マキ菱江(まき・ひしえ)
子どもが生まれて、一番変わったことは映画館になかなか行けなくなったこと。ある時期には毎日映画を見続け、映画館にも毎週のように通っていたのに、それが子どもを抱えた途端にほとんど行けなくなってしまった。ある知り合いは生まれてすぐの赤子を抱え、映画を見に行ったと言っていた。新生児の頃なら走り回ることもできないし、泣きそうになったら暗闇でおっぱいだして授乳すれば周りにもほとんど気づかれないと。実際、子どもの入場について制限している映画館は少なく、強い気持ちがあれば、どの映画だって見られるだろう。けれど、やっぱりそこまでしてみても、ほとんどの場合、赤ちゃんはおしっこをしては泣き、お腹が減っては泣き、この世の不安に泣く。その泣き声を少しでも早く消滅させるためなら何だってしなくてはならないような気になり、映画どころではない。子連れOKとうたった上映会などもあるけれど、ほとんどがディズニーやらなんかのテレビアニメで見る気もしない。
そうこうするうちに赤子は10ヶ月となり、山形映画祭がやってきた。さすが、山形映画祭には託児がある。そうして赤子をつれて、始発の電車にのり、飛行機に乗って、映画祭へ行った。しかし、託児施設である「子育てランドあ〜べ」の難点は1回3時間の託児が上限なこと。1時間休んでまた3時間預けることもできるが、映画館と託児所の往復時間で30分ずつはみておかなければならず、そうすると2時間までの映画しかみられない。また、山形映画祭へ行ったらとにかく、パズルのように頭をフル回転して、複数の上映施設でばらばらの時間に始まる映画プログラムを前に今日一体どこで何をどういう順序でみようか、ということを考えなくてはならない。観たい映画が多すぎる、けれども切り捨てていかなければならない。
そこにさらに託児の3時間のパズルが組み合わされる。各映画の上映場所への移動と、託児所との往復時間を考えると何度も往復することが難しく、結局1日に1回だけ、託児の時間にあわせて映画をみた。するとほとんど映画は見られなくなったが、代わりにおいしい山形ランチを食べる時間ができた。託児所は16時までである。結局、午前か午後早い時間にあずけ、その後はだめもとで、赤子を抱いたまま映画をみた。泣いてだめそうなら外に出る。出やすい場所をキープするか、一番後ろで立ち見した。みたかった4時間以上ある映画も観たが、意外と見れた。見れない時間もあるが、4時間あれば見れる時間もある。しかし、座ると泣くので結局、4時間近く揺れながら、その映画の素晴らしい闘争歌を子守唄にしてなんとか観た。
子育ては闘争である。現在、待機児童問題も表面化し、託児のサービスも少しずつ変わって行くのかもしれないが、ほとんどの地域で、安く安心な託児施設を見つけることは至難の業であり、さらに今回のように旅先で見つけることはほとんど困難である。この「あ〜べ」は育児サークルがネットワークをつくり、活動した末に発足したNPOによって運営されており、県外在住でも同じ値段で利用できるのは本当にすごいことで、様々な地で託児を探してきた身としてはありがたい。また、HPが充実しておりそれをみていると、かなり細かいところまで支援をしていてうらやましい。このような施設がなければ山形までは行けなかった。けれど、本当は周りのことなんか気にせず、泣く赤子を抱えて映画をみれたらいい。だれかが泣く子を代わりにあやしてくれるかもしれないし、おっぱい出しても誰も文句は言わないだろう(と願う)。山形映画祭の懐は深く、ここならできるに違いない。映画祭はそこに来ている人たちがつくるものであるのだから。そんなこともできないのなら、ここに集う映画は一体何なのか。
それにしては、子連れが少ないようにも思う。実際期間中にはほとんど子連れの観客には合わず、「あ〜べ」で同じように子どもを預けている、山形映画祭へきたお母さんに一人遭遇したくらい。彼女は二年前もここに預けにきたということだった。
山形ではいつも必死に時間に追われながら映画を見続け、映画好きや映画を真剣につくっている世界中の人々と飲み明かすのが楽しみだったが、あまりこれまで山形の地元の人と出会っていなかったと、「あ〜べ」で山形なまりの保育士さんたちと話しているうちに思った。「あ〜べ」の入り口の横には、よく幼稚園の壁にかざってあるような、カラフルな色画用紙を保育士さんたちが自在にあやつり、切り貼りしてつくられる動物のいる季節の風景のような、等身大よりも少し大きいくらいの絵があった。巨大に感じないのはそれが謙虚な姿で、壁飾りと化しており、その辺の現代アートみたいに見られることを過剰に意識していないからであるが、並んでみると人の背丈よりも大きい。そしてよくみるとその中心には山形名物の「芋煮」があった。それをネズミやリスが食べ、赤とんぼが舞い、虹色でない、ベージュを基調とした布のパッチワークの虹がかかっている。赤とんぼの羽は、ヨーグルトについてくるプラスチックのスプーンみたいなものが組み合わされてできている。この絵を前に、本当に山形と出会った、という気がした。これこそが「風景」なのではないか。山形映画祭で見かける、酔っぱらっている足立正生氏をつれてきて、「これこそが、「風景」ですよね?」と聞いてみたい。これはきっと、秋だからこの絵なのだろう。そうすると、冬や春はどうなっているのか。芋煮は山形牛に変わったりするのだろうか。春夏秋冬のこの「あ〜べ」の入り口がみたい。もしかすると、月代わりかもしれない、そうしたら年間12枚もある、、などと考えながらまた山形に行きたいと思うのだった。