G7NG817遺伝子改変マウスによる生体脳Ca2+イメージング

神経回路網は化学シナプスを介したニューロンの相互作用によって動作していると考えられています。しかしながらシナプス伝達だけでは説明のつかない、多様な情報伝達機構の存在が明らかとなっています。

特にグリア細胞の一種のアストロサイトは、これまで補助的な役割しか持たないとされてきましたが、生体脳内で神経回路の情報処理に積極的に関わっている可能性が示唆されています。

アストロサイトはニューロンと違い、活動電位を発生しないため、従来の電気生理学的測定においてはその寄与が見逃されてきた可能性があります。

一方、神経伝達物質の受容によって有意に細胞内カルシウム濃度が上昇することが知られています。

さらにそれに伴い様々なグリア伝達物質を放出し、神経修飾物質の細胞外空間への拡散伝達を介在することで広範囲の神経活動を長期に渡って修飾することが報告されています。

理研BSIに研究員として赴任してからは、アストロサイトと一部のニューロンにCa2+センサータンパク質G-CaMP7を発現した遺伝子改変マウス(G7NG817マウス)を用いた生体脳Ca2+イメージングを主幹とした研究を行なっています。

マウス固定脳における蛍光の発現パターン の矢状面(左右に分ける面)の断面図上: 比較用の野生型(C57BL/6)マウス脳。 下: 作製した G7NG817 マウス脳。大脳皮質と海馬の一部に著しい G-CaMP7 の発現がみられる。この強い発現のために、蛍光変化を頭蓋骨越しに測定することができる。

G7NG817マウスは、大脳皮質における蛍光タンパク質の発現が高いため、実体蛍光顕微鏡下で、骨を削ることなく頭蓋骨越しにCa2+動態を計測することができます。

例えば、ウレタン麻酔下や徐波睡眠時に見られる特徴的な低周波・高振幅の脳波に対応するCa2+振動を計測することができます (下図)。

ウレタン麻酔下のG7NG817マウスにおける徐波に対応するCa2+蛍光輝度変化の経頭蓋イメージング(A). 麻酔下のG7NG817マウスでは、高振幅・低周波数で特徴付けられる自発的なCa2+振動が全皮質に渡って、左右脳で同期して観測される。その蛍光輝度変化率 (ΔF/F)を疑似カラーで表示した。(B). Aで右脳視覚野 (四角で囲った部位) における平均輝度変化率 (ΔF/F)をプロットした図。Ca2+濃度振動の周波数は0.5 から 2 Hz程度で、脳波記録で報告されている徐波振動と同様の値である。記録は10 Hzのフレームレートで行なった。(C). Bで点線で囲った部位を拡大した図。ひし形で示した点に対応する画像をAに示した。

一方、テールピンチ刺激によっては、脳波同様、速波化が誘発されると予想しましたが、予想とは異なり非常に明るくゆっくりとした応答が得られました。

そこで頭蓋骨に観測用の窓を設け、二光子顕微鏡を用いてより詳細な観測を行なったところ、このCa2+シグナルはアストロサイト由来であることを見出しました (下図)。

ウレタン麻酔下のG7NG817マウスにおけるテールピンチ刺激に対する応答の経頭蓋イメージング(上段) 蛍光輝度変化率を疑似カラー表示した。変化率のピーク値と応答の時間経過が、自発的な応答の約10倍高い値を示すことに注目。(下段) 上段とは別の個体で、体性感覚野 (図の四角で囲った部位)に開頭手術を施し、テールピンチ刺激に対する皮質第2/3層の応答を二光子顕微鏡で計測した。ゆっくりとした時間経過で非常に明るく白く見える細胞は、アストロサイトである。