あこがれ
あこがれ
私が下館一高在学中に将来なりたいと思ったものはたくさんある。古生物学者、物理学者、天文学者、哲学者、原子力学者、地球環境研究者、バイオテクノロジーの研究者など。会社や役所で働く自分は想像できなかった。折々に触れた本、テレビ、雑誌等により様々な影響を受けたが、何かを研究してみたいというのは、高校在学中にすでに決まっていたようだった。成績は極めて優秀ではなかったが、高校に入って学ぶことに面白さを見いだした。自然と、勉強の背後にある学問に関心を持つようになった。高一の頃、高校生活を通して最も感銘を受けた本に出会った。「旅人」湯川秀樹著だった。この本は、茨城の片田舎において学問に憧れている少年の心をときめかせた。学問の殿堂である大学とはどんなところか、十分に少年の心を満たし、奮い立たせた。学問に憧れを抱き始めた私は、自然と、京都大学や東京大学に行きたいと思い始めた。しかし、現実は違った。模擬試験は、いつもDかE判定だった。不思議に無理だと思わなかった。楽観者だった。何度かあきらめたこともあったが、その度に、大学合格後にはもっと大きな世界があると夢見ながら、受験勉強に没頭した。一年間自宅で浪人生活を送り、東京大学に入学した。 緑生い茂るのどかな大学だった。
大学入学後は、興味の赴くまま生きた。教養課程の講義は高校の延長に過ぎなかったが、難解だった。将来何を専攻しようかと思いは巡った。数多くの学問分野に興味を持ち、専門書を読み、最新の研究を紹介するゼミに顔を出し、各学科の特徴や卒業生の進路を調べた。似たような志を持つ友人達と将来について語り合った。田舎の高校生の狭い視野では見えなかったことが見えた。本を読んだり問題を解くだけの勉強ではなく、早く研究をしたいという憧れを抱いた。そして、生き物が好きだった子供の頃の姿に原風景を見いだし、理学部生物学科動物学教室へ進学した。大森貝塚を発見したモースが初代教授という歴史ある教室だった。そこでは、午前中、動物発生学、動物生理学などの専門講義が行われ、午後は実習が行われた。実習は、面白くて仕方がなかった。今まで本で学んだことが、今自分の目の前で起きていた。しかし、実習は、既知の基本的内容を、実験技術を学びながら追試するものだった。実習に慣れた頃には、世界中の誰もまだ明らかにしていない自然現象を発見したいという憧れを抱き始めた。
実習の中で、動物発生学実習があった。アフリカツメガエル胚の発生の観察だった。一つの細胞からなる受精卵が、細胞分裂を繰り返し、形態形成運動を行い、幼生に変化していくダイナミックな過程に惹かれた。拍動する透明な心臓に生命の神秘を見た。目に見える発生現象を支配する、目に見えない分子機構を解明したいと思った。そして、大学院で発生生物学の研究をすることに決めた。大学院では、研究を経験した。そこは、答えのある問題を解くというそれまでの勉強とは無縁の世界だった。研究課題を模索し、試薬を作り、実験し、実験器具を洗い、実験動物の世話をし、実験失敗の連続だった。実験が成功すると嬉しかった。研究というと、頭を使うイメージがあるかもしれないが、ほとんどの時間は作業をしている。特に生命科学の分野には、明晰な頭脳は必要ない、学歴も関係ない。失敗を恐れず、労力を惜しまず、自然現象に対する仮説を立て、それを証明するために実験し、成果を論文として発表していく姿勢があればいい。
発生生物学とは、私たちの体がどのように形成されるか、そのメカニズムを探る学問である。1980年代半ばまでは、発生生物学といえば、移植実験中心の古典的な学問であった。しかし、遺伝子工学技術の発展とともに、発生の様々な現象が分子の言葉で語られるようになり、一躍脚光を浴びた。また、発生様式の違う生物種間でも、同じ遺伝子が使われていることもわかった。発生生物学は、医療などの応用分野でも大きな影響を与え始めた。どんな細胞にも分化できる胚性幹細胞(ES細胞)の確立や成体の組織にひそむ幹細胞の発見により、失われた組織や細胞の再生も現実的になってきている。21世紀は「生命の世紀」といわれるが、発生生物学は、その一端を担う学問としてますます発展すると思う。
振り返るとその時々で越えようと思ったハードルはとても高かった。無理して自分の身長よりも高いハードルを越えなくてもいいのに、これまで私を駆り立ててきた原動力は何だったろうか?それは「憧れ」だと思う。自分の能力を顧みることなく、いつも何かに憧れ、それに近づきたかった。無理、難しいといわれても、果敢にチャレンジして来てよかったと今は思っている。そして、今現在も、Nature、Scienceなど世界最高峰の科学雑誌に論文を載せたいという憧れを持って、異国の地にて世界を相手に日々研究に励んでいる。
学歴
1988年 下館市立西中学校卒業
1988年 下館第一高等学校入学
1991年 下館第一高等学校卒業
1992年 東京大学理科二類入学
1996年 東京大学理学部生物学科卒業
1996年 東京大学大学院 総合文化研究科 広域科学専攻 生命環境科学系 修士課程入学
1998年 同修了。修士(学術)
1998年 同博士課程進学
2001年 同博士課程修了。博士(学術)
職歴
2001年6月ー現在 カリフォルニア大学 アーバイン校 発生細胞生物学科 研究員
2000年4月ー2002年3月 日本学術振興会特別研究員
現職名
カリフォルニア大学 アーバイン校 発生細胞生物学科 研究員
Postgraduate Researcher
Department of Developmental and Cell Biology, University of California, Irvine, California, The United States of America
専門 発生生物学。
茨城県立下館第一高等学校創立80周年記念式典
館一80記念誌
「平成を生きる」
2003年11月発行
寄稿文