マーメイドの海より
ホーリーオーダー、ベネディクト。
わたしのロマサガ2のファーストプレイで海に沈んだ皇帝です。
とても思い入れがあります。
彼のことを、なにかかたちにしたくて書きました。
マーメイドの海より
「皇帝!どこ行くんだ皇帝!」
コッペリアの足音が響く。かしゃん、かしゃんと、ヒトにあらざる者の足音が鳴る。
「お前、もう行かないって言ってたじゃないか!おい!皇帝!!
こっち向けよ!!なんか言えよ!!」
追いかけるコッペリアを無視して早足で歩き続けていた皇帝、ベネディクトは、
あと一歩で海、という場所で、はじめて振り返った。
「皇帝、お前、まだやり残したことあるだろ!
与えられた使命はやり遂げなきゃならないんだぞ!」
小さくはねた波飛沫が、ベネディクトのブーツを濡らす。
「・・・コッペリア、私もそう思うよ。与えられた使命はやり遂げるべきだ。」
「だったら行っちゃダメだろ!」
ベネディクトは、手にした人魚薬に目を落とし、少し、微笑んだ。
大粒の真珠によく似た、人魚薬。
彼が二度目にこれを飲んだ日の翌朝、明け方の海岸でずぶ濡れのまま佇んでいたベネディクトは、
探しに来たコッペリアたちに「もう、海には行かないから」と言っていた。
ぱしゃり。再び、波が跳ねる。
「コッペリア、わからなくていい。」
波は先刻のものよりも高く、ベネディクトの足首と、マントの裾を濡らす。
「___ただ、私のことを覚えていてほしい」
そう言うと、ベネディクトは、人魚薬を嚥下し、海に身を投げた。
* * *
ベネディクトは、深く、深く、海へ潜っていく。
波間にゆらめくマントが、だんだんと、小さくなっていく。
「皇帝!おい!皇帝!ちくしょう!」
もがいても、もがいても、コッペリアは潜れない。
木でできた体は、浮かび上がり、波に流される。
「皇帝!わかんねーよ・・・」
もう、ベネディクトの姿は見えない。
体が重い。海水に浸かったぜんまいの回転が、ゆっくりになっていく。
「皇帝・・・・・・」
コッペリアは、もがくことをやめて、波に体を任せた。
コッペリアは、まぶたを閉じた。この、まぶたは、つくりもの。
「わかんねーよ・・・・・・」
___わからなくていい。
波の音が、やがて、聞こえなくなった。
___ただ、覚えていてほしい。
* * *
夏の日差しのような、光と熱を感じ、コッペリアはまぶたを開いた。
机に向かい、一心不乱に書き物をしているヒラガの後ろ姿が見える。
体は・・・きちんと動く。ヒラガが修理を施してくれたのだろう。
他に、変わったところは・・・・・・
かしゃん
コッペリアは、自分の変化に驚き、びくりと姿勢を正した。
木製のコッペリアの体から発せられた、硬質な音は以前と同じもの。
それを聴き、思いを巡らすその思考が、
これまでと全く違う形で行われていたのだった。
コッペリアのなかに、今、レオンがいた。ジェラールがいた。
ベネディクトがいた。
それは、彼ら歴代皇帝の「記憶」だった。
胸がしめつけられる思い、というものを、コッペリアは理解した。
直近の、まだ生々しい、ベネディクトの記憶。
恋に落ちた、甘美で狂おしい気持ち。
けれども、与えられた使命を守りたい気持ち。
そのふたつの間で、苦しんで、苦しんで・・・
下した決断に、また、申し訳ないと嘆いた記憶。
与えられた使命・・・ジェラールの記憶。
父を、兄を、目の前で喪った嘆き。
滅私の決意、戦いに身を投じる決意。
そして、レオンの記憶。
息子であるジェラールを慈しむ気持ち。
自らの命を捨て、ジェラールを、そして皇帝を継いでいく者を、長く苦しい戦いの中に投じさせる決意。
ベネディクトもまた、この記憶を持っていたのだ。
その上で、あの決断を、下した。
___コッペリア、わからなくていい。
コッペリアは、ベネディクトが下した決断に対して、今でも、
そしてこれからも、本当に「わかる」ことはないのだろう、と考えた。
___ただ、私のことを覚えていてほしい
胸の痛みをもたらしたのは、ベネディクトの記憶ではあったが、
それをいま抱いて、思考を巡らせているのは、コッペリア自身だった。
「ヒラガ様」コッペリアは、呼びかけた。
ヒラガが、驚いた顔でこちらを振り返る。
「私はアバロンへ行かなくてはなりません。」
「何を言っとるのだ?」
「私は皇帝になったのです。
皇帝の魂を受け継いで、本当の命を得たのです。」
<了>