「夏の亡霊」の後日談を七夕に合わせて作っていたんですけど、没になりました。
「夏の亡霊」は3作目に作ったお話なんですけど、とても気に入っています。
いつか後日談を作りたいとは思っているのですが、今回は失敗しました。
この場面は静岡は伊東の景色をモデルにしています。ねこは、飼っていた子がモデルでした。
またお前が、どこかにいっちまうのかと思ったろうが。
「検査入院だって」
「は?お前が?」
「いやハクが」
「誰だそれ」
「物間くんのところの猫だよ、太り過ぎって獣医さんに怒られたみたい。本当全部忘れてるな君」
「ああ、あいつのとこのか…あいつちょっとでかすぎるくらいだからちゃんと診てもらうのがいんじゃねえの」
久しぶりに聞いた声、開口一番の”入院”に心臓が跳ねた。それはデクじゃなくて、猫だった。
そんな一匹の猫が繋いだデクとの縁はゆらゆらと切れることはなく、東京と静岡、メッセージや電話で連絡を取り合いもう一年が経とうとしている。
今年は受験期、さすがに夏期講習やら模試やらで俺は東京を離れられず、もう電話口の奴の顔を忘れそうだ。
「物間はどうしてんだ」
「予備校三昧でいつもより嫌味の切れ味がすごいよ、この夏はみんな一緒だね」
「まあ、そうだよな」
「…お前は」
「僕?僕も一応高3なので真面目に勉強してますけど」
「どこ志望なんだ、地元か」
詰まる返答に、決めあぐねる小さな唸り声。
「うーん、かかりつけ医がこっちだから、地元が安心ではあるんだけど…第一志望は東京なんだよね、まだ悩んでるけど」
悩まないわけがないよな。小さい頃から病室のベッドで過ごしてて去年生死を彷徨ってたやつが、ハイ元気になりましたってあっさり解決ってわけにはならねえだろう。親御さんだって、心配だろうし。
「まあ、まだ夏だから。もう少し悩むよ」
「ン、あんま無理すンじゃねえぞ」
「うん」
時計を見たら、もう21時。
長く時間を取るつもりはない。そろそろ切り上げようと声をかける前に、デクに会話の主導権を握られた。
「かっちゃん、今日は七夕なんだよ、知ってた?」
「今の今まで忘れとったわ」
「だろうね。僕も今日病院で子どもたちが短冊書いてるの見て思い出しただけ」
デクはもう退院して長いが、毎月の通院は欠かしていない。処方薬の制限で、ひと月のスパンを延ばすことができないからだ。
今日、病院行ってきたのか。
そういえば、俺も駅で笹の葉に飾られるカラフルな短冊を見た。興味がないと、視界に入っても頭には入らねんだな。でも今、その色を思い出した。
「ンで、何書いたんだ」
「いや子ども向けだよ、書くわけないじゃん。でもそうだなぁ、やっぱり僕らは”第一志望合格”じゃない?」
「つまんね、なんか他にねえんか」
スマホ越しの声は柔らかかったが、決して明るくないことだけはわかる。
「ええ?じゃあ、今飲んでる薬の副作用を減らしてほしい、かな」
「どんなんだ」
「吐き気と…ちょっと元気がなくなる」
言い方に気を使いやがって。そんくらい、どういう事か聞けばわかる。
「他。他なんかねえの」
「いやこれ結構切実で」
「そうじゃねえ」
「え?」
「…それは俺の分で使ってやっから。お前はお前の叶えたいことねえの」
少し間を置いて、くすくすと、おかしそうな笑い声が耳をくすぐる。
「じゃあ、ハクが元気になりますように」
「それは物間の分だろ。お前のは」
小さな呼吸音。ふ、と吸われる息。
「…かっちゃんと、また、遊びたい、かな?」
視線を落とした先、雑な字で埋め尽くされている手帳。さら、と捲った8月。まっさらな数日を見つける。
「じゃあ盆の前、そっち行くわ」
「あ、すごい、叶っちゃった」
「瞬殺だったな」
「8月も七夕だとか言うしね。ちょうど一年くらいだ、逢瀬だねこれは」
「…じゃ切るわ。早く寝ろよ」
「わかった」
「ン、じゃあ」
「なんかそっちすごい音するけど何?」
「すげえ雨降ってる。最近こんなばっかだな」
「じゃあ、催涙雨だ」
「…早く寝ろや」
「うん。おやすみ」