現パロ。三十路同棲の恋人二人。
出久くんの誕生日をお祝いする話です。緑谷出久誕生祭2025で書きました。
出久くん、ハッピーバースデー!!
「かっちゃん、今日、光己さんから明後日荷物届きますって連絡来た」
「あ?何でお前に」
「何だろう?何か知ってる?」
「あ、あー…たぶん」
先週実家帰った時に、親に聞かれて出久の話をした。たぶんそれだろう。
出久は都合がつかなくて俺一人で帰省したら、心底つまらなさそうな顔で出迎えられた。
「お前明後日誕生日だろ。それじゃねえの」
「あっもう誕生日か。すっかり忘れてたな」
「…有難いことだねえ」
世間でも少しずつ受け入れられてきてはいるが、「自分の子どもに同性のパートナー」という現実を真正面から受け止められる親は、まだ多くないんじゃないかと思う。たとえ拒絶されなくても、戸惑いや葛藤は残るだろう。そんな中で、俺らの親みたいに手放しで喜んでくれるなんて、ほんとに珍しいケースだ。
付き合い始めの20代、この先誰かと婚姻関係を結ぶことはないと、出久と二人互いの実家にそれぞれ挨拶に行った。
怪訝な顔一つせずに「息子が増えて嬉しい」と開口一番嬉しそうに言われた時の出久の泣き顔は、今でも覚えている。
引子さんにも同じような言葉をもらって、俺も目の奥が熱くなった。これも、よく覚えている。
そうだな。有難いことと思う。
これはもう、差別とかそういう単純な話じゃない。だからこそ、難しい。そして、有難い。
職場には何も言っていない。理解してほしい人に理解されれば、どうでもいいから。
幸い友人にも恵まれて、奴らもまた当たり前のように受け入れてくれているから、もうそれだけで充分幸せだ。
「かっちゃ~ん、荷物届いた!」
玄関口から、そわそわと嬉しそうな声が響く。うちの親は何送ってきたんだ。
両手にずっしりと抱えられた箱を綺麗に包む包装紙は、有名百貨店のそれ。丁寧にひとつずつテープをはがした中身に、出久は瞳を輝かせた。
「あっすごい!缶詰の詰め合わせだ。えっこんなに良いものいただいて良いの?」
「俺よりかわいがってる息子なんだからいいんじゃねえの」
「…もう、最近涙腺脆いんだよ、やめて」
ずわいがに、帆立、鮪、牛しぐれ煮、他諸々。おまけにクラフトビールまで。
最近出久がよく缶つまを買ってきては晩酌のお供にしていると話したから、それの賑やかしにでもしろということだろう。にしても張り切りすぎだ。本当に俺よりもずっとかわいがってんな。…でもそれは、俺が一番嬉しいことだ。
缶詰の入った立派な箱を撫でながら、伺いを立てられる。
「あの、今日外でご飯食べようって話してたけど…せっかくだから、これ今日いただきたいなあ」
「ん。じゃあ家で何か作って食うか。合わせて食うには重てえからカツ丼以外にしろ」
「以外…じゃあ先に勝さんと光己さんにお礼の連絡しなきゃ。こんなすごいの、びっくりしちゃった」
スマホを両手で持って写真に収めている横顔に、十年以上付き合ってもなお変わらず、愛おしい気持ちがこみ上げる。面倒くさがらずに俺の両親とずっと仲良くしてくれるのが、有難い。こんなに素直に喜ばれたら、かわいがりたくなるのも分かる気がする。
年々記号化して雑になる誕生日、だいたい適当に外食を済ませて簡単なプレゼントを渡してという形をとってきたが、今年はさらに日常と変わり映えのしないものになった。外にも行かずに酒に合う料理をいくつか、つまみは今日届いた缶詰。そしてビール。
そんな些細なことでも、いつでも喜んでは楽しむことを忘れない。大切なものを見つけて掬い上げられる、出久のそういうところが好きだ。
何を作っても美味しい美味しいと頬張ってくれるのが嬉しい。料理にかける”美味しくなる魔法”は、作る側の人間だけがかけられるものじゃないことを知った。
心から、有難い。これからもずっと隣にいてほしいのは、生涯出久だけだ。
「ビールもごはんもおつまみも美味しいなあ、楽しい誕生日になった」
「良かったな」
「うん。ありがとう、かっちゃん」
その笑顔に偽りなし、心の底から満足という顔だ。
…こいつ、手料理が俺からの誕生日プレゼントだと思ってやがる。簡単に有難がりやがって。それが良いところでもあるが、相変わらず欲のねえ奴だ。それだと完全に缶詰に負けてるだろうが、ふざけんじゃねえ。
今日という日、お前を誰よりも喜ばせるのは、これまでもこれからも、一生俺だけだ。
パキ、と缶が開かれる軽い音。
剥がした蓋、プルタブを数回捻って外す。
ほろ酔いで緩み切った顔は、愉快そうにケラケラと笑う。
「あーやった、僕もちょうどそれ食べたかったんだよ」
「ちげえ」
「ちげえ?」
ひょいと、空いている方の左手を掬う。
されるがまま、傾げられる首。その瞳は「これ食べたいんじゃなかったの?」と問うている。
手の甲を親指でそっとなぞる。そこに落ちる視線に、声を投げかける。
きゅっと、握る手に少し力をこめる。
短い間が、空気を少しだけ張りつめさせた。
「出久」
「はい」
「お前は」
「はい」
蓋から外したプルタブを、右から二番目の指に、ゆっくりと通す。
「え」
さながら、それはーー愛を誓う儀式。
緩み切った口角はじわじわと引き結ばれて、頬が強張っていく。
「なんだっけか…あー、健やかなる時も病める時も?」
「え、なに」
「…喜びの時も悲しみの時も、富める時も貧しい時も」
「え、え?」
「俺がつまんねえことでキレる時も、お前が変なグッズ買い集める時も」
「…これを愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い」
「あの、かっちゃん」
「その命ある限り真心を尽くすことを」
「…かっちゃん」
「誓いますか」
「…」
「は、合ってっか?」
噛みしめた唇は震えて、寄せられた眉。そのうちでっかい瞳から雫が零れて、点々と膝元を濡らしていく。
梳く髪は柔らかくて、いつまでも撫でていたくなる。でも俺は気が短ぇんだ。そろそろ返事をもらいたい。
「誓ってくんねえの」
「…う、あ」
広げた両手に収まる、見た目のわりに鍛えられた体。
覆うように回されてぎゅうと締め付けてくる腕の力、鼻をくすぐる風呂上がりのシャンプーの香り、すんとすする涙声。お前のすべてが、俺の幸福を満たす。
「誓います。…一生、君に尽くすよ」
「はは、俺も。生涯飽くまで愛し尽くしたるわ」
「誕生日おめでとう、出久」
「…ありがとう」
「ファーストバイトもいっとくか」
「やめてお腹痛い、かに、蟹かぁ、…ふ、こんなん忘れらんないな」
「おら、あ」
「あ、んん、ふ、おいひいれふ」
左手の薬指にプルタブをはめられた男は、べしょべしょに泣いたせいでどっちの塩気か分かんないと笑っていた。
「あとお前、俺からのプレゼントは料理だと思ってんだろ、舐めんなよ。俺からはフルオーダーのタキシードだ。土曜に採寸行くぞ。だからドカ食いすんなよ」
「は、え、高くない!?何それ、良いよそんな!半分こしようよ」
「要らねえ。俺がタキシード着てるお前を見てえだけだ。あと指輪も買いに行くぞ」
「えっこれじゃないの?」
「誰がペアリングにプルタブ渡すか馬ァ鹿!ババアに今日の良いところ全部食われると思ったから、ただの思いつきだわ」
「でもこれは家宝にします」
「捨てろ」
「嫌です」
「捨てたるから寄越せや」
「やだ!!!!」
良い誕生日だった。
愛おしい恋人と愛を誓い合えて、土曜日も楽しみで仕方ない。
式は挙げられなくても、まあ最近はいろいろあるから。
お前がうちの親と仲良くしてくれる分、俺だって引子さんに何かしてえんだ。
お前に世界一似合うタキシードを作るから、袖を通した姿を見せて、俺にも少しでも親孝行させてくれ。
でも出久、そのプルタブをチェーンに通してキーリングにするのはあまりにもクソダサすぎる。
頼むからマジでやめろ。捨てんぞ。
ひと通り書いた後に、デパートに行っていくつか缶詰を買って食べました。なので成人男性の指にも入るプルタブはちゃんとあると確認してあります。(謎の下調べ)
蟹って、缶詰でもおいしいんですね。また缶つま飲みでもしようと思います。出久くんのお誕生日話とかっちゃんのお誕生日話は「あーん」だけお揃いにしています。
2025-07-15