hibernation
こつ、こつ、と、乾いた音が螺旋階段に響く。
尖塔を登る女王の靴の音。
吹き抜ける風は色づいた木の葉を揺らし、そして女王の髪を揺らす。
その冷たさに、そして風の匂いに、巡る季節を感じた女王はショールを首元に巻き直す。
「おはようございます、女王陛下。」
侍女の明るい声。それがすこしくぐもって聞こえるのは、彼女が羽布団を抱えているためだった。
「おはよう。それは…彼のところに持っていくのかしら?」
侍女はひとつうなずいた。
「はい。朝晩が冷え込むようになりましたので…新しいものをお持ちしようかと」
「わたしが持って行くわ。あなたは戻って。」
侍女は今度は訳知り顔で深く頷いた。
”彼”について、深く追求することもなく、しかし献身的に明るく話しかけて接するこの侍女は、
女王直々にその心根を見込まれて彼の世話係に任命されていた。
一礼したあと尖塔を降りてゆく侍女の背中を、女王は懐かしいものを見るかのように見送った。
扉を開けた瞬間、光に少し目が眩むのもいつものこと。
草を踏みしめ、風に吹かれて、明るい空の下を歩くことを彼は愛していたから。
せめて、明るい光を。吹き抜ける風を。彼に届けたかった。
____彼の、『身体』に。
「おはよう、・・・。…良い天気ね…?」
応える声がないのも、いつものこと。
「寒くなかった?すこし冷える季節になったわね。新しい羽布団を持ってきたの。」
女王は羽布団を広げると、布団ごと彼に頬を寄せて寄り添った。
彼の肩まで羽布団を引き上げる。清潔な布の匂いが広がる。
目を閉じた女王は、彼の首筋に顔を埋める。
ここまで近づいて、やっと仄かに感じることができる、彼の匂い。
あの頃は、彼が空の下を歩いていた頃は、隣に立つたびに感じられたそれとおなじもの。
ひどく冷たい、彼の頬に触れる。
泉の水に触れたような体温の、彼の手を握りしめる。
この冷たさが、ただの、朝の冷え込みのせいのものであったなら。
彼はきっとこちらに手を伸ばして、お前は暖かいな、などと言って抱きしめてくれただろう。
体温をふたりで分かち合うことができただろう。
彼の声が、温かな体が狂おしいまでに恋しい。優しく見つめてくれた、色素の薄い瞳がひどく懐かしい。
彼は、ここにいるのに。
叶わぬ今は、せめて、この自分の体温を彼に少し与えよう。
眠り続ける彼に、寄り添っていよう。
いつか、それが叶う日を夢見て。
重なりあうくらいに近づけば、わずかに彼が呼吸しているのがわかる。
その肌が柔らかく瑞々しいことがわかる。
だから、いつか、それは叶う日が来る。
____そう信じることができる。
眼の奥にこみ上げてくる熱さを押し殺すように女王はきつく目を閉じる。
ふたたび目を開いた女王は、顔を上げて、彼の髪をやさしく撫でた。
冷たい唇にやさしくキスを落とす。
小さく彼の名を囁いた女王の声は、窓から空へ吹き抜ける風に乗って消えていった。
タイトルの意味は「冬眠」です。