「ai no sensei #1」
- 先生、私、またやってしまいました。
- 何?また振られたのか。
- いいえ、先生、今回は私が振りました。
- ほう、それは珍しいではないか。どれ、話してみなさい。
- 何から話したらいいか、途方に暮れますが、
まあ、いつものありきたりな話です。
- 恋とはいつもありきたりなものだ。
- はい、ある人と出会いました。
気が合って意気投合しました。
気が合わないところもいっぱい合って、
そこらへんのブレンド具合が絶妙だったので恋に落ちました。
- うむ。恋とは瞬間の核融合である。
- 離れると会いたくなって、
会えばもっと会いたくなって、
心も身体もその繰り返しです。
- うむ。美しいバイブレーションではないか。
- 彼は私の衣を一枚一枚ほどいていきました。
私は新たなる自分の姿に驚愕しました。
私は彼の心の扉を一枚一枚開けてゆきました。
彼は古(いにしえ)の自分の姿に直面しました。
- 愛の名において互いの真実を模索する。いいではないか。
- ところが、そこで苦しみが始まりました。
彼は新たなる私を恐れ、衣をほどくことを止めました。
そして、私が心の扉に触れるのを恐れはじめました。
- 苦しみと恐れは同じ源を持つ。それは愛とは対極にあるものだ。
ふむ。それで?
- それで私たちは悩みました。
どうすればいいか途方に暮れました。
二人の間にあったものがなんだかわからなくなりました。
- 二人の間には何があったのかね?
- さあ?それは今でもわかりません。
多分、接着剤のようなものではないでしょうか?
それがなくなると壁に貼った昔のポスターみたいに
ある日パラリと剥がれ落ちるのです。
- なるほど、接着剤が乾いたということか?
- いいえ、乾いたんじゃなくて・・・・、なんと言ったらいいのかしら、
乾いてなくなっちゃったなら、パラリと解けてオシマイです。
- そうではないということか。
- ええ、それよりもずっと辛かったです。
接着剤のお陰でパラリどころか、ピッタリくっついちゃって、
それが辛いのです。
私は彼を怖がらせ、彼は私を恐れ、
その結果がどうなったかわかりますか?
- さあ?
- 彼は私に暴力をふるいました。
- な、なんと!それは最低の男じゃ、別れてよかったなあ!
- 先生、物事はそんなに単純ではありません。
大体先生は一体、なんの教師のつもりですか?
- わ、わしは愛の教師じゃ。
- そうでしょ?だったら愛のことをもうちょっと考えてください。
私は暴力を受けましたが、それでも彼を嫌いになれませんでした。
彼は私に暴力を揮いましたが、それでも私を求めていました。
- そ、それは、チミの幻想ではないか?
愛するならなぜ暴力をふるう?
- そこが問題です。私にはわかりませんでした。
ただ、彼が何かをとっても恐れていて、
私が恐れを助長させていて、
それでも二人の間には接着剤があったってことしか。
- オッホン。君は何も怖くなかったのか?
- 私は彼を失うのが怖かったです。
- ・・・・。愛の話がなぜ恐怖の話に変わるのか。
これは怖い話のコーナーか?
- 先生、まじめに話をしてください。愛の話です。
- ラジャー。で、君は暴力は怖くなかったのか?
- 暴力は怖いですよ。怖くて痛くてそれはそれは嫌なもんです。
こんなこと言ったら打たれるだろうか?と思ったり、
機嫌が悪いときには気に障らないように細心の注意が必要なんです。
来る!と思うと身体中が凍りつきます。
- なんと不幸なこと。
- ええ。でも私は彼を失うことの方が怖かったんです。
そして彼は私の存在が怖かったんです。
怖い怖いのオンパレードです。
そんなのは愛ではありません。
- ふむ。全く違う。依存は愛情と似て否なるもの。
しかし、人はどんな状態にあっても愛を選択することは可能だ。
- はい。私は何が愛か考えました。
そして、愛が恐怖の対極にあるなら、
私は愛を選択するのだと思ったのです。
- うむ。さすが私の一番弟子。「苦境に合って自暴自棄せず。」
- 結果、彼を失うという恐怖を捨てました。
- む?
- 自ら彼の元を去ったわけです。
一緒に居ることで互いが恐怖に苛まれるよりは、離れようと。
- なるほど~。良薬口に苦しだな。
- 愛の格言が思いつかないからって、
意味不明なこと言わないで下さい。
私がここへきたのは先生にお尋ねするためです。
- ばれたか。して、何を聞きたいのじゃ?
- 私は彼のことを今でも愛しています。
なぜ暴力を止めさせることができなかったのか、
どうして彼が恐怖を克服する手助けができなかったのか、
どうしたらよかったのか今でも心残りです。
- あーっははは。
- 先生!なんでそこで笑うんです?
・・・・・
昔、ある会社のウェブサイトに連載していた短編より。