☆次回研究会のお知らせ
研究会にお越しの際、会員の皆様の論文等抜刷りをお持ちいただければ幸いです 。
第121回 2025年3月27日(土)14:00-17:00 対面開催(明治大学 中世英文学テクスト研究所 共済)
@ 明治大学 駿河台キャンパス リバティタワー9階 1095教室(小教室)
アクセス https://www.meiji.ac.jp/koho/campus_guide/suruga/access.html
研究発表
「MEの発音と脚韻:ME īとME ēはライムしないか?」
池上昌(慶應義塾大学名誉教授)
発表要旨
英語史の常識ではME ī(/i:/)とME ē(close /e:/) は変化の過程でライムしあうことはない、つまりこの両者は混ざり合って同じ発音になってしまったことはない、なぜならME īの二重母音化とME ēのīへの変化はほぼ同時に起こりはじめたから、ということになっているが、本当にそうなのか。
後期MEの韻文物語Ipomydon (B)という作品にはこんなライムがある[were (p. sbj. sg. of ‘to be’)2012 : atyre (n.) ‘attire’; leve (n.) ‘permission’ 2319 : discryve (inf.) ‘describe’]。ここでは、ME ē-words, were (OE wǣre (ǣ1 =Angl. ē))とleve (OE lēaf, infl. lēafe) がME ī-words, atyre (f. atīren (v.) < OF atirier)と discyve (OF desccrivre)にライムされている。この組み合わせ方はこの作品を作った詩人の言語では、ME /e:/は /i:/になっていて既存のME /i:/と合流していたことを示しているように思う。
これらと全く同種のライム、あるいはよく似たライム、は他のME作品にも結構見つかるので、今回はそれらを披露しようと思う。特にpopular verseのジャンルが面白い。
(開催済み)
第120回 2025年2月1日(土)14:00-17:00 対面開催(明治大学 中世英文学テクスト研究所 共済)
@明治大学 和泉キャンパス メディア棟 6階 M617
★★京王線明大前駅そばの【和泉】キャンパスです。
https://www.meiji.ac.jp/koho/campus_guide/izumi/access.html
研究発表
「明治大学図書館所蔵『ブリタニア列王史』(1508)について」
石黒太郎(明治大学)
2024年に明治大学図書館に収蔵された Geoffrey of Monmouth, Historia regum Britanniae (De gestis Britonum)の最初の印刷本 editio princeps を紹介する。1508年にパリの印刷業者 Jodocus Badius Ascensius が発行、Ivo Cavellatus が編集ということになっている。本書の校訂テクストは Acton Griscom(1929,pp. 10–12)に酷評されたまま今日にいたっているが、編者や底本とした写本など、不明なことが多い。今回は本書の冒頭と末尾に印刷されている複数の序文、宣伝文句などを手がかりとして、本書の成立過程などを考察してみたい。
第119回 2024年10月19日(土)14:00~対面開催(明治大学 中世英文学テクスト研究所協力)
@明治大学駿河台キャンパス リバティタワー7階 1075教室
研究発表
「「尼僧院長の話」における少年の「死」と “greyne”」
立花香里(同志社大学大学院)
「尼僧院長の話」(The Prioress’s Tale) は、奇跡譚であるにも関わらず、典拠作品とは異なり、少年がユダヤ人に殺された後、聖母マリアによって口の中に置かれた “greyne” で事件の真相を語り、死んでしまう。この “greyne” は、聖母マリアが少年の死後の名誉を守るために置いた慈悲の象徴として解釈されてきた。一方、“greyne” は、「穀草の種」という意味も持ち、種から育ち、土に帰るイメージを伴う。「尼僧院長の話」内の少年は、神への捧げ物を象徴する羊と共に描かれていることからも、“greyne” は、聖母マリアの慈悲というよりも、殉教死の意味が強調されていると言える。奇跡譚のジャンルに属する子どもの殉教話は、語り手と物語の関係を明らかにする。14世紀後半の教会関係者の間で、理性よりも感情を重視した個人的な生き方を指す観想的生活と信徒の感情を喚起させる物語を語る活動的生活の均衡を保つ、vita mixta と呼ばれる生き方が流行した。このvita mixtaの概念を考慮に入れると、チョーサーが描く尼僧院長の小さく弱い者に涙する姿から、語り手の観想的生活を垣間見ることが出来る。加えて、少年の物語を聞いた聴衆も涙を流したと書かれているため、尼僧院長の活動的生活として考えられる。このように、チョーサーは、奇跡譚や殉教話の中で主題化されていたvita mixtaの概念を語り手と物語の関係に用いて、「尼僧院長の話」を一種のvita mixta文学として執筆したと解釈出来る。
以上の内容を踏まえて、本発表では、“greyne” という言葉に焦点を当て、少年の「死」を考察し、語り手尼僧院長と物語のつながりを明らかにすることで、「尼僧院長の話」のvita mixta 文学としての側面を論証したい。
(開催済み)
第118回 2024年8月2日(金)14:00~ 対面開催 (中世英文学テクスト研究所協力)
@明治大学和泉キャンパス ラーニングスクエア LS403教室
研究発表
「回帰するギフト — Sir Clegesにおける贈与行為の循環」
福岡里桜(慶應義塾大学大学院)
本発表では、15世紀後半のMS Advocates 19.1.11 (エディンバラ写本)とMS Ashmole 61(オックスフォード写本)に収録されたロマンス作品Sir Clegesを対象としながら、文化人類学者Marcel Maussが提唱した贈与論を援用することで作中に描かれる贈与交換を分析し、階級ごとに行われる交換行為の性質の違いを明らかにする。本発表においては作中に描かれる交換行為を慈善的交換、封建関係に基づく交換、暴力的交換の3つに分類する。このロマンスは連続する交換行為によって進行しており、それぞれの交換行為の例を作品のプロットに沿って挙げるならば、クレジェス卿の慈善行為や敬虔な信仰の態度とそれに呼応するかのように与えられる奇跡的な神の恵み(慈善的交換)、それを領主への献上品として利用して見返りを求める互恵関係を前提とした贈与行為(封建関係に基づく交換)、そして利己的な金銭の要求と暴力行為による報復(暴力的交換)、の3つとなる。このように作中で逐次的に発生する贈与行為に注目することで、従来のようにSir Clegesを宗教説話とファブリオの融合作品としてみなすような形式的な解釈では説明しきれなかった、神による救済が物語にもたらす宗教的教訓と封建的主従関係に基づいて行われる実際的な救済方法との間の隔たりについて、より系統立てた理解が可能となる。
☆2024年度の研究会予定日は以下の通りです。
第118回 2024年8月2日
第119回 2024年10月
第120回 2025年1月
第121回 2025年3月
☆2023年度の研究会予定日は以下の通りです。
第114回 2023年7月29日(土)オンライン開催
『アストロラーベ』読書会(1)
読書会 2023年9月30日(土)オンライン開催
『アストロラーベ』読書会(2)
第115回 2023年10月28日(土) @日本大学
「中世イギリスの歌曲」
歌 大森彩加氏 / 歌・ハープ 小坂理江氏
読書会 2023年11月
『アストロラーベ』読書会(3)
第116回 2024年1月20日(土)14:00~ @日本大学 7号館 7041教室
1 「The Awntyrs off Arthure における狩猟の場面」
発表 貝塚泰幸
【発表要旨】 The Awntyrs off Arthureの狩猟の場面は中世の伝統に基づく文学モチーフとは異なる特徴を備えている。この狩猟の場面は、狩りの獲物に読者の視点を向ける描写や禁猟期間を表す専門的表現が用いられている点で Gawain and the Green Knight との類似性を見出すことができるうえに、他の作品に見られる狩猟の場面と同様に伝統的に "memento mori" の主題を象徴しているとも考えられている。しかしこれは校訂されたテキストと編集者の意図が介在することで下された評価であり、校訂本が狩猟の場面の正当な評価を妨げているとも言える。これまで出版された校訂本だけではなく活字化されていない原典を再検証することでこの狩猟の場面が表している死の主題とは別の、苦悶するグウェネヴィア王妃の母親がガウェインに警告する帝国主義的アーサー王政権の姿を象徴していることを論証したい。
2 「チョーサーの時代の音楽:演奏と解説」(仮題)
歌/ハープ 小坂理江
歌 大森彩加
解説 チョーサー研究会会員
第117回 2024年3月
お問い合わせはメイル soc.chaucer.jp % gmail.com(%をアットマークに変えてください)まで。