バイオロボティクス

蠕動運動型ポンプ

腸の蠕動運動

下図は腸の蠕動運動の様子です。 腸の蠕動運動は次の3段階に分かれています。 まず、食塊の移動が腸壁の輪走筋を刺激します。 次に、刺激を受けた輪走筋が円環状に収縮し食塊を押し出します。 最後に、食塊を完全に押し出した輪走筋は弛緩して元の状態に戻ります。 動物の腸内では、この過程の繰り返しで食塊を運搬しています。 ここから、運搬は輪走筋の収縮力だけで行われていることが確認できます。 この観点から、腸の蠕動運動の機構を模した配管では、水の使用が少なくても固液の搬送が行えるのではないかと考えました。

図1 Bowel peristalsis

蠕動運動型ポンプの仕組み

本ポンプは全体をユニット化しており、各ユニットは腸の輪走筋に見立てて作製されています。 蠕動運動型ポンプの外観は下図のようになっています 。各ユニットは腸管と同じように円環状に収縮することができます。 ゆえに、これらのユニットの収縮をあるパターンに従って行うことで、ポンプは蠕動運動し内包物を搬送することができます。 なお、ユニットの数は3以上であれば自由に増減させる事ができます。

図2 Peristaltic pump

当研究室では、この蠕動運動型ポンプをベースに様々な用途のポンプや制御方法を研究しています。
一部を以下に紹介します

応用研究①:いろいろなものを運ぶ・混ぜる

固体ロケット燃料製造用ポンプ

近年、人工衛星を用いた社会インフラ等宇宙利用の重要性が増すに従って、 高頻度なロケット打ち上げによる宇宙輸送システムの充実・ロケットの低コスト化が望まれています。 しかし、ロケットの打ち上げには莫大なコストがかかり、安価なロケットの利用には至ってはいません。 私達は、ロケットの燃料である固体推進薬の抜本的な製造プロセスを転換することによって、 手軽なロケット利用を目指しています。 蠕動運動型ポンプによる混合は低圧力(人の息程度)、強いせん断力を必要としない、そして搬送も可能である等の利点があります。

有人・微小重力環境下での排泄物搬送用ポンプ:宇宙トイレ

近年、宇宙開発の更なる発展のため、資源補給なしで長期間の有人宇宙探査を行うための再生型環境制御・生命維持システム (ECLSS : Environmental Control and Life Support System)が必要とされています。現在、人間から排出される便は廃棄 されていますが尿と同様に再利用が可能となればECLSSの性能を大きく高めることができます。既存の宇宙トイレでは便の再 利用を視野に入れておらず、便の移送が技術的な課題として存在します。間欠的に存在する粘度の高い固液混合流体を確実に 輸送できる技術は存在せず、これらの技術が確立されれば、宇宙空間における排泄物の移送に限らず、地上での化学プロセス や薬品などの搬送にも役立つと考えています。そこで、宇宙での排泄物搬送を目的とし、生物の腸管を規範とした蠕動運動型 搬送システムの開発を行っています。


蠕動運動型ポンプを用いた発酵技術の開発

発酵技術は,食品製造のみだけでなく,プラスチックの分解やエネルギの生成などにも役立つ技術です.発酵は微生物(乳酸菌等)が,有機物で構成された発酵基質(牛乳等)を分解することで起こります.発酵促進の方法は,微生物の活動しやすい温度やpHに調整する「生物・化学的作用」と,微生物と発酵基質を機械的に拡散・破砕したり,または双方を混合させることによって,接触頻度を増やして反応を促進させる「物理的拡散作用」が存在します.従来の発酵促進に関する研究では,「生物・化学的作用」に注目したものがほとんどで,「物理的拡散作用」に関する研究はあまり多くありません.そこで,本研究では発酵プロセスにおける「物理的拡散作用」が発酵に与える影響を解明することを目指します.

本研究では,発酵プロセスにおける「物理的拡散作用」の例として,生体の腸に着目しました.腸は,腸内に多くの腸内細菌を有し,それらによる腸内発酵により内容物を分解しています.加えて,蠕動運動や分節運動といった腸の動きにより,腸内の内容物を混合,破砕,搬送するといった「物理的拡散作用」により,効果的な消化吸収を促しています.そこで,本研究室が開発した腸を模倣した蠕動運動型ポンプを使用して,腸の動きが発酵にどのような影響を与えるかを研究しています.

共同研究パートナー:東京農業大学,奈良県農業研究開発センター

※ 本研究は科研費基盤(A)に採択されています。

粉体搬送用ポンプ

我々の身の回りには食品や医薬品、工業製品として様々な形態の粉体が用いられている。既存の粉体搬送装置はベルトコンベアやスクリューコンベアなどが挙げられる。

著者らは印刷機で扱われている粉体である現像剤の搬送に着目した。一般的な印刷機では現像剤の搬送にスクリューコンベアが用いられている。しかし、スクリューコンベアと壁面間に生じるせん断力やスクリュの高速回転によるモータの温度上昇から粉体に塊が生じる凝集が生じる。そのため、現像剤の搬送には温度管理と搬送時の圧力を考慮しなくてはならなく、低せん断力、低温での高速搬送が求められている。 一方、著者らは腸管を模擬した搬送装置を開発してきた。腸管の小さな力で食塊を搬送する仕組みを規範とし、空気圧駆動によるゴム膨張を用いた搬送方法であれば、低せん断力、低温での粉体搬送が可能であると考えた。

土砂搬送用ポンプ

近年,都市部の効率的な空間利用のために、建築物の高層化と地下空間の利用が進んでいる。高層化により、建物重量を支持する基礎構造が深く、大型化すること、地下に空間を作るために、施工時に地下から地上に搬送する土砂の量が増大している。 中村研究室で開発された蠕動運動型搬送装置は、各々の節が駆動して波を伝播し、内容物を節ごとに搬送するため、運搬する高さに依存せず連続的な土砂の搬送が期待できる。さらに、分岐・合流・曲がりに対応することで、様々な現場環境への対応が可能である。

特に地下が深い建物において掘削工事が施工計画・建設コスト・工期に与える影響は大きく、建設業の働き方改革に伴い生産性の向上が強く求められている現在、本工事の効率化は経済的・社会的に非常に大きな意義がある。


応用研究自律分散制御

神経ネットワークによる蠕動運動型ポンプの知能化

人間は摂取した食物を消化・吸収するために様々な消化器官があります。 消化器官の中でも腸管は別名「第二の脳」と呼ばれ、反射中枢を介さずに反射弓を構成する神経系(腸管神経系)を有しています。 そのため、腸の筋運動は内部からの機械的刺激によって脳からの指令とは独立して制御されています。 これまで本研究室では、腸管を模倣した空気圧駆動の蠕動運動型混合搬送装置の開発を行ってきました。 しかし、予めプログラムされた動きを行うシーケンス制御に留まっていました。 そこで、本装置に腸管神経システムを導入することで、効率的な装置駆動を実現することができ、さらに複雑な腸管神経系の仕組み解明にも繋がると考えています。 本研究では、腸管のようなセンシングシステムの構築、機械学習による内部状態推定、自律的な運動パターンの生成を行うことを目指しています。