血脈の墓標

「これは・・・おじいさんのお墓でしょうか。」

吟遊詩人は、少年に尋ねた。

静かに火を噴くトマエの火山を望み、小さく光る海も見える、リガウの人里離れた丘の上。

俯いて、積み上げた石の形を整えていた少年は、顔を上げた。

「あなたは・・・以前、お会いしたことがある・・・」

「そうですよ。」

詩人は、優しい声で返事を返した。

「時々泊めていただいて、おじいさんのお話を聞いたり、剣術について学ばせてもらっていました。

あなたにも何度かお会いしていましたね。随分背が高くなった。」

立ち上がった少年の背丈は、詩人の肩の高さほど。

少年は先刻まで組み立てていた祖父の墓を振り返った。

「母さんのお墓のようには、きれいなものは作れなかったけど・・・俺がお墓を作らないと・・・」

消え入りそうな声だった。

「良いお墓ですね。」詩人はそういうと、墓の前に屈み込んだ。「思いが、込められているのがわかります。」

詩人は手を合わせ、目を閉じた。

リガウ式の祈り、そのものだった。

少年も、詩人に倣って、手を合わせ、目を閉じた。

* * *

「おお・・・貴方は・・・。お久しぶりです。どうぞ、お上がりください。」

背の高い、かくしゃくとした壮年の男が、吟遊詩人を迎え入れた。

「おひさしぶりです。老師。そちらは、お孫さん・・・でしょうか?」

柱の影から、小さな男の子がこちらを見ていた。柔らかそうな、灰色の髪が揺れている。

「そうです。私が育てております。娘の子供でして、娘は出産のときに血を失いすぎて死んでしまいましてな・・・。」

「それは・・・お気の毒に・・・」

詩人の声は、とても同情がこもったものだった。

「ささ、立ち話もなんですし、どうぞ、奥へ。」

老師はそう言って詩人を促した。

「おじゃまさせていただくよ。」

詩人は、灰色の髪の幼子に向かって、優しく声をかけた。

急に話しかけられたことに驚き、大きく見開いたそのあどけない瞳もまた、灰色だった。

ランプの灯りが揺れる。

夜が更けても、詩人と老師は話を続けていた。

「娘は、弟子のひとりを追って、この家を出て行きました。」

隣接する部屋に敷かれた、小さな布団に目をやりながら、老師は話し始めた。

男の子は、静かに寝息をたてていた。

老師の家は、リガウ島の、人里離れた場所に建つ、剣術道場だった。

もともとは光の神、そして戦いの神を祀る、古く小さな寺院でもあった。

そのため、リガウ島独特の文化である刀、その中でも業物とされた古いものがいくつかそこに集められていた。

そんな環境で育った老師は、幼いころから刀に興味を持ち、剣術について学び、修行を積んだ。

その結果、才能を大きく開花させ、寺院の傍らに道場を開くに至った。

老師に剣術を習うため、リガウのみならず、大陸からも人が集まってきた。

彼らを逗留させ、剣術の稽古をつける。それを生きる糧としていた。

老師の娘は、自身も剣術の修行を積みながら、逗留する者達の暮らしの世話をしていた。

娘が追いかけていった男は、道場に逗留していた者たちの中のひとりだった。

「背が高く、良い目を持った男でした。

旅の途中、この道場のことを聞いた、稽古をつけて欲しいと言って、しばらく滞在しておりました。」

男は筋が良かった。滞在していた期間も長いものではなかった。

「その男が去った数日後に、娘はこの家を飛び出して行きました。

その時に、娘は、業物の刀を一振り持って出て行きました。」

その刀は、リガウ王朝時代に作られた、とても古い品だった。

「私はこの道場を開く前は、多くの場所を旅して、剣術の稽古を積んでいました。

その結果、改めてリガウの文化や風土の魅力に気づくことができ、今、ここに戻ってきています。

理由がなんであれ、娘が自分の意志で広い世界に踏み出すきっかけができた。それ自体は喜ばしく思っていました。

男もしっかりとした良い男でしたし、親馬鹿かもしれませんが、娘もひとりで考え生き抜く力は備えていた。

だから、追いかけるようなことはしませんでした。それに・・・」

老師は猪口に口をつけ、ふっと小さく笑ってから話を続けた。

「娘が持ちだしたあの刀は、この寺院にあったもののなかでも、いちばんの業物でした。それは娘には教えていなかった。

偶然かもしれませんが、あれを選んで持っていった。なかなかの目利きです。

あれは、旅立つ娘への、はなむけの品と思うことにしました。」

詩人は、黙ったまま、時折頷きながら、老師の話に耳を傾け続けていた。

老師は詩人の手元の猪口に酒を注ぎ入れた。

「その刀はいま、リガウのどこかに眠っています。」

詩人は顔を上げ、老師の顔を見つめた。

「詳しい話は聞いておりませんが、男がなにやら事故のような形で命を落としたその場所に、墓標として残してきたそうです。」

帰ってきた娘は、腹に子供を宿していた。

それが、この男の子だった。

「愛した男の忘れ形見を抱きしめることもできぬまま、娘は死にました。」

分娩直後の激しい出血が原因だった。

多くの子供を取り上げていた産婆にも、光の術の心得が多少あった老師にも、どうしようもないものだった。

沈黙が部屋を包む。

子供の小さな寝息がきこえる。

「この子の、髪。」

灰色の髪。

「利かん気の強そうなこの目鼻立ちは、娘に生き写しです。そしてこの髪の色は、その男と同じ色です。」

男の髪を初めて見た時、老師は、若白髪かなにかだろう思った。

子供の髪も、生後すぐは、赤子特有の色素の薄さのせいかもしれないと考えた。

「リガウ王朝の王家の男は、代々、灰色の髪をしていたという昔語りがあります。」

口伝えの物語のひとつだった。リガウの者でもこの昔語りを知らぬ者は多い。

真相を確かめる手段など、ない。

「リガウ王朝時代から伝わる刀と、灰色の髪の男。

なにか呼び合うものがあったのかもしれませんな____」

老師は眠る子供のほうをもう一度振り返ると、猪口の中身をぐいと飲み干した。

* * *

老師の墓前で祈るふたり、少年と詩人の間を、トマエの灰を孕んだ風が吹き抜けた。

祈りを終えた詩人は顔を上げた。

少年は既に立ち上がっていて、唇を引き結んで、じっと墓を見つめていた。

「あなたのおじいさんは」

詩人も立ち上がりながら、少年に語りかけた。

「若いころ、剣術の修行のために世界を旅していたそうですね。」

少年は、墓をじっと見つめたまま、幾度かまばたきをした。

「大陸まで、わたしと一緒に行きませんか?」

その言葉に、少年はびくりと顔を上げた。

「でも・・・この家や道場が・・・」

「おじいさんは、旅をしたことで、改めてこの場所に魅力を感じ、戻ってきたと言っていました。

あなたはまだ年若い。たくさん見聞を広めたあと、またこの場所に戻ってくる・・・そういう選択肢を取ることもできます。」

少年の唇が、小さく震えていた。

もう一度風が吹き抜け、灰色の髪を揺らす。

その灰色髪の頭が、小さく頷いた。

吟遊詩人は微笑むと、リガウの丘の景色をぐるりと見回し、そして、遠くに小さく光る海を見つめた。

「あなたと旅をすれば、良い歌が作れそうです。ご一緒させていただきます。」

【了】

ロマサガ1のグレイの両親の設定(母:シーフ+父:戦士)

ミンサガの「刀の声」イベント などをもとに、グレイの生い立ちを考えたものをまとめたものでした。

お読みいただいてありがとうございました。

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