プロヒーローかっちゃんとプロヒーロー(教師)出久くんのお話。
いわゆる箱詰めというものです。ちょいエロのギャグ話。
「力技で出るのは無理そうだな」
壁を軽く叩く籠手の金属音が、四方に響く。
体中に伝播する音は鈍く、その厚みは容易に砕けそうにない。
「かっちゃんの爆破で壊れないなら無理だねえ。酸素が惜しいからもうやめにしよう」
むやみに酸素を食われちゃいつまで持つか分からない。あと普通に熱いし焦げ臭い。
まさかこの箱が、現実にあるとは。
周りを取り囲む壁は一辺1m程度で、閉所恐怖症の人だったら一発アウトだろう。一人ならまだしも、今入っているのは成人男性二人だ。一般人よりも遥かに体格のいい僕らにとっては最悪なほどに狭く、圧迫感があった。とにかく、お互いが近い。床の底に背を着けて見上げる先、かっちゃんが僕を覆うように四つ這いになっている。折らざるを得ない首はもたげて、まさに頬が触れ合うほどの距離。
「これが噂に聞く〇〇しないと出られない箱ってやつか」
「感心してんじゃねえ、何を嗜んでる風なんだてめえは」
「二人で協力して何かをしなきゃここを出られないんだよ僕らは」
これはいわゆる絵や小説なんかの二次創作で親しまれている要素なんだよと簡単な例を伝えたら、かっちゃんからは心底うんざりした顔を返された。
「最悪だな」
「自分だけ被害者ぶるなよ」
「お前のミス庇ってこうなってんだよ被害者は俺だ」
「逃げ遅れた一般市民の方の保護をミスって言うなよ、でもありがとうね」
「とりあえず解除方法探るしかねえか…クソみてえな個性だな」
「これ、ご都合個性事故でよく使われるからギャグ要素としか考えてなかったけど、拘束系なら強力だよな。円場くんのに似てる」
「解除条件バレちゃ一発だけどな」
「確かに。戦闘スタイルはチーム組んで隠密だね、まあパワー系だったら単独行動でも良いけど、いろんな戦術で使える良い個性だ」
「防御でも使えりゃ幅広がんな」
「ね。八方塞いでから総攻撃しかけて直前で解くとか、攻撃仕掛けられてから即囲うように反射で使えばそのままカウンターになるし、使い道たくさんあるよね」
…酸素の無駄遣いだ。気を取り直して。
「やっぱり殺し合い・殴り合いなんじゃねえの」
「いきなり不穏なのやめてよ、協力しなきゃなんだって!」
「俺はこのためにお前にスーツ渡したんじゃねえんだが…」
「いやだからやめようよ、その手収めてよこわい」
「一人消えたら解除条件崩れて終わるんじゃねえの」
「解除不能で終わったらどうするんだよその勝負脳どうにかしてよ」
眼前に構えられた籠手を掴んで下ろす。
協力だと言っているのに早速潰しに来るあたり、かっちゃんよほど早く出たいんだろうな。
仕方がないから譲歩できそうな”勝負”を考える。
「…じゃんけんは?」
「あ?舐めてんのか」
「殺し合いよりまともだと思ってるよ。ほらとりあえず一回だけ、はい最初はグー」
くだらねえと言いながらも出される右手。
「丸くなったなあ」の台詞は吐いたらそのまま頬に向かってきそうなので言わないでおく。
「…解けねえじゃねえか」
「うーん、うーん他の勝負系…あっ」
「あ?」
「あっちむいてほいは?」
「…お前それ状況分かって言ってんのか」
「真面目に考えてるんだけど」
「じゃあ今お前が勝ったとして、俺はそっち向いていいんか」
「…ダメですね」
じっとりと、汗が滲んでくる。考えろ、他の解除方法は。
「お互いの良いところ5つ言い合う、とか」
「は?やらねえ」
「そういう作品があったんだよ!!」
「声でけえわ、あとなんだ”作品”って」
「じゃあ僕からね」
「おい、やらんでいいわやめろその羞恥プレイ」
「格好良い、聡明、努力家、不屈、…一途?」
「…一途ってなんだよ」
「君僕のこと結構大好きだろ」
「好きじゃねえわ!」
「じゃあなんでサイドキック誘ってきたんだよ」
「うるせえもう関係ねえだろ死ねクソ」
褒めて「死ね」が返ってくるのはかっちゃんくらいだな。そして心底言葉を返したくない顔をしている。勝手にくだらない提案をしてしまって申し訳ないが、もしかして良いところ一個もなかったりして。そうだったら少し泣ける。
「…かっちゃん無理だったらいいよ。違うのにしよ」
「ざけんな俺に無理なことなんてねえんだよ…ただお前の良いところが思いつかねえだけだ」
「無理って言ってくれた方が傷つかないんだけど」
耳にかかる息が、熱い。眉間に皺を寄せしばらく伏せていた瞼は、観念したように薄っすらと開いた。
「…戦闘力、判断力、協調性、連携能力」
「……かっけえところ」
「…かっ」
”ブー”
「あ?」「え」
まるで不正解と言うようなブザー音が、狭い空間に鳴り響く。ひと時のしっとりモードが、瞬時打ち砕かれる。
「…え、今のじゃダメですってこと?」
「……んで事後判定なんだよ!最初から言えやゴミ個性が!」
褒め合いは解除条件ではないらしい。というか、だったらもっと早く教えてほしかった。じゃんけんのくだりが馬鹿みたいじゃないか。
「じゃあ嫌いなところ5つ言い合うのはどうだ」
「そんなのが正解なわけないだろ、そんな作品見たことないし」
「さっきから言ってる”作品”ってのはなんなんだよ」
…頭が重たくなってきた。何だか酸素が薄まってくるようで視界がぼやける。
顎を伝う汗が、上から滴る。荒くなる息遣いが、何も言わなくとも体勢の辛さを訴えている。
「かっちゃん、入れ替わろう。ずっと上辛いでしょ」
「うるせえ気ィ遣うんじゃねえ、平気だわ」
「だって顔赤いよ、腕も脚も疲れたろ、僕ただ仰向けで狭いだけだからさ」
軽く腕を引いて床に促すと思ったよりかっちゃんは素直に下りてきて、よほどきつかったのだと分かった。かっちゃんのほうが、僕よりずっと体格大きいもんな。気付くのが遅くてごめん。
「ちょ、早く上がれや、半端なんが一番つれえ」
「ま、待ってよ!君のコスチューム痛いんだよ!いたたたた、さ、刺さる刺さってる」
ガタガタと大きな音を立てて180度回転。
仰向けになったかっちゃんに跨って、腕にぐっと力を入れて前方に張る。
これ、結構…いやかなりきつい。これずっと黙ってやっててくれたのか。この人本当に表に出さないだけで優しいよな。
さて、このあとはどうしようか。無言の入れ替わりで漂った沈黙を破ったのはかっちゃんだった。
「お前、あとどんくらいネタあんだ」
「ネタ?」
「お前の言うわけわかんねえ”作品”ってのにはあと何があんだよ」
「あとは…」
どうしよう、言いにくいな。
だってご都合主義だ。僕らに求められているものなんて最終的に一つしかないんだけど…っていうかかっちゃんそういうのやっぱり興味ないのか、それともただのピュアなのか。
まあ黙ってても仕方ないし、男同士だし。たぶん言われても気にしないタチだろう。
心理的負荷の低いものから攻めていこうと、一つ目の提案をする。
「…ハグ、とかかな」
「ハグ?」
「ほ、抱擁ですね」
「いやかしこまるほうがきめえ…お前何読んできてんだよ、…まあいいわ」
ちょうどいいから落っこちてこいやと左腕をぐいっと引かれて、四つん這いのバランスを崩す。近い、近すぎる。というかもう距離がない。
「ちょっと待っ、いやかっちゃん僕重いから!」
「は?舐めんなてめえの重さくらいで潰れねえわ。あと腰浮かせてねえでもう俺の上座っちまえ、解除された時に脚疲れてたら使い物になんねえだろ」
どう考えてもこの体勢はおかしいだろ。言葉にはしないけど、しないけどダメなやつだ。
しかしかっちゃんには照れなどは一切見えず淡々としていて、組み手みてえなもんだろと、がっしりと僕の腰に腕を回した。
一人で恥ずかしがっていたのが余計に体を熱くさせる。考えるな、考えるな。そうだ、彼はただの幼馴染。ただの、幼馴染だ。
「お、お邪魔します…」
「ハッ、どぉぞ」
おかしそうに笑うその余裕さに格好良さまで覚えてしまって、連日タレントやらと誤報道されるモテっぷりをこんな狭い箱の中で思い知る。
おずおずと被せるように腕を回す。重ねる肌は汗をかいているはずなのにふんわりと甘い香りがして、こんなのチートだろと思うと同時、しとどに濡れる僕の首元に違和感がないか聞きたくても聞けない羞恥に駆られた。
何とも色気のないハグは期待に沿えなかったのか、不正解のブザーが鳴り響く。
「これでもダメなんかよ」
「もう、どうしようね…」
ふとついたため息。額を預ける肩がわずかに跳ねた。軽く引かれた顎が、逃げるように傾く。
「ど、どうしたの」
「…そこで喋んな、くすぐってえ」
…あれ。
自分ばかりが弱点を晒し続けている中で唯一彼の弱いところを見つけた気になって、ついそわりと調子に乗ってしまう。
なんか…かっちゃんがかわいく見えてきた。
誰も聞いていないのだからそんなことをしなくても良いのに、わざと耳に寄せて内緒話をする。
「かっちゃん…耳弱いんだ?」
「や、めろや」
「ふふ、ごめんごめん。次考えよっか」
「…こっから出たら真っ先にお前を潰す」
「で、次は」
「ええと、次は…」
…やってしまった。かっちゃんが何でもない雰囲気を作ってくれていたのに、自分でぶち壊したも同然だった。ああ、言いたくない。
申し訳ありませんという言葉とともに、おそらく次はこれですと消え入りそうな声で案を提示する。
「馬鹿が」と睨む目が責めてくるようでこわい。
それでもかっちゃんは何も動じることはなく、下から手を伸ばして僕のうなじに手を添える。
「…目ェ閉じろ」
「えっ」
「一瞬だ、事故にでも遭ったと思え。好きなやつの顔でも妄想しとけや」
「え、わ」
残りの声は、すべてかっちゃんに飲み込まれた。
目を閉じる暇もなく塞がれたそこは思っていたよりもずっと柔らかく、優しかった。
ただその目だけは変わらず捕食者のようで、閉じられずに交わり続ける目線を咎めるように薄く細められる。
およそ数秒触れ合っただけなのに、唇から熱が広がって全身が脈を打つ。
頬をなぞる親指がおしまいを告げて、小さな水音を立てたそれは舌打ちとともに離れていった。
「開かねえな」
「…何で君そんな潔いんだよ」
「こんなん大した意味ねえからだよ」
「あっちむいてほいは嫌がるのにこれは良いんだ」
「あれは羞恥の質がちげえんだよ」
案を出したのは僕だ。そして実行したのはかっちゃん。お互い様のはずなのに、雑に拭ってくれる袖口が労わりでしかない。
正直、初めてだった。
だけど驚くほど違和感も不快感もなく、むしろ全く嫌ではなかったそれが、余計に自身を混乱させた。
最後の提案は、さすがにお互い言葉に詰まった。同性とはいえ、話題にあげることさえ気まずすぎる。
「かっちゃんでもやっぱりこれは躊躇するよね…」
「”でも”って何だ馬鹿にしてんのか。これは明らかにヤバさの性質が違うだろ、下手すると社会的に死ぬんだぞ」
「性質」
「てめえ、これが外から見られてる可能性は考えてねえんか」
「…あっ」
「な。音まで漏れてりゃまだ良いが、見えてるだけなら最悪だ。このやり取りが聞かれてなけりゃ、ただ率先して野外でヤってる奴らじゃねえか」
「そうだね最悪だ…さながら逆マジックミラー号といったところか」
「やめろお前の口からその単語が出るのは解釈違いだ」
「解釈…?」
喉が鳴り、互いの腹を探り合う。
どうする?どう出るか。
「…なあ、どっちがどっちやる」
「えっやる方向で進んでるの?」
「仮だわ!誰が喜んでやるか!お前で卒業したくねえわ、お前もそんなもん不名誉だろうが」
「ちょっと待ってなんで僕がそっち前提なんだよ、君が受け入れる可能性も視野に入れろよ」
「ふざけろ、それはねえだろ」
「僕だってないよ!…ちょっ笑うなよ!そういう”作品”もあるんだからな」
「お前のその”作品”の守備範囲なんなんだよ」
上下問答で揉み合っているつもりだが、箱が狭すぎて仮に外から見たらイチャついているようにしか見えないだろうな。互いの尊厳を賭けた戦いをしているだけなのに。
ただこれまでの時間経過で精神的距離が縮まりすぎた僕は、「でも僕かっちゃんだったら抱かれてもいいかもな」とうっかり口を滑らせた。
「は?」と返される真顔。普通に傷つくから今こそ「死ね」のほうが良かった。冗談だ、抱かれるわけないだろ。
揉みくちゃになったせいで、情緒もない癖に無駄に乱れたスーツと上がる息。今日一番の酸素の無駄遣いだ。
「いそ、急がないと…本当に死ぬ」
「あ~このクソ個性が……、あ」
「え?」
ぱっと、掴まれていた手が離される。
思わず拍子抜けして胸に覆い被さった顔をひょいと上げると、間近で赤い瞳とかち合った。
「かっちゃん、どしたの」
「いや、よく考えんでも大丈夫なんじゃねえかこれ」
「え、何で」
「これが敵の個性ならそいつが捕まればそのうち解除されんじゃねえの。正直この個性が厄介なだけで、あとは大した勢力でもなかっただろ」
「まあ、そうだね」
「そんなんに捕まってる時点で既にダセエけどな。最悪他の増援も駆り出されるから、解除も時間の問題だろ」
「あーそう考えたらそうか…?でもこの地区なら、増援担当は轟くんだなあ…今日休暇のはずなのに申し訳ないな」
「ざまあ。轟来るなら問題ねえわ」
「…後は酸素の問題だろうね」
「不正解の音出されるってことは内側からも脱出できるんだろうけどな」
「でも正解分からないしお互い尊厳があるもんね。あと、最終手段に出たらきっと酸欠で死ぬ」
「…黙っとくか」
姿勢を保つのも面倒くさくなってしまった僕は、恥じらいもなくかっちゃんの上にのっぺりと脱力する。もうかっちゃんも何も言ってこない。
この脱力モードは決して疲れたからではない。外で戦う味方を信じているからだ。そう、雑談も、決して暇だからではない。
そしてこの姿勢を正すことをしないのは、かっちゃんの体温と心音が心地良くて、とかでは断じてない。
「最近どうなの?ちゃんと食べて寝てる?」
「母親かよ。…今日で三徹だわ。お前は」
「負けた~僕はまだ二日目です」
「どっちが負けなんだろうな」
「ほんとにね。ヒーローが暇を持て余す世の中とは…」
「まさに今暇を持て余してるだろうが」
「これはただの失態なんだよかっちゃん」
小気味いい会話のテンポがまた心地良い。かっちゃんってこんな話しやすかったっけ?
今ならくだらない話でも何でも、聞ける気がする。
「かっちゃんこの前撮られてた人、お付き合いしてないの?」
「ねえな。もうどれの話だかもわかんねえ、どいつもこいつもあらぬ匂わせばっかりしやがってクソが」
「え~もったいない。でも君恋愛とか興味なさそうだもんなあ」
「興味ねえわ。そんなんよりてめえのチャート抜くほうが100倍アガるわ」
「やっぱり僕のこと大好きじゃん」
「ポジティブ変換すぎんだろカス」
ケラケラと小馬鹿にするような軽い掠れ声。戯れで僕の髪を撫でるその手は無意識だろう。
ただ、その優しい指が何故だか僕の心臓まで柔く撫でていくようで、肩に預けていた頬は自然と彼の首元に擦り寄ってしまった。
跳ねた肩の先、見えないけれど、きっとこちらを横目で見ている。気がする。
「…なに」
「ごめん……つ…吊り橋効果?的な?」
「なに言ってんだ」
いや君の手も大概だったぞ。
でも少し、欲が湧いた。…ひとつだけ、試したいことがある。
「かっちゃん、ちょっと、目閉じて」
「は、なんでだよ」
「一瞬だよ、事故にでも遭ったと思って。好きな人の顔でも妄想してて」
ピクリと固まったその距離をゆっくりと詰めると、唇に戸惑うような色の息がかかる。
それさえも飲み込もうと皮膚一枚触れる間際。上下四方を囲い込んだ壁は音もなく消え去り、二人して瓦礫の上に転がり落ちた。
「…ってえ!」
「ったい!…あれ、戻ってる?」
ここはどこだ。どれくらい経ったのか。
これは…閉じ込められる直前に見た風景。庇った一般市民は視界におらず、人一人いない。すでに全員退避しているように見える。良かった。
時間も、そこまで経っていなさそうだ。
「んだこれ、何で急に解除された?」
「解除条件を達成したのかな…いやでも」
今は”まだ”何もしていなかった。
じゃあなぜ解除されたのか。まさにその答え合わせをするかのように、ビルの陰から聞きなれた声が投げかけられる。
「お、お前ら無事か」
「と、…ショートくん」
「俺にも増援かかってな、ちょうど今全員制圧したところだ。お前ら大丈夫だったか?」
「…問題ねェわ」
「そうか、よかった。なら」
「何でお前らそんな赤くなってんだ?」
「っ何もねえわ!」
「…そう!何もないよ!轟くんありがとうごめんねお休みのところ」
「ああ問題ねえ、じゃあ報告してくるから後から合流してきてくれ」
「うん、分かった!」
…どうしよう。
責められもせずにただ後ろから刺さる視線が痛い。一番微妙なタイミングで解除されてしまって、これどう言い訳しよう。
「してみたくなった」なんてストレートすぎる言葉を出そうものなら、爆破される気がする。
せめてした直後だったら、これが解除条件だったんだなんて言い訳もついたのに。…いや、これは、不誠実だよな。
おそるおそる振り向いて視線を上げると、かっちゃんは怒るでもなく焦るでもなく、ただ顔をこちらに向けていた。
その表情は、”責め”ではなく”問い”。
「別に怒ってねえよ。どうしてしようとしたんかだけ教えろ」
「えっと」
「あれで解除されなかったのは一度試したろ。何でもっかいしようとした」
「えっと…あの、うまく言えないんだけど」
「ん」
「…したく、なったから?」
「…んで疑問形ごときでてめえにキスされなきゃならねえんだカスが、はっきりしやがれ死ねクソ」
「痛い痛い痛い痛いごめんごめんごめん話す話す、ちゃんと話す」
抓り上げる指が解かれて痺れる頬が、喉の奥で詰まって丸まっていた言葉をやっとの思いで口の先まで引きずり出した。
「な、なんか、…どきどきしちゃって。す、好き?までは分かんないけど…あの時、かっちゃんに、もっと近づきたいとか、思っちゃった……です」
「…わかんねえくらいで先に手が出たんか」
「ご、ごめん…何か言葉だけ並べると最悪だな僕」
「ほんとだな」
ため息が胸に刺さる。
かっちゃんはあれだけ僕に配慮してくれていたのに。
自分がこんなにもあっさり衝動に押し負けるとは思っていなかった。申し訳なさでしょんぼりと頭を垂れる。
「じゃあこの後はてめえのおごりだな」
「え」
「本当にしたくなるかは、てめえでちゃんと近づいてから考えろ」
おら行くぞ変態と蹴っ飛ばされて、二人並んで轟くんのもとへ歩く。
自分の衝動がどういうものだったかの解明は、どうやらこれから一緒に付き合ってくれるらしい。
これが過ちでも何でもなくてただの小さな恋のかけらであることに気付くのは、もう少し先の話だ。
創作界の王道すぎて逆にずっと書いてこなかった「〇〇しないと出られない部屋」と「箱詰め」を合体させました。
いつもイラストであったりお話であったりこの手のジャンルは見る側だったんですが、ついに自分でも手を出せて満足です。
ギャグ系の話は書いていてとても楽しいので大好きです。会話劇を作るのも好きなので、二人にくだらなくてかわいい会話をしてもらえて嬉しい。
最近左右をあまり考えずに書いていることが多いです。この話もただの無自覚両片想いに近しい二人のむずがゆいやり取りと距離感の変化…くらいなので、勝出にあげたけど、出勝でもあるよな~という…じゃあ読み手の解釈にお任せしようという形で、一応こちらに置きました。
お読みいただき、ありがとうございます!
2025-06-28