[新刊紹介] 2023年4月23日  

ジュディス・ハーマン『真実と修復——心に傷を負った人がもとめる正義から

Judith Lewis Herman, Truth and Repair: How Trauma Survivors Envision Justice, Basic Books (2023/3/14)


 トラウマ問題の“バイブル”と呼ばれる『心的外傷と回復』の著者ジュディス・ハーマンが、このほど「正義」をテーマにした新刊を上梓した。精神科医である著者は、加害者への応報といった伝統的な修復過程が必ずしもサバイバーのためにならないと論じ、当事者たちが求める「別のかたちの正義」を提示する。

 ハーマンの主張が説得的に思えるとしたら、本書で提示される「正義」が、豊富に引用される当事者たちの証言にもとづくからに違いない。すなわち、ハーマンがインタビューしたサバイバーたちは、彼らが夢見る正義 (dream of justice) について次の点で一致していた。

 それは、「真実を知ってほしい」ということだった。

 何年にもわたり家庭内で暴力を受けてきた女性は、次のように話している。「私はただ、彼が誰なのか、彼が私に何をしたのかを知ってもらいたいんです。これは、あの人が、他の人間に対して、したことなんだ!と」。

 サバイバーの正義の第一の教えとは何か。それは、間違ったことが行われたとコミュニティが認めることを、強く望むことである本書に登場するサバイバーたちは、表現は違えど、同じことを望み、繰り返し同じメッセージを発している。「『間違っていた』と認めてほしい」。明るみに出し、真実が知られること、それが正義に向けての第一歩だと、当事者たちの声を通じて著者は伝えている。

 以下は、本書第4章で紹介される、ハーバード大学でセクハラ被害に遭って退学した一人の女性の実話の一部抜粋である。

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 リビア・リベラは、2003年にラテンアメリカ研究の大学院生として、生まれ育ったプエルトリコからハーバード大学にやってきた。幼少期を、非常に恵まれていると同時に「女性は聖母か売春婦かのどちらかであるという厳格なカトリックの環境」で過ごした。私立の教区学校に通い、教会の聖歌隊で歌い、一時は修道女になることを夢見たという。思春期になると、父親から銃を向けられ、「一族の名誉を傷つけるようなことをしたら、殺す」と言われたこともあった。大学に入学したとき、彼女は幼年期の息苦しい文化から逃れたいと願っていた。

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 リベラは、その分野で最も著名な教員の一人であるホルヘ・ドミンゲス教授のもとで研究をすることになった。ドミンゲス教授は1983年に大学から一度懲戒処分を受けたことがあり、学生や職員へのセクハラですでに有名だった。しかし、彼は着実に昇進し、リベラが来たときには、国際問題センターの所長にも任命されていた。

 「男性は、自分に権力があるとみたら、自分にはあらゆるものが値すると思うものなんですね」と、彼女は振り返った。「女性を好きに扱うことを肥やしにして、うまくやっていく人もいます。彼らは弱さを見抜くのがとても上手なんです」。教授は、自分がどれだけ彼女をレイプして楽しめるか、公然と空想にふけっていた。彼のところのスタッフは、彼が望むものは何でも手に入れるだろうと彼女に言った。

 こうした敵意ある環境の中で、リベラは、長期にわたる心的外傷後ストレス障害 (PTSD)に罹った。彼女は課程では優秀だったが、学位論文を期限内に完成させることができないだろうと憂慮した。教授との間に問題があったことを理由に、大学の障害課 (disability office)で延長を求めたところ、彼女は「明らかにハーバード的な資質はない」と言われた。この判断は、大学の暗黙の人種差別と性差別を映し出しているだけでなく、悪名ある加害者の行為の影響を認めず、代わりに被害者を辱め、追い出すことによって、加害者側を擁護するものだった。

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 彼女は博士論文を完成させることなく、最終的に大学を去ることになった。それから数年後の2018年、Chronicle of Higher Educationは、18人の女性がドミンゲスのセクハラを公に告発する記事を掲載した。訴えは35年以上の期間に及び、最も古い事例として知られているのは1979年、直近では2015年……ドミンゲスは疑惑を否定した。自分の行動が「誤解された」可能性を示唆したが、それでも依願退職をした方が賢明であると判断した。2019年、調査の結果、大学は疑惑を信憑性のあるものと判断し、教授の名誉職の地位と特権を剥奪し、キャンパスから放逐した。

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 2021年、学長は、最初に名乗り出た女性と、「ハーバード大学が適切な時に適切な対応をしていれば、その後のセクハラを回避できたかもしれない人々」に対し、公式に謝罪した(※)。とはいえ、現時点で、公式の謝罪以外の大学の対応の焦点は、加害者への遅すぎる処罰と今後勧告を行う委員会の結成くらいだ。これは、30年以上にわたってキャリアを狂わされた女性たちにとっては、慰めにさえならないかもしれない。また、ハーバード大学には、被害を修復する責任があるとの認識はないようである。

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 リベラは自分の人生を歩んでいる。同じ大学院生と結婚したが、彼は実の家族以上の理解と支援をしてくれた。「彼が健康だったから、私も健康にならないといけなかった」と彼女は言う。手首には、「知識と哲学を追求する」を意味する2つの漢字のタトゥーを入れている。知的探求をあきらめたことは一度たりともない。彼女は、自分の証言によって、PTSDを持つ学生の困難さについて、世間の理解が深まることに貢献したいと願っている。多くのサバイバーがそうであるように、彼女は自分の物語を他者へ贈ることで意味を見出し、自分だけでなく他のサバイバーも癒し、ひいては加担した組織を正義へと向かわせることを望んでいるのだ。


Harvard and sexual harassment: an apology for the past; new steps to end it now | Harvard Magazine 


(紹介者   学術環境研究会・花子)