森で魔女に育てられた娘が、ちょっと変わった趣味の天狗に出会うおはなし。
NHK「おかあさんといっしょ」の1コーナーに出てくる「かぞえてんぐ」というキャラクタがモデルです。でもシリアス。
ミンサガがもとになってるけど、ちょっぴり違う世界のおはなし。
灰色の烏
飛ぶ鳥のかたちの影が、地面を横切った。
クローディアが見上げた視線の先には、カラスが一羽。樹の枝に止まった。
(カラス…?それにしては…)
クローディアが訝しんだ理由は、そのカラスの羽の色だった。
ずいぶんと白っぽい。キジバトにも似た色だが、それよりも更に明るい色だ。
明るい灰色の羽、そして、尾羽根の先端はほんのりと赤い。
(きれい…)
思わずじっと見入る。と、その視線に気付いたかのように、カラスがこちらを向いた。
ばさり。
樹の枝から飛び立ち、クローディアの目の前に舞い降りる。
息を呑んだクローディアの前で、カラスはもう一度羽ばたいた。
次の瞬間、カラスの姿はそこにはなかった。
「こんにちは、お嬢さん。」
低い、艶のある声がそう囁いた。
そこにいたのは、背の高い青年。
長い髪は、先程のカラスと同じ、灰色。髪の先端が仄かに赤いところまで、よく似ている。
「あなたは…さっきのカラス…?」
クローディアの問いかけに、青年は頷いた。
「俺の名はグレイ。」
「わたし…クローディア。」
グレイはクローディアの名を聞いて、すこし考え込んだあと、ああ、と、合点がいった表情になった。
「オウルのところのクローディア?」
「オウルを知ってるの?!」
またひとつグレイは頷いた。
「ああ、よく世話になった… ところで」
グレイの視線は、クローディアが持っている籠に注がれていた。
籠の中には、もいできたばかりのロレンジがたくさん入っていた。
「…数えてもいいか?」
「は?」
あまりにも唐突なグレイの申し入れに、クローディアは気の抜けた声を出した。
「森の奥にロレンジの木が何本か生えてるところがあって」
「6本だろ」
今、ふたりは木陰に並んで座っていた。グレイは籠からロレンジを出して手早く数えている。
「あのあたりの木は、俺が昔ロレンジの種と房の数を数えるのに夢中だった頃の名残だ。」
数え終わったロレンジを籠に戻しながらグレイは言った。
「ひたすらロレンジを剥いて、数えて、食べて、数えて、繰り返していたらいつのまにやら落ちた種から芽が出て木になっていた。」
「………数を数えるのが好きなの…?」
今更なような気もする疑問を、クローディアはやっと口に出して尋ねた。
「ああ、楽しいぞ。たとえば」
そう言いながら、グレイは籠からひとつロレンジを取り出す。
「ヘタを外す。ヘタの裏にぐるりと点があるだろう?」
「…うん。」
「この数は、中の房の数と同じなんだ。」
「えっ」
「数えてみようか」
グレイは楽しそうな声で言った。
「いち、に、さん、し、ご、ろく」
「しち、はち、きゅう」
クローディアは驚いた。何度か瞬きを繰り返す。
「…すごい、本当!」
「もうひとつ数えてみて確かめてみるか。」
「うん!」
「美味しい」
「うん、甘いな。」
数え終わったロレンジを食べながら、ふたりは話を続けた。
「ロレンジの数ばかり数えているわけでもないのでしょう?」
「ああ、そうだな。トウキビを食べたことはあるか?」
クローディアは頷いた。
「オウルが庵の裏で毎年育てているわ。」
「トウキビの、あのヒゲのような糸の数。あれはトウキビの粒の数と同じなんだ。」
「えっ」
クローディアの返事には、困惑の色が混ざっていた。
「…数えたの?」
「うん、数えた。というか、トウキビを食べるたびに数えているな。」
「………………」
5つ目のロレンジに手を伸ばし、ヘタの裏を眺めながらグレイは続けた。
「それだけじゃない。トウキビの粒の数、あれは必ず偶数なんだ。」
「グウスウ?」
「半分ずつに分けることができる数のことだ。2つ、4つ、6つ、これらの数は半分に分けられるだろう?」
ロレンジを草の上に並べながら説明する。
「トウキビの粒の数はざっと700粒くらいある。これをひとつひとつ数えていって…最後の数が必ず偶数だったことを確認するとき!」
クローディアは思わず吹き出した。クスクスと楽しそうに笑う。
「なっ!数を数えるのって凄いだろう?!」
クローディアの笑顔に我が意を得たりと、グレイは目を輝かせながら言った。
「そうね。それに、あなたが本当に楽しんでいるのがよくわかるわ。」
グレイは満足そうに笑顔を見せた。
「楽しいぞ!」
「そうだ、あなたオウルを知ってるって言ってたわね?会っていかないの?」
クローディアのその言葉に、グレイはすこし首をひねりながら答えた。
「特に直接会う必要はない。俺がお前に会って話したことも、オウルはちゃんと見えているだろう。」
クローディアは、グレイに会ったときから感じていた違和感が首をもたげてくるのを感じた。
なにかがおかしい。この青年は____
「ここしばらく俺はリガウ島にいたんだ。植物や虫の数を数えるんだ。生態系は刻々と変わる。
虫の数がやたらと多い年は植物の数が減ってしまう。獣の数が多い年は植物は繁栄する。
そうやって数を数えて調べていた。オウルのところに赤ん坊がやってきたことも、そうしている間に風に聞いた。」
クローディアの違和感ははっきりと形を持った。
「あの、あなたは…人間ではないのね?オウルの言っていた『神』なの?」
グレイはすこし真面目な顔になると、クローディアの瞳を見つめた。
「神…ではないな。人間でもない。どちらかと言えば、神のほうに近いのかもしれないが。
俺は『天狗』という。人よりも遥かに長い寿命を持っている。」
「天狗さん?」
それを聞いて、グレイはばつが悪そうな顔になった。
「グレイと呼んで欲しい。」
「…グレイ。」
小さく囁くように彼の名を呼んだクローディアに、グレイはとても優しい表情を見せた。
「そろそろオウルの元に戻ったほうがいいんじゃないのか?ブラウもロレンジが好きなんだろう?おやつを待っている。」
「あっ!」
すっかり長い時間話し込んでしまっていた。けれども、クローディアは名残惜しい。
「ほら、お迎えも来ている。」
グレイが見つめている先には、シルベンがいた。
シルベンとグレイは、互いにすこし強張った表情でしばらく見つめ合っていた。
グレイは小さく頷くと、地面からふわりと舞い上がった。灰色の髪が、灰色の羽根に変わる。
カラスの姿になって羽ばたいたグレイに、クローディアは呼びかけた。
「グレイ!また会える?」
グレイは今度は高く羽ばたいた。
「また会いに来る!君が呼んだならば、風に聞いて、また!」
そう言うと、灰色のカラスは飛び去っていった。
続きます。