令和3年 年頭挨拶
あけましておめでとうございます。昨年は,この世界のあり方を根底から変えるような新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が発生しました。この科学技術,医療が発展した社会において,このような感染症が世界中に拡散し,私たちの生活が大きく変わることを誰が予想したでしょうか。これまでも,エボラ出血熱,SARS,MERS, AIDS,ジカウイルス,デング熱など多くの感染症の発生が報道されてきましたが,世界中の多くの人は,それらの感染症が身近なところまで迫ってくるとは思っていなく,対岸の火事のようなものと捉えていたのではないでしょうか。実際,自分自身も,1,2月頃のダイヤモンド・プリンセス号の報道を見ながら,事態は船内で収束するものと思っていました。新型コロナウイルスに感染しても無症状の人が感染力をもつという特性とグローバル化の相乗効果が,この事態を引き起こした要因の一つだと思われます。
2020年ほど,科学の重要性を再認識した年もなかったかと思います。正直,未曾有の事態にこれだけ素早く対応できたのは科学の力があったからこそだと思います。コロナウイルス感染症に関して,有識者がテレビで毎日のように出演して解説をし,政府に提言する分科会も注目を浴びました。私たちが実験で日常的に使うPCRも,「PCR検査」として一般的に認知されました。mRNAワクチンという世界初の種類のワクチンも一年弱という驚異的な短期間で実用化されました。一方,運動器を研究対象としている者としては,緊急事態宣言や外出の自粛などにより,家に引きこもる人が増え,日常の運動が制限され,特に高齢者で筋骨格系が弱ってしまう人が増えないかという心配もありました。実際,スポーツ選手の血液データから血中のビタミンD濃度が大幅に低下していることが報告されました(順天堂大学 齋田良知 准教授らの研究)。ビタミンDは,カルシウムの吸収に重要なビタミンで,食事からの摂取や日光に当たることで,体内で合成されます。おそらく,このスポーツ選手の血中ビタミンD濃度の低下は,一般の人にも当てはまると考えられ,転倒・骨折のリスクが上昇している人が増えている可能性があります。さらに,病院に行くのを控える人が増えており,適切な治療を受けていない人も多いと考えられます。このような状況の中,人類の健康と福祉を守る人材を育成する薬学部の存在意義の重要性を再認識した次第です。
COVID-19の登場は,これまでの私達の常識を根底から変えるチャンスでもあると思います。生物の進化の過程では,偶然に遺伝子の変異がおき,その結果,気の遠くなるような時間をかけて,環境に適した生物が生き残りました。しかし,人間は,そう簡単には,新型コロナウイルスに感染しないように遺伝子を変えることはできません。急激な環境の変化に対しては,脳を使って,周囲の環境の変化に対応するしかありません。例えば,テレワークの推進が要請されていますが,私たちのような実験科学に基づいた研究者は,実験設備がある研究室に行かないと,研究ができません。しかしながら,たとえば,実験をしてくれるロボットなどがいれば,どうでしょうか?人間の技術のばらつきによる誤差もなくなるし,かえっていい実験結果が出るかもしれません。南の島で寝転んで,実験の様子をモニター越しに眺めて,出てきたデータを確認する。今後,我々実験科学者にも,インターネットでポチッとクリックすれば,ロボットが実験をやってくれる,そのようなテレワークができる時代が来るかもしれません。
このような社会情勢の中,研究が停滞するのはやむを得ないと思いますが,学生にとっては,大学で研究ができるのは数年間のみです。その短い期間に研究をして,卒業論文,修士論文,博士論文を完成させて,いっぱしの研究者として社会に出ていかねばなりません。その限られた時間を新型コロナウイルスに奪われてしまうのは大変惜しいと思います。しかし,学会の多くがオンラインで開催されるということもあり,様々な学会に気軽に参加して知見を広めることもできると思います。実際,2020年,本研究室の学生は,アメリカの学会を含む5種類の学会で,合計14件の学会発表を行いました。自分自身も,第7回日本-リトアニア生命科学会議にオンラインで発表しました。また,実験ができなくても,文献を多く読んで,自分の研究領域に関連するレビューを執筆することもできます。実際,2020年は,本研究室所属の学生が筆頭著者の英語原著論文2報と日本語レビュー1報を発表することができました。以上のように,新しいスタイルの研究もできるのではないかと考えています。
2021年,研究室員の健康状態に気をつけながらも,研究活動をできるだけ停滞させないよう努めてまいりたいと思います。ご支援の程よろしくお願い申し上げます。
2021年1月7日
東京理科大学薬学部
分子薬理学研究室 准教授
早田 匡芳