第8回 諦念(ていねん)

前回で、「諦(あきら)め」という言葉が出てきました。

この回では、その「諦め」について、さらにくわしく論じます。

生命神は、生命を導き、生命を癒(いや)し、生命を守ります。

生命神は、生命維持の司令塔です。

意識は、その司令塔の作戦室のようなものです。

「起こった問題への対応」を考え出します。

そのためには、司令塔の影響をあまり大きく受けないようになっています。

意識と言う作戦室には、情報が集中します。

五感によって得られた認識・記憶野からの情報、

欲求野からの快楽追及、不快苦回避の欲求情報、

感情野からの興奮、沈静、快・不快の反応情報が、集まります。

意識は、起こった問題を次々に解決していきます。

 

しかし問題が解決できないと、その解決できないという情報が

ふたたび認識され、そのために欲求が強くなり、

感情野からの不快の刺激がさらに増します。

それら不快の情報が、増幅(ぞうふく)しながら、意識回路を回り続け、

情報があふれて、作戦室はパニックを起こします。

この不快のループ状態が続けば、人にとって大きなストレスとなります。

この意識野のパニックをなくすためには、

「ものごとには、解決できない問題がある」と言うことを知ることです。

人にとって、苦しみは二つです。

諦めきれずに苦しい。

我慢できずに苦しい。

それは、人の生きようとする欲望から生まれます。

欲望は、人を動機付けます

しかし人は、欲望が適(かな)わなければ、満たされない苦しみを受けます。

 

前ページで述べた【対応四要素】【成行四要素】が揃(そろ)わないと、

ものごとは成し遂(と)げれません。

対応に、改善の余地があるなら、できる限り努力すべきです。

正常な欲望は適って、生きる喜びを得ることが出来きます。

しかし望みかなわず、不快のループを回り始めたら、思考を止めるべきです。

 

欲望を諦め、我慢するために、

「満足を知る」

「完璧を目指さない」

「成るように成る」

 

「成長の糧(かて)とする」

これを【諦念四法】と名付けましょう。

この方法をなしえるためには、生命神を信じ、生命神に任せることが

肝心(かんじん)です。

人の苦しみは、前に述べた【対応四要素】【成行四要素】の条件が

満たされないために起こると述べました。

今、出来ることを行ったら、後は、生命神に任(まか)せます。

意識にとっては、「運を天に任せる」のに近い状況です。

生命神は、あなたを救います。

生命神は、自然に状況を円滑化します。

それは、生命神が、自然に自己秩序を求め、

回りの環境へも、自然に秩序を整えようとするからです。

その効率は、生命神の成熟度によります。

しかし必ず、生命神は「あなたを守り、あなたを癒し、あなたを導き」ます。

人個人の力は小さい、そのことを知ることが、人を大きくします。

人には「どうにもならないことがある」ということを知ることが、

人をあせらせません。

感情的になっても、問題は解決しません。

あせらず、静かに、穏やかに、そして楽しく、問題に対処すべきです。

静かに対処すれば、生命神はあなたを救い、

そして必ず、他者の生命神を共鳴できます。

そして何ごとにも、満足を知ることが、肝心です。