または、『紫煙#2』
・・・ああ、歩いて大丈夫なのか?
何って。タバコだよ。
お前昔から苦手だったもんな。軍じゃ数少ない娯楽?だったのにな?
・・・うん。まあ。
さすが、回復が早いんだな。
あれだけの期間、普通に眠り続けてたら体が動かなくなっちゃうらしいけど。
・・・うん・・・。どう見ても綺麗な死体にしか見えなかった。
いいよ。ゆっくり説明させてくれ。
・・・だって・・・何だよ・・・。そりゃ泣くよ・・・!
・・・ん。まず、んー・・・。
お前の魂を死の神が求めたのは、大地の歪みを繋ぎ止める楔に使うためだったんだ。
街を襲うはずだった厄災、それを止めるためには、強い魂が必要だった。
それが、お前だ。
だから生きたまま魂を抜き取る必要があって・・・お前は、眠りに落ちた。
目覚めさせれば、楔が抜かれて、厄災が起きる。
・・・彼女は、楔を抜きに行ったんだ。死の神に話をつけに行った。
自分がやらなければならないんだ、って言って、俺をここに残して。
まだ戻らないのは、たぶん・・・ 船が動いていないだけなのだと思う。
あれだけ海が揺れたんだ。船を出せるほど落ち着くまでしばらくかかるだろう。
うん、それでな?
お前が厄災を『遅らせてくれた』から、備えができたんだよ。
だから、あれだけの規模の厄災で、被害は最小限で済んだ。
・・・お前は、魂を捨てて、厄災を『止める』つもりだったんだろう?
でも大地の歪みはまた動き出すんだ。今回の厄災ひとつを止めても、またやってくる。
ひとつを消滅させるよりも、それが来ることを受け入れて備えて、未来に繋げることを彼女は選んだんだ。
厄災が起こった場合の避難場所や経路の整備、指揮系統の配備、備蓄の食糧や生活用品の確保、その指示…
すべてを短期間で整備した。とんでもない偉業だ。
そして、最後の仕上げに、彼女は・・・「革命」を起こした。
確立した指揮系統に、女王の権限を一度にすべて譲渡するためだ。
表向きには、民衆から選ばれた代表者が蜂起して、玉座から女王を引きずり下ろしたように見えるかたちをとった。
・・・だから、彼女はもう女王ではない。
・・・どうしてなんだろうな。
・・・俺は・・・彼女がお前を護りたかったからのように見えたよ。
「世界を救い、街を救うために死んだ英雄」でもなければ、
「目覚めたことで厄災の引き金になった存在」でもない。
人々からお前がそう受け止められることを避けたんじゃないか、って。
女王が庇護する英雄ではなくて、ただひとりの男。
彼女の・・・大切な人。
それだけの存在でいてほしくて、彼女は眠っていたお前を隠していたように見えた。
えっ?
煙草?!吸うの?!
いや、いいけど・・・。いや、身体もそうなんだけど、その・・・。
うん、ほら。
そうじゃなくて、息を吸いながら火に近づけて。そう。
・・・悪いもんじゃないだろ?
脳の血の巡りをちょっと落として、思考を鎮静する効果があるらしいんだ。
ハハッ。そうだな。
ただ待ってるだけなのは・・・しんどいもんな。
・・・。
でも、俺も・・・、彼女も、もっと永い間、ずっとずっと、お前のことを待ってたんだ。
あのな、眠ってるあいだのお前な、怖いくらい綺麗だったんだ。
成し遂げたことの重みもそうだし、その、死体みたいな姿で生きて眠り続けている異様な状態、
そういったことの凄惨さ、感じる怖さが全部、その美しさになっていたみたいだった。
うん・・・正直・・・怖かった。
とてつもなく美しいんだ、けど、この存在は間違っているんだと思った。
美しい、けど、間違ってる。
お前がやったこともそうだ。
・・・そんな大事なことをひとりで呑み込んで、いなくなるのはやめてくれ・・・。
俺、こうやってお前がいなくなっちゃったの、二度目だったんだぞ・・・。
これでまた、「覚えてない」とか言われたらどうしようとか・・・ああ、もう!
俺は・・・嫌だよ・・・。
・・・・・・ごめんな。
そろそろ部屋に戻ろう。すこし冷えてきた。
・・・それと・・・ありがとうな。
お前本当、すごいよ。とても感謝している・・・。
* * *
扉を開けた彼女がまず目にしたのは、暗い部屋に、小さく揺れるランプの灯り。
入り口近くのテーブルには、突っ伏して眠る、髪の短い男。その背中には毛布が掛けられている。
(・・・毛布・・・?)
誰が、それを掛けたのか。
心臓が早鐘を打つ。
テーブルの上には、酒の瓶。半量ほど飲まれた形跡がある。
それから・・・グラスが、ふたつ。
うるさいくらいに高鳴る胸を抑えながら、部屋の奥に設えられたベッドに歩み寄る。
彼の寝顔が、そこにあった。
何度も、何度も、ずっと見つめ続けた、彼の寝顔。
今夜のそれは、なにかが、違うような気がする。
寝姿勢が、布団が、すこし乱れているような・・・気がする。
安らかな寝息が聞こえるような・・・気がする。
確かめるのが怖い。
けど、確かめたい。確かめなければいけない。
彼女は、彼の頬に触れる。そのまま、優しく撫でる。
「ん・・・」
彼が小さく声を漏らした。
温かさが、指先に伝わる。
唇を噛みしめて、彼女は嗚咽を堪えた。
溢れ出た涙を拭い、温かな彼の唇にやさしくキスを落とす。
顔を上げた彼女を、色素の薄い瞳がみつめていた。
「・・・おかえり。待っていたぞ・・・無事でよかった。」
ずっと、ずっと聞きたかった、彼の声。
「・・・っ・・・先に・・・言わないで・・・!」
声を上げて泣き出してしまった彼女を、彼は抱き寄せた。
温かな体温が、互いの肌をやさしくあたためていた。
<了>
紫煙の続編として途中まで書いていた『紫煙#2』という物語の形を変えて、親衛隊長の男に語ってもらいました。
この物語は、書き始めたときの想定は彼の死で終わるバッドエンドを想定していました。
彼を救うルートにしたくて、でもこの状況からどうやって物語をひっくり返せるのか
わからないまましばらくすごしていましたが、ある瞬間から偶然目にする物語や仏教観のお話など
この物語のヒントになりそうなことをたくさん目にするようになって、一気に書き上げることができました。