があふれ出ていた気がします。あれはなんだったんだろう。
今回久しぶりに書きましたが、楽しい以上に、やっぱり難しかったです。
本編同様、初稿のごとく加筆修正しています。少しは”実況中継”を脱しているといいなあ。
読んでいただき、ありがとうございました!
2025-02-21(初稿)
2025-11-01(改稿)