【注意】軽度欠損描写・病的描写あり。
ライブアライブ中世編本編中のストレイボウが隻眼、オルステッドが緘黙症であると仮定したうえでのふたりの過去の話です。
転落
「うひゃっ!!」
金髪の子供が、小さく悲鳴を上げた。
その目の前を、羽虫が飛び去っていく。
「…オルステッド…。」
黒髪の子供が、呆れた声で言った。どこか兄貴風を吹かせているような口ぶりだった。
「なにかとおもったら、ちっちゃな虫じゃないか。お前まだ虫が苦手なのか。」
「ご…ごめん…ストレイボウ…」
オルステッド、と呼ばれた、金髪の子供は肩をすくめた。
探検と称して、ふたりは村のすぐ裏手の山道を歩いていた。
他愛もない、子供の遊びだった。
ふたりは山の急な斜面に巡らされた、細い獣道の前に出た。獣道は、一人がやっと通れる細さ。
「じゃ、俺が先に行くからな!」
黒髪のほうの子供、ストレイボウは、オルステッドの返事を待たずに獣道を歩き出した。
「あっ、うん!」オルステッドは、背の高い草につかまりながら、そろりそろりと獣道を歩いているストレイボウの背中を見送った。
あまり急いで追いかけては、距離が近づきすぎてバランスを崩した時に危ない。そう判断した。
すこし時間をおいて、オルステッドがストレイボウを追って歩き出した瞬間。
オルステッドの目の前に、大きな蛾が、ばさばさと音を立てて近づいてきた。
「いっ…いやあああああああーーーーーーーーー!!!!!!」
静かな山の空気をつんざく悲鳴は、ストレイボウの心臓に早鐘を打たせた。
「オルステッド?!」慌てて踵を返す。
獣道を踏み外す。
足元の、土が、ざらりと崩れる。
空が見えた。
草むらが見えた。
茂みが、枯れ木が、
ああ、それから______
それが、ストレイボウの右目が、最後にとらえた風景だった。
ストレイボウが、伸ばした前髪で右目を隠すようになったのは、そのときから。
そして、オルステッドが喋らなくなったのも、そのときからだった。
「俺が足をすべらせて落ちたんだ。オルステッドはそれを見てショックを受けたんだ。」
ストレイボウは、周囲の人々にそう説明した。
あの時以来、オルステッドはひとことも声を出さないようになり、家にひきこもったきりだ。
傷の具合も落ち着いてきて外出ができるようになったストレイボウに、遊び仲間がそう教えてくれた。
オルステッドの部屋の窓は開けられていた。彼は窓の下でぼんやりと膝を抱えていた。
「オルステッド、オルステッドー!!!」
びくりしてと見上げた先には、ストレイボウがいた。
「ヨシュアの実拾いに行くぞ!!ついてこい!!!」
草を踏みしめて歩く。
慣れない視界を確かめるように、ストレイボウは周囲を見回しながら、ゆっくり歩いた。
オルステッドは、そのうしろをついていく。
ほら、あっちにヨシュアの木がいっぱい生えてるんだ。
家の中にばっかりいると退屈だよな。
とりとめもなく、ストレイボウは語りかけ続けていた。
お前は悪くない、とか、心配するな、などは、ストレイボウは言わなかった。
オルステッドから返事は帰ってくることもなかった。
ただ、ストレイボウのうしろを、しずかに歩いていた。
ストレイボウは立ち止まって、振り返る。
ぼんやりとした表情のまま彼のうしろを歩いていたオルステッドは、ストレイボウが振り向いたことに気づくと
少し怯えたようにびくりと立ち止まった。
ふたりの目線が合う。
しばしの間見つめ合ったあと、ストレイボウは、にやり、と笑いかけた。
オルステッドは目を丸くしたあと、すこし遅れて、微笑んだ。
オルステッドとストレイボウのふたりは、また多くの時間を共に過ごすようになった。
頭の回転が速く、皮肉の効いたもの言いを交えてよく話すストレイボウ。
彼の話によく耳を傾けていて、良いタイミングでいっぱいの笑顔を浮かべるオルステッド。
オルステッドが言葉を発することはなかったものの、ごく自然にストレイボウとのやりとりをしている様子に馴染んで
周囲の子どもたちも、以前と同じようにオルステッドに接していた。
やがて、ストレイボウは違和感に気付いた。
ふたりで一緒にいるときに、遊び仲間たちがまず呼びかけるのがオルステッドの名前だった。
とても素直な表情で、よく笑うオルステッド。
話すことのできない彼は、いつの間にか、人気者になっていたのだ。
なにか心に引っかかるものを感じながらも、ストレイボウは、これで良かったのだろうな、と考えた。
* * *
ストレイボウが見上げた、すぐ目の前には、剣の切っ先がつきつけられていた。
どっ、と響く歓声。
「勝者、オルステッド__________!!」
切っ先の奥で、剣を構えているオルステッドの表情がみえた。上気して頬は赤く、息を切らしている。
その瞳は、歓喜の色に溢れて、きらきらと輝いていた。
ああ、まただ______
いつもそうだった。
俺がいたから、俺がお前を「支えてやった」から、
お前はそこにいるんじゃないのか?
どす黒いものが胸の中に満ちてくることに気付いた。
(一番になるのは、いつもあいつだ。)
視界がにじんできた。小さく呟く。
___オルステッド…
_____俺がお前を「支えてやった」から_______
【了】