アネモネ

風が吹き抜けた。

大地の匂い。木々を揺らし、森を吹き抜けた風が頬を撫でる。

「お前は、まだ、生きているな…?」

声が聞こえた。

(___ああ、まだ、生きている。)

喉からは、ひゅう、と、嫌な音がした。血の味が広がる。

もはや声を出すことも叶わない。

手足の感覚など、とうにない。

瓦礫に潰されて麻痺してしまったのか、それとも千切れて吹き飛んでしまったのか、

それすらもわからない。

「____哀れなものよ。この期に及んで思い浮かべるのは女のことばかりとは。」

声は、重く、苦しげに響く。

苦しげに、その声はくつくつと笑う。

(なんとでも言うがいい。俺は彼女を思ったまま事切れる。)

「そばにいることも叶わず、看取られることもなく、か。」

(そうだ。俺の役割は終わった。この気持ちを抱いたまま終わるのなら、これ以上のものはない)

「役割か。私を殺すことか。それならばそうだな、私も間もなく消える。」

まぶたが重い。もう少し空を眺めていたかった。

でも、空には先に別れを告げよう。

(__俺の使命は彼女を護ること。お前を殺すことではない)

広がるのは、乳白色の視界。

血を失いすぎて、闇すら見えない。

(彼女はたしかに生き延びられる場所にいま在って、そしてそれを脅かす大きな脅威だったお前も今消える。)

「____哀れなものよ」

繰り返して言ったその言葉すらも、意味を捉えるのが難しくなってきた。

ふう、と、息を吐く。その時がきた。

(哀れではない。これが、答えだ。)

風がまた頬を撫でる。最後に触れたのは、森を吹き抜けた風。

これが、答えだ。

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