いつ書いたか忘れましたが個性事故により過去の二人と邂逅する話でした。没になったというか、書いてそのまま忘れていたものです。
読み直したら恥ずかしいですね…今も恥ずかしいですけど。
「はい。お茶どうぞ」
「あ、ありがとうございます…」
「…どーも」
「いいえ~」
「…お前本当に態度わりぃな、こんなんだったか俺…」
「いやこんなんだったよ」
「即答してんじゃねえよ」
トレイを片づけて、かっちゃんの隣に座る。
かっちゃんは、目の前のお客さま2人に明らかにうんざりそうな顔をしている。心底面倒くさそうだ。
僕たちの対面に座るのは、かっちゃんと同じように椅子に背をもたれてむっすり状態の青年、そしてその男に隣に座るのは、おろおろと不安そうなもう一人の青年。
「いやあ、こんな事もあるんだねえかっちゃん」
「本当に最悪な事故だな」
「あ?ざけんじゃねえわこっちが被害者だっつうの」
「ちょ、ちょっとやめなよかっちゃん…」
「ああ、大丈夫だよ僕このかっちゃんには慣れてるから」
「お前もすぐ順応してんじゃねえよ」
かっちゃんとかっちゃんが、喧嘩をしている。
そう、本日のお客さま、今僕たちの目の前にいるのは、もう一人の僕たち。
現在から7年前、18歳の僕たちだ。
事の起こりは、2時間前のヴィランとの戦闘だった。
人質を取られ事態は膠着状態。下手に刺激をすると多くの一般人が巻き込まれてしまう。
あくまでも人命優先だ。警察と連携しながら慎重に、慎重に交渉に持ち込む。
そうしているとインカムで準備完了の合図を受け、犯人越しの窓に人影を捉える。
出久は犯人の意識をこちらに引き付けつつ人質を窓からできるだけ離すことに注力する。
そして犯人が彼の射程圏内に入ったことを確認すると同時、窓をぶち破って増援が飛び込んできた。
「クソ雑魚が、死ねや!!」
「ダイナマイト、ヴィランのほうお願い!」
「ぶっ殺してやるわ!!」
敵はダイナマイトに預けこちらは人質救出だ。敵と人質の動線を切るように割入り、他のヒーロー及び警察に人質救護を任せる。
控えていた増援は多い、これなら被害は最小に抑えられる。そう思った時後方から閃光が走り、デクはこれを背中で受ける形になった。
「わ」
「出久!!」
デクを庇う形でダイナマイトが飛び込み、二人同時に光を浴びてその場に倒れ込む。すぐさま他のヒーローたちが駆けつけたが、直撃回避には間に合わなかった。
倒れていたのは、一瞬だった。ぎゅっと瞑っていた目を開けるが、どうやら自分には怪我はないようだ。すぐに起き上がり、自分を庇う形で倒れている男に声をかける。
「かっちゃん!かっちゃん!大丈夫!?」
デクに覆い被さっていたダイナマイトもすぐに意識は戻り、むくりと起き上がった。頭上からかかるデクの声に答える。
「かっちゃん!ごめん大丈夫!?どこか痛いところない!?」
「いや、なんも…出久は大丈夫か」
「僕も全然、何もない…ごめんどうしよう、何か異変ないかな」
「大丈夫だから落ち着け。今どうなってる」
目視できる範囲では敵は確保されていて、人質も皆救助されているように見える。外れかけていたインカムでも作戦成功の報せを受けた。
「大丈夫みたい。やられたのは僕たちだけってことか」
「ダッセェな、お前いい加減にしろよすぐ自分だけ犠牲になるのやめろ」
「いや、後方支援はあったしあそこの動線に入るよう連携取ってたし僕の後ろには一般人しかいなかったんだけどな…」
「でもやられてんじゃねえか。結果は一緒だ」
「おっしゃる通りですね…」
目を吊り上げたダイナマイトから激しい叱咤を受けていると、救護に来た警察から声がかかる。
「ダイナマイト、デク、大丈夫ですか!?」
「なんもねえ」
「僕もです。何か光を浴びて倒れたんですけど、身体には異常がなさそうです」
「それでも念のため検査を。…ところで、後ろにいる彼らは保護対象でしょうか?一般人の救護は終わったはずなんですがもしかして二人を庇って?」
え、二人?と思って振り返ると、そこには信じられない光景があった。
「…あ?」
「かっちゃん…と僕?」
僕らの目の前には、雄英の制服を身にまとった、僕たちがいた。
「ゆっくりしてってねえ。お菓子あるよ食べる?」
「でれでれしてんじゃねえ、餌付けすんな」
「あ、ありがとうございます」
「要らねえわ、早く帰せ」
警察の調べによると、保護された一般人の中の一人がパニック状態になり、個性を発揮したとのことだ。個性は「過去退行」。エリちゃんの巻き戻しとはまた別の個性なのだろうか。ただ退行した人間が物理的に現れるのは見たことがないらしい。
念のため病院でも検査を受けたが、身体には何の異常も見当たらなかった。
通常だと一日程度で効果が切れるとのことで、現れてしまった二人は対応のしようもないので、後の処理は引き受けるから一旦引き取ってくれと言われ連れ帰り、今に至る。
「こんにちは。僕は緑谷出久で、こっちは爆豪勝己、かっちゃんだよ。僕たちは25歳だから、7年後の姿になるね。ごめんね、混乱してるよね?でも安心して、一日も経てば元に戻れるからね。ところで二人は今、何歳?いつの頃かな。」
「…僕たちは今18歳です」
「18歳ってことは、高校3年生か」
「じゃあ、僕たちが付き合ったくらいの頃だね、合ってるかな?」
「そうだ、出久と俺は、付き合っとる。だからなんだよ」
ぶっきらぼうに受け答えするかっちゃんを見て、僕は思わずにやけ顔になる。
「やだもう、高校生のかっちゃんかわいい〜!!幼い〜!!今より背も小さいね、18歳の頃もがっしりしてたけど今と比べたら全然華奢だよ〜!!ほらかっちゃん見て、今のかっちゃんもう前よりずっとがっちりしちゃってこんな大きいんだよ、格好良いでしょ?」
「かっちゃかっちゃうるせえな混乱するわ、てめえこそ横並んでみろよ全然顔も変わらんバブ顔じゃねえか!!昔の俺にキャッキャしてんじゃねえよ」
「大人のくせにどっちもうるせえな…」
「うわあまだ刺々しい、かわいい…」
「出久お前個性事故って忘れてんじゃねえわ、楽しみ尽くそうとすんな」
18歳のかっちゃんは、18歳の僕を後ろに庇う形でいまだに警戒している。かわいい。もはや何していても、かわいい以外の感情が浮かんでこない。
一方25歳のかっちゃんは18歳の僕に興味を示したようだ。
「久しぶりも何もないが、高校生の出久懐かしいわ。お前、相変わらず顔真っ赤だな」
「だ、だって」
「んでそんな緊張してんだ。ただの7年後のお前の恋人だぞ」
「だってなんか、かっちゃんが大人っぽくて、大人の男の人だなあって…格好良くて」
「お前それが第一声かよ。案外ませてんな」
18歳の僕は真っ赤になって、ごめんなさいと下を向いてしまった。やめて、僕までなんかいたたまれない気持ちになる。
それを見ていた18歳のかっちゃんも苦い顔をしている。
「目の前の俺も俺に変わりはねえがこんなに複雑なことはねえな…浮気してんじゃねえわ」
「ねえかっちゃん、この頃の僕はまだ純粋なんだから、揶揄わないであげてよ」
「本当にこの頃は何かあるたびに真っ赤になっててかわいかったが今は全くだな」
「今だってかわいいじゃないか、昨日もかわいいって言ってくれたじゃん」
「口縫うぞ」
やいやいと話し合っていると、18歳の僕が口を開いた。
「あの、かっちゃんは、今ヒーローをしているんでしょうか?」
「しとる。ちょうどお前らが出てきた時もヴィラン退治してたところだったわ」
「チャートはいつも乱降下してるけどね」
「黙れや」
それを聞いて、18歳の僕は、ほろほろと涙をこぼし始めた。
「ああ、良かった。僕たちがいるときのかっちゃんは、まだ手のリハビリをしているんだ。早く良くなるようにってずっと祈ってた。良かった、きっとかっちゃんが頑張ったからこの先良くなるんだ、本当に良かった…!」
「俺はやるって言ったらやるんだよ泣いてんじゃねえ。…ていうかなんで大人の方の出久まで泣いてんだよ」
「いや、良かったなって思って」
「お前ずっと一緒にいたくせに改めて泣いてんじゃねえよ」
僕って、本当に泣き虫直ってないんだな…よくわかった。もう25歳なのに恥ずかしいな。
…でも、今はそれよりも。
「ねえねえ、僕18歳のかっちゃんとお喋りしたいな!!良いよね?ここはそれぞれで楽しむことにしよう。かっちゃん、18歳の僕とよろしくやっといてよ!僕のこと、泣かせないでね?」
「は?」
「というわけで、あちらの部屋に行きましょうかっちゃん」
「おい、待てや小せえ出久を置いてくんじゃねえ」
離しやがれという18歳のかっちゃんの腕をがっちりと掴んで引きずりながら、また後でねと寝室に向かった。
寝室に、かっちゃんを招く。ベッド脇のソファをぽんぽんと叩き、こちらにどうぞと促す。
渋々といった感じで、かっちゃんはソファに腰掛ける。悪態をついているようには見えるが、暴れもせずに着いてきてくれたところに彼の根っこの優しさを思い出す。今では随分と柔らかい表情を見せてくれるが、この少しばかりの不貞腐れ顔が懐かしくて、じっと見つめてしまう。
「あんま、じろじろ見てんじゃねえよ」
「ああ、ごめんね。懐かしいなあと思って。本当にこんな事あるんだなって」
「かっちゃんは、今は高3のどれくらいの時期だった?」
「高校卒業の直前だ」
「そっかあ、それくらいならちょうど僕と付き合い始めた頃だね。…懐かしいな。君はヒーローになる直前でバタバタしていたはずだ、この先の生活に、緊張していたでしょう。」
出久がふわりと笑うと、気まずそうに目を背けて、ぶっきらぼうに言葉を返す。
「別に、そんなもん気にしてなかったわ。それより、俺たちは、まだ付き合ってるのか。ここには、2人で住んでいるのか。」
ぱっと目線を部屋全体に移し、勝己からの問いかけが飛んでくる。
「うん、高校卒業してから、かっちゃんはヒーローに、僕は大学に進んだんだけど、その後一緒に暮らし始めて今があるよ。あ、でもあまり詳しく言ったらダメなのかな?この個性は過去には干渉しないとか聞いたけど、念のため帰ってから記憶でも残ってたら困るもんね。」
僕の話をじっと聞いていたかっちゃんは僕の目を見ながらひとつずつゆっくりと話していった。
「俺は、出久を好きだし、この先もずっと大事にしていきたいと思ってる。本当に大事な恋人だ。今のこのふざけた状況は何なんだとは思っているが、25歳のお前を知れて、嬉しい、とも思ってる。未来でもお前と一緒にいられるのが見られて、嬉しい」
「俺もお前も頑固だし、たぶんいろんなことですれ違ったり喧嘩したりしてるんだろうけど…その都度何とかしてずっと一緒にいられる自信はある。7年間の間に何が起きるかも気にはなるが、聞きはしない。絶対に大丈夫だと思う。俺が、お前を絶対に離したりしないから。」
7年前の恋人からの思わぬ愛の告白に、肩がピッと跳ねる。18歳の君はその時から格好良いんだな…僕年上なのに、完全に圧倒されている。
でも嬉しいな。心がぽかぽかとする。自然と顔は綻び、にこにこしながらかっちゃんに答える。
「うん。かっちゃん、心配しなくても良いよ。僕も何かと君を困らせるかも知れないけど、君の言う通りだ。かっちゃんがずっと僕を好きでいてくれるように、僕も君のことが、ずっと大好きだから。」
ふうんと何でもないように聞いているが、耳が少し、赤を帯びている。もう何年も見てきたから分かる。照れを隠しきれてなくて、愛おしさを覚える。
もっといじってみたいという欲がむくむくと現れてくる。
反面照れを纏った幼い顔はパッといたずらそうな表情に変わり、出久をじっと見つめながら面白そうに勝己は問うた。
「ところで寝室はここだけなんか。ベッド、一つなんだな。」
「え!?あ、ああそうだね、うん、まあ、ここで寝てます…」
ふうん?と、勝己は立ち上がり、そっと出久の襟元を撫でる。
「おわ、なになにどうしたの」
出久のVネックのニットに手を触れ、鎖骨のあたりをついとなぞって、揶揄うように笑った。
「こんな跡まで付けて、随分仲が良さそうだな」
「は…えっ、…あ!」
勝己は、ニヤニヤと笑う。
「未来のことなんか知らねえが、どういうことがあったって俺はお前をずっと愛してんだろ、せいぜい甘やかされてろや」
首まで赤く染まっていくのが分かる。まさか7年前の高校生にここまで振り回されるとは。
「君本当に18歳なのか…何だか僕の方がいじられてばかりだったな…さすがかっちゃんだよ」
「出久は25歳になってもかぁいいなぁ、7年間これを堪能できるなんて楽しみでしかねえな」
「…うん、いつまでもかわいがってね。君だって、僕がずっと大切にするからね」
恋人を連れ去られて間がもたないとでも言うように、18歳の出久は出されたお茶と勝己とで目線を行ったり来たりさせていた。
このまま小さくなり続ける様を見ているのも楽しいが流石に可哀想か。
「お前のその焦ってすぐ赤くなる顔、ひさしぶりに見るわ」
目を細めて笑うと、それにもパッと反応してしまい俯いてしまった。
「今は随分遠慮もなくなってきて、さっきみたいにずけずけとものを言うようになるぞ。たぶん俺はその赤い顔も照れ屋なところも好きだったけど、お前にはあんまり言ってなかっただろうな。言われた事ねえだろ」
「えと、そうですね…でも、かっちゃんは、言葉と態度は別というか、ずっと優しくしてくれてるの分かってたから、大丈夫でした」
「そうかよ」
当時はまだ付き合ったこともなくてどうしたら良いか分からなくて、つっけんどんな物言いしかできてなかったなという記憶が蘇る。それでも、その不器用さも含めて理解してくれてたのだと思うと、7年越しに胸がぎゅっとなる。
「あの、少し気になっていることがあって…」
「なんだ」
「僕は、もう残火も消えていくような感覚なんです。だから、この先の進路も、高校入学時とは、思っていた道とは異なる選択肢を選んで。だから僕のこの先が、ちょっとだけ気になります」
まあ、それについては一番気になるところだろうな。
しかしこれについては、過去に記憶を持ち越さないにしても、伝えるという選択肢はなかった。ただ、これくらいは伝えても良いかと、口を開く。
「お前のこの先については、これからお前自身の目で見ていけ。ただ一つだけ言うなら、お前はどんな選択肢を選んでも、ひたすらに全力で立ち向かって、その時の最善を進んでいくから。不安かもしれねえが、自信を持て。今俺のそばにいる出久は、俺は誰よりも格好良いと思うし、何より愛おしいと思ってる。そこだけは変わらない。俺から言えるのは、これくらいだ」
真っ直ぐな眼で聞いていた出久は少しばかり視線を落とし、隠せない照れとともに、嬉しさが顔から滲み出ていた。
「はい。7年後もかっちゃんが一緒にいてくれるなら、ずっと頑張れる。かっちゃんはずっと、僕の憧れだから…だから、一緒にいてくれて、ありがとうございます。僕はきっと、この先もずっとかっちゃんを好きでいるんだと、思います」
ふわりと微笑む出久は7年前も今も変わらずに愛おしい。思わず、頬を撫でる。
「わ」
「本当にかぁいいなぁ出久。かぁいいのはずっと変わらねえな。あっちの俺には悪いがキスしてやりてえくらいだな」
「え!い、いやちょっとそれはあの」
「冗談だわ。俺相手だって、浮気に変わんねえからな」
それでもかわいいかわいいと、勝己は出久の頬をふにふにと可愛がり続けた。
寝室から、出久と勝己が戻ってきた。
もう夜になった。明日の朝には、二人は消えているだろう。少しばかり、名残惜しく感じる。
「僕たちはリビングで寝るから、寝室を使って。ゆっくり寝てね、目が覚めたら、きっと元に戻っているはずだ」
会えてよかった、ありがとうと部屋に送り出すと、高校生の僕たちは振り返って、言葉を返した。
「会えて、良かった。7年間かじゃ足りねえ、この先も、お前らずっと一緒にいろよ」
少しばかり頬を染めて、その台詞だけを残して、二人は寝室の扉を閉めた。
翌朝、二人の姿は消えていて、ベッドには微かに二人の痕跡が残っていた。
「まるで夢を見ているようだったなぁ、こんなこともあるんだなぁ」
「そうだな」
「でも、個性事故だったとしても、二人に会えて良かったな。僕は7年前も今も変わらず、君を愛していたよ。それが分かって、良かった」
じっと黙っていた勝己が、出久に唇を寄せる。
「んむ」
「7年経とうがお前を愛してるのは変わらねえよ。この先もずっと、隣にいろよ」
「じゃあ、約束ね。ずっと一緒にいよう」
はいと出された出久の小指に、勝己の小指が絡む。
「一生よろしくお願いしますね、かっちゃん」
「望むところだわ」
安心してね。7年後だってこの先だって、僕の最愛の人はこの人一人だけだ。