プロヒーロー(教師)出久とプロヒーロー勝己のお話。
いつまでも振り続けるかっちゃんと、いつまでも諦めない出久くんです。
「かっちゃん僕と付き合ってください」
「てめえとだけはねえわ」
何度目かの愛の告白。
言葉を変え、表現を変え、シチュエーションを変え、繰り返されるそれ。
両手の指では足りなくなった時、もうその数を数えるのはやめた。
まったくどうかしている。
心の底から尊敬しているし命さえ預けられる唯一だと思っているが、こと恋愛においてこいつは人を見る目がないのだとよくわかった。
何が嬉しくて、幼少期から自分をいじめてきた奴に告白などという狂った行為を繰り返すのか。
「狂ってないよ」
「何も言ってねえ」
何の事件もなく本日の業務終了、グラスを交わして即これだ。
ビール片手に今日も現在進行形で口説かれている。
まだ1杯目だ、まったく酔ってなどいない。…いや、これはもう酔っているということにしておく。
「かっちゃんどうして僕と付き合ってくれないの?」
「振られた相手に原因調査とか悪手にも程があるわ」
「えー」
週末の賑わう店内、まさかn回目の告白をして断られている現場だとは周りの誰も思わないだろうな。
こんなに好きなのにと伏せる瞼に嘘はない。押し上げて見上げる瞳には本音しかない。
頬はほんのりと染まり、アルコールで少し潤んだ眼には艶が帯びている。
お前のその目を向けられて、落ちないやつはいないだろう。こんなところで無駄遣いをしやがって。
出久は、今は目を覚ましていないだけで、誰よりもいい男だ。
少し泣き虫で、少…いや、かなりオタクではあるが、誠実、真面目、努力家、知略に長けて聡明で、何より優しくて一途。そして面も良い。こんなもん、優良物件どころじゃない。
こいつに心を寄せられて断るような馬鹿がいたら見てみてえ。そいつはセンスがいかれてやがる。
お前はこの世の誰よりもいい男だと、俺が保証してやる。20年以上隣で見てきた俺が言うんだ、間違いはねえ。
だから、早くその誰かを連れてこい。俺への気持ちが勘違いであることに、さっと気づきやがれ。
粘り続ける言葉を切るように、追加の串の注文を入れる。
それを非難するように、空いたグラスの口をこちらに向けられる。
「僕はかっちゃんしか好きじゃないんだよ」
「ああ?轟とか飯田とか切島とか、あと麗日とかもいるだろうが。他を当たれ」
「みんなのことは大好きだよ。でもかっちゃんはその好きじゃないもん」
「もんじゃねえ、かわいこぶりやがって」
グラスを奪い取ってお代わりを二人分。
ぶすくれる顔に心の底から「馬ァ鹿」を浴びせる。
いいか、お前は世界中の誰よりも、幸せにならないとダメなんだ。そんでその相手は俺じゃねえ。
俺はもう、お前の邪魔はしないって決めてんだよ。
「かっちゃんが僕を拒否するのと僕が諦めるのは別の話だから」
「てめえ器用なくせになんでこれだけは切り替えがヘタクソなんだよ」
「切り替えじゃないよ、諦めないって話だよ」
野菜も食えと押し付けたサラダを脇に追いやり、角煮をほおばる柔い頬。
「じゃあかっちゃんの好きなタイプ教えてよ」
「目ェでっかくて、そばかすがあって、俺より少し小さくて、癖っ毛のオタクっぽいやつ」
「えっ」
「じゃねえやつ」
「なんだよ~」
「そもそも好きなタイプ言ってそこに寄せにいくやつは最も好かん」
「君のそういうところがほんとに好きだよ」
「どさくさに紛れて数打ってくんじゃねえ」
飲み足りないの言葉は無視して、会計を済ませる。
お互い明日も普通に仕事なんだ。体力勝負だろ、さっさと帰って寝るぞ。
腕に絡む力がものすごい。離せ、この赤ちゃんゴリラが。
「じゃあさ、僕の好きなタイプ聞いてよ」
「興味ねえわ」
「ええとね、格好良いのが良い。背も高くて、ガタイも良くて、頭も切れて洞察力も判断力も高い人」
「お前にそれ言われたら世界中のほぼすべて脱落だな」
「それと、髪は明るくて撫でると案外柔らかくて、綺麗な切れ長の瞳で、口悪い癖に優しい人」
「めんどくせえなまだ続くんか」
成人男性、しかも現役のプロヒーローだぞ。送られる必要もないのにマンションの下までがっつりついてこられて辟易する。
絡む指が解かれず、蹴りを入れてもびくともしない体幹の良さ。プロヒーローの本領をここで発揮してんじゃねえ。
「あとは、やきもち焼きで、かわいい人が良い」
…やっと解決した。
これでやっと、解放される。
「は、良かったな。だからそいつを早く連れて来いよ」
「え?」
「だからそのやきもち焼きでかぁいいやつをさっさと恋人にしろってんだよ」
「して良いの?」
「誰に許可取るもんでもねえだろ俺に聞くな」
やっと肩の荷が下りた。面倒見役はもうごめんだ。
もう好きだ好きだと言われ続けて断り続けるのはうんざりだったんだ。
ひりつく皮膚を押しのけるように払い捨てると、隣にあった酔っぱらいの姿はぱっと消えた。
消えた、と思ったのは一瞬で、それはもう視界いっぱいに広がって見えなくなった。
残るのは、唇の熱くて柔らかい感触と、うなじをなぞる固い皮膚。
熱が去るのを名残惜しいと少しだけ追いかけそうになった背中は、意志を持って引き戻す。
「…は?」
「して良いって言った」
「いや知らねえよ何してんだクソが」
「かっちゃん、今自分がどんな顔してたと思う?」
知るか。自分の顔なんか想像するかよ気持ち悪い。
「僕がこういう話すると、いつもやきもち焼いて、それがかわいいんだ」
純度100%の心底かわいいというような愛おしい目を下から贈られて、舌打ちを返す。
ふざけんじゃねえ。
これまでのぜんぶがぜんぶ無に帰して、もはや繕う気も失せてしまった。
「…かわいくねえわ」
「かわいいよ、世界一格好良くて世界一かわいい」
「うっせえなあ死ねクソ」
「暴言~」
腰に回る腕の力が相変わらず馬鹿みてえに強い。もう観念した、もう逃げねえから緩めやがれ。
「かっちゃん、好き。キスしていい?」
「した後に聞いてんじゃねえ」
離れかけた腰を今度はこちらから引き寄せる。
なりたかったんだろ、させてやるよ送りオオカミに。
俺がお前にやるんじゃねえぞ。お前が俺に捧げんだよ。
「出久」
「なに?」
「俺ァ腹減ってんだよ」
「え?かっちゃんさっきお腹いっぱいって言ってたじゃん」
「うっせえ。そんで」
「うん」
「ラーメン食ってくか」
かっちゃんはもちろん「不屈の男」ですけど、出久くんも絶対に諦めないタイプだと思います。
グイグイ行く出久くんを書くのと同じくらい、最終的にすべてを受け入れて許すかっちゃんの器のでっかさを書くのも好きです。
手放しで胸がときめく話は書いていて楽しいです。読んでいただきありがとうございます。
ところで最後のセリフですが、もう有名なので説明不要とは思うのですが一応…「韓国 ラーメン食べてく?」のワードで検索してみてください。飛びます。
2025-06-23